過去編・終
「うれぇ!」
上層からエコーを突き落とし、ビゾオウルの笑い声がこだまする。
街の広場に倒れたエコーはまだ完全に再生していない身体のまま立ち上がろうとして、力尽き、また意識を失った。
――英雄とはなんだ。
最後にザガインから問われたことがまだ頭に巡っている。ヒーローとは英雄と同義だ。困っている人を助けられる心優しく常人以上の勇気と強さを合わせ持つ者のこと。
学校ではヒロイック能力者こそがそうであると教えられた。シンシアに見せてもらった史書の中には、ダークサイドにより滅ぼされたヒーローサイドの経緯が載っていた。
結局のところ、人の善意は人の悪意には勝てなかったのだ。心のどこかで人助けのために生きることが正しいと感じていながらも、エコーはその蟠りを払拭することができないでいた。
エコー自身も、マホヒガンテの家族とは和解できなかった。できる限りの努力はしたが、最後まで嫌われたままで終わってしまった。
英雄ってなんなんだろう……。その答えを見つけられないまま、統治局からも見放された。
きっと自分もいままでいたヒロイック能力者たちも、英雄と呼ばれるに満たす力がなかったのだ。
そんな諦めた気持ちで眠っていると、誰かが自分を呼びかける声を耳にして、目を見開いた。
「よお、また会ったな」
知らない場所だったが、見知っている人物がそこにいた。ユキヒコがやれやれとホッとして顔を上げる。
広場で倒れていた自分を誰かが運んでくれて、医療施設を経由してユキヒコが住んでいる辺境の町の孤児院まで辿り着いたらしいと話してくれた。
「で、何があったんだ。ていうか聞くまでもねぇけど、お前も追い出されたんだろ?」
「……はい」
「まあ、落ち込むなって。むしろ喜んでいいと思うぞ。ここはワールドツリーなんかより居心地いいしな。……って、喜べるわけねぇか。俺の家も近くにあるからよ。わかんねぇことあったらいつでも呼べよ」
労られ、元気がなくても何度も小さく頷きお礼を言った。幸い、ユキヒコに貰ったブーツは無事のようだ。
シンシアが買ってくれた服は不滅型闇傀儡との戦闘で無くなったのか、小さい頃に着ていたようなボロボロのワンピースに身を包まれていた。
ユキヒコが孤児院から出て、意識を取り戻したと聞きつけた施設の人たちがエコーへ可哀想にねぇと慰めの言葉と、果物を食べさせてくれた。どうやらユキヒコはエコーがヒロイック能力者だという事情は話さないでいてくれたようだ。
しばらくして孤児院の子供たちと遊ぶようになった。少しずつだが元気を取り戻す。みんなでテレビを観ることになり、釘付けになっている子供たちと同じように無心のままエコーも画面を見つめる。
ダークサイドによって世界が支配される前にやっていた、児童向けの特撮ヒーロー番組だった。
そこは現実と違う世界で、奇抜な格好をした男が悪の怪人たちを正義の鉄拳で打ち負かし、その悪の怪人ですら助け、町の平和を守るという稚拙なストーリーだった。
『さあ、カメ隊長! 私と共にキョジャク団を止めるため闘おう!』
『おれは……! とんでもないことをやらかした悪党だぜ? 借は返したが、いまさらどの面下げてお前みたいなヒーローごっこをしろってんだ!?』
『そんなことは関係ない! キミはいま私と協力してあの子供たちを守ってくれたではないか!』
ヒーローの差し伸べる手を払い、自分を責める怪人に、それでもヒーローは力強くこう言い放った。この時の衝撃を、今もエコーは忘れない。
『誰かを守りたい気持ち、それさえあれば、誰だってヒーローになれるのさ!!』
頬に熱い何かが伝い、手に落ちる。目から溢れて零れる涙が一体なんなのか、一度も泣いたことのないエコーには解らなかった。
子供向けの、ありきたりなご都合主義のストーリーだったが、エコーがここまで感情を揺さぶられたことは初めてだった。
ずっと探し、追い求めていた答えがそこにあったのだ。
「そう……なん……だ……ヒーローは……」
この先もう何も迷うことはない。他の誰でもない、画面の中にいる本物のヒーローが教えてくれたから。
単純でどこまでも真っ直ぐなだけのその言葉が、エコーの中に眠る信念を確固たるモノにし、いつまでも心に響き続けた。




