六話 決断
能力者機構の寮棟にある自室で、シンシアはラックの前に座り、デスクトップPCに入っている音楽作成ソフトを開いている。
試作を打ち込み終え、仕上げにシンセサイザーで敷いたメロディラインを適当な単音楽器と入れ替え、別のアイコンを開き、不細工なハムスターのAIに圧縮したファイルを読み込ませた。
ハムスターはファイルを咀嚼すると、オエー!と別のデータをどんどん吐き出し、『ランク圏外』と表示して、マズい物を食べたようにわざとらしく嘔吐いている。
類似とされた曲を自作と聴き比べた後、もう一度打ち込み直して曲調を修正。これならどう、と再びハムスターに読み込ませる。
ファイルを飲み込むと美味しそうにクルクル高速回転し、ピタッと片足で立ち止まって高揚した気味の悪い笑顔で言い放った。
『おめでとう、シンディー! キミの作品がランクに適用されたよ! Cランクだ!』
ほんわかと微笑みながらも、ヨダレと一緒に類似データを垂れ流している。
特に感慨深くもなさそうに、提出用の小型オーディオプレイヤーに完成した曲を入れて懐に仕舞った。
いつもの面倒な作業を済ませて寮棟を出ると、統治局の本部を目指す。アポイントをとった人物の部屋のドアをノックし、返事が返ってきてから入室した。
「何の用だ?」
シンシアの父親、ザガインは眺めている書類から目を離さずに訊く。シンシアは凛とした姿勢で机の前まで歩み寄った。
「スーパーダークネスの行方は?」
「無論、こちらで回収した。オージンがあまりにも期待外れだったのでな。もっと容赦の無い奴だと思っていた」
「デルタ参謀長が死にました」
統治局の仕業だと確信し、責め立てるように言う。元を糺せば、全ての元凶は彼らなのだ。
「簡単に済むことなら何故、もっと早目に対処しなかったのですか。オージンのせいでどれだけの人が犠牲になったか。我々でさえ事前に予測できたことです」
「何度も言わせるな。スーパーヒロイックの完成を達成させるためなら多少の犠牲は付きモノだ。こちらもトレイが負傷、他何人かが死亡した。目的のためなら私とて死は覚悟の上だ。わざわざ、そんなつまらないことを言いに来たのか?」
「……エコーにはもう関わらないでください。言いたいことはそれだけです。これから何を始める気なのかは知りませんが、あの子があなた達の勝手な理由で振り回されるのは、もう許しません。また同じような事が起きたら、私も死ぬ覚悟であの子を止めます」
以上です。と、シンシアは踵を返して退室しようとする。
「シンシア」
確執が生まれて以来、久しぶりに名前を呼ばれ、扉の前で顧みた。父は変わらず憮然とした面持ちで彼女を見据えている。
「スーパーヒロイックと敵対するつもりでいるのなら、話が早い。実はビゾオウルの後釜を探していてな。お前でよければどうだ? 先日の放送は、なかなか様になっていたぞ」
シンシアの全身から激怒のオーラが燃えさかり、凄まじい勢いで拳を壁に叩き付けた。衝撃と共に壁が凍てつく。
忌々しく父親を睨み付け、統治局の本部から出た。からかわれた怒りが収まらず、肩の震えが止まらない。
送られたオーラを冷気に変換し続けている闇玩具を手で塞ぎ、落ち着いてから携帯を取り出した。念のため登録しておいた番号に掛ける。
「こんにちは、フィル。わたし、シンシアよ」
『え!? シンシア!? うそ、あんた大丈夫なの!?』
「ええ、こっちは大丈夫」
『あ~ん。よかった~……エコーも心配してたのよ』
「エコーはどうですか?」
直接本人に掛けてもよかったのだが、前回の戦闘から一度も顔を合わせていないので、まずは実際に会ってから謝るのが友人としての礼儀だと考えた。
尋ねられたフィリップは顔を曇らせ、すぐ側にいるエコーを見てから返事をした。
『うん、ごめんなさい。今は、ちょっと……』
遺体安置所のプレハブ。故人を悼む人たちの啜り泣く声が絶えずこだまする。エコーはしゃがみ込んで両膝に顔を付け、ひどく落ち込んでいた。
結果として、スーパーヒロイックを用いても、誰一人として救うことができなかったのだ。
力の及ばない自分を再び痛感し、精神的に追い詰められ、すぐに立ち直ることは容易ではなかった。
その事情を聞き、シンシアは俯いた。
「そう……」
『あ、そういえばユキヒコがそっちに行ったんだけど、何か知らない? 戻ってこないんだけど』
「新人のメンバーがみんな会長に軟禁されているから、もしかしたら彼も捕まったのかもしれないわね。多分、大丈夫よ」
『なら良かったわ。お互い落ち着いたらまた連絡しましょ』
「ええ。またね」
通話を切り、シンシアは決心する。統治局が次にどう出るかは解らないが、もうこれ以上、エコーを苦しめてはいけない。
それまでに万全の態勢を整え、スーパーダークネスに対抗する術を見つける。確固たる決意を胸に、シンシアは能力者機構の本部へと戻って行った。




