三話 宣戦布告
「二十四年前」
九度目の演壇で、ビゾオウルは静かに語り始めた。
「そう、わしは二十四年前にあのオージンを手に入れ、ワールドツリーの最高位に君臨することができた。ダークサイドでは、力こそが全て。最強の力を手にした者が、世界を統べるのだ!!」
二つの半面が上気し、興奮を抑えきれないビゾオウルは徐々に声をあらげ出す。
「ジェノサイド装置は、呑み込んだ人間の情報を、そのままオージンへ蓄積させる。ここにいる分も合わせればちょうど、一億!! 」
ずんぐりとした管の先に開かれた放物面、その奥には、いまにも吸い込まれてしまいそうなバキュームの空洞。巨大な蛇のようなそれが、鎌首をもたげて構えている。檻の中で、女性が子どもを抱き寄せた。
「いままではチマチマと裏で反逆者たちを抹殺してきたが、記念すべき残り百人の処刑は、全世界の諸君と共にリアルタイムで楽しもうという、わしのイキな計らいだ!! 」
くっ……! なんと、卑劣な……!と、ムドウは拳を震わせる。
ギャラリーにいる観衆は、ワールドツリーに住み着いている富裕層や能力者。そして特になんの用事もない暇人が多かった。
「史上、最も刮目すべき瞬間は、今夜零時!! オージンと、この《闇傀儡》の軍勢をわしが率いて!! ダークサイドによる真の支配はここから始まるのだぁ!!」
長々と続く終始メリハリのない演説に、何かしらの務めがあってここにいる者たちでさえ、かったるそうにだれている。興醒めした無関係の人間から先に姿を消した。始まった時に比べれば半分以下もいない。
おのれぇ……! そうはさせんぞ……!
熱く怒りを燃やすムドウに、コイツ、なんで黙れないんだろ?と、横の二人は軽く半ギレ気味だった。
「えー、つづいてぇ、……あー、ザガイン! お前の番だ!」
彼女はオージンの側近として顧問官に任命された、名家の御令嬢だ。と、壇上に登るシンシアをビゾオウルが紹介する。
マイクの位置を直し、ギャラリーの真ん丸ロボットに目を配らせ、欣快の旨が記された数枚のコピー用紙を脇に、シンシアは真っ直ぐビデオカメラのレンズを見つめた。
「全世界の皆さま――、早朝からこんなくだらない余興にお付きあい頂き、お詫び申し上げます」
少しも躊躇うことなく、さらりと言ってのけたので、思わず失笑してしまう者もいたが、他は別段気に留める様子もなく、変わらず退屈そうにしている。
彼女の言葉にビゾオウルだけが、大きく反応を示した。
「わたくしはワールドツリー能力者機構にて長官、そして教育機関では指導教諭を兼任しております。シンシア・イスコール・ザガインです」
面をくらい、茫然自失から正気に戻って、事態を収拾しようと頭を巡らせ、それからまた混乱した後、なんとかすぐに立て直し、切れ!!と、ビゾオウルはドーム内に怒号を響かせた。
シンシアは淡々とした調子で続ける。
「さて皆さま、ご存じの通り、世界には二種類の異能が存在します。ひとつはダークネス。内なる悪意を秘めた者に宿るとされた極めて恐ろしい力です。そして、もうひとつが、ヒロイック」
切れー!切れー!
