六話 覚悟はいいか
迷路のような駅内。すいすい先へ進むユキヒコとフィリップの後を追い、お店や電光広告に目を引かれ一瞬だけ二人を見失いそうになったが、自分の名前を呼ぶ声に導かれ、エコーはなんとか外に出ることができた。
昼過ぎにも関わらず中央広場の人影は少ない。エコーたち三人は、隅にあるオブジェの側にとどまった。
他の連中とはホームに降り立った時から分かれていた。電車内で行われた作戦会議の中で、ユキヒコが別行動を提案し、開始まで各々で備えることになったからだ。
「近くで見ると、ホントでっかいわね。ワールドツリー」
「3年前に出て行って以来か。でも、なんか久々って感じがしねぇな」
首を垂直にして見上げ、それでもてっぺんが見えてこないほどに巨大なワールドツリーは、とても大雑把な構造で、外回りはごちゃごちゃとした設備が混然一体となっており、文明人の建てたモノとは思えないほどにいい加減な造りをしていた。
「……本当にいいの、二人とも」
か細い声で尋ねるエコーは、後ろめたさを感じているようだった。
「まぁ、お前、やめるって言うなら今のうちだぞ?」
そう無神経に応えたユキヒコの頭を、フィリップは鷲掴みにして押さえ付けた。
「いまさら何言ってんのよ、ユキヒコ! あたしたちが行かなくても、エコー、あんたどうせ一人で行っちゃうんでしょ? 放っておけるわけないじゃない。それにねぇ、ユキヒコ。忘れたの? あたしの友達と、あんたの家族は、この娘が命の恩人じゃない!」
街頭テレビから大音量で流されていた十五回目の演説が終わって、途中だった昔のバラエティー総集番組に切り変わった。お笑い芸人が金魚鉢を頭にずっぽり嵌めて窒息しかけている。
「そんなわけで、一応、みんなお前には借りもあるからな。気負いせずにお前は自分がやるべきことをやれよ」
でも……。外套のフードを両手でぎゅっと握ってうつむく。ここにきて二人を巻き込んでしまうことに躊躇っているようだ。
「あー、うるせぇな。好きでやってんだよ。つーか、お前にだけは文句言われたかねぇ」
ユキヒコ……と、万力の如くぎりぎり頭を締め付けてくるフィリップの手を、強く振り払った。
「いいや、言うね! 大体な、お前がなりふり構わず誰でも助けようとするのが悪いんだ。厄介ごとに首つっこむなって何度言っても聞かねーし、今回だってそうじゃねーか!」
詰め寄るユキヒコに、エコーは気圧され縮こまった。
「……こ、困っている人を助けるのがヒーローなんっス。オレの憧れなんっスぅ……」
「だから考えてやれっつってんだ! なんでお前が住み着いてる周辺だけ無駄に治安がよくなってんだって話になんだろ! 不自然じゃねぇか! 見てるこっちがハラハラするわ!」
のめされて、しゅんとするエコー。ユキヒコは小型端末で時間を確認する。
……ゲートが解放されるのは、ジェノサイドが行われる十五分前。つまり二十三時四十五分。よく解らんけど、零時ちょうどにこだわっているみたいだから、開始時刻が変更されることはまずないと考えていい。
「いまからジェノサイドまで残り十時間。それまでにやっておかなきゃならないことが山ほどあるぞ」
すごすごと身をよじりつつ、エコーは顔を上げた
「覚悟はいいか、ヒーロー」