二十六話 阿鼻叫喚
ジェノサイド・レクイエムは、自分のオーラの範囲内に入った者に仮面を被せ、オージンが別次元に創り出した空間へ誘い、対象者の生命維持をしたまま苦痛を与え続ける能力である。その度合いは詠唱の長短によって設定することが可能。
「頭を出せ」
我慢ならず止めに入った者たちも容易にねじ伏せる。囚人の一人一人が、オージンによる理不尽な裁きを受けるのを怯えながら待つしかなかった。
「くぅぅぅっっせぇ!! クッサいぞハゲがぁッ!! ハゲハゲハゲハゲこらあッ!! コロッすおハゲェあ!?」
わざわざ自らが仮面を被って散々に罵声を浴びせると、問答無用で上半身を丸ごと蹴り飛ばし、脳髄や血と糞尿を辺りにぶちまけた。
記憶を読み、どこかへ跡形も無く送られる者が大半だったが、時折、その場ですぐに殺されてしまう者、身体の一部を引きちぎられる者、記憶を読み取っただけで何もしない者もいた。
血で濡れた仮面を外して砕くと、オージンは振り向いて、ヘソを抉られた男に近づいた。
もう嬲られて済んだと思っていた男は、震えた声で悲鳴を上げながら後ずさった。
「もうじきスーパーヒロイックがここに来る。ここで起こったことは話すな。自分が何故生かされているのか、理解できるな」
汁まみれの顔で泣きながら再三に頷く。オージンは彼のうなじに手を回すと、背骨に指を突き刺した。
大きく声を張り上げた後、もうやめてくれ、もう盗みも詐欺も辞める。本当だ。と、懇願しながら顔をさらに歪めた。
「話せば死ぬ。他の者が話しても死ぬ。キサマは利己的で他人を裏切ってきた。今度は黙っているだけでいい。……解ったら返事しろぉおッ!!」
自分の命ではなく、他人の命を天秤に置かせることで、ユキヒコたちに口封じをし、オージンはシンシアだけを連れて、中層の奥深くにある収容所を後にした。
これまで数千人も、こんなに回りくどいやり方で殺したのか。見せびらかしてくれたおかげで能力の情報を得ることはできたが、相変わらず対処方が見つからない。
思案しながら後方を歩くシンシア。進む先に何かがいることに気付く。ダダ漏れの黒いオーラ。闇傀儡だ。と、身構えるシンシア。
「……あ、アンタぁ……シン……シアねぇ~」
声を聞いて身の毛がよだつ。シンシアがよく知っている者の声だった。
「ぶ、ブーリ……?」
かつてよりも全身が三倍ほどに肥大化しており、肌の色はどす黒く変わっている。
どういうこと……闇傀儡は身体がダークネスによって作られた人工生命体。人間が闇傀儡化するなんて話は聞いたことがない。
「あ、ああああんたとエコーのせいよぉ……! わたしも闇玩具ほしいと思っただけなのにこんな風になっちゃったぁ……えコー……エコーはどこぉ! 許さないぃ……殺す」
「なんだ、このブタは」
シンシアがはっとした瞬間には、もうオージンはブーリの頭上に乗っていた。
頭を掴むと記憶を読み取り、すぐに曲げた指を向けた。
「フン。醜悪の極みだな」
通路にブーリの肉片が飛び散り、シンシアの顔も黒い液体で染まる。
耐えられず、ヒステリーじみた叫びを上げるとオージンを罵倒した。
「あなた一体、何がしたいのよ!? なんで殺したの!? ブーリが人殺しでもしたって言うの!?」
「これはキサマほどのゴミではないにせよ、ダークネスのオーラを持つ者は須くワタシが排除する対象だ。悪意のある殺人、強姦、それに準ずる罪がある者に限り地獄へ送って精算させるまでだ」
「だったら、ヒロイック能力者が人を殺したらどうなるの!? そういう人だっていたはずだわ!」
「互いに誇りを賭けた殺し合い、何者かに強制された殺害、なにより対象がゴミであれば例外だ。それにキサマがヒーローサイドの何を知っている」
オージンはシンシアの顎を掴み、壁に押しつけた。ドロドロに渦巻く眼球がシンシアの深層心理を勘ぐるように真っ直ぐを見つめている。
「理解の足りないゴミがガタガタ騒ぐなよ。実際のところキサマはあのブタのことも、先に逝った同士達のことでさえ何とも思ってはいないのだ。エコーのためなら、他人も犠牲にすることを厭わない。その狂気はダークネス能力者が深くヒロイック能力者に関わったゆえの結果だ。善人振るのも大概にしろ。キサマの根底にあるのはただの虚栄心に過ぎない」
シンシアは子どもの頃、エコーと出会う以前から、誰かのためになれる立派な人間になりたいと夢見ていた。
それは父や兄が、所詮は外面だけのモノだったが、社会をまとめるために心血を注いでいる姿が、少なくとも小さい頃のシンシアには憧れだった。
だが、それは果たして本当に誠の心情だったのか。世界のトップクラスという特別な地位に羨望していただけで、他者のために行動できるその姿勢自体は本当に尊敬できていたのだろうか。人として当然だと、いまのシンシアに断言することはできなかった。
ブーリは、不細工で、頭が悪く、なによりも性根がねじ曲がっていた。シンシアは一番嫌いなタイプの人間として嫌悪していた。
エコーのように、心の底から思いやれたことなど一度でもあっただろうか。
「……あそこには、人殺しじゃない人もいたはずよ。あなたに痛めつける資格はあったの?」
「ブニニニ! ワシなぁ……にゅうにゅうヤらないとな、ここんとこがな、フハッ」
いつの間にか仮面を被っているオージン。もうこちらの話を聞く耳は持たないのだろう。股間を押さえ、仮面の隙間から涎を垂らしている。
振り返り、原型を留めていない無惨なブーリの亡骸を見ながら、シンシアは、自分がこの一年で受け持った子供達のことを思い出した。
 




