二十八話 セイトウリウ
ビゾオウル邸の宮殿には統治局、能力者機構、ワールドツリーの上層部たちが集まっていた。
「なかなか楽しませてくれるな、オージン」
ホールに辿り着いたオージンを迎え、統治局のガーランドが言った。
「私は見解を誤っていた。スーパーダークネスはお前のような者にこそ相応しい」
「随分と粋がっているな、ゴミがッ。奥の手すら失ったキサマらに何ができる。それともこれから味わう苦痛を軽く見ているのか。いいだろう、全員頭を垂れろ。いますぐに思い知らせてやる」
コートのポケットから手を抜き出し、戦闘態勢に入ろうとしたオージンの前に、ムドウが飛び出す。
「ええい、貴様! なんのために我が同胞を連れ去った!? デルタ参謀長は素晴らしい人物だ。拙者が勝てば皆を返してもらう!」
「何も問題はないだろう。殺されて当然のゴミを葬ったまでだ。そのゴミには相応の罰を与えなければ割に合わない」
「ふむ、一理ある。斬らねばならぬ奴ばらも時にはいる。だがしかし、オージンよ。少なからずお主が手をかけた者の中には、一生を賭して世のため人のために献身してきた御仁もおるのだぞ」
「性根の腐りきっているゴミが何をしたところで無駄だ。悪行の限りを尽くしてきたゴミ、ダークネスを持つゴミ、これらに大差はない。違いがあるとすれば、どれだけの人間を殺してきたかだ。その多寡を検証し、死以上の地獄を見せた上で、後は全員等しく殺す」
「……な、なんというアルティメットバイオレンス。もはや容赦無し!」
闇玩具を刀に切り替えて襲い掛かるムドウ。死角から何者かに殴られ、壁に突き飛ばされる。
スレイヴが割り込んで胸から大剣を抉り出し、振り上げた。オージンは仮面を被り、それを避けると大剣の上に乗り、スレイヴの顔面を蹴り上げる。大量の黒い閃光をスレイヴに浴びせ、八つ裂きにした。
空中から巨大な黒い槍のオーラを練ると、それでスレイヴの胸を貫く。消滅したスレイヴの跡には瓦礫だけが残った。
「な、なぜだ、オージン……わしの孫たちが……」
簡単にスレイヴをねじ伏せたオージンへ、包帯に身を包んだビゾオウルが、よろよろになりながら近づく。
「これは何のマネだ!? 一体お前にいくら投資してきたと思っておるのだ!? ここまでの力を与えたのは誰だ!? わしだ! わしに従えぇ!」
「わしわしわしって、おま、ワシとキャラ被っとる――お」
オージンが指で仮面をコンコンと突く。
「少し黙っていろ」
仮面が静かに沈黙し、オージンはビゾオウルに向かって歩く。
「恩着せがましいぞ、マホヒガンテ」
強引に掴み掛かり、無理矢理跪かせて頭を踏みつけた。
「ワタシが望んでこうしてくれとでも頼んだか。大体、キサマはなんだ。だらだらと延命してまで生き恥を晒す意味があるのか」
「わしはぁ! ダークサイドによる全世界の完全支配! それを果たす義務がある!」
「大層な野望だな。そのために何人犠牲にしてきた」
「犠牲だと!? フン、弱者がわしのような権力者の糧になるのは自然の摂理として至極真っ当なことではないか!」
「それを精算する覚悟はあるか」
「はっ! お前が執着しているのはそこか! いいだろう、やってみるがいい! 覚悟ならあるぞ! 人の上に立つ者として死に追いやってきた愚民共の全てを担う! 撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけだ!」
「ほう。話が早いな。頭を出せ」
どこかの小説から引用したそのままの言葉を豪語したビゾオウルに右手を差し出し、さらに近づくオージン。嫌な予感に勘付き、仰け反りながらボロボロになった老体ですかさず立ち上がった。
「なんだ。たった今キサマはこう言ったな。撃たれる覚悟があると。まさか死ぬだけで済むとでも思ったのか。言っておくが、ただでは殺さん」
冷や汗を吹き出し、追い詰められつつ後ずさる。
