一話 修行
朝靄がかかる更地に、木枯らしが吹き荒れる。
少しぴょんぴょん跳ねてみて、肩幅ほど足を広げ、砂礫の地面をならした。
彼女がファインティングポーズになり戦闘態勢を整えたのを確認すると、対する二人は互いに闇玩具を構える。不敵に笑い、変身ベルトのバックルを回転させると、エコーはまずウェンボスに向かって果敢に突進した。
万華鏡を覗き、本日の能力を身体に宿らせ、ウェンボスは懐から鉄パイプを抜き出した。宙に放ると回転したまま最高点に達し、そのまま両方共エコーへ凄まじいスピードで射出。
左右から弧を描き、挟み打ちで迫る攻撃を受け止めようとするが、掴まれる寸前で二つの鉄パイプは軌道を変え、エコーの頭部を狙った。
全身を傾けて避けると、鉄パイプが十字に交差してぶつかり合う。エコーが逃げようとするが、常に近距離で並走しながら鉄パイプが襲い、避ける度に何度もギンギンと金属音が周囲に響いた。
猛攻に気を取られている隙に、ユキヒコが闇玩具を振るい、旋回するように自身を飛び跳ねているエコーが着地する地点まで運んだ。
彼女の背中を軽く蹴り上げると、体勢を崩されたエコーは空中で翻ってなんとか鉄パイプの一つを掴み取り、それでもう片方を打ち返し、真下にいるユキヒコに目掛けて拳を振り上げた。
「パッショナブルアターック!!」
「ああああああ!?」
ギリギリの所で重力場に乗って後方に避ける。エコーのパンチで地面が大きく陥没し、砂嵐が舞った。咽せて咳をしながらユキヒコが怒鳴る。
「っぶねぇなコラァ!!」
「ああ、ごめん……痛い、ッス!」
残っていた鉄パイプがエコーの後頭部に命中して、足下に落ちた。近づいてウェンボスは酒瓶を口に付け、戻しそうになりゲップを吐く。
「疲れただろ。少し休むか?」
そう尋ねられると、エコーはグッと両拳を握って言った。
「まだまだお願いしまッス!」
疲弊したユキヒコだけが抜け、酒屋のテラスで寛いでいるジフたちの輪に加わった。ジョッキ入りのレモンティーを飲み、一息つく。
「あー、しんど。いつまでやる気だよ。……ったく、付き合わされるこっちの身にもなれっての」
「なんだ、もう根を上げたんか」
「うるせぇ、お前らがタフすぎんだよ。ギャラリーもよく飽きないよな」
エコーとウェンボスが闘っている傍ら、それを見守るユキヒコたちの他に、男達が酒の肴だと言わんばかりに観戦している。加えて子供も含めた老若男女が、エコーを応援するために集まっていた。
あれから随分と有名になって、声援を送られて面映ゆそうに手を振り、余所見をしたのでまた頭に投擲された鉄パイプが当たった。もっと優しくしろとウェンボスにブーイングが浴びせられる。
エンジンが唸る音と共に帰ってきたフィリップがバイクから降りた。
「ああん、もう疲れた……」
「どうだった?」
「一応、全部確かめたけど入れないわよ」
「真上は? 雲の上からは行ったのかよ」
「行けるわけないでしょ。あんたが行けば? ……まったく、人使い荒いんだから」
ユキヒコは十数キロ先のワールドツリーを見上げた。黒い膜のようなモノで覆われているのを目視できる。
先日、エコーが敗北してからいまだスーパーダークネスの脅威は続いていた。
難攻不落であった世界最大の建造物は悪念のオーラに包まれ、より一層その不気味さを増し、内部にいる者たちはめいめいただ静かに息を潜めて事態が収束するのを待つばかり。
そんな中、立ち入り禁止となった食料庫に忍び込もうとする二つの影があった。狭い排気口からカメラを覗かせ、安全を確認すると、小型ロボットと一人の男が抜け出し、棚を物色し始めた。
『これとこれと、あとついでにこれも。……お、あれも欲しいな』
