過去編3
「起きて下さい、終わりましたよ」
肩を揺さぶられ、ユキヒコは目を覚ました。
口元のよだれを拭い、身体を起こすと、すでに自分以外の者は皆席を立っていた。
そういえば説明会だったけ、と思い出して欠伸をする。机の上にある、半ページ分めくられたレジュメと細長い箱を片付け、講堂から出る。
四年の後期が始まってからすぐに、ユキヒコはダークネス能力者に認定された。
あんまり話聞いてなかったなぁ、とレジュメを読み返しながら眠たい目を擦る。細長い箱には説明書、それから闇玩具が入っていた。
「……あぁ!?」
《取り柄がない超高性能》 A級闇玩具
自在に様々な重力場を発生する闇玩具。物を引き付けたり引き離したり、軽くしたり重くしたりできます。
あらゆる面で応用が利くので、とても便利な能力です。日常生活でもかなり役に立つと思います。
P.S ハートの部分はスイッチ式で光る機能があるけど、音が鳴ってうるさいので、近所迷惑にならないよう気を付けてね
エンテルポルカの玩具店より
「ふざけんじゃねぇ!」
適当に書かれた説明書に対してキレたのではない。ーーまっピンクのステッキ。それがユキヒコに与えられた闇玩具だった。
ユキヒコ・ピンライタは四人家族の次男。自宅はワールドツリー上層にある住宅区の、円状に連結したアパートの一室。通っている学校はそれほど遠くはないが、いかんせん、あまり身分は良くないので、専用エレベーターなどの特別なルートを使うことは出来ず、複雑な道をいつも徒歩四十分はかけて登校している。
……そういえば、能力者機構の会員証があればエレベーター使えたんだっけ。そう気付いたのは翌日の学校で朝のホームルームが始まる前だった。
「なあ、ユキヒコ。ダークネス能力者になったんだって?」
ただでさえ眠たいのに、朝っぱら面倒なのに絡まれる。クラスメイトで友達の二人だが、あまりその話題に触れほしくなかった。
「どんな闇玩具もらったんだ。ちょっと見せてみろよ」
「ダメダメ。簡単に見せびらかすは禁止なんだよ。そういう決まりだから」
「嘘つけ。そこらへんの能力者みんな堂々とぶら下げて歩いてるだろ」
ダークネス能力者はこの学校にも複数いる。どうやら身分が高い者だけがなれるというわけでもなく、ほとんど偶発的に発現するそうで、それを見分けるためなのか、たまに統治局や能力者機構の連中が視察にくることもある。
「ユキヒコ。携帯電話忘れただろ? さっき能力者機構の人から学校に連絡があったぞ。急用らしいから早退してすぐに本部へ来るようにとのことだ」
割って頭を丸めた教科書で叩きにきた担任のおかげで話がうやむやになったのはいいが、急用ってなんだよ。と、メルヘンデザインを隠すため布で巻かれた闇玩具のみを鞄から抜き出し、荷物を机に放り出したまま教室を後にする。
能力者機構で仕事をするのは十歳から。運がないことに、ユキヒコは二月前に十歳になった。だから学業よりも能力者機構の者としての活動が優先されてしまう。
「悪いね。君の能力なら効率良く作業が進むと思って。ん? まだ試してない? あー……じゃあ、さじ加減わかんないし、無闇に闇玩具を使うのは危険かもね。しょうがないや、他の子たちと一緒に手作業でお願いね」
そう言われて、何かが入った段ボールの山を運び出す作業を半ば強引にやらされる。ちょっと期待されていたらしく、近くで舌打ちが聴こえた。
あっちに行ってこっちに行くだけだが、小学生の腕力では重たくてしょうがない。汗だくになりながら、皆ゼェゼェと息を切らす。まるでダンベルを持ちながらフルマラソンを走らされてる気分だ。
作業が終わり、今日の分はちゃんと今月の給与に入れとくからね、と言われた。能力者機構に入れば毎月いくらかの収入がある。
とは言っても莫大な金額が与えられるわけでもなく、働きや役職に応じた分だけが貰える。それでも貧乏人にはありがたい話で、ユキヒコの家族はユキヒコがダークネス能力者になったと聞いて大喜びしていた。
将来は安泰だのと、無責任なことを言うが、別に小遣いがあっても特別欲しいものがあるわけでもないし、子どもの時から休みを潰されてまで働きたくはないと、本人はやり切れない気持ちでいた。
「つ、疲れた……もうやりたくない……一年は寝たい……」
などと意味不明なことを口にしながら、エレベーターを降りて帰り道を歩いていると、先の道で立ち往生している二人の女の子がいた。
一人は小柄な少女、もう一人は女には見えない体格だが、ひらひらな赤い服装をしているので多分女の子だろう。
「ぶぃぃ。はやく見つけなさいよ、エコー」
「うん。ごめんね」
ユキヒコが無視して通り過ぎようとすると、待ちなさいよあんた、と太った少女が声を掛けてきた。
「何シカトしてんのよ。こんなに可愛い女の子が困ってるのよ? わたしはビゾオウルおじいさまの孫なんだからね」
「ブーリちゃん、悪いよ。あたしがちゃんと探すから」
ああああぁぁぁ面倒臭ぇぇえええーー!! と思いながら、やっぱり無視して重たい足を前進させようとすると、ーー側の木に何かがぶら下げてあるのが見えた。大きな真珠が繋がったネックレスらしき物体。
「……もしかして探してるのって、あれか?」
「あ、ホントだ」
「ちょっ! なんであんなトコにあんのよ!? あんたのせいだからね、エコー! あんたのせいで小鬼に襲われて、せっかくおめかしのネックレス盗られたんだからね!」
「うん。ごめんね……」
キィーと金切り声を出しながら、ブーリと呼ばれる太った少女が顔を赤くする。言われたい放題のもう一人は申し訳なさそうに何度も謝っている。
「エコー」ってあれか、マホヒガンテのとこにいるヒロイック能力者か。ユキヒコの学校でもその噂は広まっている。というか今やワールドツリー中が知っている有名人だろう。
ユキヒコは闇玩具を取り出して布をほどいた。《取り柄がない超高性能》。重力操れるんだったらネックレス取るくらい余裕だろ。
「おら!」
思いきって闇玩具を振るう。
ーーブーリのスカートが舞い上がって、ボンレスハムのような二本の足と派手なパンツがあらわになる。
「なにすんのよ、スケベぇぇぇえええ!!」
重圧のある平手打ちを頬にくらい、ユキヒコの身体が吹っ飛んだ。
何が悲しくてこんなデブのパンツ見ようとするんだ、ボケぇ。もう嫌になるが、今度こそと立ち上がる。
伸びる腕をイメージする。黒い重力場がネックレスを掴み、ブーリの手元まで引き寄せられた。
これがオーラの力か。用が済んで闇玩具をまた布で巻き、早々と立ち去ろうとすると、エコーがそれを呼び止めた。
「あの、これ、学校で作ったクッキーの残りなんだけど、よかったどうぞ。本当にありがとうございます、です」
後ろからブーリに怒鳴られ、急いで引き返し、振り返って手を振るエコーを見送り、ユキヒコは袋からクッキーを一つ取り出してかじった。
次、あいつらに会ったら見つからないようにしよう。と、肝に命じた。




