十九話 VS ストライブ
ワールドツリーの下で夜に煌めく街の景観。摩天楼とは言わないまでも、飲み込まれてしまいそうな闇の世界で力強く生きてようとしている人々の営みが、燦然と光を放っていた。
その最西端に位置する廃工場に二人の男が続けざまに入り込んでいくのを視認すると、ストライブはライフルのスコープを覗いたまま無線機のスイッチを入れた。
「……ビクター、少しだけ時間を稼いでやる。その後は自分でどうにかしろ」
『了解。ホントにごめんね、今はちょっと手が離せなくってさ』
「遠慮はするな。あんなに楽しそうなお前を見たのは初めてだ。最後がそれを守る役目で良かった。……じゃあな」
『うん。ありがとう』
工場が黒いオーラで覆われ、『一流のガラクタ職人』の発動を確認。通話を終えたジフに照準を合わせ、少しずらして足下に向けてから引き金を絞った。
目の前ではじけた跳弾を合図に、クローラ盗賊団と紅の百花繚乱のダークネス能力者たちは戦闘態勢に入る。撃った後でストライブは即座に移動を開始。
各々が闇玩具を発動。薄汚い格好の小男が持つ、手乗りサイズのバケツからスライムが滑り落ち、花魁衣装の少女が袖から抜き出したボードゲームを地面に敷く。
弾道の角度からおおよその位置を把握し、ローラスケートの男がもう一人の男を背負って壁を高速で駆け上がり、ストライブの前に立ち塞がった。
投げられたスーパーボールが縦横無尽に跳びはねる。ローラースケートを刃のようにして、蹴りを繰り出す。前髪を掠め、寸前で避けられた。
絶妙なヒットアンドウェイで攻撃を仕掛け続けるが、まるで全ての動きを読まれているかのようで当たらない。死角からスーパーボールがストライブに目掛けて飛び込む。容易にそれを掴み取ると、所有者の鼻っ柱に投げ返し、怯んだ隙に間合いを詰め、背負い投げを決めた。
ローラースケートの男が大振りの蹴りを繰り出し、これも簡単に脚を掴み、床に叩き付ける。
背後から伸びる女の両手。気配も完全に消し、透明になれるキーホルダー型の闇玩具。
気付かれないように、そっと首を絞めようとする。振り返ったストライブの片目が彼女を睨み付けた。
驚愕する間もなく逆に首を取られ、彼の腕の中で気絶した。三人を無力化すると、また別のポイントに移動。
「あいや……やっぱり、ダメですぜ。全然引っかからねぇ」
「こっちも。意味無しっ」
スライムの闇玩具は、自動的に相手を追尾して踏まれると捕らえることのできる能力だが、見事に避けられている。
一方、ボードゲームは指定した場所にいる者に対し、あらゆる幻覚を引き起こす駒を盤上に配置して混乱させる能力。先ほどから建物の内部構造をデタラメに見せたり、霧のブラインドで目眩ましを試しているが、大して効果が無いように思える。
ストライブのA級闇玩具、『緻密に練られた当てずっぽう』は、網膜にダークネス能力者のオーラを感知、闇玩具の情報解析を映し出し、視覚の向上も可能にさせるカラーコンタクトレンズ。
カガリの『半信半疑な無謬性』や、闇傀儡の識眼を合わせてさらに精度を高めた上位互換の能力である。スナイパーライフルとの併用により、高所でのアンブッシュを得意とする。
シンシアから渡された資料で、その情報は皆周知だった。ジフとベベルが不敵な笑みを浮かべる。
「どうした?……はやく出てこないと、酸欠で死ぬぞ。お前も、俺様も」
ビクターの生み出した人形は十体。できるだけ攻撃の届かない天井クレーンに陣取り、ウェンボスが未だ身を潜めている彼に呼びかける。
酒を引火性の強い液体に変え、垂れ流しながら工場中を回った。燃えさかる炎の熱で、汗が生ぬるく滲む。
立ちこめる黒煙で自身も咳き込み、人形のいる位置も判別しずらい。下からサイボーグがガトリングガンを撃ち出した。
鉄骨を渡りながら回避している途中で、緑色のミュータントに足場を持ち上げられる。あえなく振り落とされたウェンボスは着地に失敗して左足を挫いた。
人形たちが取り囲み、一斉に襲い掛かる。時計を見ながら秒読みをし、時刻が零時を示すと同時にウェンボスは万華鏡を覗いた。
「お、お──グオァアアァアアア!!」
身体が膨れ上がり、破れた衣服からゴワゴワの毛並みが飛び出る。掴み掛かった人形たちの拘束を力尽くで強引に解き、牙を剥いて獣と化したウェンボスが咆哮をあげた。
ある程度は自我を保てるが、こうなると加減を知らなくなる。
サクラの手配した無人偵察機が到着し、哨戒飛行を始める。ストライブがライフルにマグナム弾を込め、そのドローン一機を撃ち落とした。残りの三機が機銃で反撃掃射。
高台から下まで降りて、格納庫に退避する。閉ざされたシャッターの向こうに、コンタクトレンズを通して能力者四人を確認。ジフがけん玉で破壊してまかり通る。
「よお、万事休すと言ったところか。いくらこっちの動きが逐一読めるからって、これだけ多勢に無勢だとお前さん一人じゃ太刀打ちできんだろ?」
