過去編4―③
とりあえず気がかりなのは家族の安否だ。拘束されてしまったのなら、三人とも連れ戻す。そして一刻もはやくワールドツリーから脱出。
どこに連れて行かれたのか検討も付かないが、手当たり次第に探し回っている余裕もない。こうなったら手段を選んでいられない。誰でもいいから統治局の人間を捕まえて尋問。
決意して住宅区から能力を使い、層を駆け上がる。
「ユキヒコさん、ユキヒコさん」
背後の路地から声をこけられて飛び上がりそうになる。ヒロイック能力者の少女がそこにいた。
ユキヒコを誘い、隠れて周囲に誰もいないのを確認するとエコーは声をひそめて言った。
「お父さんたちを探してるんですよね。あたし、いる場所知ってるから案内する、です」
待て。走り出そうとした少女を呼び止める。
なんでお前が居場所を知っているんだと訊いた。
「シンシアのお父さんが教えてくれたんです。ここの一つ上にある管理棟だって」
シンシアというのはザガインの娘のことだ。その親父と言えば統治局のトップ。
これは罠に違いない。コイツを利用して俺をおびき寄せようって腹だ。馬鹿が。欺されるか。
ユキヒコがその場から逃げ、すぐに光学迷彩で身体を包み隠れた。追ってきたエコーが通り過ぎたのを確認すると能力を解除した。
だが、行く当てもない。管理棟ね。ワールドツリーの気密ドームで覆われている上層には、各層の四方八方に統治局が管轄する管理棟が設備されている。
切羽詰まっている今のユキヒコにはそこから調べるしか道を見出せなかった。おそらく統治局の息がかかったエコーと二人で向かうよりは捕まる可能性は低いだろうと考える。
正面口から反対側、壁に張り付き一階の部屋を覗く。施錠されていない所は逆に怪しい。闇玩具で絶妙な重力操作を行い、なんとか金具を取り除きこっそりと窓からの侵入に成功した。
ロビーまで来たが、すぐに様子がおかしいことに気付く。人っ子一人いない。近くの応接室で母親を発見した。
「お袋!」
倒れていた身体を抱き起こすが、意識がない。能力で軽くしてから背負う。
無事でよかった、とまずは安堵する。残りは父と兄。――ブニニニニニ!!
ベンチの下から闇傀儡が飛び出してきた。完全に油断していたユキヒコは闇玩具を持ち直す前に不意を突かれてしまった。
闇傀儡の動きが止まり、ユキヒコの後方を睨んで唸っている。
「あ、待って待って。ほら、いまのあたしに触ると危ないよ」
遅れてやってきたエコーは、光のようなオーラを纏った手を闇傀儡に向けて制止している。
ヒロイックはダークネスを打ち消す効果のある能力。なのにコイツ、何を躊躇っているんだ、とユキヒコは怪訝に思う。闇傀儡が竦んでいる隙にロビーへ出た。
「……おいおいおいおい、冗談だろ」
この短時間の間にも関わらず、ロビー全体が闇傀儡の大群で埋め尽くされていた。
ユキヒコが闇玩具を構え、先ほどと同じように重力場の空間を拡げ、闇傀儡を集めて縮め、一塊にして潰す。
が、数はまったく減らない。どれだけ殺しても、その場でウジ虫のように湧いて出てくる。壁や床、天井や柱から無限に這い出る。
「なんだよ、これ!?」
ブニニニニニ!!
