過去編4ー①
「ユキヒコー。次はこれ頼む」
「うーっす」
闇玩具のステッキで空を薙ぎ払う。能力者機構に入ってから一年が過ぎ、ユキヒコは一人で荷物運びの作業を任されるようになった。
以前は大人数で行う大変な肉体労働だったが、現在では一人の能力者が闇玩具でダンボールを区分けしたそれぞれの荷台に移すだけで済むようになっていた。
下っぱとして、いいように扱われているのは癪だが、他の連中と同じ仕事だけはしたくない。内容は知らないが、聞いた話によると本部に残って夜通しなんてザラだから、定時に帰れるだけでも有難い。
コンテナの上で飲食物を散らかし、ペットボトルの水を口に含みながらユキヒコはつくづくそう思う。
「兄貴、起きろ。……ちっ。いつも下で寝るな言ってんのによ」
帰る頃には深夜になっており、家の者は皆寝静まっている。
風呂に入った後は夜食を摂って、側で寝ている兄を尻目にビデオゲームで遊び始める。相変わらずのアパート暮らしで、父と母は共働き。七つ上の兄も高等部を卒業後、朝から晩まで工場でバイトをしている。
自分がそれなりに稼いでいるのだから少しくらい楽をしろとか、大学ぐらいは行けとか、小学生のガキに言われたのが逆に後ろめたく感じさせてしまったようで、ユキヒコに負けじと無駄な苦労をしている。
なので、ユキヒコは余計に貯まった金をできるだけ豪勢に使い、スカジャンを着込んで染めた髪をカチューシャで上げて柄悪く気取って見せ、大して興味もないゲームハードやプレミアになったCD、DVDを大量に買い込んだ。
気遣いで囃し立ててしまうのなら、だらしなく生活していれば向こうも気負いなんかしないだろうというユキヒコなりの遠回しな思いやりの結果だった。携帯が鳴る。
『ピンライタ、緊急召集だ。いますぐ本部へ来い』
相づちを打って電話を切り、嘆息してテレビとゲームの電源を落とす。
ユキヒコ、外寒いだろ。俺のジャケット被って行け。と、部屋を出る直前に眠たそうな声で兄が言った。いらねーよ、と応える。
エレベーターの無いアパートの階段を上り、最上階の踊り場にあるはしごを使って屋上に立つ。闇玩具でオーラを纏って身体を軽くし、夜の住宅街を屋根から屋根へ飛び越えて行く。
専用エレベーターがある層に降り立つ。ーーこちらに男が向かってくる。後ろを警戒しているのか、前方にいるユキヒコには気付いていない。
重力場のオーラを纏ったままのユキヒコは、慌てて能力を解除して避けようとしたが、挙動が遅すぎて間に合わない。
勢いよく衝突した両者は全身を強打して倒れた。男が持っていたらしき書類が辺りに散らばる。男はユキヒコの闇玩具に目をやり、尻込みした。
「ひっ! ……の、能力者か? なんでこんなに早く追っ手が……」
ぶつかってきたことに対する謝罪もなく、なりふり構わず逃げるようにして走り去っていった。
待て! おい、これ! 書類の一枚を拾って掲げ、呼び止めようとしたが、慌てふためく男は遠くの暗闇へ姿を消した。
舌打ちをしてユキヒコは書類を掻き集める。束になった一番上に書き連ねてある文章を流し読んだ。
『……れた研究員たちが名目上の教育機関として創設。後にナンバーズ第三世代の二名に託され、荘園の会、九九児部隊、ブラック教団、ニュードーン省など、様々な組織形態の変化と時代の移り変わりを経て、現在のワールドツリー能力者機構に至る。統治局と並行し……が達成された時に彼らの役割も終……』
細かい字面に目がやられそうになる。どうやら能力者機構の沿革などが詳細に記載されたモノらしいが、雑に書きなぐられた手書き文章で読みづらい。ユキヒコはあまり興味がないので能力を解除し、それを脇に抱えて専用エレベーターまで急いだ。面倒だから上の奴らにぶん投げて寄越そうと決める。
本部の講堂にはメンバーがすでに集まっていた。最短ルートで来たつもりだが、ユキヒコ以外はほとんど本部に残って仕事をしていた途中らしい。
受付に書類を渡そうとしたが、さっさと席に着けと蔑ろにされてしまった。挙動不審な男が壇上の前に出て話し始める。
「か、か、か簡潔に話しますね。みみみんなの中に、よ、要するに裏切り者がで、出まして」
緊迫とした会場の空気がさらに張り詰める。シンシアは険しい面持ちで腕を組み、サクラは顎を机の上に乗せて居眠り、デルタは袖で数人の者と話し合っており、スヲルタは落ち着かない様子でキョロキョロと上官たちの顔色を窺っている。
「さ、昨日、我々と統治局からの機密情報を何者かが抜き出し、そそれを基に作成した電子データを、ははは発見しました。ももちろん、す、すぐに抹消しました。ししかし、も、問題は誰がやったのか。ままだどこかに隠し持っている可能性も。そ、早急に対処しなければなりません」
男は何度も眼鏡のズレ直しながら震え、ガチガチと歯を鳴らす。ユキヒコは書類の束を裏返し、少し考えてから手を挙げた。
「あの、もしかして、これの事っすか?」
前に降りて書類を渡すと、男は目を凝らして確認し、慌てて背中に隠した。
「ここに来る途中でぶつかってきた奴が落としていって。どこに行ったのかは知らないけど」
「……よよよ読んだんですか?」
「いや、全然」
そうだったらこんな馬鹿正直に渡すわけがないだろ、と相手に思わせるための嘘だが、通用するのかは期待半分。下手に黙っていて疑われるよりはマシだとユキヒコは判断した。
実際、目を通したのはニュードーン省がどうとか、最初の説明会でも聞かされた程度の内容だけだが、少しでも読んでしまったと答えるのは良くない気がする。
あえてケレン味が利いてない言い回しで誤魔化そうと試みた。
「ええ、ええ。はいはい、解りました。……でででは、ま、まず出席していない者から割り出すとのことで、さっそくで申し訳ないのですが、名前を読み上げられた方は捜索隊にご協力願います、はい」
参謀長のデルタを筆頭に、ユキヒコも含めたA級クラス以上の闇玩具を持つメンバーで少数精鋭を結成し、裏切り者の捜索が開始された。発見するまでそれほど時間は掛からなかった。取り押さえられた男が、その後どうなったかユキヒコは知らない。