「……どうだろうな。やってみなければ解らない事もある」
「どれ、お手並み拝見」
ブンブンと振り回した遠心力で球と共にジフが飛び掛かる。凄まじく響いた衝撃に怯むストライブへ、大皿の一撃をお見舞いするが躱された。
大きく空いた隙を狙い、太っ腹に打撃を数回与え、顎を狙う。二人の真下で地面がひび割れる。
「フィッシャァァァーーーーー!!」
地中に潜んでいたベベルのヌイグルミが飛び出し、彼らの間に割って入ってきた。
攻められているジフを庇い、ストライブの肩を蹴って体勢を崩し、背中のジッパーから縄を取り出してグルグルに巻き付けようとした。
ストライブは倒れそうになる身体を一回転させてなんとか踏ん張り、振り向きざまに腰からリボルバーを抜いてヌイグルミの頭を撃ち、後方に吹っ飛ばした。
天井に軽く跳ね返り、立ち上がって首を犬のように振ってからまるで怒っているみたいに地団駄を踏んだ。ジフは苦しそうに腹部を押さえて片足を突いている。
さらに距離を開き、銃口をジフとヌイグルミに向けながら周囲を警戒し、格納庫から外の様子を窺った。
エンジンの唸る音。無数のバイクに乗った男達を率い、フィリップが降りて拳をゴキゴキ鳴らした。
「なに黙って突っ立ってんのよ? かかって来いや、コラァ……」
サクラの偵察機にも見つかり、完全に打つ手が無くなったストライブ。数人程度のダークネス能力者を同時に相手するのなら、戦闘能力の差で勝る自信はあった。
だが、無能力者も含めた何十人が束になって掛かられては流石に手に余る。ズタボロになったウェンボスが、燃える工場から一人の男を抱えてやって来た。
「ほら、捕まえたぞ」
放り投げられたビクターは無傷だが、息を切らして疲労困憊の有り様。全力が出せる状態のウェンボスと当たったのが運の尽き。
それを見て脱力したストライブを、すかさずベベルのヌイグルミが縄で拘束。為す術の無い二人を見て、ジフが携帯を手に頷いた。
「そんじゃ、とっとと身柄を渡してやるか」
「ま、待て!」
さっそくシンシアに報告しようとしたジフをストライブが制止した。ビクターを一瞥し、唇を噛んで言った。
「俺はいい。頼む……ビクターは、ビクターだけは見逃してやってくれ」
「それはまた虫のイイ話だね。元はと言えば、あんたらが目ぇ付けられるようなマネしてたのが悪いんだろう? まあ、あたしらも人の事は言えないけどさ」
「ああ分かってる。だけどコイツには、まだやるべきことが残っているんだ。それが終わるまででいい。とにかく今は放っておいてほしい」
「やるべきこと? なんだ、そりゃあ」
「俺たちは何も悪さを企んでいるわけじゃない。どちらかと言えば……ダメだ。これ以上は言えない。すまん……」
「うーん」
暫し考えるような素振りをして、ジフはポンと手を叩いて快諾した。
「仕方ねぇな。おう、放してやれ」
「はあ!? なんでよ、どうしてそうなるんだい!?」
「いいじゃねぇか、悪さはしねぇと言ってんだからよ。コイツは約束を破らねぇ。そういう漢の目だ」
「ジーフ……だから、あんたはいつもそうやって欺されるんだよ」
「うるせぇ。そもそも俺ぁ、こんな仕事始めから気乗りしなかったんだ。いまさら能力者機構なんてよ。あの嬢ちゃんの頼みと、ヒーロー少女のためじゃなかったら引き受けてねぇよ。大体、事情をまったく報されてねぇじゃねぇか。コイツらが一体何をしたってんだ?」
ジフの言葉に、ベベルが押し黙る。確かにビクターたちがどんな事情で能力者機構に追われているのかは判然としなかった。
ただ無断でワールドツリーから抜け出したならず者という範疇なら、自分たちも同じ穴のムジナである。
ビクターの前に屈んで、ウェンボスが訊いた。
「まだ一人残っているな。ゼアルって奴だ。そいつも今この近くにいるのか?」
「……いない」
「いますぐ呼び出せ。そいつと、そこのそいつ二人でお前を見逃してやる。それが条件だ」
「ゼアルだけはビクターの言うことを聞かない。もしあの能力をここで使われたら、暴走する闇玩具持ちが多すぎる」
「随分と都合のいい口実だな。目的は教えられない上に、ビクターは見逃せ。もう一人の仲間は連れてこれない。交換条件として引き合いに出されるのがお前だけ。まったく話にならないぞ」
「……と、とにかく、どうしてもゼアルはダメだ。俺で勘弁してくれ」
「なるほど。自分はどうなってもいいそうだ、どうする?」
「いいぜ。ダチのため命を省みない男は絶対に裏切らねぇ。問題はお前さんがこれからどうするかだ。その用事が済んだら、もう一人も説得して一緒にワールドツリーへ行け。約束だぜ?」
ビクターは立ち上がって頷くと、ストライブにも頭を下げてコンビナートを立ち去った。その後をサクラのドローンが追跡する。監視役も付いたから、変な気を起こすこともないだろうとウェンボスは楽観的に考えた。
そうして工場の消火など後始末もしてから、シンシアたちに集められた能力者たちは一度解散したのだった。