闇傀儡については、能力者機構の一員であるユキヒコにもよく解っていない。この管理棟だけなのか、あるいはワールドツリーのどこからでも現れる神出鬼没の化け物なら、逃れる術はないだろう。ここにはまだ家族が残っている可能性があるので探索を止めるわけにもいかない。
不幸中の幸いか、出現している闇傀儡は小鬼と呼ばれる下等種のみ。家を襲った時のように武装もしていない。
考えたこともねぇが、これだけの相手をしていたらオーラを使い切らすことも頭に入れねぇと……。
「待って!」
エコーがユキヒコの前に飛び出し、闇傀儡達との間に割って出た。
「びっくりさせてゴメンね。あたしたち、ユキヒコさんのお父さんたちを探しにきただけなの」
……なんのつもりだ。さっきといい、まさか闇傀儡を殺すことを躊躇っているのか。
統治局の手先だからか、単純に虫も殺せないほどのお人好しなのか、そんなことはどうでもいい。
「なにしてんだ! その能力使えばなんとかなんだろ!」
「で、でも……」
エコーが戸惑っている間に、闇傀儡たちが堰を切らしたように二人に向かって一斉に襲い掛かってきた。
こんな奴に構ってられるか、とユキヒコは闇玩具で小鬼をなぎ払って正面口までの道を開いた。
管理棟から出ると、闇傀儡たちは文字通り闇に溶け込んで姿を消した。静かになったロビーを外から覗きながら、ユキヒコは苛立ちのあまり闇玩具を地面に叩き付けた。能力が解除されて母親の体重が全身に乗る。
「なんなんだよ! ちくしょう、俺がなにしたってんだ!」
いようがいなかろうが、中に父と兄の二人がいるか確認しなければならない。
仮に闇傀儡共の合間を縫って、三人とも連れ出し管理棟から脱出できたとしても、今度は統治局と能力者機構の目の届かない場所、ワールドツリーの外に行く必要がある。
だがどこまで逃げればいいのかユキヒコには検討もつかない。奴らの監視下はどこまで広がっているのか。すぐ下にある街はまだ危険だろう。少し離れた田舎も怪しい。かといって地球の裏側まで行けば安全なのか。世界を統治するダークサイドから狙われて、逃れる術はないのでは、と悲観的な方向にしか考えられないまでに精神が追い詰められていた。
「まだ中に残ってるかも」
「そんなことはわかってんだよ!」
当たり散らすようにエコーを怒鳴る。役立たずのくせに知った口叩きやがって。そこから少し間があって、真っ向から仕掛けるのは無理だ。俺のオーラがどこまで保つか判らねぇし、母ちゃんを守りながらあいつらを捌ける自信もねぇ。やっぱり外から一部屋ずつ調べるか。と、独り言のようにユキヒコは言った。
「じゃあ、あたしが中を探してきます。大丈夫です。必ず助けるから」
迷いのないその言葉に驚かず、ユキヒコは逆に鼻で笑った。やれるもんならやってみろ。
頷きで応えるとエコーは管理棟の中へ踏み出して行った。同時にユキヒコも屋上へ上がり、慎重に能力を使って少しずつだが正確に管理棟内部を調べていく。
中が騒がしい。遠くでやかましく物音がすると思ったら、すぐ真下で誰かが走り抜けて行くような足音も聞こえた。
おいおい、こうなったらせいぜい利用させてもらおうとか思ったけど、あんまし暴れんじゃねぇぞ。親父と兄ちゃんに何かあったらどうすんだ。
焦る気持ちを煽られて自然と手の動きが速くなる。しばらくすると、何か爆発でもしたのかと感じさせるほどの衝撃が管理棟全体に響き渡った。
慌ててユキヒコが身を乗り出し、外を確認する。そこには小さい身体で、父親と兄を担いだエコーと、闇傀儡たち。特に見たこともない大きさの化け物が目立った。
エコーは、戦闘態勢をとっている様子には見えない。何かを訴えかけるように声を張り上げていた。
ユキヒコは急いで彼らに近づき、離れた場所で能力を使い、エコーを引きつけようとしたが、彼女が無意識に発しているオーラに触れた重力場は霧になって消滅した。
舌打ちをして、ユキヒコはその場でオーラを練り、いままでに使ったことのない力を溜め、ステッキから巨大な砲弾のように撃ち放った。
直撃を喰らった大型の闇傀儡が倒れ、ユキヒコがこっちだ!と、エコーを呼び、五人を一カ所に固めた。迷彩で覆う前にエコーと顔を合わせる。
「……えっと、二人ともケガはないです」
