十八話 永劫回帰
『ランク圏外です』
ネムレスが読み込んだファイルを判定した後、数字をはじき出す。
「ああ……無理」
机に頬を付けたまま画面を虚ろに見つめる。この一週間、ユキヒコは執筆作業に追われ、二次創作や短編を経て、本番のミステリー長編を注文されてからは停滞していた。
十万字以上が目安だが、ただ終わらせてしまえばいいだけの話ではなく、その後に待っているネムレスの審査が相当に厳しい。書き上げたなら、それを全て無駄にする覚悟が必要だった。
珍しく渾身の一作が出来たかと思えば、逆に前よりも類似作品の数が余計に増えてしまった。再び推敲に取り掛かる気力も失い、会長用デスクに並ぶ行列に視線を移す。
「え、これホントに土偶? 馬糞かと思った。あのさ、ネムレスの審査通ったとしても奇を照らすだけだと意味不明な物体にしかならないでしょ。アンタ、本当にこんなのがいいと思ってんの? 違うでしょ? 始めに言っとけば良かったわね。ほら見て見てはいはい注目ー、模型担当のブタ共ー。こういうのダメね。はい、次」
「んー、マズい。ていうか、ウンコ見せられた後でカレー持って来ないでくれる? 大して料理したこともないくせに基本のスパイス抜くな。味もそうだけど何より色味が最悪。熟成も甘いし、これでDランクなのは何かの間違いね。次ぃー」
「だからさー……会話が無駄に多いっつってんのよ。そのくせ、言いたいこと全然まとめられてないし。これ九十分映画の脚本でしょ? 完全にボキャブラ不足ね。第一、障害にぶつかっても、妥協して開き直る舌足らずな熱血キャラなんて鼻毛一本も燃えないから。ジャンルにもよるけど、巨大ロボットの出るSFでこれはないわー。で、ラストの『老害は若者の邪魔になるだけだ』って主人公の台詞だけど、これは何? 無駄にキャラ多いとか、話の緩急がなっていないとか非難したアタシに対する当て付けか何か? 解ったからもういいわよ、次つぎ~」
セブンがメンバーたちの創作物を一つ一つ品定めしてバッサリ切っていく、その一連の流れを見ているだけでゲンナリして、さらにモチベーションがだだ下がり。
仮にDランク以上を出したとしても、ああやってケチを付けられるのなら達成感もへったくれもない。
セブンには見えない位置にある隠し入り口の自動ドアが開く。奥からスヲルタがおずおずと顔を覗かせた。
「どこに行ってたの、スヲルタ。こそこそしても無駄よ」
見向きもせずに冷厳な声で指摘され、スヲルタが大げさに跳び上がる。
「あ、しゅ、収録です……」
「なんの収録?」
「そ、それは……あ!」
どうやって誤魔化そうかと継ぐ言葉を選んでいる最中のスヲルタを意にも介さず、セブンは影を伸ばして彼女の懐から台本を奪い取った。
華麗に高台から舞い降り、表情を一切変えずに、後ずさりながら目を泳がせるスヲルタに迫る。
「す、すすいません! 本当は伝えようかと思ってたんですけど、やっぱり黙ってた方が会長のためかと……」
「何がアタシのためよ! どう考えても自分一人で抜け駆けしたかっただけじゃないのよ、このブタああああああああ!!」
「きゃあああああごめんなさあああああい!!」
両脇をホールドしてブンブン振り回した。目を回してフラフラになるスヲルタをよそに、セブンは忌々しそうに歯噛みする。
「迂闊だったわ。まさか連載と同時にアニメ化? いつの時代よ。あいつらもなりふり構わなくなってきたわね」
「あ、あぅ……ハァ……ハァ……」
「で、どうだったの?」
「……え?」
「どうだったのかって訊いてんのよ。このセミヌードちゃんを差し置いてまで、別の収録現場へ行ったんでしょ。大した収穫も無しじゃ許さないから」
「え、えっと、エコー様にはすごく良くしてもらいました……。そ、そうですよ、会長。アフレコのやり方、聞いてた話と全然違うじゃないですか。なんか、もう、予想外すぎて色々と焦っちゃいましたよ」
「いや、アタシも実際のアフレコ現場は資料でしか知らないし。だから、具体的にどんなだったの?」
スヲルタは収録で体験した一切合切を説明。
「マジで? なにその新手のギャグみたいな録り方。……ッチ、悔しいけどちょっと面白そうじゃない」
「本気で言ってるんですかぁ……」
「負けてらんないわよ、あんな碌でもないブタ共に斬新さで負けているようじゃこっちのメンツ立たないわ。作品単体じゃなくて、作法からも見直すべきね。で、もちろん役者としての腕では実力の違いを見せつけてやったんでしょ?」
「そ、それが……本当に申し訳ない話なんですけど、先輩の声優さんに何度も注意されてしまって……」
「あんたにケチ付けられるほどの声優? そんな奴が下にいたっけ? ディダベリとか?」
