二十話 ジェノサイド・レクイエム
『こっちに逃げろ、デルタ』
小型のロボを操作するサクラに手引きされ、デルタは能力を使いながらオージンの猛追から逃れようと奔走していた。
『駄目だな。あのバリアと、レーザーライフルみたいな技を連発してくるのがやっかいだ。こっちの話も完全に聞く耳持たねぇし、もうお手上げだよ』
デッキから一枚だけドローする。カードは黒いオーラを発して消滅し、デルタが咳き込んだ。
ドッペル・デルタのA級闇玩具、《|七枚の切り札と三十三枚の紙切れ(アンコントロールド・デッキ)》は、合計四十枚のカードで構成されたTCGの闇玩具。
内の三十三枚はハズレであり、引けば発動しない限り次のカードをデッキからドローできない。これらはデルタ自身に一時的な負荷を加えるモノで、風邪、視力の低下、移動速度が鈍くなるなどのマイナス効果がある。
一方で残りの七枚は、溜めたオーラを一気に放出する『インパクトカード』、反射バリアを展開させる『リフレクトカード』、指定した場所まで瞬間移動できる『エスケープカード』、対象者のオーラを吸収する『ドレインカード』、自分がダークネスで受けたダメージを相手に移す『エクスチェンジカード』、対象者を回復させる『リカバリーカード』、それら六枚が全て揃った時に発動できる『デストロイカード』
デストロイカード以外の六枚は何度でも使用することが可能で、手札として収められる。
「……引き出しに」
『ん?』
「確か机の上から三番目の引き出しです。そこにまだファイリングされていない書類がいくつか残っているので、まとめて誰かに渡しておいて下さい。栄養剤やらも沢山ありますが、それは古いモノなので捨ててもらって結構です」
『はあ? ふざけんな。自分でやれよ』
「二十分後に、もし生きていれば連絡します。お疲れ様でした」
轟音と共に壁をぶち破ってオージンが通路へ現れ、デルタに迫ろうとしていた。小型ロボは舌打ちを発すると、オージンに突っ込み、閃光で貫かれて破壊された。
「あたた、腰痛っ。いたいた探したぞ、兄ちゃん。手間取らせやがって……ちょ~こま~かと逃げてんじゃねぇッ!!」
エスケープカードは半径一キロ以内に印を残した場所にしか移動できない。まるでそれを見透かしたようにオージンはデルタが全てのポイントから外れるまで詰め寄ったのだ。
仮面を被って強化するのではない。あれは、おそらくスーパーダークネス自体に自分を操作させる能力。一見ふざけているようしか見えないが、素の時よりもずっと合理的に動いているのがよく解る。
デルタは携帯を取り出して掲げた。
「十五分以内に、連絡を入れなければスーパーヒロイックを始末しろと部下に指示を出しています。貴方が我々に従うのなら今すぐにでも止めますが、そうでなければ」
「ンフ~。ワシはごばぁっ!!と殺るのが好きだ。フハッ」
話し合いは通じない。もはや能力を駆使して応戦する他にない。もう一度デッキを引く。『デストロイカード』ーー七枚の切り札が全て揃った。
切り札が揃ったことは今までで一度たりともない。回復しようが四十枚のカードを全て引いた時点で死に至る条件だから、試そうと考えたこともないからだ。
まだ三分の一も消費してないのにこのツキの良さ。不穏なオーラを纏うオージンをデルタは睨んだ。ーーやはり噂どおり、第四世代のゼロ。
「……ブニニニニ。どうした?」
不気味に笑う仮面が吼えた。
「やってみろォッ!!」
咆哮に気圧され手札を投げる。七枚のカードがオージンを囲み、『デストロイカード』が発動。球体状のオーラが中心のオージンを凝縮させるように強力な磁場を発生させた。
そもそもデルタの闇玩具は対ダークネス能力者が専門で、普段ならリカバリーカードかエクスチェンジカードさえあれば簡単に相手を抑えることができる。
おそらく不滅型《闇傀儡》にも大ダメージを与えるであろうデストロイカード。……コイツにも通用するのか。
通路を破壊させながら凝縮したオーラは跡形もなく消えた。
「やったか……?」
「うん。やったね! ごくろーさん」
隣で一緒に瓦礫を見下ろすオージンに気付き、すかさず反射的に距離を取った。彼は傷一つもない。
手札を失ったデルタは残りのカードを素早く引いて連続で発動させる。
記憶を読まれるのはマズイ。どれだけの人間に手をかけたのかは測りかねるが、まだ上層部の者とは会っていないはずだ。
少なくとも自分の情報を盗まれれば最悪の結果は免れない。俺はここで死ななければ。とっくに決まった覚悟で、ハズレのカードを引いて掲げる。ーー閃光がカードを撃ち落とし、そのあとすぐにデルタの右腕が吹っ飛んだ。
悲痛な声を上げながら身を投げようと駆け出す。今度は片足を閃光が刈り取った。
「頭を出せ」
仮面を外したオージンに髪を引っ張り上げられ、こめかみに指を食い込められながら額を握られる。迂闊すぎた。何故もっと慎重にならなかったのか。
識眼無しだと侮っていたのが間違いだった。即座に逃走できる能力を持つ自分でこの様。ここまでの力量差でどうすれば。
「ゴミがッ。キサマも理解が足りない」
デルタの頭を床に叩きつけてオージンは馬乗りで殴り始めた。
「心の奥底ではヒーローサイドを崇拝しているようだが、勘違いするな。キサマには夢を語る資格がない。善人足ろうとする権利がない。およそヒトが感じる幸福や快楽を得ることは許されない。ましてや英雄を称賛することさえ、おこがましいのだ」
ほとんど意識のないデルタに吐き捨てて、手の中に仮面を具現化する。
「キサマはこれまでダークネス能力者を除き、直に三人、間接的に十二人の人間を殺した。精算しろ。苦痛をもって贖え」
そう言って、仮面をデルタの顔に被せた。それから何かを唱えるように二言だけ呟く。
「ロス ネシズ」
すると仮面が禍々しいオーラを発しながら震え、デルタの絶叫が響き渡った。




