二十五話 VS ムドウ
「頭を出せ」
こじ開けられて折り曲がった扉、暴発した銃弾はへしゃげて薬莢と一緒に転がっている。
本棚にもたれながら座り込んでいるトレイは、強引に頭を掴まれ身体ごと持ち上げられる。ほんの一瞬の走馬灯を垣間見た後、すぐに床へ落とされた。
「理解した。やはり、キサマもゴミだな」
「何故だ……一体、どうやって殺した……?」
「何か問題でもあるか。似たようなモノだろう。キサマらが企んでいた事とな」
青白い手が、無防備になった部屋を覗く。頭痛に苛まれながらもトレイが視線を移すと、ムキシツはこちらへ誘うように姿を消した。
彼女にオージンが気を取られている隙に、懐の闇玩具に手を伸ばそうする。おい、キサマ。トレイの腕に掴みかかり、握り潰しそうなほどの力を込めながらオージンが訊いた。
「眼と脚、どちらが惜しい」
「……め、目はやめてくれ。頼む!」
「そうか。なら、眼だ」
沈みかけの夕陽に照らされたワールドツリーの中層。助け出した人達からの話で、その場所にも知り合いや家族が囚われているとエコーは聞いた。
シンシアは以前からそのことを知っていたが、そこは統治局が重罪の犯罪者たちを幽閉している場所。主に能力に関する実験台。時々、マホヒガンテ家の者が《闇傀儡》を使って好き放題に興じている陰気な所だったのだ。
はやいことビゾオウルと交渉して話を合わせた後、エコーと和解させ、彼女の身を安全な場所へ行かせたいと焦っていたシンシアは敢えてそれを話さなかった。
たとえオージンの脅威がなくても彼らをエコーと一緒に救おうとは思わなかったかもしれない。ゲートを抜け、腐敗臭に顔をしかめながらもシンシアは前に出た。
「能力者機構の者です。あなた方を助けに参りました。……まずは落ち着いて下さい」
「助けてくれ。……む、ムキシツが来る!」
少し怯えて身構えたが、シンシアの言葉を聞いて全員がすがるようにエコーたちの側へ駆け寄り、助けを請う。
「あい。お時間ですよ、お前ら。あれ? なになになに、騒がしいと思ったら。随分と大勢連れてやって来ましたね」
エコーたちが来て間もなく、姿を現した。ーーカタタユ・ズッカウ・マホヒガンテ。ビゾオウルの孫の一人。
小指で頬を掻きながらそばかすだらけの幼い顔でニヤついている。
「カタタユさん、やめて!」
エコーが毎度のごとく話し合いを持ち掛ける。
その間、後ろでシンシア、ユキヒコ、ウェンボス、ジフ、ベベルは、作戦会議を始めた。
「それとオレをビゾオウルさんに会わせて!」
「俺にコイツらを殺るなと、お前らに身柄を渡せと。ふふふん。どーん!!」
カタタユは銃で目に留まった男の脚を撃ち抜いた。悲痛な声を上げ、泣きながらのたうち回るその姿を見てカタタユが笑い、エコーが慌てて駆け寄ろうとした。
「おおっと。動くなよ。他の奴らもだ。俺の横にいるのわかんだろ? ンふふふっふ!! おほほほっ!!」
カタタユは側の囚人に銃口を向ける。エコーの前に《闇傀儡》が立ち塞がり、威嚇する。
「カタタユさん、昔、よく食べ物のお裾分けとか、コレクションのカードとかくれたことあったでしょ。あの時、嬉しかった。オレ、カタタユさんにも優しい気持ちがあるって信じてるから……。お願い、こんなことやめて」
ンふふふふふ。何言ってんの、コイツ。気持ちワルっ。お前に渡したのは腐り切った残飯だし、与えた玩具も全部ゴミを押し付けただけだし、ぶっちゃけただの嫌がらせだし。心の中で嘲笑しながら憎らしそうにエコーを見下す。
「なーんで? どうしてそれで俺が命令されなきゃいけないわけ? おまえ何様? ああそっか、スーパーヒロイックだっけ。聞いてるぞ。なんか昨日から調子に乗って暴れてるらしいな。人助けして英雄気取りなわけだ」
「ごめんなさい。……でも、オレは、沢山の人を犠牲にしなくても、みんなが争いもなく仲良くできると思うの」
あー、知ってる知ってる。それ共産主義って危ない考え方なんだぞ。
シンシアが鼻で笑う。しばらく考え込んでいるような仕草をしてからカタタユは口を開いた。
「わかった。ジイサンには会わせてやる」
エコーの表情が明るくなる。痩せ細った大型の《闇傀儡》が膝を抱えて歯軋りしている。