「え、え、どうして解ったんですか!?」
「あー、やっぱりね。だっていかにも性格悪そう! 自分の大したこともないキャリア振りかざして後輩とかいびってそう! しかも、目上から教わった経験とか全然身になってなさそうな糞演技じゃない?」
「ら、来週もアフレコ一緒で……わたし、どうしたら……」
「まあ、アンタならそんなに心配する必要ないでしょ。能力者機構トップクラスのランカーが、ディダベリごときに劣るわけないし。いい? あの手の俳優崩れなブタは、アニメとかキモヲタにうんざりしてるわけ。テキトーに流してやりたいなら、仕事は吹き替えとかナレの話、かつての芸能界に羨望してもいそうだから、再放送で垂れ流しにされているバラエティー番組の話題を振れば得意気にベラベラ喋り続けるはずよ。それをテキトーに相づち打ちながら黙って聞いてりゃいいわけ」
「そ、そんなに上手くいきますかね……」
「大丈夫よ。あんな奴よりアンタの方がよっぽど、おまんこ舐めたくなるような声してるからさ。こうなったら、とことん、自信持ってやりなさい」
「……へ?」
思ってもいなかった言葉に瞳をパチクリさせたスヲルタの肩に手を置いたまま、セブンは身体を揺すって言い聞かせた。
「返事は?」
「……は、はい! ありがとうございます!」
浮き足が地に着いて、嬉しさで紅潮した笑顔も絶やさず、スヲルタは軽やかに踵を返した。エコーにもセブンにも激励され、その心地よさはより一層深みを増したように感じられる。
書く手を休めてずっとその様子を見ていたユキヒコは納得した。なるほど、高ランクを取るとあそこまで扱いがいいのか。
「そんなわけで、やっぱり連れ戻してきなさい」
「うっわああああ!?」
遠くに位置していたはずのセブンが、なんの前触れもなく真後ろに現れてる。手をこまねいてるように吐き捨てた。
「想像以上の意地汚さだったわね。心が痛むけど、この際力ずくでもいいわ。あのブタ共の手からエコーちゃんを解き放しなさい!」
「無理無理。自分で一度決めた事は守らなきゃ気が済まないんだよ。あいつの頑固さに勝てる奴はそうそういないって。なんとかここへ引き摺ってきたとしても、すぐに戻ってくぞ。そもそもお前だろうが、あの出版社だろうが、どっちにしても監禁されるなら同じことだろ。エコーの立場からしたらさ」
「はあ? エコーちゃんは放っときゃマンクソほじくり返してるような自制心のないブタとは違うでしょ。いちいち束縛する必要無し。連れてきたら、ちゃんと伸び伸びと自由に創作ができる環境を用意してやるわよ」
「だったら、始めからそうしてりゃ良かったのによ」
「本当はやりたくなかったのよ、こんなこと」
部屋から一歩出て、広間を睥睨し、そこから沈んだ声でユキヒコに語りかけた。
「ねぇ、アンタはこの世界が本物の現実だと思ってる?」
「あ?」
「あ?って、もう聞き飽きたわよ。たとえばの話。ここが自分の認識している通りの世界だって言い切れる? もしかしたら、ただの夢かもしれないし、異星人の人間観察キット、人生というタイトルの漫画やゲームの中かもしれない。木の葉に滴る雫の一滴に宿る小さい宇宙で、ミクロからミクロへ延々と続いている可能性だって否定できないわ。まあ、実際は能無しのブタが書いてるド底辺Web小説の中なんだけどね」
「何を言ってるのか、全然わからん」
「想像力がないわねぇ~。これくらい幼児の頃に数千回は考えるような話でしょ。ま、解んなくていいのよ。自分と自分のいる世界が偽物だと解ってしまった時点で、なにもかも無意味だし。成功するまで、納得いくまで繰り返し繰り返しても残るのは空しさだけ。こうやってアンタと話すのも云万回目かもしれない。だからこそ、チートもやり直しも利かない人生には意味が生まれるの。余計な改造MODなんか組み込んだら興醒めよ。このセミヌードちゃんはバニラ派なの」
そこまで長々と喋って満足したのか、部屋から立ち去るセブン。ユキヒコは眉をひそめて溜息混じりに、なんなんだアイツと呟いた。理解できないのが承知なら、別に深く考えなくても構わないだろう。
少しは大人しくもなるはずだから、言われたとおり一度だけエコーをここへ連れて来るのはいいかもしれない。外に出られるのも好都合。
小説を書く気にはなれないので、眠くなるまでネタ被りがありそうな映画かアニメでも観て、朝になったら出掛けようと決める。
ふと思い立ち、能力者機構のホームページを開いてセブンの名前を入力し、検索ボタンをクリック。ここから発表された作品は、営利目的が無く、全て無料で閲覧できる。
人にはあれこれイチャモン付けるが、自分はどうなのだろうか?




