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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第1部 ライジング
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一話 説明会


「最後に、何か質問等はありますか?」


 どんよりと重たい空気が淀む講堂の中を、シンシアは壇上から俾睨する。

 参加している聴衆のほとんどは虚ろな目をしており、朦朧とした頭でかろうじて意識を保っている様子で、もはやまともに言葉を理解できているのかどうかも怪しい。

 一方で、お構い無くうっぷし、いびきをかいで寝ている者もいれば、行き場のない焦燥をこちらへ向け、にらみ付けてくる者もいる。

 数はまばらだが、一応はこれで全員揃っているはずだ。皆、それぞれ歳は違うが、大半は十代前後の子どもである。

 午前二時からこの講習を始めて、もう六時間が過ぎた。ブニニニニ……。真っ黒い小鬼たちが笑う。

 ただでさえ、こんな化け物に見張られているのだ。彼らが心身共に疲労しきっているのも無理はない。

 ……結局、この前と一緒なのね。対象外の人間にまで情報が漏洩しないよう、なるべく秘密裏に済ませなければならないのは解るが、だからと言って、こんな真夜中に集めて長時間も軟禁してしまうのはどうなのか、とシンシアは胸の内で嘆息した。

 やはりこういう点に関しても、改めて見直すべきだろう。



「それでは以上をもちまして、説明会を終了させていただきます。本日は長い時間、お疲れさまでした」


 

 そうして彼女はボールペンを指先で軽く振り、レジュメに印を付け始めた。

 ようやく終わったかと、各々がうんざりしたような顔で、固まった腰が軋む鋭い痛みに耐えながら、ゆっくりと席を立つ。

 その半分以上が去った後で、うしろ側の端に座っていた一人の少年が、全身をわなわなと震わせながら挙手した。

 それに対し、どうぞ、とシンシアが応じる。すると少年は荒々しい動作で椅子を倒し、両手のひらを机に叩きつけ、立ち上がった。

 いまにも泣き出しそうに歪んだ顔が、真っ赤になっている。



「……う、う、ゥゥゥうううううう……!!……え、えっど、イッ!! ぼ、ぼぼぼく、……えッグ。でっぎり……自分で、ずぎな能力とが、……づぐれると思っでだの、……イッ!! ぬぅぅぅ、うっ、うっ……!」



 聞き苦しい嗚咽を漏らしつつ、少年は机上に置いてあった小袋からガラス球をひとつだけ取り出し、それを壇上に向かって、ーー思いっきりぶん投げた。

 それは黒い霧を纏いながら、一直線に飛ぶ。

 突然の襲撃に動じることなくシンシアは、右腕を背中に回し、誰にも見えないようにしてから中指を立てた。

 彼女の目の前に、透明で薄い膜のようなモノが出現し、ガラス球はそれに勢いよくぶつかって張り付き、一瞬だけ弾けそうなほど膨張し、収縮してから、ーーギィィィイイイイイイイン!!と、甲高い耳障りな金属音を響かせた。

 空気を激しく震わせるほどの音波が講堂中に広がる。

 ガラス球がポトリと落ち、膜は割れ、破片が床に散らばった。



「あぁああぁああああ!!なんだよぞれぇ!?  ごんな、だだ音が鳴るだげの、び、ビー玉っ!!  ぶざげんな!!  おあ! ? ぜっがぐ、イッ!!  だのじみにじでだのにぃ!! 馬鹿にじやがっで!! ごんなみみっぢい能りょぐ!!  ぶざけんなっ!! ふざげんなぁあ!!」



 悲痛な表情で耳を塞ぐ者たちから、少年は注目を浴びる。

 彼の暴走に身構える小鬼たちを、シンシアは手で制止した。



「……まだよく理解していない人がいるようなので、今一度だけ説明します」



 彼女は壇上から下り、破片を踏み荒らしてパリィパリィと砕き、しゃがんで転がっているガラス球を拾い上げた。

 破片はよく見ると氷のようだった。



「身につけられる能力自体に、制限はありません。その気になればオリジナルの能力を得ることも十分可能です。しかし、だからこそ、我々は自らの力に制限を課す義務があるのです。人類史上初のダークネス能力者、《ファウスト》の事例から鑑みても、ダークネスを発現させた者を野放しにした場合、その力を悪用するケースが極めて顕著でした」



 袖に付いた霜を払い、悠然とした顔で口上を述べながら、ゆっくりと少年に近づいて行く。



「実際、いまだに消息不明のならず者が各地に横行している現状もあります。ですから、みなさまのお手元にある《闇玩具》は、あくまで枷として、早い段階のうちに潜在された力を、敢えて一つの決められた能力に限定し、抑制するために支給されたモノなのです」



 着いたところで止まって、机の上に冷たくなったガラス球をソッと戻し、右手のドレスグローブで隠すように覆われた中指の指輪を、左手の親指で優しく撫でた。



「ダークネスを私利私欲のために乱用、及び他者に害を加えてはならない。これはワールドツリー能力者機構における条目の一つとされます。違反者は処罰の対象になりますので、くれぐれも気を付けるように……と、始めの方でかなり念を押したはずですが?」



 少年は歯を食いしばって、鼻息を荒くしながら拳を強く握り、シンシアをねめつけている。



「死にたくなかったら、人の話はまじめに聞いてください」



 そんな無表情の威圧に少年は萎縮し、頭を抱え、小さく唸り始めた。ぅいっ……ぬぅううううっ……!

