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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第1部 ライジング
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過去編1ー④



「わあ。絵、上手だね」



 エコーは、さっきの授業でクラスメイトから注目されるようになってしまったようだ。

 いまは図工の時間。不思議なことに、他の教科と比べてもかなり教材は充実していて、単位数が最も多い。しかも何故か能力者機構の監修。生徒たちは各々で、一分間、序文をよく読むように言われた。長い黒髪の少女の写真と、その名前と役職名に一瞬目を配らせ、下の序文を読み始める。




ーー創作において何よりも大切なのは『情熱』です。



 傑作を生み出す人はみんなそれを重視するのですぅ~。誰だってそーする、アタシもそーする。逆に言えば、情熱を理解していない奴が作ったモノなんてカス同然だね!

 情熱が頂点だと、それを念頭に置かなければ作品に軸が抜けてブレが生じちゃうの。ブレてブレて誰の心にも響きませーん。

 ただし判然としないと思われがちな情熱にもちゃんとした定義付けはあるので、その辺は履き違えないで下さいぃ~。

 情熱がある人は決して驕りませーん。格好良く可愛く自分を魅せたいだけの三流アイドルより、人を励ますための唄を歌うミュージシャンの方が数百万倍も偉いのです。

 バットエンドなんて満たされた人生を送ってきた、なーんの苦労もしてないちゃらんぽらんが刺激を求めて好むストーリーなのです。

 不格好でも絶望を乗り越えようと努力する主人公の方が素敵なんですぅ。特定のスタンスを持たずに、説教を垂れる悪役に傾倒するのは小学生までだよねー。



 わかりますかー? これは全ての事柄に言えるのですがぁ、なにもかも芯のある人間の心に起因するモノなのです。

 この常識を勘違いしたまま進んじゃうと恥をかきますよー。基になるのは自分の内に秘めたモノでなければいけないのです。

 ネット掲示板やらどっかから聞いたことあるような、良いとこ取りした横並びな意見を引っ張ってきて、中立的でもっともらしい事を言っているつもりの、実際、端から見ればその場しのぎのズレたことを我が物顔でほざいているだけの豚を見ていると笑えるでしょ? ブタブタブタ。それと一緒です。



 芸術性とは取捨選択ではありませーん。自己表現なのですー。他人からの受け売りに価値はありませーん。情熱に従って自らで磨いていくモノなのです。

 と言っても、みなさんもまた情熱皆無な大多数の豚でしょうから、一から作品を生み出すことはできないと思います。なので最低限の技術だけは教えようかと思います(とりあえず納期までにさっさと仕上げろとか)。まー、せいぜい自分が一流に満たない人間だと自覚しつつ精進してくださーい。

 歴史上でも、芸術性を間違った方向で捉える馬鹿が後を絶ちませんでしたー。だから敢えて過去から受け継がれてきた名作の焚書を行いましたー。これ以上、傑作たちを理解の足りない豚共に汚されるわけにはいけませんのでー。

 ほら、昔からずっと好きだった娘が目の前で凌辱されてる気分というかねぇ。アニメ化されてから、突然にわかが湧いてきて、二部が好きとか公然と言いにくくなっちゃうのはもう嫌なんでぇ(一番好きなのは五部だけど)。

 ここに載っている作品群は全て、アタシか、その他の勘違い野郎共の作ったモノですぅ。重々ご承知くださーい。



 あと、ダークネスっつー屑の代名詞みたいな力がある日突然ピンピコ出ちゃった、もしくはそれを隠しているアホンダラを見かけた場合は、至急、我ら能力者機構にご一報くださーい。世の中ために活用させてもらいまーす。

 それでも『悪の力をもって正義を行う』とかおこがましいことは、くれぐれも考えないよーに。あくまで啓蒙の対象にしか過ぎませんのでー。情熱とはほど遠い存在なのでー。

 あ、ちなみに上述の台詞とこの髪型は、『ゴージャス☆アイリン』っていう漫画のーー




 ……やはり見るに堪えない。

 シンシアは途中で挫折してそのまま教科書を閉じた。暴論且つ、教科とは無関係な脈絡のない話。ただでさえ長い。前後を何度読み返しても意味不明なところが多い文で、予習した時もここだけは飛ばした。

 要は、自分たちには情熱がないことを前提で、心を込めて創作することの大切さを知れとでも言いたいのだろうか。

 なにがなんでも信念、情熱と、遠回しにでもヒロイック能力者こそが真理だと刷り込ませるつもりらしい。まだ学校が始まって二日目だが、もうたくさんだった。



 図工の最初は自由課題で絵を描くこと。この時間内に完成させなければならない。創作に限らず、仕事は早くこなすことが肝心らしい。

 ムカムカしながらそれでもシンシアは丁寧に色を塗っていく。ふと、エコーの後ろに迫る影を見つける。

 ちゃぷちゃぷと重たそうなバケツを持ち、よだれを垂らし、ブーリが気持ちの悪い笑みを浮かべている。なにを企んでいるのかはすぐに解った。

 エコーの背後まで近寄って来て、両手でバケツを掲げた。すかさずシンシアがそれを乱暴に奪い取る。しばらく呆気に取られて、ブーリは頬をぷるぷる震わせ、思い出したように喚き始めた。



