九話 VS フレンとシッピー
「BADL NAST編集部編集長のキースや。んで、おたくが例の漫画家志望?」
さっそく紹介された出版社へ行き、ブースへ案内されたエコーとユキヒコ。対面に座る強面の編集者は、田舎から出て一から起業し、大成してこの出版社を築いたそうだ。
「あ、俺じゃなくてこっち」
ユキヒコは隣に居る少女を指差した。ぶかぶかのセーターを着込んで、持ち込みの原稿を片手に丸眼鏡をクイクイ上げている。
「ふんふん、響ッス。よろしくお願いしまッス」
あの事件以降、エコーの名は世間に知れ渡っているので、素性は性別ごと偽り、変装してペンネームのみで活動することにした。
「また随分と若いなぁ……。まあ、オヤジさんに紹介されたからには断るわけにもいかんけど。どうなん、自分ちゃんとプロとしてやっていけるん?」
「未熟者ですが、頑張りますッス。ふんふん!」
「ほな、ならさっそく原稿を見せてもらおか。ついでにこっちで仕事も手伝ってくれ」
「よかったな、頑張れよ。あと、そのふんふんはいらないぞ」
「了解ッス! ふんふん!」
担当となったキースに手を引かれ、奇抜な男装のエコーは編集部の奥へと進んでいった。なんだかんだでやる気はあるようだから心配ないか、と出版社から出てユキヒコは帰路に着いた。
「ユキヒコ。チンポしゃぶるわよ」
声を掛けられ、ビルの裏路地から覗き見で手招きをしているシンシアを発見。怪しい不審者を見るような目でユキヒコが歩み寄ると、彼女は壁に背垂れて不満そうに腕組みした。
「まだ付いて来てたのかよ。実は暇だろ、お前」
「少し話が違うのね。近づけないようにと伝えたはずよ。ここはワールドツリーの目と鼻の先じゃない。チンポしゃぶるわよ」
「漫画家って家で仕事するんだろ? 大丈夫だよ、すぐに帰るんだから」
「心配なのね……チンポしゃぶるわよ」
それでも漫画を描くことに集中させ、他に関心を寄せないようにするのはいい手かもしれない。
深く考えてもドツボに嵌まるだけ。必要以上にエコーを気に掛けている余裕は無い。ひとまず彼女のことはこれでいいとして、いま自分が成すべき事に尽力しようと頭を切り換え、シンシアは壁から離れた。
「おい、後ろ!!」
なんの前触れもなく壁が窪み、穴が開いた。奥は空間がねじれたように虹色が渦を巻いている。
背後のそれに気付かず、穴から伸びてきた何者かの手に衣服の裾を掴まれ、シンシアは吸い込まれていった。
「シンシア!」
急いでこちらへ彼女を引き寄せようとした勢いで壁にぶつかる。額を擦り、すっかり穴が消えた平面に手を当てた。
クスクスと笑う声。路地の先に一人の少女。首をかしげ、左耳に付けたイヤリングを見せびらかして微笑み、踵を返すと走り出した。
追わずにユキヒコは闇玩具を背中から抜き出し、ステッキの先から放ったオーラで彼女を容易に捕らえる。唐突の無重力にきゃっと、か弱い悲鳴を漏らして空中でじたばたしている。
オーラを縮めて手元に少女を寄せると、胸ぐらを掴んで壁に押し当てた。
「いまよ、シッピー」
「ええ、任せてフレン」
すると、少女の後ろにまたしても穴が出現し、中から別の少女が姿を現した。右耳にイヤリング。瓜二つの顔が並んでイタズラっぽく笑う。
彼女たちに髪と腕を引っ張られ、ユキヒコも吸い込まれていった。浮遊の感覚から転がり落ちて、臀部を強打し、埃を巻き上げる。
はやかったわね、と汚れた膝を叩きながら目の前にいるシンシアが立ち上がった。
「私としたことが不意を突かれたわ。ダークネス能力者よ。チンポしゃぶるわよ」
「どこだここ。またこういう……統治局の能力者か? まさかエコーを狙って……」
「いいえ、あなたと同じくワールドツリーから離れて消息不明になった能力者ね。A級闇玩具、『孤立無援の上下関係』。所有者はフレンとシッピー。双子の能力者で、両者の直線上にあらゆる遮蔽物を無視して平面に直結するワームホールを生み出す能力よ。チンポしゃぶるわよ」
穴の先は乱雑に散らかったどこかの物置だった。学校の教室ほどの広さがあり、入り口の扉と窓はバリケードで完璧に塞がれている。
