二十一話 目的
『顧問官、デルタが死んだ』
オージンを見失って走り回っていたシンシアは、すでに後の祭りだったことをサクラの連絡で報らされた。
何も出来ずに呆然としているだけの自分がどうしようもなく惨めで疎ましかった。
「……サクラさん」
『あー、あー。もうダメ。ごめんだね。これ以上は付き合いきれませーん』
その後は、最低限の報告を済ませただけでサクラは電話を切ってしまった。
……これからどうする。こうなってしまった以上、能力者機構のメンバーを迂闊に動かすことはできない。唯一頼れそうなサクラでさえ協力してくれそうにない。
立ち尽くしていると、奥から入り口に近づいてくる人影を見つけた。ーーオージン。彼はシンシアを一瞥すると興味無さげに通りすぎた。
「……何故、私は殺さないのですか」
「とぼけるな。解っているはずだが」
歩きながらオージンは返事を返す。まだ熱を帯びた地面が焼け臭かった。
「安心するなよ。エコーと近しい者は、もう少し後で地獄へ送る」
シンシアは怒りで満ちた感情を抑えた切れなかった。口だけでも反撃してやろうと決める。
「……貴方一人に、貴方みたいな人に、人間を裁く権利なんてない。ダークネス能力者だって根っからの悪人じゃない。誰かを守るために頑張っている人は沢山います。デルタ参謀長だってそうです……。貴方は一生懸命に生き
ている人たちを侮辱しています。そんなやり方で世界を救ったつもりですか。それであの娘が、エコーが喜ぶとでもーー」
オージンが立ち止まって振り返った。シンシアの想定以上に癪に障ったのか、無表情でも明らかに激怒しているのが睨み付けてくるその眼から窺えた。理解が足りないな。一つ、言っておこう。と、オージンはシンシアに詰め寄る。
「誰が世界を救うと言った。復讐でもないぞ。殺したいから、殺す。それだけだ。このセイトウリウはキサマらのように『正義』などという都合のいい大義名分は掲げない。身の程を知れ。本質的にゴミであるキサマらが、ヒロイック能力者と同じ道を目指すなどあまりにも下品すぎる。ワタシに意味もなくいたぶられるのがお似合いだろう」
冷や汗が顔につたう。そうだな。もう一つ、だ。オージンは忠告するように言った。
「ワタシの邪魔をするのならヒロイック能力者であろうと容赦なく殺すぞ。奴に直接触れてハッキリしたが、スーパーダークネスとは遥かに劣る力だ。せいぜい勘付かせないように気を付けることだな」
予想外の言葉に驚愕したまま固まり、血の気が引く。……エコーを殺す? どうして……? 嘘でしょ。世界を救うためでもなく、復讐でもなく、本当にただの自己満足で人を殺す……?
仲良くしているのは、そのためにエコーを利用しているだけ……?
ほんの少しだけ、彼も自分たちと同じように、ヒーローサイドを守ろうとしているのかと思っていた。今となっては馬鹿な期待だった。
「悪人の抹殺が目的なら……貴方も最期は自分の手で……」
「無論だ。精算した上でな。それが道理だろう。ワタシがいたことでヒロイック能力者や人間が何人も死んだ。だがキサマらを葬ったところで人殺しの数には入らんぞ、害虫以下のゴミがッ」
立ち去るオージンはまたエコーの元へ戻るのだろうか。お願いだからもう近付かないでほしい。
道理も何もない。狂っている。デルタが言ったとおりの快楽殺人者だ。
残っているユキヒコたちと自分だけでどうにかしなければならない……。ほとんど錯乱したような決意でシンシアはフラフラとした足取りでエコーのいる工業区域まで向かった。