「痛っだあああああい!! なにすんのよぉぉおおお!? ふざけんなあああああ!! せんせーコイツがぶったああああ!!」



「危ないわね。いま人の頭に目掛けて、バケツ放ろうとしたでしょ」



 二人の険悪なムードに、エコーが心配そうな顔で身構えているのが解り、シンシアは手のひらで制止した。

 割って入ろうとしに来た担任にも毅然とした態度を示す。この際だからブーリには忠告してやろうと決めたのだ。



「別に大丈夫ですから、気にしないでください」



「いきなり殴ってきたのよ!! この野蛮女ぁ!! ブリィ!! おじいさまに言いつけてやる!!」



 どうしたらいいか解らず、慌てふためいているエコーは、後ろの小さな木製ロッカーの前で座り込んで散らかし、何かを探している女子生徒を目に留めた。お偉い方の御息女二人に挟まれ、困り果てている担任も気掛かりだったが、一先ずここはシンシアに任せ、エコーはロッカーの方へと向かった。

 どうしたの?と訊く。絵の具セットがないの、と答えた。お家に忘れたならあたしのを貸してあげるよとエコーが言うと、女子生徒はふるふる首を振った。



「違うの。今朝、絶対ここに置いたはずなのに……」



 盗まれたのかなぁ……と涙ぐんむ。

 エコーは、奥行きのないロッカーが黒っぽい陰になっているのに気付く。そこに手を伸ばそうとすると、二つの赤い点が浮かび上がった。驚く間もなく飛び出してきた。ブニニニニ!!

 悲鳴を上げた女子生徒の声で、クラス全員がソレの存在に気付いた。とかげの様にぬめっとした身体は百センチ程もない。大口を開けて吼え、エコーを威嚇している。

 怯える生徒たちの中、しっしっとシンシアが近寄って足で追い払う。四つん這いになって教室から逃げ出して行った。

 みんなが落ち着いたところで、ロッカーを片付け、腰を抜かした女子生徒を立ち上がらせ、とりあえず今はあたしので描こう。後で一緒に探すから、とエコーが彼女の手を引いた。

 席に戻ると、自分の絵がぐちゃぐちゃに落書き足されていた。ポカンとしたエコーを見て、ブーリが笑いをこらえている。



「これわたしが前に描いた絵と同じヤツじゃない! マネよ、マネ! みんな見てー! エコーがわたしの絵をマネしたのー!」



 そう言って、まだ乾いていない画用紙を見せびらかした。



「マネするからこうなるのよ、わかった? エコー」



 ブーリの言葉に頷こうとするエコー。うん、じゃない!とシンシアが大声で怒鳴った。

 また教室が静まり返る。来なさい。あっちで話すことがあるわとシンシアはブーリに顎で促す。しかしブーリは応じず、エコーの席の前から動こうとはしない。

 にらみを利かせてシンシアは吐き捨てるように言った。



「……なんなの。一体どういうつもりよ。意地でもエコーをからかわなきゃ気が済まないのね?」



「ブッヒュ! そうよ。だって楽しいんだもーん。こいつなんでも言うこと聞くし、でも最近は泣かなくなったから前よりはつまんないけどね」



 はっきりとそう言ったブーリに対し、証拠、とシンシアは返す。

 はあ? とブーリ。



「わからない? 『証拠』っていうのは、自分の言ったことが本当に正しいんだって、相手を納得させるための形ある理由のことよ。言い掛かりが通用するほど世の中は甘くないのね。もしエコーが盗作したというのなら、ブーリ、あなたの描いたその絵を持ってきて見せなさい。電子端末に保存してあるならファイルに日時も記録されるんだけど、……そこまでは要求しないわ。いますぐにとも言わない。明日までに証拠を持ってきて。わかった? ただの被害妄想じゃないなら、それを証明しなさい」



「フン! なによ! わたしが嘘をついてるって言うの!? しょーこ見せなさいよ! ひがいもーそーよ! ひがいもーそー! わたしを誰だと思っているの!? ビゾオウルおじいさまの孫なのよ!? 身分の低い下民のくせして偉そうに!!」



 肩をいからせ、地団駄を踏むブーリ。

 ……解ってはいたが、やはりこれと話し合いの余地はなかった。相手が言った覚えたての言葉を曲解してそのまま返してくる。さらには身内を利用して他者を黙らせようとする。こういう人間は自分の主義主張でさえ簡単にねじ曲げ発言してくるから議論のしようがないのだ。

 こんな奴と張り合うがために父の名を使ってたまるか。どうせ忠告も利かないだろう。



 シンシアはわざとらしく嘆息して、いまから描き直して間に合う? 手伝うわ。とエコーを気遣った。ありがとう、とエコーは微笑む。あー逃げた! わたしの勝ちー! そうやって周囲に自分の優位を誇示した後、絶対に言いつけてやるんだから! と、捨て台詞を吐きながらブーリは戻って行った。




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