五話 茶番劇
「失敗、ですね」
シンシアの宣戦布告が終わってから、デルタたちは一度大広間に戻っていた。ビゾオウルは性懲りもなく放送を再開させ、半狂乱になりながら弁解を繰り返している。
「やれやれ。せめてもう少しだけ先伸ばしにしてもらえるとよかったのですが」
気抜けたデルタと対称的に、ムドウは意気揚々としていた。
「なにも臆することはないでしょう。スーパーダークネスといえど、所詮はマホヒガンテの隠し玉に過ぎない。必ずや拙者が討ち取ってみせます!」
いまいち乗り気ではなさそうだが、もう後には引けそうにないこの状況で腹をくくったのか、デルタはようやく顔を上げた。
「ジェノサイドの方は、先の放送を観た外の能力者たち、多く見積もって十四、五人といったところですか。彼らと、こちらからも何人か手配しますので、ムドウくん、キミにもお願いできますか?」
えぇ!?と、虚をつかれたようにオーバーな反応。そんなムドウに構わず、オージンはザガインさんに頼みます。と、付け加えた。
「なっ!……ご、ご無体な! 拙者では役不足とでも!?」
いや……。答えようとして、一度間を置く。
余計なことを聞かないでくれ。こっちはただでさえ疲れているんだ。言うまでもないことをいちいち説明するがために、これ以上、頭を働かせたくないんだよ。
そういう思念を込めての沈黙だったが、それを察してくれる人物でもなかったと気付き、デルタは言葉を続けた。
「キミが役者不足というわけではなく、こと戦闘面においては、オージンと対当できるダークネス能力者なんてこの世に存在しません。たとえS級の闇玩具を所有する五人の能力者が全員でかかったとしても敵う相手じゃない。スーパーダークネスの力はそれほど強大なのです」
ムドウが黙ったのを見計らって、早口で畳み掛ける。
「我々が取れる唯一の手段は、オージンがジェノサイド装置から外され、肉体の修復を始める前の不完全な状態を討つことのみ。僕やキミの闇玩具だと、能力を発動するまでに時間が掛かりすぎる。ザガインさんのように速攻で仕留められる能力者が適任です。サポート役も、ほとんどは彼女の支援に回します。……せめてサクラさんも参加してくれればね」
ーー少しは楽なのに。
叶わないことと知っていながらも惜しまれる。そもそも彼女は自分たちと方向性がまったく違うのだ。
気のままに生きられるのを羨ましく思う時もあるが、同じ組織に属しているのなら、もっと協力してくれてもいいだろうに。
「キミは僕も含めた精鋭部隊のアシストを。ムキシツとフカシギの姿が見えませんが、実戦では彼らがいることも想定して下さい。まぁ、僕らだけで、あの三体とまともに渡り合えるわけがないのですがね。あくまで囮と時間稼ぎのつもりです。とりあえずオージンさえ倒してもらえれば、後のことはどうでもいいので」
獣のような鳴き声が聞こえてくる。ビゾオウルが発狂したらしい。
元から支離滅裂な発言が目立つ老人だったが、自暴自棄になって、それがより際立つ。
「こちらが侮られているのは幸いです。彼らの傲慢さが我々に付け入る隙を与える」
こんな抜き差しならぬ状況でも、シンシアは落ち着いていた。サクラには劣るが、能力者機構の中で、彼女は特に有能で扱いやすい人材だとデルタは重宝していた。少し情緒不安定なところが珠に傷ではある。
「成功する確率は絶望的と言っていいほど。それでも貴女に賭けたい。これから先の展開で、オージンがいれば面倒なことになります。何人の犠牲が出るのか判らない」
戒めるデルタに対し、シンシアは大きな瞳をつむって頷いた。
「一瞬で終わらせます。なんとしてでも。この日のために私はーー」
待ってくだされ!
突然、珍しく黙り続けていたムドウが、堰を切ったように叫んだ。
「後のことはどうでもよい、とは? デルタ参謀長! それでは、あの囚われた人たちは一体どうなるのです!?」
だから、どうでもいいんだよ。
と、言い返すのは良くないだろう。話が長引くのは御免だ。
「スーパーダークネスのことばかり気にかけているようですが、まずはジェノサイドを止め、彼らの救出を優先すべきです! まさか見殺しにするつもりですか!?」
「いえ、それはあの少女に任せます」
またしてもムドウは言葉を失った。キョトンとした顔が、無理解の色を現している。
何も知らずにコイツは一体、何をしにここへ来たんだろう。……面倒臭いから、このまま放っておくか?
「そこも知らなかったのですか。こうなったら一から説明しましょう」
しつこく後から訊かれても困るので、どうせならここで適当にあしらっておこう。
面倒だからこそ、はやく済ませたい。
「ヒーローサイドの生き残りがもうすぐここへやって来るんですよ。今回のシナリオは、すべて彼女のために用意された茶番劇です」