「ちょっと、その能力切っとけ」
気配がなくなるまで隠れた後は、ワールドツリーを抜けるまでの道のりを目指した。上層は気密ドームで覆われているため、外壁へ直接通じている通路を抜けなくてはならない。
「まだ追いて来るのか?」
訊かれて疑問符を頭に浮かべたような顔をするエコーは、ユキヒコの問いかけの意味を理解していないようだった。
彼女が監視役である可能性は大いにあるのだが、助けてくれた反面、ぞんざいに扱うのも気が引ける。
今のはもう帰れという意味だったのだが、察してもらえないのなら仕方がない。通路の中間に位置する扉の前でビーッと不認証の機械音がなった。
「……そりゃそうか」
いつものくせで会員証を通したユキヒコであったが、追われている以上、自分はもはや能力者機構の一員ではないのだろう。
できるだけオーラを温存したいので、顎でエコーを使うことにした。そっとだぞ、と念を押す。
「えいっ」
エコーのデコピンで扉で吹っ飛んだ。やってしまったという顔で振り向いて申し訳なさそうに謝る。
扉の向こうは闇傀儡がぎゅうぎゅうに詰まっていた。ユキヒコが叫んで警戒を報せる前に闇傀儡たちはエコーに襲い掛かった。
彼女の姿が見えなくなるほどの数の闇傀儡が貪るように攻撃を加える。少し遅れてユキヒコが能力で振り払う。
エコーの様子を確認して愕然とした。左腕は全体がバキバキに折れ曲がっており、両足の下半分はほとんど食われて無くなっていた。後頭部からも血を流している。
「嘘だろ、なんでだよ!?」
なんで能力を使わないんだ。と、ついに重体のエコーへ訴えかけた。
「……こ、この力を、使っちゃったら……あの子たち、死んじゃう……」
「お前が死んだら世話ないだろ! どのみち、あいつらは俺が殺すだろ。こっちは襲われてんだぞ。殺さなきゃいけないんだよ、あんな畜生は!」
脱出を中断して、扉の残骸を集めたバリケードの中で気を失ったエコーに応急処置を施し、通路の奥から何者かが来ないかを恐る恐る確認しながらユキヒコは身を潜めた。
容赦なくエコーを襲ったところから見て、おそらく統治局は彼女の身を案じてはいないようだ。
だからと言って、ユキヒコに関わりさえしなければ、危険な目に会うこともないだろう。標的は彼女ではないのだから。
それでも勝手に首を突っ込んできたのはエコーだ。いますぐに医療施設へ運んでやるのが人としての道理なのだろうが、無関係の人間に手を貸している余裕はユキヒコにない。だが、そんな義理はないとも言い切れない。
どうかしている。イカレているレベルのお人好し。ヒロイック能力者はみんなこうなのか?
そんな葛藤をして、十数分が経ち、信じられないモノを目にする。
「ごめんなさい。寝ちゃってた……」
欠伸をしながら、裸足で立ち上がるエコー。
先ほどまで身体に欠損があったとは思えないほどの全快。足が食われていたことに本人は気付いていないようだ。
驚いている場合ではない。本来の目的を思い出し、気持ちを切り替え、ユキヒコも立ち上がった。
外壁へ出て、狭いクサビ足場から身を乗り出す。見上げると上層の底がすぐそこにあった。ちょうど下層との境目。下層全体は平面に近い形をしているので、重力操作で壁を伝ってすこしずつ降りて行くことにした。
エコーが先に飛び降り、数メートル下の足場に立って安全を確認しながらユキヒコも眠っている三人を抱えて降りて行く。
苦も無く高い場所からぴょんぴょん飛び移っていくエコー。丈夫だな、アイツ。色んな意味で。と、感心を覚えた。
なんとか四分の一まで進む。予想以上に順調なので、慣れてきてからはスピードを上げた。
不意を突かれたのは次の瞬間。降りる途中で掴んでいた鉄の壁が破裂した。何か来るだろうと予め身構えてはいたので、能力で防御してダメージを受けることはなかったが、空中へ離れすぎて抱えていた家族を能力の範囲から外してしまった。
すぐに、一人へオーラを伸ばし、自分へ引っ張った。二人目も捕まえる。姿の見えない兄を見回して探す。およそ数十メートル先まで落下している。壁を重点に足へオーラを集中し、二人の人間を背負いながらユキヒコは落下よりも疾く壁を走った。
