五話 二次説明会
ダークネス能力者となった時分に説明会を受けた講堂。とっ捕まえられてから、ユキヒコはここへ強制連行された。
何をされるのか理由も教えられていないので内心、恐怖と不安で満ち溢れていた。
「それではこれより二次説明会を行います。……じゃあ後はお願いしますね、会長」
壇上へ上がった者を見てユキヒコは口を開けたまま固まった。あいつだ、あいつに襲われたんだ!と、先の戦慄が蘇り、苦虫を噛み潰したように顔を強ばらせた。
眼前の有象無象を視界に入れ、セブンはにっこりと笑う。
「ようこそアウターヘブンへ、憎たらしいブタ共。アタシがワールドツリー能力者機構の最高責任者。会長のセブンよ。気軽にセミヌード先生と呼びなさい。ま、わざわざ説明されるまでもないでしょうけど」
知らねぇよ、と顔をしかめるユキヒコ。しかし他の者達は周知の様子で、特に目立った反応も無くぼんやりと耳を傾けている。
彼らはダークネス能力者になったばかりで、先日、シンシアの説明会を受けた者たちである。
「んで、また言わずもがなだけど、ここでの主な仕事は創作活動よ」
……え?と、一瞬言葉の意味が理解できず、そこからしばらくキョトンとしたまま話を聞いた。
「漫画、アニメ、小説、ゲーム、映画、音楽、創作物ならなんでもいいから週に一つは必ず仕上げてもらうわ。一人でね。今はなんでも個人で作る時代よ。まあ、安心しなさい。クオリティの高いモノを出せば楽させてやるから。全部ランク制で評価して、それに準じた待遇を与えます。高ランクの作品を生み出した者はある程度の報酬が貰え、ある程度の自由が利くってわけ」
ここ能力者機構だよな、と周囲の人間を再確認し、間違っていないことが逆にユキヒコを困惑させる。
「今のうち注意しておくけど、慈善活動は二の次だから。給与もないし、労災も下りません。よっぽど暇な物好きは勝手にどうぞってかんじよ。これまた口酸っぱく言うけど、メインは創作よ。他にやることがあるとしたら能力の指導とか、最低限のことだけだから」
シンシア、デルタ、ムドウと、知っている限りのメンバーを頭に浮かべるが、どう考えてもさっきからセブンの言っていることと彼らとの印象が結びつかない。
あいつらは能力者且つ公務員として社会に貢献するのが仕事じゃなかったのか。創作ってどういうことだ。と、謎が謎を呼び、情報の整理が追いつかない。
「それでも能力者としての活動を優先したいって奴が結構多いのよねぇ~。偽善者ぶっちゃってさ。あんたらの早漏な先輩らが死に急いだおかげで人材が絶賛不足中でね。新人だろうがなんだろうが倍は働いてもらうから覚悟しておきなさい。はい、説明会終わり。さっそく作業に取り掛かる! 働け、ブタ共! ブタブタブタァ!」
前回とは打って変わり、数分という短時間で説明会を終えた後、だらだらと講堂から退室する者たちのケツをセブンは繰り出した影で叩きまくり、まるで羊飼いのように彼らを誘導させて行った。
重力場で作った光学迷彩で身を隠したユキヒコは、なんとかその場をやり過ごし、立ち去ろうとする。
「ど~こへ行こうというのかねぇ~?」
こもった声色に背後から呼び止められ、びくりと身体が跳ね上がり、ユキヒコは棒立ちのままおそるおそる振り向いた。
ふふんと嬉しそうに鼻を鳴らしてニヤつき、セブンはユキヒコを上から下へ品定めするように、しげしげと眺める。
「あんたよね、エコーちゃんに擦り寄ってるブタの一人っていうのは」
「は?」
「あ、ブタを蔑称扱いしたら本物の豚に失礼とか、そんなつまらないこと聞きたくないから」
「……いや、何も言ってねぇよ。用はなんだ? 創作だのなんだのって俺はやらないからな」
