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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第1部 ライジング
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過去編5―②



「随分と大掛かりね」



「まあな」



 統治局の大広間。ワールドツリーにはよくある円形の広い空間だったが、独立した建物の中に存在しているのは珍しかった。

 今日は父や兄だけではなく、いつもよりも多くの研究員。それから何故か自分と同じ能力者機構の面々がいる。この時点でシンシアは少し怪しいモノを感じていた。

 広間の中心にエコーが立たされ、実験が開始される。



「では始める」



 始まったのは悪夢のような惨劇だった。突然、天井から何者かが飛び降り、エコーに向かって攻撃を仕掛けた。ハリネズミのように逆立った長い髪をした小柄の男だった。

 黒い炎のようなオーラの攻撃を受け、不意を突かれたエコーが勢いよく飛ばされ壁に打ち付けられた。



「なんだ、やっぱり全然手応えねぇぞ」



「いいから続けろ、フカシギ」



 状況を理解したシンシアが飛び出し、フカシギに襲い掛かろうとした。能力を発動させる寸前で何かに全身を床に抑えられる。

 顔をシンシアの視界に入れて正体を現した。青白く能面のような無表情。――ムキシツ。シンシアも知っている不滅型闇傀儡。

 エコーは体勢を立て直すと、フカシギの動きに集中し、広間中を逃げ回った。



「どうした、逃げているだけでは勝てないぞ」



「お父様!! いますぐ止めて!! エコーを殺す気!? いや、やめて!! 兄さま!!」



 いつもエコーに対して優しいはずの兄でさえ、シンシアの請いを無視してこの状況を冷静に見ている。

 なんとか攻撃を避け続けるエコーに、フカシギは間合いを詰めた。彼女の腕を掴み、脇を蹴りながら引きちぎった。

 痛々しい悲鳴を上げたエコーへ、さらにオーラによる攻撃を加える。力なく横たわるエコーを尻目に、フカシギは笑いながら腕を丸呑みにして食った。立て、とシンシアの父、ザガインがエコーに怒鳴る。

 足をブルブル痙攣させ、エコーは立ち上がった。彼女の後方に巨大な何かが現れる。スレイヴと呼ばれる不滅型闇傀儡の中でも最大の戦闘能力を誇る怪物だった。

 スレイヴは指でエコーを弾き、右足の骨を折った。シンシアが彼女の名前を何度も叫び続けている。

 呆れてザガインが語りかける。



「スーパーヒロイック、なぜ応戦しない」



「たたかいたく……ないから……」



「闘わなければ、そのまま死ぬぞ」



「……」



「お前が死ねばヒーローサイドは完全に消え失せる。それでいいのか。我々ダークサイドに蹂躙された彼らの名誉を取り戻したくはないのか?」



「よく、わからない……です……」



「では、最後に問おう。英雄(ヒーロー)とはなんだ? 広義的な意味ではなく、お前自身の考えを述べろ」



「……」



 俯いてヨロヨロになったエコーを、スレイヴが見下ろす。エコーは、痛みをこらえながら声を振り絞った。



「わからない――」



 エコーが答えたと同時に、スレイヴが口から大出力のオーラを吐き出した。喚き散らかしていたシンシアは言葉を失う。

 もはや生きているのかどうかも判別がつかないエコーへ、スレイヴはさらに攻撃を加えている。完全に沈黙し、まるで焼死死体のようになったエコーを、シンシアは見つめた。

 辺りに寒気が走る。大広間の全体が冷気で覆われ、凍った床がひび割れた。いままでにないほどの強大なオーラがシンシアの闇玩具に伝い、冷気に変換されて周囲を襲う。

 シンシアを抑えているムキシツを、突如として出現した巨大な拳が殴り飛ばした。シンシアが無意識の内に生み出した氷の巨人。



「……ぁぁ、あああああああ!!」



 無差別に能力による破壊を行いながら、シンシアは泣きながらエコーの側へ向かう。



「ブヒャヒャヒャ! こいつ面白いな、俺が殺してもいいか?」



「やむを得んな」



 ザガインの了承を受け、フカシギが手を構えた。突然、シンシアが立ち止まる。ふらふらになって倒れ込んだ。

 待機していた能力者機構のデルタが、エクスチェンジカードを発動してハズレのカードで受けた負荷をシンシアに移し、さらにドレインカードで彼女のオーラを吸い取った。崩れ落ちたシンシアの隣に立って、不滅型闇傀儡の三体に頭を下げた。



「我々の同士がご無礼を。申し訳ありません」



 遠のく意識の中、研究員たちに回収されるエコーを見続けていたシンシアの前に、ザガインが見下すようにして語りかける。



「ご苦労だったな。お前の働きは想像以上のモノだ。父として誇りに思うぞ」



「ふざけないで……! あなたなんてもうわたしの父親じゃない……ッ!」



「我々の真意を知るにはまだ早いか。いまだお前は少し己を過信しすぎるきらいがある。だが見事だったぞ、あのオーラ量は。まだまだ利用価値はありそうだな。これからも従順に役割を全うしろ」



