三十一話 A hero can be anyone
「エコー」
屑切れのように横たわるエコーを、脅すようにオージンはオーラを滾らせる。
「やめろ。もう終わりだ」
不滅型闇傀儡と比べ、エコーの再生能力は遅い。ヒロイック能力者はダークネス能力者よりも、単純にオーラの総量が段違いに少ない。
スーパーヒロイックであるエコーでさえ、すでに底を突きかけていた。
「まだ……ま……だ…………」
それでもエコーは満身創痍になりながら立ち上がった。オージンは彼女の胸ぐらを掴み持ち上げる。
「理解できないな。何故、そうまでしてゴミ共のために闘う。お前はずっと虐げられてきたはずだ。同士を殺され、屈辱的な生活を強いられ、恩も見返りもないだろう。奴らを庇う理由はなんだ」
「みんなのことが大好きだから……。みんなと一緒に頑張って幸せになれたらってずっと思ってた」
「我々にその資格はない。幸福を得る権利があるのはもうお前だけだスーパーヒロイック」
そう吐き捨てると共にエコーを投げる。呻いて歯を食いしばり、再び立ち上がった。
「……そんなの関係ないよ」
再生の追いつかない傷付いた身体で無理に踏ん張り、まだ死んでいない目を向けてオージンにそう言った。
「ヒロイック能力者だとか、ダークネス能力者だとか。だって、そうでしょ? オレはみんなが助けてくれたからここまでやってこれたんだよ。キミに、シンシアやユキヒコ、他のみんなが協力してくれたから今まで生きていられたんだ。みんないい人じゃんか。オレはみんなを信じてる。みんなで協力すれば不可能なんてない! 誰かを助けたいって、その気持ちさえあれば、誰だってヒーローになれるんだから! キミだって!」
そこで少し間があり、どこか寂しそうな様子のオージンは言葉を返した。
「誰かを信じること。それ自体がお前の信念か。だが、その手の台詞は聞き飽きたぞヒロイック能力者。ゴミ共がお前を配慮していたのも、所詮は自分が救われるためなのだ。お前の期待に値しない。連中はどこまでも落ちぶれている」
「期待に応えなきゃいけないのはオレの方だよ。みんなの前で今みたいなことが堂々と胸を張って言えるように、世界を救えるくらいの強いヒーローになりたい。えへへ……その次の夢が漫画家。まだ口だけの、みんなに助けられっぱなしな英雄気取りだけど、いつか必ずオレが伝えなきゃいけないことなんだ」
「……英雄気取りだと」
常に無表情だったはずのオージンが、仮面を被りながらも身体を震わせ、激情を表したかのように吼えた。
「ゴミの戯れ言に惑わされるな! お前の両親は立派だった。過去に存在したヒロイック能力者たちも。彼らとまた同じように、お前は真の英雄だ! お前はこれまで多くの人間を救ってきたではないか! 本当に誰かを思い行動したのはお前だけだ。大義はお前にある! だからこそ、エコーよ。お前は他の誰よりも幸せにならなければいけない! そのお前を、出来損ないの己を棚に上げて英雄気取りなどと呼ぶ愚か者がいたなら、そんなゴミはこのセイトウリウが一網打尽にしてくれる! そして生きろ。ダークサイドが消えた世界で思うがままに!」
「……ありがとう」
エコーには嬉しかった。感情を吐露してまで、いまだ認められない自分のことを認めてくれるオージンの言葉が。
だからこそ、精一杯の心でそれに応えようと、エコーは軽くなった身体で体勢を立て直す。
「でも大丈夫。みんなに認めてもらえるくらいのヒーローになれるよう頑張るよ!」
「まだ続ける気か。殺すぞ」
「……苦しくてぇ悲しくてぇ、泣きそうでぇ負けちゃいそうでぇー、ゼツボーに飲み込まれそーでもー……信じるんだぁ~……熱ぅい心に燃えたぎるヒーローの~たーましぃ~をぉ~!」
急に特撮ヒーローのオープニング曲を歌い出すエコー。尊敬しているヒーローたちの姿を思い描き、もう一度バックルを弾いて回転させた。心から湧き出す情熱の炎が全身に迸る。
なくなりかけていたはずのオーラが、これまでにないほどの光を放つ。エコーは口元の血を拭い、不敵な笑みを浮かべ、強がるような口調で言い放った。
「まだまだこれからだ。いくぞ、セイトウリウ! ヒーローはこんなところで諦めたりしないんだ!!」
迷いのない目で駆け出したエコーは猛スピードで走る。オージンが閃光を浴びせるが、ダメージを負いながらもなお前進してくる。巨大な黒い槍を練りだし、撃ち放った瞬間、まっすぐに向かってくるエコーの瞳に、オージンは誰かを連想した――
「ーー必殺ッ! ウルトラ、デラックスぅ……!」
その一瞬できた隙を突かれ、槍を避けたエコーが懐に入る。
渾身のオーラを拳に一点集中し、特撮ヒーローの超必殺技を叫びながら、
「パッショナブルアタァァァアアアアアアアアーーック!!」
全力でオージンの顔面を殴り抜け、仮面を打ち砕いた。
打ち付けられた壁が陥没し、オージンが素顔のまま叫び、崩れ落ちる。
空を覆っていた影が消滅し、日の出の逆光が、息を切らすエコーを照らし出した。




