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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第2部 リターンズ
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三話 セブン

 扇風機を組み立てる最中でウトウトして、ついに瞼が閉じようとした瞬間に頭頂を思いっきり引っ叩かれた。



「寝るな、ユキヒコ!」



「勘弁してくださいよ、昨日の今日で疲れてるんっすから」



「男のくせに弱音吐いてんじゃねぇ。あれを見ろ、元気よく愛想良く働いてるじゃねぇか。エコーちゃん、大丈夫か!? 疲れてないか!?」



 大丈夫ッスーと、エコーが向こうから手を振って応える。それを見て、誰に対しても手厳しいはずの年配技術者は朗らかに笑って頷いた。

 みんなあいつには甘いな、とユキヒコは欠伸のついでに大きく溜息を吐く。店前にぶら下がっている時計に目をやった。時刻は正午を過ぎようとしている。

 ユキヒコはバイト中、ほとんど時計しか見ていない。残る勤務時間は後半分ほどだから、始まった時から今に至るまでの調子でなんとか乗り切ればいいさと、いつもどおり自分なりの目安を付けて眠気を抑えようとした。

 ふと、何か違和感を覚える。目線の先は時計を越えて、遥か遠くにあるワールドツリーへと移った。見飽きた情景が何一つ変わっていないのは、逆におかしいと今頃になって気付く。

 ワールドツリー全体を覆っていたオーラが跡形も無く消滅していた。



「エコー!」



 ドライバーを投げ捨て、ユキヒコは店から飛び出し、エコーを外へ連れ出す。ワールドツリーを指差して彼女にも異変を伝えた。

 それと同時に、バイクで駆け付けたフィリップと合流。二人は後ろに跨がり、互いの店主に断りを入れ、三人乗りのバイクは駅に向かって発進した。

 日常の平穏から、また先日の緊張感が戻り、言いようのない不安と共に押し寄せる。考えられる理由は大きく分けて二つ。オージンが能力を解除した、或いは誰かがオージンを倒すことに成功したか。

 前者はオージンの気が変わって解放したのか、または別の目論みがあって今まさに行動を取ったのかだ。後者ならさほど問題ではなく、仕掛けたのが統治局ではなく能力者機構であるのを祈るばかり。

 駅前にまで辿り着くと、想定外の惨憺たる光景が広がっていた。白髪の人間が何人も倒れている。彼らの側にいるベベルたちを見つけて三人は直ぐさま駆け寄った。



「ベベル! おい、どうなってんだ!? 他の連中は!?」



「ジフ達が向かったわ。あっちも気になるけど、手伝って。この子たち危ないわよ」



 ベベルの仲間が手当を施す男は、生気を失った顔で虚空を見つめ、過呼吸気味に痙攣を起こしている。どうやら症状に個人差があるようで、頭を抱えて発狂を続ける者や、正気があり、はっきりと喋れる者もいる。

 話を聞くと、この病人たちはなんの前触れも無く所々に出現し、駅前の広場まで紅の百花繚乱のみんなで集めたという。ベベルが怒鳴る。



「医者はまだなの!? はやく呼んで! モタモタしてたら手遅れよ!」



「それが……女将さん、ここだけじゃないみたい」



「どういうこと!?」



「各地で同じことが。死人も出たって……」



 エコー達を乱暴に掻き分け、柄の悪い男たちが割り込んできた。痙攣を続ける男の手を握り、涙を流している。どうやら身内らしい。

 意を決し、エコーはスーパーヒロイックを発動。男の胸に手を当てる。落ち着いた様子になるが、代わりにエコーが汗を滲ませ苦しそうに身体を震わせた。男が回復するのに比例して、エコーの顔色がどんどん悪くなる。

 ここまでの経緯で、事態の要因にあたる人物を頭に浮かべ、ユキヒコはギリッと歯噛みし、あの野郎……!と唸って怒りを露わにした。

 ワールドツリーは以前の様相を取り戻し、天空を貫いてエコー達の頭上に影を落としている。

 その頂にて築き上げられたマホヒガンテの城。シンシアは、ホールの玉座前で横たわるオージンの陰惨な死体を見下ろしていた。



「どうやって……」



 思わず声を漏らすと、過敏に反応した小鬼に睨まれて威嚇される。一心不乱にオージンの身体を貪っていた。

 こうなると安易に近づけないので、直接の検死もままならない。見た限り、胸を大きく抉られている。

 スーパーダークネスは物体であり、適用者は体内にそれを埋め込んでいるという。すでに抜き取られたようだ。おそらく統治局の仕業だと推定するが、方法が解らない。

 周囲を見渡すと、戦闘を行った形跡もないので、奇襲の一撃で仕留めたのだろうか。

 端の方でビゾオウルの姿が目に留まる。見た目は別段変わった様子も無いが、瞬きもせずに無表情のままピクリとも動かない。

 一応、目撃者かもしれないので、尋問しようと近寄るが、シンシアの後から来た親類の者たちに遮られ、彼らに連れ添われ出て行ってしまった。

 しばらくその場で思案を巡らせるが、何も手掛かりを掴めない。せめて無理矢理にでも遺体だけは回収しておこうと、闇玩具から冷気を発し、群がる小鬼たちへ攻撃を仕掛けようとした直後、扉が開かれた。