「さ、ささサクラさん……ははははやくしましょう。みみみ見つかったら、どどどうなるか……」
『うるせぇなぁ。そんなにビビるくらいなら付いてくんじゃねぇよ。言っておくが、あたしは自分の分しか持ってかねぇからな』
眼鏡を掛けた男、カガリが、遠隔操作でロボットを操るサクラを急き立てるが、慌てる様子も無くいつもと変わらずマイペースのまま、鼻歌を歌いながら収納ボックスに詰まっているお菓子を漁っている。
入り口の扉が開く音。カガリはそれに気付くと全身を強ばらせ、反射的に眼鏡型の闇玩具を発動した。対象を探る前に、蛍光灯が点滅して明かりが点く。
その邪悪で禍々しい気配を抑える素振りもせず、黒いコートの少年が目の前に現れた。
オージンは侵入者の二人を見つけると、ゆっくり歩を進ませる。
「キサマら、ここで何をしている」
「……あ、ああああの、あの、こ、ここここれはですねぇ……」
「食糧は配給分までの最低限と言ったはずだが」
『アホンダラ。あれで足りるわけねぇだろ』
「さ、サクラさん……」
ギラついた眼光に見下ろされるが、モニター越しに睨み返すサクラ。頬杖をついて小指で下唇をなぞった。
命懸けでここへの侵入を挑んだカガリと比べ、サクラの意識はとても低く、むしろ理不尽に対して当然の行動に出たまでといった態度である。見つかったところで非難される謂われはないと高を括っていた。
「サクラ・タイテン、キサマはまだワタシの前に顔を出してないな。加えてこんなマネを。ふざけているのか」
『ふざけてんのはおめぇだ。いきなり閉じ込めたかと思えば、生活にまで縛り入れやがって』
「自分の立場を理解していないようだな。別にこの場でキサマらをいたぶることに、ワタシはなんの躊躇いもないのだが」
『ま、実際のわたしはここにいないけどな』
「ぼぼぼぼぼ僕が困ります。さ、サクラさん、たたた頼みますから穏便にお願いしますよ……い、いい今は彼に従いましょう」
器用に大量のお菓子を積んでいるロボットからそれを乱暴に取り上げ、きちんと元の陳列棚に並べて戻し、オージンはふんぞり返って二人に向き直った。
『なんだよ、ケチー』
「頭を出せ」
「な、なななんで僕なんですか!? かかか返します返します!」
ロボットの背中を押し、そそくさと退散しようとするカガリ。ひょっこりとロボットが首を出し、オージンに訊いた。
『あのさ、おめぇ本気でここの連中が何も文句言わずに、ただ黙って言うこと聞くと思ってんのか?』
「でなければ始末するまでだが」
『今はまだあたしらだけだが、そのうちこぞって物の奪い合いが始まるぞ。一気に統制が崩れて収集が付かなくなる。そうなったらまた大量虐殺おっぱじめんのか? おめぇ、あれだろ。あの直情ヒーロー女がやって来るまで待つ気なんだろ?』
「エコーのためにキサマらの命は保障する。どこでそう言った。勘違いするな。衣食住を与えているのは生命維持のためだが、それは同時にキサマらゴミをこのセイトウリウの手で管理するためだ」
『へーへー、そうかい。じゃあ、勝手にしろよ。あたし、しーらないっ。あーあ、ちょ~っとだけ在庫増やしてくれればメンド臭いことにならなくて済むのになぁ~』
白々しく言うサクラに構うことなく、オージンは踵を返して戻る。安堵してカガリがホッと胸を撫で下ろした。
『あ、あたし、ウエハースとスティックケーキな。よろしくぅ』
オージンが出て行くと同時に、カガリの携帯が鳴った。サクラは嫌そうに自宅のパソコン画面でメールを閲覧。
『能力者機構のダークネス能力者、全員集合』との内容を確認して、やはり気だるそうに嘆息した。




