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英雄気取りのエコーちゃん!!  作者: 増岡時麿
第1部 ライジング
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過去編1ー③



 深く入れたハサミが、毛の束を切り落とす。せっかく整えた髪型の一部が不自然に短くなってしまった。

 慌てて自分の不手際を謝り、シンシアはエコーにも聴こえないほどの小さな声で呟いた。ーーなんで、それも知らないのよ。



 翌日、一時間目からさっそく社会の授業が始まった。

 担任が電子黒板に樹木のような図を描き、生徒たちに尋ねる。さあ、これはなんでしょう?

 ワールドツリー!と、一斉に元気いっぱいで答えた。

 はい、正解です。今から約五十年ほど前、五大国や主要先進国などを統合し、一つの国家として建てられた世界最大のメガストラクチャー。それが私たちの住むワールドツリーです。ちなみに、学校があるのは公共機関が密集したこの場所、みなさんのお家がある居住区がここです。と、指し棒で上層の部分をカツカツ叩いた。

 このワールドツリーを経営している統治局や能力者機構、そこに住まう私たち、これらを総じて「ダークサイド」と呼びます。



 統治局は、主に行政を司る、その名のとおりの統治機関ですね。

 それから能力者機構、正式名称は「Worldtree ESP Organization」で、略してWEOとも云われています。簡単に言えば、ダークネス能力者たちによる自治組織です。

 ダークネス能力者とは、悪い心の力、「ダークネス」を持つ人間のこと。みなさんがこの教育過程中にダークネスを発現させてダークネス能力者になった場合は、必然的に能力者機構の一員となってもらうことになりますので、ちゃんと覚えていてくださいね。

 さて、ここまではすでにご存知の方がほとんどだと思います。それでは私たちダークサイドとは別の人たちが、ほんの少し前までに存在していたことは知っていましたか?



 一通り説明した後、担任は生徒たちに一度そう訊いて、エコーを呼び、隣に立たせた。

 ばっさりとしたギリギリのミディアムヘア。頭が軽くなったと、本人はむしろ喜んでいたが、シンシアは自分の失敗を晒されている気分で恥ずかしくなった。

 担任は「ヒーローサイド」と、大きく版書した。昨日、散髪が済んだ後、書庫に忍び込んでシンシアはエコーに、自分が知るかぎりでヒーローサイドのことを教えてあげた。

 エコーはそれまで、自分のことやヒーローサイドについて、本当に何も知らなかったのだ。



 その名も、ヒーローサイド。

 ヒーローとは「英雄」という意味の言葉ですね。ここではダークネス能力者とは対になる存在、「ヒロイック能力者」のことを指します。

 現在、この世界でダークネス能力者になりえる人の数は、総人口の過半数以上と云われていますが、ヒロイック能力者はわずか数百万人に一人だけ。信念と善意の力、「ヒロイック」を持つとても珍しいギフテッド。残念ながら、ヒーローサイドはダークサイドとの抗争で全員が亡くなり滅んでしまいましたが、彼らこそが人類を正しく導いてきた真の救世主なのです。

 担任はエコーの肩を掴み、前に押し出した。



「ーーそして、なんと、エコーさんがそのヒロイック能力者なのです!」



 呆気に取られて、シンシアは口をポカンと開いたまま眼を丸くした。拍子抜けするほどあっさりと、それを明かしてしまったのだ。

 ざわざわと騒然とした中、ひとりの男子生徒が手を挙げた。



「なんで、んっと……、ヒロイック能力者がまだいるんですか?」



 皆、同じく疑問に思っているはずだ。生徒全員が沈黙して耳を傾ける。



「先生はいま、そのヒロイック能力者っていう人たちがみんな死んじゃって、ヒーローサイドがなくなったって……」



「かつてダークサイドによって滅ぼされたヒーローサイド。凄惨な時代でした。すべてはダークネスの力に溺れた者たちの罪科。気付くのが遅すぎたのです。情熱の心がどれだけ尊いモノなのかに。だからこそ、私たちはこうして自分たちの罪と向き合い、本当の正義とは一体何なのか、それを後世に伝える義務があるのです」



 答えになっていません!と、席から立ち上がってシンシアが叫んだ。



「訊いているのはエコーのことじゃないですか!」



「言ったでしょう。この子はヒロイック能力者、ただそれだけです。みなさん、これからは彼女のような人を大切にしましょうね」



「ふざけないでください!!」



 馬鹿にしているのか。異様にヒロイック能力者を持ち上げているのは、この際どうでもいい。いまは別のことが重要だ。

 エコー本人を目の前にこんな話をしてはいけないと解っていながらも、シンシアは胸の奥から込み上げてくる激情を吐き出さずにはいられなかった。



「ヒロイック能力者を大事にって、その子がマホヒガンテの家でどんな扱いを受けているのか、それを知ってて言っているんですか!?」



「はあ? ちょっとなによ、あんた!」



 聞き捨てならないと、ブーリが食って掛かる。無視してシンシアは担任に問い詰めた。



「先生、エコーは昨日までヒーローサイドや、自分がヒロイック能力者であることを全く知りませんでした。それどころか、両親のことまで……。どうして隠していたんですか?」



「どーして隠していたんですかぁ? ぶひひひひ!」



 父と兄が答えなかったことを、この教員に訊いても意味はないだろう。エコーが統治局にとって、どれだけ重要な存在なのかは解らない。ヒーローサイドのことを黙っていたのにも、なにか理由があるはずだ。ーーだが、どうしてそれを今この場で明かしたのか。

 ヒロイック能力者の生き残りがいることは公表されていない。一応ヒーローサイドについて色々と調べていたシンシアがエコーのことを初めて知ったのは、つい最近、兄から話を聞いたからだ。

 何故、いままで隠していたことを、初等教育の、ほんの一授業に過ぎないここで。



「そうだったんですか。……んー。きっと、大きくなってから知るべきだと判断したのかしら。ごめんなさい、エコーさん。いきなりこんな話をされても複雑な気持ちになるわよね。でも大丈夫よ。これからは私たちみんなで、あなたを支えてあげるから」



 エコーも混乱しているのか、どもった声で返事した。シンシアは唇を噛み締める。父と同じだ。まともに答える気はさらさらないらしい。

 子どもを舐めているのだろうか。ここまで事をうやむやにしようとしていれば、たとえ子どもだろうが不可解に思うのは当たり前だ。

 それとも、なにかしらの企みがあるのか。こうやって話を逸らそうとする態度は、逆にダークサイドへの不信感を煽っているようにすら感じる。

 ……もういいです。終了のチャイムが鳴る。せめてなにか一つでも聞き出そうと、しばらく担任を問い質してはみたが結局は無駄だった。

 彼らの目的は、一体……。




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