 実の父親を睨み付けたまま、そこでシンシアは意識を失い、瞳を閉じた。

 次に目を覚ますと、そこは統治局ではなく能力者機構の本部内にある医務室だった。



「お目覚めですか?」



 ずっと側に付き添ってていたのか、能力者機構の参謀長が、隈のある眼を細めて微笑んだ。



「こうやってお話しするのは初めてですね。担当する部門が違うのでお会いする機会は中々ありませんでしたが、稀にやる闇玩具の個人訓練などで顔を合わせたことは、何度か。ドッペル・デルタです。お父様にはいつもお世話になってますよ、色々とね」



「……エコー」



 つい先ほど、親友を失ったシンシアには、デルタの話に耳を傾けるほど心の余裕がなかった。

 エコーは死んだ。目の前で。一体なんのためにあんなことを……。デルタは笑みを崩さないままフッと息を吐いた。



「彼女なら生きていますよ」



 その一言に目を見開き、少し間があって、すぐに怒りの表情を露わにし、どこにいるの。知っていること全部話して。と、闇玩具を向けてデルタ脅した。

 デルタは両手の平を広げて首を横に振る。



「構いませんが、全て話すとなると貴女もこちら側の人間になる覚悟が必要になります。それでもお聞きになられますか?」



 闇玩具を収め、シンシアは大きく頷く。



「では、まず彼女の正体から明かしましょうか。エコーと呼ばれるあの少女は、ヒロイック能力者最後の生き残り。同時にスーパーヒロイックと云われる、ヒーローサイド最強の能力者です」



「スーパーヒロイック……?」



「ええ。血縁によって遺伝するヒロイック能力者の特性を利用し、ダークサイドが意図的に生み出したのが彼女です。数が減るほど、残りの能力者にオーラが集約されていくことを彼らは知っていた。だからこそ、ヒーローサイドが最後の一人になるまで追い詰めた」



「ダークサイドが? 最強のヒロイック能力者を? なんのためですか……?」



「この世界を救うために」



 言っていることの意味が解らなかった。ダークサイドが世界を救うためにエコーを。彼女を保護しているのは、自分たちの過ちを悔い改めるためだと聞かされていたはず。

 頭に鋭い痛みが走り、重くなる。限界近くまで能力を使った反動からか、リミッターとなっている闇玩具から微量のオーラが漏れていた。

 デルタがそれをドレインカードで吸収して沈め、リカバリーカードを使ってシンシアを癒やす。少しだけ気分がよくなった。こんな時、側にエコーがいてくれたらと思う。

 やはりダークネス能力者なんて悪念の権化に過ぎないのだろうか。



「いえ。むしろ、その逆です」



 律儀にもシンシアの独り言に答えるデルタ。



「自分も能力者なので、こう言うのもどうかとは思いますが。オーラを解放させて闇玩具が与えられる者は、良識のある人間のみです。ヒロイック能力者でない限り、誰にでもダークネス能力者になれますからね。こちらも人員を選ぶ時は慎重ですよ。なので、基本的にダークネス能力者というのは、思慮深く、負の感情をコントロールできる心優しい人がほとんどです」



 まあ、貴女の場合は彼女と親しいからという理由で選ばれたのかもしれませんが。と、付け加えてデルタは話を戻す。



「彼らはこう考えています。一人の揺るぎない信念を持つ英雄こそが世界を正しい方向へ導くのだと。だからこそ、それを為し得るほどの力を持ったヒロイック能力者が必要だった。どんなに絶望的な状況でも打破できる英雄がね。ここまで世界を退廃させたのもそのためです」



 馬鹿げている。一体何を企んでいるのか前々から疑問ではあったが、まさかそんなくだらないことを。セクト主義のビゾオウルよりもタチが悪い。同感です。と、デルタが言った。



「かつてのポストモダニズムから戻って構造主義へ。さらに歪んだ解釈で実存主義にまで逆行したのが現状です。ヒロイック能力者こそが人間の完成形だという主張を否定するわけではありません。ただ、現代に至ってなお大衆は、何が正義で、何が悪なのか、それをまともに判断できるほど成熟しきってはいない。その時々に優勢な側に傾倒してしまう。だからこそ、統治局の強行で世界の行く末を決定してはならないのです」



 そう言うと、デルタはシンシアに手を差し出した。



「いまから早ければ一、二年後。スーパーヒロイックの力が覚醒したタイミングで、彼らの計画は最終段階に入ります。このワールドツリーの地下に眠っている最強のダークネス能力者と対決させ、文字通り白黒はっきりさせようとしている。我々に協力してもらえますか、ザガインさん? これは彼女を救うためでもあるのです。必ず阻止してみせましょう」



 能力者機構にも腑に落ちないところはあるが、そういう状況なら是非もないことだった。デルタの差し出された手に応える。

 エコーのためだけじゃない。父親を含めた統治局の者たちが、やろうとしていることはただの独り善がりだ。

 まずはエコーを、そしてこんな馬鹿げたことに付き合わされて苦行を強いられている世界の人々を救ってみせる。

 これこそ自分の志していた正しい道だと確信し、シンシアは決意を新たに胸に誓った。




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