段ボール箱と書棚で死角が多くなり、双子の位置は把握できない。
「匿名の報告はあったけど、このタイミングで湧いて出たとなれば確かに統治局と繋がっている刺客かもしれない。エコーを狙っている可能性も無きにしも非ずね。いずれにしても、能力者機能の立場として拘束する義務があるわ。ユキヒコ、耳を貸して。……チンポしゃぶるわよ」
「イーッ! 耳元でその台詞を囁くな!!」
物陰で同じ顔を合わせて、口を押さえて笑いを堪えるフレンとシッピー。急に肌寒くなり、寄り添った。
シンシアが指輪の闇玩具から冷気を放射し、倉庫の室温が一気に氷点下を下回り、床に霜が降りる。密室なら、『純哀なる安っぽい原石』の独壇場。
天井に立ったユキヒコが真上から双子の居場所を探る。端で二つの影が別れ、シンシアに狙いを定めて走り出した。
シッピーの身体が浮き出し、天井へ逆落下。押し潰されそうな重力に身動きが取れない。迫り来るユキヒコに、すかさずフレンは片割れに向かって折りたたみ式の鏡板を投擲。
鏡板に穴が生まれ、そこからフレンは彼女たちの間に入ったユキヒコの闇玩具を奪った。
重力が元に戻り、シッピーは降り立つとフレンと共に再びシンシアに向けて駆ける。彼女たちは両サイドに滑り込み、鏡版を広げて放った。シンシアを挟み打ちにして二つのワームホールから腕が伸びる。
ここまで近くに来れば十分と、シンシアはしゃがんで床に手を当て、周囲三メートルを氷結させた。フレンとシッピーは下半身を氷に包まれ、身動きが取れなくなって硬直。
ユキヒコに誘導させて自分へ引きつける杜撰な作戦だったが、まさか考えも無しに二人で同時に突っ込んでくるとは思わなかった。
意識を失った双子を解放し、ここからどう出ようか悩む。人目に触れるので壁を破壊するのは好ましくない。
とりあえずバリケードを取り除こうとしたその刹那、倉庫全体がさらにどんよりと暗くなり、所々に謎の物体が出現。それぞれ人狼、幽霊、宇宙人、ゾンビのカラクリ人形。
「これは……『一流のガラクタ職人』!? チンポしゃぶるわよ!」
「なんだ、今度は新手か」
「十年以上前に姿を消したダークネス能力者、ビクターのS級闇玩具よ。チンポしゃぶるわよ」
密室のみで有効。空間の広さに応じた数の人形を生み出す。目標にした相手を捕らえる命令を与え、指定した相手を全員捕らえると密室が固定化して脱出をできなくする。
対処法は、額に表示された番号順に人形を全て破壊すること。能力が解除され、一定時間は『一流のガラクタ職人』の使用も不可になる。
だが、人形単体の戦闘能力も非常に高く、倒す順番を誤っても閉じ込められる。複数人が相手の場合は分が悪いデルタと同じく、一対一に特化した能力である。
「……そういうことね」
双子二人が自らここへ籠もったのは解せなかったが、囮の役割だったようだ。報告を受けた最重要指定能力者たち全員が一つの組織として動いていたなら、非常にマズい。
いま、外にいるエコーが危険な目に遭っていたらと、焦りながらも冷静にシンシアはユキヒコへこの能力を説明した。
『四』と額にある狼が間髪入れず彼らに襲い掛かった。ユキヒコの闇玩具で動きを封じるが、まだ狼は倒してはいけない。
出現した人形の数は四体。まずは一番目の人形、或いは本体であるビクターを叩かなく。二人は手分けして倉庫中を探し回った。
一体目の宇宙人を見つけ出し、シンシアが仕留めて宣言した。続いて二番目のゾンビををユキヒコが探し当て、重力砲で遠距離から狙うが、背後から幽霊に羽交い締めにされる。
ステッキが手元から離れ、彼の能力が切れて狼が放たれる。ゾンビと共にシンシアに猛攻。二体の人形を凍らせ、先にゾンビを氷ごと弾けさせたが、狼は氷付けの中から凶猛な腕力をもってして割って出た。
生身では狼との攻防に対応できないと判断したシンシアは、氷の豪腕を作り出す。狼は攻撃できないので、やむを得なく壁に叩き込む。
密室の条件を満たせなくなり、人形が消滅。戦闘後、ビクターを探したが、倉庫内にはすでにいなかった。