「ザガイン殿!」



 血相を抱えたムドウが大声でシンシアを呼ぶ。息を切らせながらそれを報され、シンシアは慌ててムドウと共にビゾオウル邸を後にした。

 二人でそこへ急ぐと、中層にある通路の先で、ムドウに連絡を入れた者が屈み込んで、仰向けに倒れている男を見下ろしながら話しかけている。



「三日前に納品したヤツだけど」



「……はい」



「あれさ、まあまあ面白かったけど、なんか手抜きくさい。スクリプトも前のヤツの流用だし、やっつけでもなんでもいいから、とにかく期日を守って審査を通り抜ければいいって、浅ましい魂胆しか見えてこないのよ」



「いや……そんなつもりは……」



「アンタら最近、そういう小賢しい手を覚えたわよねぇ~。まだ生きる気があるなら、一から作り直してくんない?」



「……勘弁してください」



「デルタ参謀長!」



 駆け寄って変わり果てたデルタの前に跪き、ムドウは心配そうに涙を滲ませた。側に付き添っていた者は不服そうに立ち上がり、少しだけ彼らから離れて腕を組んだ。



「大丈夫ですか? 今すぐ治療を……」



 シンシアがそう労ると、苦しそうに乾いた笑いを漏らした。髪の色も、肌も、真っ白に染まり、ほとんど死人のような状態。この痛ましい姿はあの時、自分が何もできなかったからだと、シンシアは己の無力さを責めた。



「ここにいたか」



 前方からの声にシンシアとムドウが身構える。不滅型闇傀儡の一人、フカシギがくちゃくちゃと咀嚼音を鳴らしながらやってきた。



「うべぇ、クソまずい。……チッ、やっぱりコイツ自体はただの欠陥品だな。おい、お前らは何も知らねぇのか?」



 その手には、いましがた剥ぎ取ったのか、オージンの頭部を持っている。顎を引き千切って口蓋を割った中から脳味噌を啜った。

 問いにシンシアが応える。



「スーパーダークネスなら、統治局が回収したのでは」



「うっぷ……ハー……まあ、そうだろうな。あいつらが勝手に始末しやがったんだ」



 そう言ってフカシギはオージンの首を足下に転がし、ありったけの憎たらしさを込めて踏み潰す。

 血まみれた足跡を付けながらデルタに近寄り、首根っこを掴むと壁に押し付けた。



「お前がパイプ役だろ? 俺を手伝ってくれんかなぁ。スレイヴに先を越されたら堪ったもんじゃねぇ。乗り込んで盗ってこい」



「僕には無理ですよ、フカシギ様……ぐ……っ!」



「ああ、ああ。これが頼んでるように見えるのかなぁ。お前がやらなきゃ、代わりにそこの奴らを利用してもいいんだぜ?」



 デルタの首に凶悪な爪が食い込む。ムドウは闇玩具を刀に変形させ、フカシギの喉元に刃を当てた。



「……なんだ、お前。ドタマ飛ばすぞ? ろーく、ごー、よーん……」



「やめなさい……ムドウくん……」



「引けませぬ。嫌なのです。……もう、同士を守れないのは」



 やむを得ず命令を受けようと、秒読みを止めないフカシギに応えようとするが、絞め上げられる力が強すぎて衰弱しきったデルタは声が出せなかった。

 こうなったら能力で応戦しようと力を振り絞り、腰に手を伸ばすが、デッキホルダーが見つからない。



「にぃー、いーち、ゼ――るぼぉあ!?」



 突如、横からいくつもの黒い影がフカシギを連打。細切れになって消滅するまで猛ラッシュを打ち込む。攻撃を終えると、影はうねりながら収束して引っ込んだ。



「ブタ、ね」



 黒髪の長髪で、端麗な顔立ちの美少女姿。いままで黙って顛末を見ていた彼は、全身から漲るオーラを鎮め、髪をかき上げてつまらなさそうに吐き捨てた。



「可哀想に。あいつ、今アタシにぶっ飛ばされるためだけに登場したわよ。かませキャラを置くにしても、もう少し魅力的なバックボーンを描くとか、感情移入できる余地を与えるべきよね。アタシならボツだわ。初っぱなからつまんない茶番を見せんじゃないわよ」



 崩れ落ちたデルタを抱き起こし、肩を貸すムドウ。もう片方の肩をシンシアが支えた。



「セブン会長、とりあえず私たちは参謀長を運びます。他の方々を助けてくれませんか?」



「いいけど、これ以上減られてもアタシが困るしね……ていうか」



 いい加減にうんざりといった様子で嘆息と言葉を吐く。



「業務中以外ではセミヌード先生と呼びなさいって言ってるでしょ。あ、そうだ」



 くるりと回って誰も居ない方向へ振り向き、腰に手を当てつつ人差し指を口元で立て、ウィンクをしながらポーズを決め、甘ったるい作り声でセブンは言い放った。



「英雄気取りのエコーちゃん、第二部リターンズ! はっじまるヨーっ!」



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