「でもその代わり、コイツらは予定通り俺の楽しみに使う」
エコーが口を少し開けたまま固まる。ユキヒコは眠たそうに目を擦り、ベベルは手に息を吹き掛けて爪を眺めた。
「なんだよ、同時に二つも願いが通るなんて美味しい話があるわけないだろ。最大の譲歩だぜ。さあさあ、お前の意地と、こいつらの命、どっちを取るの?」
戸惑うエコーとは対称的に退屈そうな他の者たち。これも茶番の一つか? と、訊いてきたユキヒコに対し、首を横に振るシンシア。
多数と少数のどちらを救うのが正しいかなど、こういう二者択一は仮定の話でよく持ち出されるが、その場合、ヒロイック能力者がどういった選択をするのかもよく知られている。
「……どっちも」
「ははは。駄目に決まってるだろ。待てよ……。ああ、そうだ。なあ、エコー。俺さー、欲しいアイテムがあるんだけどー」
カタタユの言葉一つでコロコロと表情を変えるエコーに危うさを感じる一同は、このパターンに合わせた作戦の実行に移した。
「下界にしか売ってない代物なんだ。ほれ、そこに載ってるヤツ。ぜーんぶ買ってこい。そしたら何でも言うこと聞いてるやるぜ?」
みんな待ってて、オレ行ってくる! と、リストを手にエコーは走り去る。
助かる希望が見えてきて涙を流す囚人たちの横で、大型の《闇傀儡》が重たそうな頭を下げてゆらりと立ち上がった。小鬼たちも騒ぎ出す。
「おい、なに安心したような顔してんだ。ンふふふふふ!! 馬鹿が帰ってくる前に始めるぞ!!」
「馬鹿はあなたの方よ」
ハァと、ため息をついたシンシアの手に黒いオーラが集中した。指輪の闇玩具が灯る。
シンシアに警戒がいっている隙に、カタタユの後方から何者かが囚人たちを投げ飛ばした。紅の百花繚乱の一人。《闇傀儡》の識眼にも察知されない能力。
ユキヒコが彼女を引き寄せる。他も無駄のない動きで残りの囚人たちをこちら側に移動させた。
「エコーがいないのは、むしろ私達にとって好都合。これで遠慮なくやれるのね」
「ンふふ。お前らに何ができる!? もうじきムキシツが……」
「はい、お待たせしました!!」
背後からの声にカタタユが振り向く。なんの前触れもなくオージンが闖入していた。ボロボロになって動く気配のないムキシツを引きずっている。
「おい、そいつ捕まえろ! お前の嫌いな悪者だぞ!」
「ふ、ふざけんな! お前、ジイサンの手下だろ!? 命令だ! あいつら全員殺せ!」
「う~ん、なるほどぉ。よーし、ワシにいい案がある。ちょっと耳貸せ……」
オージンはカタタユの肩を組み、耳元で吼えた。
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇッ!! とっとと失せろ糞餓鬼がぁッ!!」
少し予想外のことは起こったが、なんとか一人の犠牲もなく済んだ。
囚人たちの拘束を解きながら、エコーが帰るまで待つことにする。オージンは仮面を外し、ムキシツの身体を念入りに調べている。
「お、俺たち帰れるのか?」
「……さあ」
「お礼ならさっきの嬢ちゃんに言え。テメェらを助けよう言ったのはあの娘だからな。ガハハハハ!」
「そうか……ヒロイック能力者の。ヒーローサイド万歳!」
「うーし。それじゃ、一旦この辛気くせェ場所から出るぞ」
取って付けたような称賛でエコーを崇める囚人たち。
シンシアは喜んでいる彼らの顔を直視できない。このタイミングでエコーが帰ってくるのが理想だったけど……。
彼らを救うことよりも言い訳を考えることに思考を割く。
「待て」
何故なら、それを良しとしない者が現れてしまったから。
「なんだ、それは。キサマら曲がりなりにもゴミであるのには変わらんだろう。救済される謂れはない。エコーが帰る前に全員ここで清算しろ」
囚人たちは発するオーラに威圧されて言葉を失う。迷いもなくこちらへ向かってくるオージンに、カタタユの表情は恐怖で歪んでいった。銃口を向け、引き金を絞る。指三本が黒い閃光によって削ぎ落とされた。
たとえあんな奴でも助けてやりたい、と思いながらも手を出せずに傍観しているユキヒコたちを尻目に、シンシアは携帯端末に番号を打つ。
「頭を出せ」
