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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第2部 リターンズ
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十七話 交渉

 ヒエラルキーの象徴でもあるワールドツリーには、約五百万人の住民が暮らしており、その全員がダークサイドと呼ばれる組織に属される。

 理由として、かつて統治局が先導して行った緩やかなる世界の荒廃化に荷担した資産家のため、用意されたノアの方舟こそがワールドツリーなのだ。現在の一般住民たちは彼らの子孫に当たる。

 公共施設、ライフライン、サービス、その全てが統治局に一任され、万全な警備体制も闇傀儡の使役によって可能としている。

 よって、ここでは個々人による自由市場が存在しない。なので、住民たちは先代から続く保障が切れた後、大体は審査を受けた上で統治局や能力者機構の一員になる。

 或いは才能や研究成果をネムレスに認めて貰い、セブンから報酬を得るのか。どちらもできない場合は、扶養者のためにわざわざ機械に成り代わり工場などで強制的に働かされる。

 それでも出て行くのは自由だが、大半はそれをひどく恐れる。下民と揶揄されることを極端に嫌う者も少なくない。

 例外として、身内がダークネス能力者である場合、特別な許可がなければ能力者機構の条目により、ワールドツリーから離れることは堅く禁じられている。



「サクラさん、いるんでしょう? チンポしゃぶるわよ」



『……』



 インターホンのスピーカーからは、ジィーっと掠れた一定の電子音だけが聞こえる。マイクは繋がっているみたいだから、このカメラを通して見ているのだろうと、シンシアは約束していた誓約書をレンズの前に掲げた。

 厚さ八十センチはありそうな鉄の扉がゆっくりと開く。奥にはまだまだ通路が続いていた。

 富裕層の人間は、こういう隠れ家的な住居を構えることだって珍しくはないが、サクラはその中でも特異な存在だった。

 突き当たりまで来ると、まず闇玩具以外の所持品を点検された上で奪われ、除菌される。さらに奥へ進むと、シャワールームがあり、身体の隅々まで消毒。備え付けの客人用衣服に着替える。



『心配しなくても帰りには洗って乾かして返してやるよ。ああ、下着と靴下は捨てる。キタねぇから』



 そうしてやっと核シェルターじみたサクラ宅へ辿り着くのである。今回、シンシアは初めて来訪するが、まさかここまで人を寄せ付けない性格だとは思わなかった。

 何かの被験者にでもなった気分で、言い付け通り玄関前にてウエットティッシュで念入りに手を拭き、上がって一人でリビングまで行き、そこでようやくサクラが姿を現す。



「潔癖症も度が過ぎると良くないですよ。チンポしゃぶるわよ」



「貧乏人から成り上がるとこうなんだよ。お嬢様には分かるまい」



 ツルツルのソファーに腰掛け、シンシアは一枚の紙をテーブルに置いた。リモコンが綺麗に並んでいる。

 『機械仕掛けの器用貧乏』の能力なら、こんなモノ必要ないはずだが、と部屋を見渡す。ミリ単位できっちりと掃除、整理整頓が行き届いており、彼女の神経質な性格が表れていた。

 ぱっぱと記入しようとサクラはボールペンを渡され、訝しそうにシンシアを睨む。



「なんで、わざわざ家ん中まで来るかねぇ……サインしたらすぐに帰れよ~」



「先日、デルタ参謀長たちの葬儀がありました。チンポしゃぶるわよ」



「あっそ」



「ランク作のクリエイターでもあったので、亡くなった彼らの代わりに私たちの仕事が増えてしまって。チンポしゃぶるわよ」



「ん?……ああ。そういや、あたしも何本か依頼来てたな。先に言っておくが、もちろん断る。ほら、書いた。とっとと出てけ」



「会長も困ってるみたいですよ。チンポしゃぶるわよ」



「じゃあ、あそこにまだ提出してないプロトの図面あるから持ってって。セブンに頼まれた模試用テストとかは、後で自分で送るから」



 サクラは十歳の頃に設計エンジニアとしての地位を確立し、製図したモノをネムレスに判定させてから、遊びに行くついでで完成品をセブンに手渡す。それだけで生計を立てていた。

