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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第1部 ライジング
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八話 開戦①

 静寂が、夜の街並みを包み込んでいる。

 まずは避難勧告だった。成功失敗うんぬん以前に、場合によってはここら一帯も戦場になる恐れがあるのだ。ユキヒコたちを含めた救出部隊の面々は、手分けして周辺の住民に呼びかけて回り、余裕があれば他の者にも伝えるよう指示した。

 そんなねずみ算式のローラー作戦が功を奏したようで、いまや住宅街に人気はなく、どこの家にも明かりは点いていない。これは思っていた以上に滞りなく済んだ。

 が、問題はあの放送を見て来た連中への対応。面白半分でくる者はもってのほかで、能力者機構の力になろうと遠くからはるばるやってきた闇玩具持ちの能力者でさえ、足手まといにしかならないような能力なら手厚く追い払った。

 もちろん反抗する者だっていたから、少々荒っぽい手を使うこともそれなりにはあったが。

 一般人の避難と、少数精鋭の編成。最も懸念していた二つの事項をクリアすることができて、彼らはそこで初めて一時的な安堵を手に入れた。



「これでいいのか?」



 濃いブルーのオープンカーに乗ったフィリップが、慣れた手つきでギアを切り替え調整している。



「もう何台か用意してあるぞ。気に入らないなら、他のいいモン借りてくるが」



 ドームを囲う障壁の近くで、辺りを見張りながらユキヒコたちは最後の確認をしていた。エコーがまたワールドツリーを見上げている。暗くなると、よりいっそう不気味に見える建物だった。

 フィリップはエンジンをかけたまま、車から降りた。



「これで十分よ。いまからチャーターしてる時間もないでしょ、それに」



 ユキヒコは布に巻かれた棒で、車の周りに円を描くように地面を擦り付けた後、車体の中心部分を叩いた。



「正面ゲートから行けるのは、俺たちと他の二組だけだろ。最初の奴らが入った後に行く。合図を出すのが少し遅れる可能性もあるから、ジフにそう伝えてくれ」



 ユキヒコの言伝を受けたクローラ盗賊団の連絡係が頷き、頑張れよ、と言ってユキヒコたちから離れた。彼らは救出した人質や負傷者を外部へ連れ出す役目も兼ねている。

 時間を確認する。ーー残り二十分。



「行くぞ」



 歩き出したユキヒコに、エコーとフィリップが続く。

 向こうからくる男女の一団が見えた。ベベルたちがいる西側からやってきた者たちだ。彼らが正面ゲートへの階段を昇り、その後ろでウェンボスが手招きしている。



「ワンコールしたら、すぐに信号弾を打ち上げるんだぞ。いいな」



「はいはい、わかってるわよ」



 長く狭い階段には、街灯の明かりすら届いていない。ユキヒコたちはまともに段差を把握できない状態で、足元に注意しながら昇った。

 昇り切った門の側で、隠れているウェンボスがいた。



「お前たちが先か。俺様は日を跨ぐギリギリまでここを見張っている。それまでは、ただのしけたおっさんだからよ。頼んだぜ」



 返事をすれば、ウェンボスがそこにいるのがバレてしまうだろうと思い、ユキヒコとフィリップは彼を無視して門をくぐった。

 エコーは外套のフードで隠れた頭を下げ、小さく会釈をする。それにウェンボスが笑顔で応えてくれた。



「二人だ。通してくれ」



 ユキヒコが前に出て、正面ゲートのガードマンたちと掛け合う。

 外部から一般人がここへ来るためには長い階段を昇るしか方法はないが、障壁の中は見晴らしのいい場所で、ドームへ入るためのゲートが九つ存在した。内の四つは、ワールドツリーに直結しているスーパーゲートと地下通路、通常のゲートが二つ。

 完全に、ワールドツリーの住人だけに配慮された設備である。

 会員証を。と、提示を要求され、ユキヒコはカードを取り出してシールを剥がし、手渡した。



「能力者か。闇玩具を見せろ」



 次にユキヒコは、右手に持っている棒から布をほどき、差し出した。

 わあー。と、愉しげなモノに見とれる子どものように、エコーが驚嘆の声を上げる。

 それは、見事なまでの真っピンク。先っちょに羽が付いた、まるで女児向けのアニメで主人公が愛用していそうな、ロリータ的デザインが施されている、ーー魔法のステッキだった。

 嘘でしょ……。と、フィリップが小声で呟き、口を押さえた。



「《取り柄がない超高性能(マスターオプション)》、A級クラスだ」



 ガードマンは真顔のまま、しばらく魔法のステッキを吟味するように眺めた。



「ここでの使用は控えろ、いいな」



「うっす」



 最低限の確認を終え、ガードマンたちは道を開いた。

 後ろを向いてぷるぷる震えていたフィリップが、堪えきれず吹き出す。



「笑うな、ハゲ!!」



「いいじゃん。可愛いよー」



 無邪気なエコーのフォローが、逆に決まり悪くされたように感じて、ユキヒコはさらに陰鬱とした気分になった。

 悲痛な叫び声が聞こえる。びくりと三人は危険を察知した小動物のように、身構えた。



「おやめください! ここでは手を出さないと約束されたではないですか!」



 ゲート内の通路でなにやら揉めているようだ。その様子を覗き見て、ユキヒコは全身が総毛立った。そして改めて思い知らされる。そうだ、忘れてはいけない。ここからはもう彼らのテリトリーなのだ。