ビゾオウルの激しい剣幕に配下の者たちはごたつき、手先を慌てさせながらも必死で放送機器を弄っている。
「ダークネスは、人間であれば誰しもが発現できる可能性がありますが、ヒロイックはそれとおおよそ異なり、確固たる信念と純真な心を持ち、その深淵を感得しうる者のみが生まれ持つ善意の力。数百万人の中で、一人だけに発現する類い稀な才能と云われています。過去の記録によれば、ヒロイックを持つ人物は、偉人や英雄などと呼ばれ、古くから人類を導いていたそうですね」
何かに手こずっているのか、いつまでもばたばたとしている彼らの有り様に、ビゾオウルの怒りが沸点へと達した。
「しかし、いまから約百年前、ダークネス能力者が現れてから、ヒロイック能力者たちは我々ダークサイドにより迫害され続けました。彼らの功績を歴史の闇へと葬り、悪徳を為すことこそが人間の本質であると説きながら、我々は今日に至るまでその馬鹿馬鹿しい理念を掲げ、世界の希望であるヒーローサイドの名誉を冒涜し続けたのです」
役立ず共が、どけい!と割り込み、ビゾオウルはカメラを押し倒そうと、力んで二三発の蹴りを入れた。
「許しがたい諸行の数々、当然、ここで謝辞を述べた程度で済む問題ではないでしょう。すべてが償い切れるわけではありませんが、まずは誠意のほどを示すため、ダークサイドの歴史には、ダークサイドが責任を持って終止符を打つことを、能力者機構を代表し、ここに宣言します」
蹴ろうが殴ろうが、モノで叩こうが、放送機器のどれも傷一つ付かず、微動だにしない。電源の切れない送信機、宙に浮いた集音マイク、バッテリーから切り離せないコード。ーーこれらすべてが黒いオーラを纏っていた。
気付いてビゾオウルは目をカッと見開く。
「こんな時代は、もう終わりです。かつてのように英雄たちが表立って讃えられるような世界を作り直しましょう」
サクラ、止めろ!!とビゾオウルは、真ん丸ロボットに向かって怒鳴った。
「私も含め能力者機構のメンバーは、ヒーローサイドを尊敬しています。ダークネス能力者は、ヒロイック能力者に感化されやすいとはよく言われますが、世界を救うために闘い抜いた、悪に屈することなく最期の時まで正しくあろうとした、そんな彼らに、思うところがない人はいない言っても、決して過言ではないと、私はそう考えます」
シンシアが一つ一つ言葉を発する度に、ムドウは腕を組みながらうんうんと得意そうに頷いた。
止めろと言っているのだ!!誰がお前の雇い主か忘れたのか!?契約を破棄するぞ!!
ズッ……とオーラが飛散するように消滅した。
「それでは皆さま、明日が祝日になることを願って。おやすみなさい」
シンシアがそう締めた後、回線を切ろうとした時にはもう遅かった。ビゾオウルが焦って放り投げたカメラは落下して、小鬼たちを数体潰し、砕けて木っ端微塵になってしまった。
ロボット内部の快適な機関室で、サクラはふあ、と欠伸をした。宣戦布告っつーか、本当に言いたいことだけ言いやがったな。
「な、ななんのつもりだ!? なんだ今のは!? 説明しろ、デルタ!!」
さあ、とデルタは自身の闇玩具であるTCGのデッキを切り、一枚ずつ引いては念入りに確認しながら、投げやりで応えた。
「彼女に聞いてください」
「いましがた言葉のとおりですが」
冷ややかな目で見据えるシンシアを、ビゾオウルは怪訝の入り交じった表情でまじまじと見つめた。
「一体、何を考えているんだ……解っているのだろうな? わしは統治局から直々にいまのポストを任されているのだぞ。こんなマネが許されるとでも」
ホントになにも知らないのね。哀れな人。と、シンシアは目の前の老人に憐憫の情を覚える。
自分だってほんの少し前までは、本当のことを何ひとつ教えられていない無知な子どもだったが、この老人は、何十年もずっと誰から真意を伝えられることはなく、いつまでも蒙昧のままでいる。
「正式な認可なら私たちも戴いています」
「……わ、わけがわからん。ふざけるな! こんな反逆行為、許されるわけがなかろうて!」
「統治局もあなたには目に余るところがあったのでしょう。……別に、これから始めようとしていることを取り止めてくれれば、なにも好き好んであなた方と敵対するつもりはありませんが、それでもなお、意固地になって踏み切るというのなら、能力者機構は総力で大規模処刑《ジェノサイド》を止めます。スーパーダークネスも破壊します。好き勝手がこれまでなのは、あなたの方よ、マホヒガンテ」
シンシアの毅然とした態度に、ビゾオウルはたじろぎ、屈辱的にも押し黙る他なかった。ブニニニニ……ブニニニニ……!
途端、小鬼たちが騒ぎだす。ブニニニニ……。馬鹿にされた思いで、シンシアは気分を悪くした。
まるで自分のことを嘲笑っているかのような鳴き声、それが癪に障ったからではない。先程からこちらを挑発する粘りついた視線。
それは邪悪が渦巻く双眸。小鬼たちの中でも、とりわけ圧倒的な存在感を放つ。全身から燃えるような闇をたぎらせ、
ーー黒い巨人が、不気味に笑った。