「何だよお前ええぇぇぇ……! ひ、痛ッ。殺す気か!? どうして僕まで!? マホヒガンテ家をなんだと思っているんだ!?」
「それがどうかしたか。このセイトウリウは、キサマ個人の全てを見定めて地獄へ送るまでだ」
「ああああれか、お前もエコーと同じでみんな仲良く平和がいいとか思ってんだろ。わかった。俺も仲間になる。だから……」
聞く耳を持たず記憶を吸い取る。その記憶の中で、人間を殺した時のビジョンだけが、人生において微塵も感じたことのない罪悪感と共に強烈な印象付けがされてカタタユの脳内を巡る。
「ふざけるなよ。キサマ、これまでヒーローサイドをコケにしていたようなゴミだろう。……フン。いずれにせよ、百四十七人の人間を殺した。後悔するのは、それを清算したあとでいくらでもな」
「あああああ!! なんなんだああああ!! なんで俺がこんな目に!?」
左手に仮面を具現化。カタタユにそれを被せて詠唱を始めた。
「ロス ネシズ ミクタク ソブ コタゴ 」
カタタユの絶叫が鳴り響く。それから少し時間が経ち、シンシアは携帯端末に映し出された監視カメラのモニターで、エコーが向かってくるのを確認。
オモチャがパンパンに詰まった紙袋を手に、通路を颯爽と駆けて行く。
「あいや、待たれい!!」
目の前に謎の人物が飛び出し、ぶつかりそうになって急ブレーキをかける。その着流し姿の男、ーームドウは、片手を差し出し、通せんぼの構えを見せた。
「訳あってここを通すわけにはいかぬ。どうしても通りたくば、拙者の屍を越えて行くがいい!」
そう言って袖からルービックキューブの闇玩具を取り出して掲げた。
「我がB級闇玩具の名は《6通りの冴えないやり方》! 各面を揃えることでそれぞれ六つの武器に切り替わる!」
ガチャガチャと回転させ、四面を揃える。風車に変形。フッと息を吹き掛けると、煙幕が広がった。
エコーが集中して身構える。後方、左上の死角からスケボーに乗ったムドウが突撃し、それをしゃがんで避ける。ムドウが闇玩具の一面だけを揃え、ネズミ花火を投げる。足元で爆ぜる目眩ましに堪らず、エコーは頭のゴーグルを下げて対応し、彼女の眼前に迫ったムドウは手元に戻った闇玩具の三面を瞬時に完成させてピコピコハンマーを振りかぶる。エコーが蹴りで攻撃を受けるが、反動で足が跳ね返され、彼女の真上に飛んだムドウは二面を揃えて二丁のエアガンを連射。
人間離れした手捌きで、エコーは全弾を掴み取った。開いた手の平からBB弾がこぼれ落ちて床に散らばる。
「ふふふ。なかなかやるな。しかし、まだ奥の手はある! なぜか揃えられない幻の五面目だ! どんな武器が出るのかは計り兼ねるが、これさえ揃えられれば……ふん、ふん! しばし待たれい」
戦闘中にも関わらず、闇玩具をこねくり回しながら四苦八苦するムドウ。
あのー……。十数秒経過した辺りでエコーが口を開いた。
「それって、五面も揃えたら六面も揃うんじゃ……」
「な、なにィィいいいいいい!?」
どういうことだ!? ほら、ここがこうなるから……。敵同士、ルービックキューブの攻略で夢中になる。
その様子を携帯端末のモニターでうかがいながらシンシアは思う。二人共バカで良かった、と。
「はっはー! なるほど! 六つ目の武器とは、つまり何も揃えてない状態の零面! ふむふむ、なんの付加効果もないが拙者が想像する通りの武器に変形するのだな!」
それなら考えることはない! エコーから離れ、振り返ってムドウは正面に立つ。
「拙者、かつて大和国に存在したサムライという勇者たちに憧れているのでござる! ニトベ先生の著書、『武士道』に突き動かされて早七年! 弱きを助け、強者に屈しない、同じ志を持つヒロイック能力者たちを敬愛しながら日々精進している!」
そこでようやくハッと気付く。
「ご無礼を! まだ名を名乗っていなかった! 拙者の名はアルフレッド・ムドウ!」
「オレはエコー。……えーっと、ヒーローと漫画家になるのが夢です。よろしくッス」
ヒロイックを発動させれば簡単に打ち負かせそうな相手だが、エコーは敢えてそうしなかった。
「うむ。では、エコー殿」
闇玩具を刀に変えて振りかざし、ムドウは刃先をエコーに向けた。
「いざ、尋常に勝負されたし!」




