二十四話 ごめんなさい、ごめんなさい
宿に一人の子どもが入ってきた。エコーは外に誘われ、またしても転んだ。
よっぽど気に入られたみたいね。隣にオージンが腰かけてエコーの持参した漫画の原稿を読み始めたので、シンシアは露骨に不愉快な顔をして席を立った。
エコーとは対称的に、オージンの側にいると嫌な気分になる。滲み出るオーラが空気を汚染しているような気さえするのだ。
「帰ったわよー」
続いて来客したのはフィリップ。ワールドツリーの外で出来たエコーの友人。ユキヒコが、他の連中は? と彼に訊く。
「まだ頑張ってるわよ。終わったけど、やっと一段落って感じね。今度は送り返さなきゃいけないし。……って、あんた、何勝手に触ってんの!? それエコーのでしょ!」
フィリップがオージンに近寄り、原稿を取り上げようとする。お互いに引っ張り合いになった。
「シィッ!! なにすんじゃオカマ!!」
「ちょっと、離しなさいよ、あんた!! ……ンの野郎ォォおおっ!!」
「オカマオカマ!! あ、これオチわかる!!」
できるだけ関わり合いになりたくなかったシンシアとユキヒコも遂に見ていられなくなり、止めに入ろうとした瞬間、オージンとフィリップの身体が引き離された。
ーー紙切れとなった原稿が床に散らばる。ああああああぁぁーーッ!! と、四人が同時に叫んだ。
タイミング悪く帰ってきたエコーが固まった四人を不思議そうに眺めた後、視線を床に落とした。紙切れの一片を拾う。
「ワタシがやった」
いつの間にか仮面を外したオージンが言った。無表情なので反省の色がないように見える。
アホみたいなことしておいて何スカしてんだ、コイツ。と、ユキヒコが訝しんだ。
「セイ子ちゃんが……」
「ご、ごめんなさい、エコー。悪気はなかったのよ」
慌ててフィリップが謝る。
「すまなかった」
オージンも謝ったが、やはり申し訳なさそうには見えない。口を結んだエコーの目に、ジワッと涙が溜まる。
だから持ってくんなっつっただろ。昔は絵とかいたずらされた程度で泣かなかったのになんで。と、シンシアとユキヒコもあたふたし始めた。
撒き散らされた紙切れをオージンがかき集める。黒いオーラがそれを包むと、一瞬で修復した。
「これでいいか。お前の能力を発動した状態で触れれば、またすぐにやぶれるが」
元通りになった原稿をエコーに手渡し、そう注意した。
安心してユキヒコとフィリップが息を付く。一体いくつ能力があるのよ、とシンシアは底無しなスーパーダークネスの力に戦慄した。
オージンは黙って宿から出る。
「セイ子ちゃん!」
後を追おうとしたエコーがまた転ぶ。さっきから転んだり頭を打ったりと、こんなにドジな子だったかとシンシアは不思議に思う。立て直し、エコーも宿から出た。
「どこに行くの」
「用が出来た。だが、安心しろ。もうお前の側には戻らない」
「いいよ、これくらい。綺麗に直してくれたんだし、気にしないで」
「そういう問題ではない。事情が変わった。ワタシは単独で行動する。これ以上、お前に害を及ぼすわけにもいかないからな」
その態度からは窺えないほど、責任を感じているのか、ワールドツリーに向かうオージンの背中に、エコーは言った。
「そんなことないよ。セイ子ちゃんのおかげでオレは助かったんだから。側にいて悪いことなんて何もないよ、友達でしょ。いつでも帰ってきてね」
振り返えらず、オージンは二言ほど呟き、歩き出す。
なんと言ったかは聞き取れなかったが、それ以上は黙って離れていくオージンを見送り、エコーは踵を返して宿に戻った。




