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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第2部 リターンズ
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十二話 プロ

 バイトの手伝いが終わって、エコーは再びブースに呼び出された。原稿を手にキースはヘルニア持ちの腰を擦る。



「喜べ、会議で通った」



「マジッスか!?」



「ああ、同時並行でアニメ化も進める」



「ええアニメ!? マジッスか!?」



「そや。こんな話は滅多にない。感謝するんやでぇ?」



「ありがとうございまッス!」



「うん。そうと決まれば、すぐに描け。ここでな」



「ここッスか!?」



「俗に言う缶詰っちゅーヤツや。漫画家っぽいやろぉ?」



「カッコイイッス! 燃えッス!」



 トントン拍子に話が決まり、意気揚々と用意された原稿用紙に手を付けようとする。そこへ迎えの人が来たと受付から連絡が入った。

 ちょっと行ってきますとキースに断り、一旦下まで降りてユキヒコと落ち合った。



「ユキヒコ、描かせてもらうことになったッスよ!」



「悪いな、こんな遅くまで待たせて」



「ハァあ! もうこんな時間!」



「落ち着け。素になってるぞ」



「ふんふん! 響ッス!」



 あんなに落胆していたのが嘘みたいに明るくなって、若干イラッとくるユキヒコであったが、そんなことはもう気にせず、エコーの肩を抱いてコソコソ話す。



「決まったなら、そろそろ帰れるか? つーか、ちょっと言いたいことがあるんだが……なんか、変な紙にサインとか書かさせられなかったか?」



「……う、ううん」



「大丈夫だな。よし、聞け。少し話が変わってよ。ここよりずっといい場所を見つけてきた。……まあ、なんだ、実は俺もいま能力者機構で小説書かされそうなんだけどよ」



「ああ、シンシアも音楽作ってるって言ってたよ。あのセミ先生がいるんだよね!?」



「お前も知ってたのかよ……なら、話は早い。エコー、お前もこっちに来い。その方が絶対いい」



 今さらこんなことをエコーに言ったところで通るわけがないのだが、重要なのは自分が実際に引き留めようとした事実を作ること。

 そうすれば文句を言われる筋合いもないし、本人から断られたことで自分の責任が軽くなる。連れ戻すのではなく、そのための進言だった。



「……それは、できないよ」



「一応、聞くけど。なんでだ? そのセミ先生から直々のご指名だぞ?」



「だって、オレから頼んだことだし。それにね、担当になってくれたキースさんがすごくいい人なの! ユキヒコやシンシアと一緒の所でやれたら楽しいかもしれないけど、オレはここで頑張ってみる」



「そうか。……やっぱりエコーだな」



「うん。ごめんね」



「いや、俺の方こそ悪かった。変なこと言ってすまん。んじゃ、ここで待つから」



「あ、先帰ってて。オレ、缶詰しなきゃ」



「は?」



「ふふん、連載が決まったんだ~。それにね……あ、これはまだ内緒。えへへ」



「そ、そうか……頑張れよ」



「待って!」



 エコーはウエストポーチから手作りのクッキーを取りだして、ユキヒコに差し出した。



「これ、キースさんに渡すため作ったヤツの余りだけど、セミ先生に渡して。断ってごめんなさいって」



「ああ、喜ぶよ。マジで」



 いつだったか、前にもこんなことがあったなと思い出すユキヒコ。

 あれからなんの因果か、腐れ縁でエコーとの付き合いは長くなり、彼女の人となりはよく知れるようになった。

 シンシアほどではないが、ユキヒコだってエコーを大切に思っている。このままヒーローよりも漫画家として頑張ってくれた方が、誰にとっても幸いなことかもしれないと考えた。

 小さな袋に包まれたクッキーを翳す。これもエコーの作ったいわば創作物だから、セブンに渡して事なきを得ようと窮余の策を思い付き、ワールドツリーへ引き返した。

 ユキヒコを見送り、ブースに戻ると、貧乏揺すりをしていたキースが机に拳を叩き付けて怒鳴った。振動で紙コップからコーヒーが零れそうになる。



「遅いッ!!」



「……ご、ごめんなさいッス」



「ええか、お前はもうプロや。担当編集者を待たせるようなマネだけはしたらアカン」



 エコーが持ってきた原稿を読みながらタバコを吹かす。

 ストーリーは筋肉質のムキムキヒーローが主人公で、ずっと一人だった彼が闘いの中で仲間を増やしていき、悪の親玉とも仲直りするため努力するという、好きな作品たちからモロに影響を受けた、まさにエコーの憧れを投影させた漫画だった。



「ほんで、これ、バトル漫画?」



「はい、そうです!」



「アニメ化するなら、バトル漫画は好ましくないなー……。戦闘シーンは制作スタッフのみなさんにとって大きな負担になるんや。最近の読者はうるさい。少しでも原作より絵面がちゃっちくなるとあっちがバッシングされていい迷惑や。分かるか?」



