十二話 オージン
「フン……。まったく、どいつもこいつも! 馬鹿共めが!」
ドームから抜け出し、スーパーゲートを辿ってビゾオウルはワールドツリーの中心部へ向かっていた。
「もう我慢ならん、こうなったら今すぐにでもオージンをーー」
通路が凍っている。ビゾオウルの歩みはそこで止まった。文字通りの寒気が襲う。
「少しでも妙な動きを取れば、わかりますね」
シンシアがビゾオウルの喉元に、氷の刃を突き付けている。ここからはほんのちょっとの油断も許されない。常時広範囲に能力を展開し、神出鬼没の敵に備える。
ビゾオウルを拘束したまま、中心部の大広間に入った。ここは名目上、ワールドツリーの動力炉ということになっている。中にはオージン討伐部隊の数十名余りがいて、オージンが眠るジェノサイド装置を取り囲んでいた。
辺りを見渡す。放送機器が乱雑に散らかっている。ビゾオウルがカメラを壊した際に、ここのモノをドームへ運んだのだろう。元々ここは、あらゆる機材が投げ込んであるので半ば倉庫にもなっていた。
「ムキシツは?」
シンシアの問い掛けに、討伐部隊の男が首を横に振った。不滅型《闇傀儡》のムキシツ。ガーランドの話ではここにいるはずだ。彼らにもすでに報告してある。全く気配がないのが逆に不気味だった。
男は装置から外さなくとも、中を覗くための隙間から穴を空けられることを説明した。そこに闇玩具を押しあてている。装置が生きているように脈を打つ。
「ここからなら俺の能力でも殺れます。はやくしましょう、ザガイン先生。……もしもの時は自分ごとお願いします」
頷いてシンシアは後ずさり、右手を構えた。
「みなさん、周りにも警戒を怠らずに。ムキシツが一体どこに潜んで」
いいや、後ろだ!!
装置の前の男が、叫ぶと同時に倒れる。シンシアは突如として現れたおぞましい気配に戦慄した。男が攻撃を受けた瞬間に、振り向きながら横に跳ぶ。霊体から実体化したその姿を、そこにいる全員が視認。やはりずっとここにいたのだ。
黒い薄毛の長髪。末期患者を思わせる風貌。ーームキシツ。スレイヴに次ぐ力を持った不滅型《闇傀儡》。
「赤5!!」
シンシアが作戦コードを命ずる。討伐部隊がムキシツから一定の距離を離す。
まずはシンシアがあっという間に氷づけにし、相手を封じるタイプの能力を持った他の能力者たちも一斉にムキシツを攻撃。
能力者機構ができる最大限の対不滅型《闇傀儡》用の技だった。これで駄目なら万事休す。
だが、期待も虚しくムキシツは容易にそこから這い出ててきた。身体をくねらせ、目を剥いて唸っている。
巨大な剛腕が出現。頭上からムキシツを叩き潰した。シンシアの背後に氷の巨人が立つ。やむを得ず危険レベルの戦闘態勢。中指を下向きに突き立てた。指輪の闇玩具が震える。
全員、さらに後退して壁に張り付く。
「うあああああ!! あああああぁぁ!!」
シンシアが咆哮を上げ、氷の巨人が強烈なパンチラッシュ。鉄製の床を無様に陥没させる。
そして滅茶苦茶に潰れたムキシツを、自己再生する前につまみ上げ、打ち合わせた両の手で挟み込み、さらにもみ手で擦り潰す。
巨人の腕が砕け散った。シンシアの健闘も無駄に終わる。ムキシツは首を仰け反って大きく口を拡げ、金切り声を出す。すると首に埋め込まれた鉄球が膨張し、喉元を開かせた。
シンシアは、ガラス球の少年を連想する。ビゾオウルが特注の耳栓を嵌めた。
ズィィィィィイイイイイイイン!! と、部屋中に甲高い大音響が轟く。討伐部隊が意識を失い倒れ、全滅。
「よくやった、ムキシツ! ダッハッハッハッハ!! 惜しかったなぁ、能力者機構!!」
フラフラと立ち上がり、ビゾオウルはジェノサイド装置の前でレバーに手をかける
「さあ!! さあ!! 目覚めよ、オージン!! 地上最強のスーパーダークネスよ!!」
紫煙を噴出し、装置が開いた。ただれた泥のような物体が流れ出る。その肉体は再生を始め、だんだんと人の形に形成されてゆく。
「ああ……おはよう……。会いたかったぞ、我が息子……」
地べたでうつ伏せのまま、シンシアは朦朧とした状態で顔を上げた。
ムキシツが超音波を発生させる直前、咄嗟に手と氷で耳を塞いだのだ。自分以外に意識のある仲間はいない。あれもまだ完全に身体を修復できていない。ーーやるなら、今しか!
振り絞った精一杯の力で、大気を氷結させて放つ。殺気を感じ取ったのか、不完全体のソレは、シンシアの方を向き、黒い斥力場バリアのようなモノで攻撃を跳ね返した。失意の表情でシンシアは絶望する。
「きさま、ザガイン!! よくもこの死に損なーー」
突然、ビゾオウルがジェノサイド装置の前から消える。出口の方で何かがぶつけられたような音がした。ビゾオウルの身体が扉に叩きつけられたのだ。
肉体の修復を終えたソレは、ゆっくりとした足取りでビゾオウルに近づいていく。おもむろに指で両目をグッと押し、見開いた。
漆黒のフード付きオーバーコート。少年の姿で禍々しいオーラを纏い、無表情の眉間にシワを寄せながら、砕かれたガラスのような眼光で、
ーーオージンは、激怒の様相を示した。
鉄球で喉を鳴らしつつ、ムキシツがゆらゆらと接近する。大して気に止めることもなく、ただオージンは指拳の形で手をムキシツの腹部に当てた。全身が爆裂。自己再生もせずに肉片が飛散し、消滅。ムキシツが瞬殺された。
縫い目から半面がずれて血を流し、呻くビゾオウルの首を、オージンは掴みかかって身体を無理矢理起こさせた。
「お、オージン……なにを……」
「頭を出せ」
首を絞められ、とても苦しそうにビゾオウルは泡を吹く。オージンの右手がビゾオウルの頭に触れようとして、止まった。
ドームの中継を映し出したモニターを見上げている。死にかけの老人を投げ棄て退かし、扉を破壊。振り向きもせず片手を振るう。ジェノサイド装置が跡形もなく消し飛んだ。激しく咳き込み、ビゾオウルは嘔吐した。
オージンが出ていくのを見届けた後、床に拳を叩きつけ、シンシアは悔しく泣き叫んだ。