 たまに出題者として教育機関などで扱われる試験問題の作成もしている。実はこれはシンシアが一番やりたかったことで、エコーと一緒に勉強をしていた時も、自分たちで考えた設問をよく出し合っていた。

 教員免許を取ってからは、いずれにせよやらなければいけないことなので、したくもない漫画や小説の創作活動を続けなくても済むのだから、自分には丁度いいはずだと考えていた。

 しかし、どんなに頑張ってもDランク以上を取れず、セブンからも「ノータリンなんだから無理しなくていいわよ」と一蹴される始末。

 それを暇つぶし程度に、ものの数分で適当に仕上げ、認めてもらっているサクラに対して多少のやっかみも無いと言えば嘘になる。

 結局は不本意な作曲に落ち着いたが、運悪く最も難儀なゲーム制作を任されたデルタに比べたら遥かにマシだろう。



「私の作業も手伝ってくれませんか? チンポしゃぶるわよ」



「お前、マジでいい加減にしろよ」



「教員の仕事は辞めたのである程度は余裕があったのですが、ここ最近は他の案件があまりにも忙しくて。サクラさん才能ありますし、創作は大して苦でもないのでしょう? チンポしゃぶるわよ」



「それが人にモノを頼む態度か。こっちだって忙しいんだよ」



「一人で遊んで寝るだけじゃないですか。チンポしゃぶるわよ」



「うるせぇな! はやく帰れよ、もう! ヨダレまき散らして喚くぞ!?」



「どうぞ。チンポしゃぶるわよ」



「うわああああああああああ」



 取って付けたような駄々をこね、床に転がりじたばた暴れる。喚き立てる時ですら、やる気が感じられない。サクラにとっては他人が家にいること自体、苦痛でしかない。

 力尽くで追い返そうにも、家が氷漬けにされては堪ったモノではないので、これ以上の抵抗はできなかった。



「お願いだから帰ってくれぇ……」



「イヤです。チンポしゃぶるわよ」



「ああぁ……ホント、嫌い……」



「話を受けてくれるまでここにいます。チンポしゃぶるわよ」



「つり目! マグロ! レズぅ!」



「わかりました。なら、ちょっと調査で使いたいので偵察用の機体だけ派遣してもらえませんか? チンポしゃぶるわよ」



「もー、いいよ、じゃあそれで! お帰りくださいませ、長官さま!」



 そうやってまんまといいように欺されたサクラは、背中をグイグイ押してシンシアを家から追い出した。

 実際はどうだっていい事を頼んだ後で、本題を提示した方が通りやすいとは誰から教わったか。

 帰り際に戻ってきた携帯に着信が入っている。折り返しコールするとジフが出た。



「よぉ、掛かったぜ。いま旦那が一人だけ閉じ込められた」



 街から少し離れた場所にある工業地帯の跡地。この数日間、彼らはビクターの捜索に明け暮れていた。

 三人編成で別れ、ワールドツリーから半径六キロ以内を当てもなくしらみ潰しに巡った。

 念のため、シンシアたちが襲われた場所近くでジフとウェンボスが常駐し、そこを集合地点に部隊の指揮を執っていたところ、偶然ビクターらしき人物を発見した。

 同時にあちらも勘付き、逃走。背中を狙ってウェンボスがナイフを投擲。他の何者かに撃ち落とされて空を舞った。

 これだけでビクターが単独ではなく、協力している能力者も判明。他の捜索隊にも連絡を取りつつ、二手に別れてジフが狙撃手を、ウェンボスがビクターを追った。

 だがこの狙撃手がなかなかの曲者で、まるで全員の動きをなにもかも把握しているように、ピンポイントで的確に弾を撃ち込んでくる。

 どうやら殺す気はないらしく、頭も身体を狙ってこない。打ちっ放しコンクリートの廃工場内部まで追い詰めると、『一流のガラクタ職人(バッドテイスト)』をビクターが発動した。

 最初からここまで誘導するつもりだったのかもしれないが、一騎打ちはウェンボスにとっても好都合だった。

 S級闇玩具同士の闘いが始まろうとしている最中、ジフのところにベベルたち他の捜索隊も集う。



「ああ、こっちでなんとかする……さて、俺たちもたまにはいいとこ見せないとな」



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