七話 小説家になろう
「この三部作は二作目が評価高いんだけど、アタシは一作目が好きなのよね。低予算にも関わらず、ちゃんと質のあるゾンビ映画になっているわ。もしかしたらおばさんもゾンビになってるかもしれないって、疑う主人公と交互にカメラを切り替える演出が秀逸よね。ラストも皮肉が利いてていいし。貧乏な大学生でも腕次第でこれくらいの映画が撮れるんじゃないかって参考になる良作よねぇ~!……で、どれが一番面白かった?」
意気消沈と椅子に崩れるユキヒコ。大体数ヶ月程か。もうどれだけ時間が経ったかすら正確には解らない。
この異空間では時間がゆっくり流れ、眠気も空腹もなかった。
ギチギチに拘束されながら強制的に映画とアニメを観せられ、漫画と小説を読まされ、その度に感想を訊かれ、いちいち応えなくてはならなかった。それ以外に他の何かをすることも許されない。
もはや現実にいた頃を忘れかけていた。ここが地獄かと錯覚するほどにユキヒコは精神的にまいっている。
瞳を輝かせるセブンに死んだ目を合わせ、またうなだれた。
「……どれも良かったよ」
「ハァ……そういう小学生並の感想はいらないの。ただ観るだけなら猿にでもできるでしょ。ちゃんとクリエイターとしての着眼点を持たなきゃダメよね」
「誰がクリエイターだ……。これで全部終わりだろ。はやく出しやがれ」
風景がぐんにゃりと変貌し、空中に放り出される。いきなりだったので、ユキヒコはだらけた姿勢のまま落下して背中を強く打ち、セブンは舞い降りて綺麗に着地を決めた。
文字通りのブタ箱と呼ばれる大工房の高台、会長用デスクに二人は現れた。個室に籠もるメンバーたちは、またかといった調子で特に驚くこともなく作業に没頭している。
ここで行うすべてを創作活動と一括りにされ、それを強いられていた。ユキヒコが闇玩具を得た時に、二次説明会も受けることなくここへ連れて来られなかったのは、能力の利便性から創作以外の作業を任せた方がいいと検討されたからである。
「それで、あんたは何をやりたいの?」
鈍痛に悶えて背中を擦り、返答を言い淀む。何かしらの創作活動をしろという意味だろうが、絶対にやりたくない。そんなモノには微塵も興味がない。
だが抵抗するとまたあの異空間に連れて行かれるのではないかと、セブンの意図とは別に植え付けられた恐怖心で断ることができなかった。成り行きに任せて諦める。
「……なんでもいい」
「じゃあ、とりあえずライターね。大して才能無くてもラノベくらいなら書けるでしょ。スヲルタ、空いてる部屋どこでもいいから案内しなさい」
「は、はい」
螺旋階段を下り、目付役のスヲルタに導かれ、セブンに三階の個室へ放り込まれるユキヒコ。中には簡素な机とベッド、洗面台と洋式トイレだけが設置されていた。外から様子を窺えるように扉はアクリル製でできている。
本当に牢獄みたいだなと、ユキヒコは苦々しく笑う。机にノートパソコンを乗せ、思案するセブン。
「ジャンルは……定番でいっか。映画ならホラー、漫画ならアクション、小説ならSF、そしてミステリーよね。というわけで、目標はミステリ作家で決まりね。推理モノなら伏線の張り方とか、話作りで勉強にもなるし。はい、ここが今日からあんたの仕事場よ」
無心でOSの起動画面を見つめ、ダルそうにユキヒコは片手をキーボードに置き、軽くタイピングするフリをした。
「帰らせろ。家で書くから」
「ダメ。何か完成するまでは帰るな。……と言っても、いきなりは短編一本も無理だろうし……あー、それじゃまずはこの掲示板で練習がてらにSS投稿してみなさい。台詞だけでいいから。これ未だに存在する糞出版社が売れない作家にバイトで自社作品の二次創作やらせてるのよ。残りは中高生の自己満足ね。時々、クソニート。大体はそのステマSSばっかだから、この三流共より面白いの書いてみなさい。それくらいできなきゃ論外よ。所要時間、大奮発で二時間。はい、始め!」
ブラウザとエディターのウィンドウが二つ重なっている。書けと言われても一体どうやればいいかさっぱりだった。
ユキヒコは椅子に背もたれ、透けている入り口側の壁から忙しく作業を続ける能力者たちを眺めた。コイツらこんなことやらされてたんだな、と裏でずっと楽な荷物の区分ばかりしていたユキヒコは彼らに同情の念を送った。
会長用デスクに書類を置こうとしていたシンシアが、こちらに気付いて向かってくる。
「お疲れ様です。会長、少しいいですか?」
「え、無理。いま忙しいから」
「手を尽くしましたが、参謀長を含め、数十名の同士が亡くなりました。葬儀の日程ですが」
「あー、はいはい。やるやる。ちゃんとやるから。それくらい、いちいち言われなくても自分で後から確認するわよ」
セブンはシンシアに一瞥もくれず、いまだ作業を始める様子のないユキヒコを見張っている。シンシアは机に一枚の用紙を置いた。
「なに、これ?」
「休暇申請書です」
「見りゃ解るわよ。は? なに、あんた、こんだけサボっておいてまだ休み足りないってわけ?」
「ノルマは達成しているので問題はないかと。先ほど、Cランクも出しました」
「人手が足りないっつってんでしょ! ムカつくから言いたくないけどね、ブリザガ。あんたみたいなコンスタントにランク作を生み出す人材は貴重なの。デルタがいなくなったなら尚更よ。平気でこんなマネをするなら、規定の倍は仕事増やすわよ?」
「筋が通っていません」
「うるさいブタねっ! 元はと言えば、あんたらが勝手にどんどん死んでいくのが悪いんじゃない! これ以上、生意気言うなら語尾が『チンポしゃぶるわよ』になる呪いかけるわよ!?」
「何をしているの?」
画面を覗き、ユキヒコに尋ねるシンシア。
「小説書けってよ」
「小説なら、どこでも書けるわね。彼も連れて行きます。執筆の進行具合はわたしが監視しますので。これ、新曲です。では、失礼します」
「ブッヒィィィィィイイイイイイイイ!!」
オーディオプレイヤーを渡し、シンシアはユキヒコを連れ出した。閉ざされた扉の向こうからセブンの雄叫びが聞こえる。
コイツ、扱いに慣れてやがるなと思いながらも、ユキヒコは頭を下げた。
「悪い……助かった」
彼女は感謝するユキヒコに顔を綻ばせ、中央のエレベーターへ歩き出す。




