二十七話 発覚
最初に仕掛けたのはムドウ。刀に変えた闇玩具を振りかざし、エコーに向かって踏み込む。
エコーは、おもちゃの入った買い物袋からプラスチック製の剣をすかさず抜きだした。
「カタタユさん、ごめんなさい! ちょっと借りるッス!」
ムドウの峰打ちを受け流し、横に剣を一閃。ムドウは床にすれすれまで屈んで避けると、足払いでエコーの体勢を崩した。身体が倒れる寸前に片腕で受け身を取り、エコーは後方に下がる。隙を与えないとばかりにムドウが追撃をかける。
しばらく剣と刀の応酬が激しく続き、力の拮抗で止まって、互いに引き離される勢いで間を開いた。両者は向かい合い、コンクリートを蹴って相手に斬りかかった。
闇玩具が宙を舞い、腹をプラスチック剣で殴られたムドウは仰向けに倒れた。エコーが側に跪く。
「ごめんなさい。オレ、どうしてもあの人たちを助けたいんです」
一言、敗北したムドウにそう告げると、エコーは通路の奥へ走り出した。
「エコー殿ぉ!」
呼び止められて立ち止まる。ムドウは仰向けのまま、天井に拳を突き上げた。
「健闘を祈る!」
激励されたエコーは、邪魔に入ったはずの敵に一礼をしてその場を後にした。
「ありがとう、ムドウさん!」
収容所に戻ると、カタタユはそこにおらず、シンシアもどこかへ消え、囚人は数えるほどに減っていた。
ジフが軽く手を振って、おう、遅かったな。俺たちだけでもう何とか終わらせてやったぜ。と言った。囚人たちは先ほどよりも生気のない顔を並べて放心している。
一旦、戻るぞ。とユキヒコが立ち上がった。
「さっき、あの変態……オージンの奴がここへ来てな。まあ、ちょっと手荒いかんじではあったけど、あの野郎を追い返してくれたんだ。もうここにいたほとんどの奴らは外に送ってやったぜ。それからビゾオウルには、オージンとザガインがいま話つけに言ってる。上手くいくかどうかは解んねぇけど、とりあえず俺たちは宿に帰って待機だな」
「そうなんだ……。これ、どうしよう」
「そんなの別にいいだろ。結局はお前の金で買わされたんだし。それとも今から返品してくるか? それくらいは時間の余裕あるぜ」
事実を絡めた嘘で誤魔化し、オージンのいるところからできるだけエコーを待避させようとユキヒコは試みた。
演技は成功して、他の者たちも戻る支度を始めた。服のヘソの部分が汚れている男は、ガタガタと震える肩を抱き、歯を食いしばって何かを決意し、立ち上がってヨロヨロとエコーの側に寄った。
「あ、あの……」
おい、抑えろ。とウェンボスがクローラ盗賊団に命令する。ユキヒコの頬を冷や汗が伝った。
力尽くで拘束され、なおも暴れて男は喚き出す。ジフが殴って気絶させようとした。やめて!と、エコーが大声でそれを制止。
彼に近寄ろうとするエコーの肩をユキヒコが掴んだ。
「おい、待て」
「だって、どうしたのみんな。なんか怖い顔してるよ」
「あいつの話は聞くな。余計な手間が増える。お前はまだやることあんだろ、いまはそれだけに集中しろ」
「でも……もし困ってるなら助けないと」
肩から手を離し、今度は胸ぐらを掴んで睨み付けた。
「テメェ、いい加減にしろよ。誰彼構わずおせっかい焼けると思ってんのか? あァ!? お前の好きなヒーロー番組の世界じゃねぇんだぞ、ここはよ!」
「……それでも、オレは」
「俺の弟は人殺しだ!!」
男の叫びがエコー達のやりとりを止め、荒い呼吸をしながら涙を流している。
「あいつどうしてるかなぁ……俺がいなくなって、一人ぼっちでよ……。どうしようもない奴だけど、たった一人の家族なんだ。頼む、助けてやってガあはッ!」
口から血を吐き出し、膝を着く。勘付かせるようなことを言っただけで身体中を禍々しいオーラが汚染し始め、男の命を削っていく。この時点で彼の死は決定してしまった。
怯えていた様子から逆に吹っ切れたようで、不敵に笑って言葉を続ける。
「……オージン、だったか。へへっ……あいつは俺みたいな屑を、あ」
顔からデメキンのようにぶくぶくに膨れあがって破裂し、血しぶきをまき散らした。
目の前の惨劇にショックを受けたエコーは、立ちすくんで硬直してしまう。
何が起こって、誰の仕業なのか、大体察したのだが、信じられなかった。いまの男も、咄嗟に自分の能力を使っていれば助けられたかもしれない。
同時に二つの衝撃が胸を打ち付けて、頭と感情を整理できなかった。
「馬鹿がよ。でしゃばりやがって。こんな奴にまで根性みせられちゃあ、俺はもう黙ってられねぇぜ」
ジフたちクローラ盗賊団、ベベルたち紅の百花繚乱、ウェンボス、そしてユキヒコがエコーの前に立ち、いま目の前で命を絶った男に触発され、顔に決心の色を浮かべた。オージンの目論見は、まったく逆効果にしかならなかった。
「行くんだろ? もちろん、俺様も協力するぜ」
「悪党の意地、最期まで見せてやろうじゃないのさ!」
「……結局、こうなんだな。もうヤケクソだ。死ぬまで付き合ってやるよ、ヒーロー」
覚悟を決めた仲間達の言葉に、エコーは我に返り、彼女もまた心に決め、顔を上げた。
上層。ビゾオウル邸へ繋がる大階段に座り、シンシアは膝を抱えていた。
そんな自分が初めて出会った頃のエコーと重なって、昔のことを思い出す。自分が無理矢理彼女を家から連れ出したり、積極的に関わって世話を焼いていた。
いまさらになって、その理由を考えている。可哀想だったから、危なっかしいから、ヒロイック能力者について詳しく知りたかったから。
そうではなく、単純に彼女のことが好きだった。それも何故だか解らない。心優しい人柄に惹かれたのか。
いや、何故だかは理解している。認めたくないだけ。自分の汚れている心が、彼女の生まれ持つ光に癒やされていたのだ。
きっとあのメサイアコンプレックス的行動力に魅了されたことはない。エコーの、誰かのために突っ走る姿勢にはどこか苛立ちのようなモノさえ感じていた。
自分の中にあるのは、エコーに対する独占欲と、安定剤代わりの彼女が側からいなくなる損失感を味わいたくないという、それだけのことなのかもしれない。
「シンシア……」
顔を膝から上げると、息を切らしたエコーがそこにいた。全速力で走ってきたのだろう。
オージンが、シンシアをここまで連れてきた理由は、万が一にもエコーが追ってくる可能性を留意したのだろう。腰を上げ、コツコツと階段を降りる。
「セイ子ちゃんはどこ……?」
「なんで一人なの。予想以上に役立たずね、あの人たち」
「はやく止めなきゃ」
「無理よ。あなたが適う相手じゃない」
「それでも、オレがなんとかしなくちゃいけないんだ!」
階段を上ろうとしたエコーに、氷結した冷気が無数の鋭い槍となり、その足を止めた。
中指を下に突き出し、シンシアは指輪の闇玩具を振るわせた。背後に氷の巨人が立ち、豪腕を叩き付けて咆哮を上げる。
「オージンは倒せない。わたしは殺される。他のダークネス能力者たちも、きっと沢山の人たちが。だけど、エコー。あなただけは、絶対にわたしが守ってみせる!」