「や、やめろ、オージン……頼む……待ってくれぇ……」
「黙れ、ワタシは正当流だ」
外に向かって走り出すビゾオウル。転びかけながら必死で逃げようとする。
オージンが見えなくなるほど素早く腕を振ると、閃光がビゾオウルの片足を刈り取った。
血しぶきに全身を赤く染めたビゾオウルの頭を掴み、記憶を吸い出し、床に叩き付けた。
「ゴミがッ。この百年余り、キサマはまともに物を考えずに生きてきたようだな」
倒れて痛みに悶絶するビゾオウルの顔を足蹴にして、語りかける。
「いいか、ゴミめ。世の大半はキサマやワタシのようなゴミだ。そんなことは人類が始まった紀元前から解りきっていた。では何故、いまだなお世界に大量のゴミが蔓延っているのか。それはこれまで人類を導いてきた一握りのヒロイック能力者たちが、どこまでもお人好しだったからだ。我々は彼らの慈悲によって生かされてきたに過ぎない。お前のようなゴミも含めた全ての者が、幸福になれるようにと願いながら、社会と法や宗教を築き、人としての正しい在り方を啓蒙してきたのだ」
「それが愚劣だと言っておるのだ……! お前の言うとおり、世の大多数は悪だ! なればこそ悪こそ正義であり人類の真理! 獣が牛や鹿を喰らわなければ生きられないこの世界の摂理! それをねじ曲げようとするヒロイック能力者共こそ害悪! 数百万人に一人の奇跡だと!? 奴らは稀に産み出されるただの欠陥品だ!」
「ワタシが記憶を覗き地獄へ送った者たち、奴らには少なからずヒーローサイドに対する敬意と罪悪感があった。それに比べてキサマはなんだ。ヒロイック能力者が害悪だと。この理不尽なシステムが組み込まれた世界の中で正しくあろうと努めてきたのがヒーローサイドの、人間の歴史だ。それに敬意を払わず、低俗な思想を掲げ、まるで糞尿を垂れ流すような生き方をしているキサマはもはやヒトではない。ただのゴミだ。ヒーローサイドが築き上げてきたこの世界でのうのうと生きる資格はない」
頭ごとビゾオウルの身体を持ち上げ、仮面を半分ずらし、片目で睨み付けた。
「七千三百万四百十五人の人間、十一名のヒロイック能力者を殺したな。ワタシがこうやってキサマをいたぶる行為も、ヒーローサイドに対する冒涜になる。それを大前提にして行う。赦されていいはずがないだろう。キサマらよりもよって一番やってはいけないことをしたのだ。まずは彼らに敬意を払え。そして自分がヒロイック能力者に敬意を払うことでさえおこがましいほどの存在だと理解した上で、自分自身を怨嗟しながら、永遠に近い時の中で苦しみ懺悔しろ。徹底的に糾弾してやるぞ。この、ゴミがッ」
仮面をビゾオウルに被せ、オージンは詠唱を開始した。
「ロス ネシズ ミクタク ソブ コタゴ」
ビゾオウルの足下に真っ黒な沼が出現し、そこに沈みながらあまりの苦痛に人の悲鳴とは思えない声を漏らした。
「ユルマ カイド エハ サレノデ エマオ ウミナヤ クシメモ」
詠唱が続けられるごとにビゾオウルの身体が締め上げられ、遂に小さな声も上げられない。この世のモノとは思えないほどの痛みが全神経を伝わった。
「セル エノ ナケザ サナ カシメ サナ ロス クシノボ セ クトモボ チ フゼラナタ ルカイル ユカサナ エセ クロコバッタ ニアモイ サナシテ ウウワド ユユナイ セバ エシナド ダ ドトル」
ダークネスのオーラが燃えさかる炎のように辺りを包み、稲妻のごとくジリジリと不穏に響いている。オージンが親指を下に向けた。
「ロチオ」
沼がビゾオウルを完全に飲み込み、オーラが収束され、時空の穴が閉ざされた。詠唱を終えたオージンがおもむろに天井を見上げる。
「待っていろ。いずれキサマも必ず地獄へ送る」
誰もいないはずの虚空を見つめてそう言った。腹を抱えてフカシギが笑い出す。
「傑作だな。アホらしいにもほどがあるぞ。コイツ、その『地獄』とやらの生成にスーパーダークネスの力をほとんど振りやがった!」