離れすぎて間に合わない。必死なユキヒコを影が追い越す。ワールドツリーから雑然と乱立している巨大な配管などに衝突する寸前で、身体を受け止めた。
エコーは兄を横たえると、ユキヒコを見上げて喚いた。何を言っているのか聞き取れなかったが、身の危険を報せていることはすぐに理解できた。振り向いてそれを視界に収める。
管理棟の前でエコーと対峙していた大型の闇傀儡。壁越しに、識眼を使い追ってきたのだろう。
ユキヒコは、壁に密着させたオーラと、家族を軽くしているオーラを操るのに頭を回しているため、これ以上複雑な操作やオーラの消費をすることはできなかった。
浮いて落下する方法では、攻撃を避けることもままならない。小鬼程度の相手なら簡単にねじ伏せられるが、ここでこんな化け物と闘えるほど器用でもなかった。
闇傀儡は睨んだまま動かない。ユキヒコは荒くなった呼吸を整えてステッキにオーラを溜めた。一発だけだ。近づいた瞬間に一発でKOさせてやる。
腕を膨張させ、闇傀儡が拳を振り上げた。少しだけ、ユキヒコが壁を降りる。そして殴りかかってきた瞬間、頭部に目掛けて球体状の重力砲を撃ち放った。
炸裂して、噴煙のようにダークネスの蒸気が上がる。顔面の半分を削り取った。が、完璧に仕留めることは叶わなかった。
頭部を傷つけたのにも関わらず咆哮をあげ、再びユキヒコに襲い掛からんと両腕を振り上げて飛び掛かった。
もう一発、今度は落ちろ!と、闇玩具を持ち直す。下から光った何かが闇傀儡に向かって突撃した。
エコーが、ヒロイックを発動させて体当たりを決め、頭突きで巨体を突き上げた。金色のオーラを浴びた闇傀儡は苦しみ出し、雄叫びを上げながら落下し、パイプの山に当たって串刺しになった。
息を切らして消滅する。足場に立って、ユキヒコはその様子を見下ろしながら、あぁー、と身体を崩して腰を抜かした。
ふと、隣のエコーを見る。前髪で隠れて、表情が文字通り暗くなっていた。
「はい、通ってもいいですよ」
夜が明けて、駅の改札で能力者機構の会員証を提示した。国家機関の者なら宿や交通は無料だと、それだけはちゃんと聞いていた。
機械を通すこともないので、割とザルだな、とユキヒコは思った。かと言って身元がバレるようなマネはあまりしたくないので、これっきり会員証や闇玩具は封印しようと決める。
「世話になったな」
「いえ」
「元気出せよ。仕方ないだろ、あんな状況だったんだし」
エコーは闇傀儡を殺したことに大分落ち込んでいた。たとえ化け物であっても労ろうとする彼女の主義を尊重していたわけではないが、自分のせいでそうさせてしまったことには謝罪すべきだとユキヒコは思った。
なにより命の恩人なのだ。刺客か監視役だったか、いずれにせよ、彼女に邪な考えが何一つなかったことはユキヒコにも理解できた。見返りもないのに体を張って手を貸してくれたことは確かなのだ。
「いいのか? 俺を助けちまって。本当はあいつらの言う通りの悪人かもしれないぞ」
「わかんないです。でも、ユキヒコさんはあたしとブーリちゃんを助けてくれたこともあるし、きっと悪い人じゃないかなって。それに、たとえ悪い人だったとしても、みんなで責めるのは違うと思う。あたしは誰とでも分かり合えるようになりたいの。いつか、ユキヒコさんもみんなと仲直りできるといいですね」
沈んだ気持ちのまま、精一杯の明るい表情でそう言ったエコーに、ユキヒコはため息混じりで、ホント人がいいと言うか、なんと言うか、と呆れた言葉で応えた。
家族三人を乗せた荷物から買い物袋を取り出し、新品のブーツを取り出してエコーに突きつけた。
「ほらよ、裸足で帰るのもなんだろうしな。別にこれで借りを返すってわけじゃねぇけど、多分これっきりもう会わねぇと思うし……」
男物のブーツを履いて、つま先でトントンと地面を叩くと、今度は嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとうございます! これ、大切にしますね!」
「こっちこそ、ありがとな。……エコー」
それを最後に改札でエコーと別れ、旅客車両に乗り、どこか遠くの人里を目指し、なんだか不思議なまでに落ち着いた気分のまま、眠気に任せて、ユキヒコは目を閉じた。




