十五話 オリジナリティ
「え、デフォのまま? なにも弄ってないじゃない」
ユキヒコの個室へ無遠慮に立ち入り、初期設定のままのネムレスを見てセブンは言った。
「必要ないだろ」
「嗜好を晒し上げてやろうと思ったのに……つまんない野郎ね。これだからブタは」
デタラメに文章を打ち込み、五万字程度の短編でまとめ、ファイルをネムレスに読み込ませた。
『ランク圏外、判定無しです』
評価と共に、校正するべき箇所を青いラインで引かれる。書き上げた全文章が真っ青に染まった。
「これが駆け出しワナビ恒例のブルーシートってヤツよ」
「……全部直せってか」
「アタシに文句付けないでよ。ネムレスでもね。能無しの自分自身を責めなさい」
「Dを出せば休めるんだろ? 具体的にDってどんなもんだ」
「小説なら、Dは商品として売り出してもいいレベル、Cは売れっ子の中でも飛び抜けた出来映え、Bなら文豪と張り合えるほど、Aは今世紀最高の傑作、Sは別格でそれ以上はありえない比類無き作品。空前絶後のマスターピース。ブタの好きな言葉を借りれば神よね、ネ申」
「幅がデカすぎるだろ。どんだけアバウトなんだ。自慢じゃないが、こちとら文章を書くこともほとんどしてこなかったんだ。要点を教えろ。評価の基準は?」
『オリジナリティです』
掛け合いをしている二人の話に割って入り、ひとりでにネムレスが喋り出した。
『全ての分野、事柄はあらゆる点を総合して検討し、評価を下しますが、その中で最も重視される要素が独創性です。ノベル系統は語彙力、構成力、表現力などの文章力が一定の水準に達した場合でも、独創性を既存の作品群と比較した割合で数値化し、それを基にランクの決定を致します』
「ブヒヒヒヒ。つまりアンタは、独特な面白い顔ってことね。よかったじゃん」
「よく解らん。俺、馬鹿だから簡単に説明しろ」
『たとえば、ユキヒコ様の執筆された小説。ジャンルは二次創作なので原作は除外しますが、それ以外で極めて内容の類似する作品が2059150件ほど検出されました。意図的な盗用の疑いはありませんが、ランクを適用するには最低でも500件以下に抑える必要があります』
「要するに、手○治虫よりウォ○ト・ディ○ニー、テスラよりエジソンの方が偉いってわけ。まあ、アタシはザ・ボスに依存しているビッグボスより、クーロンのくせしてオリジナルを超えた自己を確立しているソリッド・スネークの方が好みだけどねっ。彼ならきっと、発狂大佐に言い返せたに違いないわ。あ、コイツに見せてやった漫画とか映画をチェック入れるの忘れてた。あとで追加しときなさい」
『セブン様が焚書を行った百年以上前の著名作はシークレットアーカイヴスにデータを保存してあります。一般の方は目に触れる機会が皆無ですので、通常の審査では吟味しませんが、能力者機構の会員は特別に閲覧が可能になるケースが多々あります。万が一、拝見された場合はご自身で申告をお願い致します。その他、インターネットが復興したおよそ五十年前に渡り、SNSでの他人の書き込みや発言なども一つの作品として含め、創作物のアイディアを検閲しますので、予めお気を付け下さい』
予めと言われても、そんなのどうやって気を付ければいいんだ。と、自身の執筆した小説を読み返しながらユキヒコは釈然としない心境。
そもそも参考にしろと見せられたものを結局除外しなければならないのは本末転倒じゃないのか。
「あと、それから深夜アニメを観なさい」
「……なんで? 小説書くのに必要か、それ」
「小説だろうがなんだろうが観ないとダメ。今のブタ共は動画サイト中毒者だからね。そこで配信されている今期の作品を逐一チェック。自分のと被っているネタがあったら必ず省く。そのアニメより先に自作を登録してネムレスの判定がOKでも、頭の悪い糞餓鬼からパクりパクりって時空を超えた批判が飛んでくるわよ。ほら、いるでしょ、口から出る言葉、話題は全部まとめサイトからの引用みたいな自分がない奴。ここ最近は特に。マス搔きのオカズ探し片手間に調べたペラい知識ひけらかしていい気になってるおちんぽ野郎共ね。その手のくそメンド臭い連中の半可通な意見を無意味にするためのシステムでもあったんだけど、あんま効果なかったみたい。使えないポンコツね」
それを捨て台詞に個室からセブンは去って行く。あの第一人者至上主義には何か私怨のようなモノを感じるユキヒコ。
書くだけでも嫌なのに、そんなしち面倒くさいことやってられるか、こんなところ早く出てしまおうと、オリジナリティを出すため机にうっぷし、画面も見ないブラインドタッチで文章ではない何かを一気に書き連ねる。
『真面目にやってください』
ネムレスからランクの判定ではなく、そんな返事が返ってくる。AIに叱られたユキヒコは、お前ぶっ飛ばすぞと大声でがなり立てた。