「自分を知れ……そんなオイシイ話が……あると思うのか? おまえの様な人間に。バイ、ジョルノ・ジョバァーナ。あ、こうやって時折わざわざ引用元を言っちゃうのはね、その作品に対する敬意の表れよ」
「だから何も言ってねぇよ! 意味不明なことばかりベラベラ、ベラベラと! お前ら一度は俺のこと見限っただろうが! なんと言われようが帰らせてもらうからな。こっちはこっちで別にやんなきゃいけないことが多いんだよ! わかったか、女会長!」
「ん? アタシは男よ」
「う……ぉえええええええええええ!?」
いきなりスカートを捲り上げ、何も履いていない股間を晒す。別に見たくもないモノを見せられ、ユキヒコは嘔吐しそうになった。
「……と、とにかく、やらねぇったらやんねぇよ!」
「聞き分けの無いブタねぇ~。ここで七ページ半に渡る萌えブタラッシュを食らわしてやってもいいんだけど、あんたにはそれよりもっと効果的な対処が必要ね」
奇妙なポーズを取り、両手で四角を作る。すると一気にセブンの雰囲気が変わり、強烈な威圧感をユキヒコに与えた。
セブンは右手にオーラを集中し、仮面を具現化。既視感のある動作に、ユキヒコの心拍数が急激に上がる。
「……お、おい。それ……」
「心配ないわよ。あんたみたいな能無しがいなくなったところで、エコーちゃんはな~んにも困らないから」
じりじりと追い詰められ、洒落にならないと大きく目を見開き、竦み上がる。
一歩踏み出し、セブンはユキヒコの顔面を狙って仮面を叩き込んだ。
「ま、待て……待て待て待てぇええ!! ぎゃああぁああぁああああああ!!」
被せられた瞬間、目の前が真っ暗になり、身体が沈んでいく感覚を覚える。
視界が復活したと同時に尻餅をついた。ずらっと巨大な棚の並ぶだだっ広い空間。
「ようこそ、アタシの領域へ」
椅子に腰掛けたセブンは、大仰に気取って手を広げてみせた。
慌てて距離を離す。以前に他人がやられている場面に出くわし、まさかここにきて自分まで同じ目に遭わされるとは思わず、気が動転してユキヒコは闇玩具を構えた。
「オージンの能力!?」
「そんなわけないでしょ。ビビらせようと思ってふざけただけよ。このセミヌードちゃんを、黒髪で黒コートの最強美少年って、あんな、いかにもキモヲタの妄想テンプレみたいな糞キャラと一緒にしないで。……まったく、仙水や散さまの真似事なんて身の程を知るべきよ」
椅子から立ち上がり、セブンは近くの棚の前で拳を顎に当て、うんうん唸って悩みながら物色を始める。
「まあ、似たようなモンだけどね。ここは時間がギュ~~!っと圧縮されてるから。簡単に言えば、精神と時の部屋ね」
よいしょっと、ユキヒコの前に書籍や光ディスクを大量に重ねて置き、山のてっぺんをポンポン叩いた。
「とりあえず、この名作漫画、小説の百選。アニメと映画の合わせて五百作。全部、目を通しなさい」
「しねぇよ!!」
「うわっ、この期に及んでわがままね。いまや世に出回っていない作品の数々をタダで観せてあげようっていうのよ? それこそ、こんな贅沢でオイシイ話ないじゃない」
「うるせぇぇえええええ!! とっととここから出せぇぇええええええ!!」
「出たかったら、これ全部観て、読み終わらないと出れないわよ。そういう条件を付与したから」
セブンが指を鳴らすと、頭上からテレビとボードが降ってきた。椅子にユキヒコを鎖で固定し、瞬きができないようにする器具を頭に装着させる。眼球に一滴ずつ目薬が入る仕掛け。
準備を済ませると満足げに手を叩き、セブンは映画のBDをプレイヤーにセットして再生ボタンを押した。
「なにすんだ、コラ! は・な・せっ!」
「お前がどれほどの男か試してやる。我慢できなくなったら服従しろ。そうすれば止めてやろう。○ボタンを連打すればLIFEが回復する。服従したければセレクトボタンを押せ」