「はい……」



「それにやるのはネット配信オンリーの五分アニメ。その尺でこの内容は受け付けへん。……要するに、全部、描き直せ!」



「ぜ、全部ッスか!?」



「ああ、そうや」



「でも、バトルが駄目なら何を……」



「そんなん自分で考えろや。こっちは忙しいんやから。学園モノの日常系とか、色々アニメ化しやすい漫画はいくらでもあるやろ。強いていうなら……アイドル物はどや?」



「アイドル?」



「せや。アイドルを題材にした作品なら、メディア展開が幅広くできる。アニメはもちろん、CD、フィギュア、ソーシャルゲーム、その他グッズ。商法凝らさんでも、この手に熱心な連中はアホやからな。人気に火が付けば、なんぼでもゼニ落とすんや」



「あ、アホって……お金とかそんな理由で!」



「そんな理由!? なんでやねん、お前プロやぞ! 人気を取って金稼ぐ以外になんの理由がある!? こっちは商売でやってるんや! お前、ええ加減にせんと、ほんまにぶち殺すぞ!?」



 キースが向かいの椅子を蹴り飛ばした。ドスの利いた声で脅され、怖じ気づきそうになるが、こういう時こそシャンとしなければと、エコーは少しくらい自分の意見も踏まえた上で話し合ってもらうおうと試みる。



「……お、オレは!」



「ああ、もうええもうええ。ゴタゴタ言うのは、せめて描いてからにせぇ。まずは第一話の三十ページ。楽したいなら四コマで八ページでもええで? 見せられる方もそっちの方がやりやすいしな。どっちにしても完成するまでは、ここから出るな。食事くらいは持ってきてやるわ」



 バタンと勢いよく扉を閉め、鍵を二重にロックをするキース。エコーは彼の豹変ぶりに呆然と立ち尽くした。

 こういうことには慣れている。常に誰かとぶつかってきて、その度に失敗を繰り返してきた。誰かのために慮って行動しては、空回りの繰り返し。自分なりに努力をしてきたつもりだが、彼らとの関係は今でも変わってはいない。

 でも、きっといつか分かり合えると信じている。その信念もずっと変わらなかった。

 それが本当にできるようになって、ヒーローになって、漫画家になって、みんなにもそれができると伝えられるようになるのが、本当のエコーの夢なのだ。



「……うん。頑張ろう」



 その夢の第一歩として、机に向き直りビシッと端座する。

 ここはユキヒコや修理屋のおじさん、色んな人たちが自分のために用意してくれた場である。途中で投げ出すわけにはいかない。

 ヒーロー物だろうがアイドル物だろうが、エコーが目指すのは読んでもらう人達が元気になれるような漫画。

 頬を両手でパンパン叩いて気合いを入れ、腰のバックルを回転させた。スーパーヒロイック発動。

 下描きもせずに、ペンを走らせる。



「編集長、終わりました」



 デスクで自社の売り上げグラフを細目で見ているキースへ、漫画家の男がネームを提出した。

 不自然に伸びた似合わないカラフルな色の髪をなびかせ、編集長の返事を待つ。キースは首をひねって大きく息を吐いた。



「天久木ぃ……。お前、何回言うたら解んねん。型に嵌まってきたのはええけど、描くペースがまったく変わってないやん」



「か、勘弁してくださいよ……これでも必死なんですから……」



「こちらこそ勘弁してくださいよぉ、せんせぇ。次のタイトルで売れなかったらお払い箱。バイトで永久に文字打ちや」



 天久木はノートを押し返され、もはや宿舎と化した自分のブースへ戻ろうとした時、昨日まで空いていた場所に、明かりが点いているのに気付く。



「新しい人ですか?」



「うん? ああ、まだがきんちょやけどな。ま、従順にさせるなら若い方がええわな」



「可哀想に……」



「なんか言った?」



「い、いえ別に」



「できたーー!!」



 突然発せられた大声で飛び上がりそうになる二人。何事かと、エコーが居るブースへ駆け付けた。



「……あ、すいません。うるさいッスよね」



 そう言って原稿をキースに渡した。



「……い、一時間」



 腕時計を確認し、信じられないといった様子で、キースは原稿をめくっていく。きっちり三十ページ。



「ど、どうッスか……?」



 キースに言われたとおりのアイドル物で、特にこれといって際立った出来映えではないが、他の漫画家と比べても遜色の無いレベルに仕上がっていた。



「……ええやん。これで行こか」



「ホントッスかぁ!? あ、これ、壊しちゃったッス……」



 申し訳なさそうに、へしゃげたGペンの先を差し出すエコー。



「ええ。消耗品や」



「ごめんなさい。じゃあ、終わったんで帰りますね。おつかれッス!」



 あまりのことに唖然とし、キースはエコーが帰り支度をして出て行くのを黙って見届けるだけだった。



「一杯食わされたな、これは。あいつ、他の原稿隠し持ってたわ」



「いや、ちゃんとここで描き上げたんですよ」



 机に転がった鉄くずを拾い、天久木は笑みを浮かべた。



「ペン先が熱い」




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