過去編5―①
「では、始める」
「はい」
「暴走する路面電車の命題は以前にもやったな。これは飛ばす。ある少女がいた。彼女は世界を破滅させた組織の監視下に置かれ、十五歳になるまで世間に出ることは許されなかった。念願叶い、学校へ通うことを許されるが、学友は組織に恨みのある者が大半だった。彼女は孤立する。お前は彼女を許すか?」
「許します、です。というより、その子は悪くないと思います」
「集団の意思を尊重して考えろ。その組織に属している時点で非難されるのは無理もない。居場所を追われ、家族や友人を失った者が大多数だ。彼らの立場で考えるんだ。そんなことをした連中と馴れ合えるのか?」
「その子と、みんなが仲良くなれるように頑張ります」
「何故だ? そんなことをして何の意味がある?」
「……え、えっと」
「次、ここに不運な少年がいる。生まれつき何をやっても上手くいかない性分だ。それゆえ他者を恨む捻くれた性格に育つが、もう一人の不運な少年を友人に持つことになる。彼は自分がどんな害を被っても、困っている誰かがいれば率先して助けるような情に厚い男だった。そんな友人に感化され、少年も彼のように直向きな生き方を志すが、ある時、友人の不運は自分が側にいて起こる現象だと発覚する。友人の親は事故死していた。少年は自ら友人の元を離れ、囚われの身となった。お前が友人ならどうする?」
「助けに行きます」
「少年は望んで、友人の元から去った。友人の立場からすれば不幸の元凶がいなくなり、せいせいするはずだ。何故、助ける?」
「友達だから」
「友人は殺され、その反動から少年は以前よりも増して他人と自分自身を憎悪するようになった」
「……」
「次だ。永遠の命を持つ少女と、病弱で先の短い少女がいる――」
統治局の本部にある研究施設。シンシアはガラス越しに問答をしているエコーと父を見ていた。
十二歳になってから、その若さで教員資格を取り能力者機構の判官にまで上り詰め、父からエコーの受ける実験に付きそう許しを得ていた。
本人に訊いても内容は絶対に秘密だと口を開かなかったから、意地になって、いままで以上に勉強をした。
これは名目上、ただの心理テストということらしいが、実はかつて存在したヒロイック能力者やそれに近しい者たちの状況に立たせ、まったく同じような答えを導き出せるかという実験らしい。
終わって息をついたエコーの背中に、手を置いてシンシアが労る。
「頑張ったわね。まったく、お父様ったらイジワルだわ」
「ただのテストだ。悪気はない」
「ははっ」
父と兄にエコーを加え、談笑しながら家路につく。シンシアは自室にエコーを招き、来月から始まる中学校の支度を一緒に手伝った。
彼女たちが通うことになったのはワールドツリーでも屈指の名門中等部で、シンシアは試験を突破させるため毎日エコーに勉強を教えてあげた。
なによりその学校は宿舎施設があり、これならエコーとあの一家を引き離せるとシンシアは目論んだ。
口には出さないが、あんな生活を強いられて息苦しくないはずはない。
「来年度からは本当に一緒の部屋ねっ!」
「あ、ふつつか者ですがよろしくおねがいいたします、です」
急に昔みたいにかしこまったエコーに向かって、毛布に包まって突撃し、ベッドに押し倒した。
二人はくすぐり合って笑い、疲れたところで並んで寝転がる。
「……ねぇ、迷惑だったかしら」
「え?」
「わたしが無理に連れ出しちゃったみたい。ほら、あなたって断るの苦手じゃない?」
「そんなことないよ! シンシアのおかげでこれから楽しくなりそう。シンシアみたいに偉い人にはなれないかもしれないけど、あたし、いっぱい勉強して人の役に立てるように頑張るね!」
「フフ……かわいいわね」
エコーの頬を突っつき、再びじゃれつくシンシア。上に乗った体勢で顔を赤くする。これだと自分が男の子になったみたいで嫌だ。
しばらくして、エコーが寝静まったのを確認すると、一階を降りて父のいる書斎のドアをノックした。
「お父様、首尾はどうですか?」
「ふむ、上々だ。これならすぐに最終段階へシフトしても良さそうだな。安心しろ、シンシア。あの娘の監視はもうじき終わる」
嬉しいことは同時に起こるものだとシンシアは思う。これで取り巻く煩わしい者たちからエコーは完全に解放されるのだ。
浮き足立って、部屋に戻ろうとするシンシアの背中に父が言った。
「明日も実験を行う。参加したいのなら好きにしろ」
はあい、と普段の彼女にはそぐわず甘い声で返事をした。鼻で笑った父は再び書類に目を通す。
次の日、いつものように能力者機構での仕事が始まった。学校がある日は、終業後に通うのだが、休みの日などはほぼ一日中働かされる羽目になる。
初めて業務に携わった時は、まったくの予想外な内容だったので、軽く幻想を壊され、同僚に対しても、お前を雪だるまにしてやろうか。作ったろうか。と、いきり立っていたが、いまのシンシアにはそれも楽しく思えた。休暇の申請書を記入し、会長に提出。
「会長、今日は早めに上がりまーす」
「うん。別にいいんだけどさ、あんた最近不気味よね。クレイジーサイコレズって知ってる? 拍車がかかってるわよ」
会長の言葉の意味は解らなかったが、それはいつも通りなので、大して気にせず、その場を後にする。廊下でサボり癖のあるサクラとすれ違った。
「サクラさん、また途中で帰るんですか!?」
「これ出したら今日はもう終わりなんだよ。おめぇはどうなんだ。帰る気満々じゃね」
「わたしはこれから大事なだーいじな用があるんです。それにどうせまた適当なモノ書いてきたのね。こんな仕事だからって手を抜いてちゃいけませんよ。世の中を舐めてはいけません」
「うるせぇな。前にも同じこと言ったが、あたしはおめぇと違って世の中の仕事なんてくっだらねぇモンだと思ってたんだ。社会奉仕が主じゃないとかなんとか文句言ってたろ。勝手に期待して幻滅してるおめぇの方が世の中舐めてるんだよ」
「そうかしら? それじゃあ、また明日会いましょう」
サクラとはあまり仲が良くなかったが、今日は機嫌がいいので、いつもの減らず口には突っかからず、快く手を振って別れた。
周りの同士たちから不審な目で見られながらシンシアは本部を後にして統治局へと向かった。