 シンシアは、目の前で声を押し殺して啜り泣く少年と、こちらを覗いて愉快そうにニヤついている者たちに向けて指を差した。



「あなた、それから、そことそこの二人。これからも定期的なガイダンスは行うので、必ず出席するように」



 そう言い残してから講堂を出ると、壁際にもたれて小型端末をいじくっている男が、それまで彼女を待ってたかのように手を上げて、歩き出し、シンシアはそれに追随した。



「で……どうでしたか、今度の彼らは」



 無関心そうに訊きつつ、男は展望回廊から身を乗り出し、外の様子を眺め、先ほどと依然変わりないことを確認する。

 この場所なら街を見渡すこともできるが、あまりにも高すぎるため、ほぼ真下を見なければならなかった。

 これより上層へ行くと、濁ったオゾンの色か雲海だけの景色が広がっている。



「いい子たちですよ。前期に比べて不穏分子となりえる者がそれほど多くはないかと。それぞれに与えられた能力は、いつも通り適切だったと感じます」



 ブニニニニ……。小鬼たちとすれ違い、通りすぎて離れるのを見届けてから、二人はエレベーターに乗り込んだ。



「それはよかった。これ以上、僕や貴女のような問題児が増えてもらっては困りますからね」



 エレベーターからは、このワールドツリーの内側に設備された様々な施設が見えて、瞬間的に移り変わる。中心の巨大な柱だけが、常に視界に残った。

 男は手の甲を額に当てて、深くため息をつき、大欠伸をした。乱れた服装と寝癖、それから目の下には隈ができている。

 忙しいのはお互い様なのだが、この男に限っては、いつも多くの案件を任されているようなので、致し方ないのだろう。

 身なりがだらしないと指摘するのは、少し気が引ける。



「ああ、そういえば、今日は一人だけいましたか」



 すぐに最下層まで降って、エレベーターから出ると、長い通路があり、そこを抜け、厳重にロックされた三重の扉の前で二人は認証を済ませ、控え室代わりの大広間に入った。



「デルタ参謀長!待ちくたびれましたぞ!それにザガイン殿も!」



 入ってすぐに、着流し姿の男が駆け寄ってきて、いやはやご苦労様でござる!と二人に向かい頭を下げた。寝癖の男、ーーデルタが、ひきつった笑顔でそれに応える。



「ええっと……ムドウくん、なんで君がここにいるのかな?」



「ハッ!件のスーパーダークネスの暴走を止めるべく、いまのうち拙者も最前線で陣を取ろうと思いまして!」



 デルタはさらに顔を歪め、おそらく事の一端であろう、広間の片隅に居座るまん丸いロボットに目をやった。



「ん? あー、いやー、来る途中でバッタリ会っちゃってさー。鬱陶しいくらい絡んでくるから、つい教えちゃったよ」



 ロボットは、特にうしろめたい気持ちも感じられない、脱力気味な少女の声を、外部に備え付けられた拡声器から発した。



「水くさいですぞー。先立って報せてくれれば、拙者も此度の作戦に備えることができましたのに!」



 ムドウはそう胸を張り、デルタは面倒くさそうに舌打ちをした。



「うーん。ごめんね、ちょっと言いにくいんだけど、キミってさ」



「ふふふ、見ていてくだされ、デルタ参謀長! このムドウめが、最強のダークネス能力者とかいう輩を引っ捕らえてみせましょうぞ! すべては、あの気高きヒーローサイドを再興させ――」



「……ごぇ、喉が痛いわい。ヒーローサイドがどうしたって?」



 言い切る前に、ギクッとしてムドウは振り向き、ビゾオウル、いつの間にか後ろに立っていた老人に気付き、口を開けたまま固まった。



「おお、おお!きたか!」



 ビゾオウルはシンシアを目に留め、まぬけ顔で硬直したムドウに見向きもせず、彼女に近づき、何枚かのコピー用紙を叩きつけた。



「ほれ、ザガイン嬢。お前の台本だ。ダッハッハッハ!急げ急げ!」



 ビゾオウルは踵を返して戻り、他の者たちもそれに続いて階段を昇る。己の迂闊さに反省しているのか、申し訳なさそうに口を結んだムドウへ、別にいいですよ、と気遣う風でもない口調でシンシアが言う。



「どうせ、このあとすぐに宣戦布告するつもりですから」



「あ? なんの話だ」



 返事せず、シンシアは自分の立ち位置に着き、デルタらはあまりカメラに映りたくないのか、ムドウを引っ張り、できるだけ離れた場所へと移った。

 大ホール並の広々とした小さなドーム内、その中心にある大きな檻には、みすぼらしい格好をした数十人の老若男女が押し込められており、ブニニニニ、ブニニニニ、小鬼の集団に囲まれていた。ギャラリーには幾人かがそれを見物している。

 ビゾオウルの合図で、照明が点き、ええい!早くしろ!と、機器周りで慌てふためいている連中を囃し立て、そして何の前触れもなく、唐突に、ーー放送が再開された。






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