 先ほどの男女が傷だらけで倒れていた。男の方が、誰かに頭を踏まれて苦しそうに呻いている。それが誰か、ユキヒコはよく知っていた。

 端から見れば小柄な少年だが、オールバックの長い髪で、ヤマアラシのようにも見える。その風貌と残忍な性格から、悪魔、とも呼ばれていた。

 せめてここでは出くわさなければと、都合のいい話はない。覚悟してはいたが、実際に直面すると冷静ではいられなくなる。

 この作戦において、最も危険視するべき相手、不滅型《闇傀儡(デモンズクラウン)》の内一体が、そこにいた。



「少し、な。不届き者がいた。こういう奴を中に入れちまって、のろま扱いされたらお前らも困るだろ。……で、おい、なにガンつけてんだ? コラ」



 足を離して、爪先で男の頭を小突いた後、また踏みつけた。



「お言葉ですが、フカシギ様。この場は我らが責任を持って受け持っております。不祥事があれば、なおさら、貴方様の手を煩わせるわけにはいけません」



 その言葉を聞いた瞬間に、フカシギの悪意は、踏みつけている男から別の者へと移った。



「献身的だな。自分が間違っていないと信じて疑わないのなら、たとえ立場を弁えずにでも意見するべきだ。それが相手のためにも大事なことだとな。……昔、偉そうに言った誰かさんがいた。そいつは死んだよ。何故かな。ところでそれは、この俺に向かって指図してるってことでいいのか? なあ。ブヒャヒャヒャ! いい度胸だ」



 フカシギが、ゆっくりと歩み寄ってくる。彼に意見したガードマンの一人は、自分がこれからなにをされるのか、予感していた。が、それでも突っ立ったまま動かない。逆らうこともできないと理解しているからだ。

 一メートルもない至近距離まで来て、フカシギはガードマンの片腕を掴んだ。そして、薬指を摘まんで持ち上げ、ギリギリと少しずつ力を加えていき、第二関節の骨を砕いた。

 声は出さずに耐える。さらに砕かれた骨を擦られ、潰れた靭帯を刺激される。あまりの激痛に、手首が痙攣した。冷や汗で顔が濡れている。

 それを見たフカシギが、満足そうにニンマリと笑う。開いた口から牙が覗き、紫色の霧が漏れた。強引に指を組ませ、そのまま逆方向に曲げる。

 何本もの小枝がへし折れるような音がした。



 「ぬぅぅ……!」



 痛みに耐えかね、ついに声を上げてうずくまった。フカシギは愉快そうに手を叩いて笑う。逆らった者に対する制裁というよりも、こういうねちっこい事をするのが好きでしょうがないのだろう。

 目の前で行われる卑劣な行為に、先ほどから止めに入ろうとしているエコーを、ユキヒコが必死に抑えている。やめろ。ここで出たら全部、台無しになるんだぞ。

 ユキヒコに対応していたガードマンが、逃げろ、とさりげない仕草でこの場から立ち去るよう促す。

 彼らもまた、マホヒガンテや《闇傀儡(デモンズクラウン)》側とは相反する姿勢なのだろう。



「待てよ。何こそこそしてんだ」



 ぞっと背筋が凍る。あのフカシギがこちらに気付かないはずがなかった。それでもユキヒコとフィリップは、エコーが見つからないように背中で庇う。



「隠しても見えてるぞ。俺の目は誤魔化せない」



 そう言って邪悪な眼を見開き、ジリジリとにじり寄る。

 その後ろ、ゲートの奥からゆらりと赤く光る点がいくつも現れ、沸くように溢れ出てきた。

 走れ!と、ユキヒコが叫ぶと間髪入れず、三人は外へ駆け出した。



「いたね。さっそく見つけたあ。ブヒャヒャヒャヒャ!!」



 凶悪なオーラを身に纏い、戦闘態勢。そして獲物を追いかけようとゲートから飛び出した、その瞬間ーー、フカシギは頭に衝撃を受けた。

 ポタポタと、液体が滴り落ちる。振り向くと、割れたウィスキーボトルを手にしたウェンボスがいた。



「よう。また会ったな」



 ウェンボスは、脳天に酒瓶をぶちまけ炸裂させるという、とんでもない仕打ちをしたばかりにも関わらず、飄々とした調子で話しかけた。瓶を捨て、万華鏡を覗く。

 そんなウェンボスの顔を、フカシギはジーっと見つめ、首をかしげた。



「あー……。誰だっけ、お前?」





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