十話 再会
「つまりだ!! かつて人格者などと呼ばれていた連中が、いかに保守的且つ無粋者だったか!! ヒトは本質的に下劣で性悪なのだ!! 世界の根源には、弱肉強食がある!! 他者からの略奪ありきで成り立っておるのだ!! それを認めなければならない!! 分かりきっていたはずだろう!! これほどまでに単純なことは!! にも関わらず、我々の祖先たちは何千年もの間、この世界をッ!! 人間というモノを美化しッ!! 道徳などという余計なシステムで縛り続けッ!! 正邪の入り乱れる混沌を良しとしたのだ!! ヒーローサイドの存在がそうさせた!!」
思っていた以上に集まりましたね。デルタが、サクラから外の様子をうかがって言った。
ジェノサイド開始まではもう三分ほどもないのだが、シンシアはまだ場内にいた。彼女はビゾオウルが演説をしているすぐ後ろ、球体ロボットの隣でじっとしている。
まさかウェンボスさんまで来てくれるとは。助かりましたね。いちいち口頭で伝えるのが面倒になったのか、サクラはロボットから身を乗り出し、デルタに直接モニターを見せている。携帯ゲーム機型の闇玩具だ。
おや……。デルタが何かに気付く。サクラはすぐに闇玩具を取り上げると、モニターを確認し、
「顧問かーん」
隣のシンシアに話しかけた。
ムッと、不機嫌そうな表情をする。私のことを顧問官と呼ぶな。と、そう言いたげな顔だった。そもそもあの老害は、顧問官がどういう役職なのかまともに理解してはおるまい。
そんなよく解ってもいないモノに任命されるのは不本意だったし、今はただでさえ気分が悪いのだ。
聞けば現在ドームを包囲している猛者たちは、街の住人を避難させてくれたそうではないか。以前から協議していたことだが、この件で能力者機構はオージン討伐に専念し、他の事は外部の能力者たちに任せると、最後まで譲らなかった。
結果こうなったのだから、もはや何も言うまいが、彼らがやったことは本来、我々の仕事ではないのか?
能力者機構にも腑に落ちないところがある。シンシアはいまだに信用できないでいた。
「あのおじいちゃん、大元帥だっけ、総帥だっけ。どっち?」
知らないわよ、そんなの。
と、心の中で返事し、口をへの字に曲げる。サクラなら態度で察するだろうと考え、敢えて口には出さなかった。
「たった百年!! 我々はたった百年でここまで世界に変革をもたらすことができた!! 万全の階級社会を作り上げ、人口は九十五パーセント減!! 無価値な人間のほとんどを抹殺し、もはや分不相応に苦しむ者はいない!! であるからしてぇ!! わしはこの世界の支配者として、今以上の秩序を築くためにーー」
「おーい、支配者さーん」
グロテスクな顔面が、カメラから視線を外して振り返る。
「なんだ!?」
「侵入者」
「ああ!? 放っておけ! そんなこといちいち報告するな! 演説の邪魔だ!」
緊急事態なら演説中でも報せろ、とサクラは命じられていたのだが、どうやらこれはその範疇外のようだった。
ほい。と、右側に腕を伸ばし、闇玩具の画面をシンシアに見せつけた。昔懐かしの有機ELディスプレイが、通路に設置された監視カメラの映像を映し出している。
ーーハッと、驚いた猫のように目を大きく見開くと、シンシアは素早く立ち上がり、通路へ飛び出した。それが済んだら、ちゃんとお願いしますよ。デルタの言葉に構わず、映像にあった場所を目指す。
そして、すぐに見つけた。いきなり正面に出てきたので一瞬ビクッとしていたが、向こうもすぐこちらに気付き、外套のフードを頭から外した。
胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。ひたひたと駆け出し、目に雫を溜めながら、シンシアは腕を広げた。
「エコー!」
勢いよく飛び込んできたシンシアを、エコーは優しく抱き止めた。
「久しぶり、シンシア」
首に巻かれたマフラーが濡れる。永遠のように感じる短い抱擁の後、身体を離し、改めて対面する。
抑えきれない感情が溢れ出し、紅潮した頬をつたった。
「本当に生きてた……。夢じゃないのね」
さあ!! いよいよだ!!
二十三時五十九分三十秒。ビゾオウルが秒読みを始める。デルタが指を振って、ギャラリーにいるダークネス能力者たちにサインを送った。まだ動くな。
それまで互いを励ましながら己を保っていた捕虜たちは、檻の中で震えながら身を寄せ合い、諦観の涙を流す。
能力者機構の愚か者共よ、止められるモノなら止めてみるがいい!!
「ごめん。行かなきゃ」
再会の喜びを分かち合っている暇などはなかった。急いで走り出す。
エコー!と、シンシアが叫んだ。
「ひとりで無理はしないで! みんなあなたの味方よ!」
遠ざかる背中に、呼び掛ける声は届かなかった。四、三、二……。
エコーが場内へ辿り着くと同時に、カウントと時刻がゼロになる。
「ジェノサイドッ!!」
そう吼えてからビゾオウルは膝をつき、床のアクリル板を割って、隠されたスイッチを力強く押した。
ごく太の管がズルリと地面を這って起き上がり、大きな口をさらに拡げた。眼を持たない大蛇が、檻に近づき睨み付けている。
深い空洞がズズ……ズズ………と少しずつ闇を呑み込み始め、徐々にその勢いを増していく。檻が引きずられ、激しい揺れの中で悲鳴が上がる。
その光景を目の当たりにしながら、能力者機構の精鋭部隊にいる誰もが同じことを考えていた。救えるものなら、目の前の命を救いたいと。
だが、ここで彼らが出てしまっては意味がないのだ。あのムドウでさえ、歯を食いしばって堪えている。
頼む!はやく来てくれ!はやく!はやく……っ!全員が願ったその時、
ーー鉄柵を蹴り、跳躍する。
エコーは檻の上に降り立ち、外套を脱ぎ捨てた。
フゥーと、息を吐いて精神を集中させる。次に、両手を腰の前でクロスし、変身ベルトのバックルを回転させた。
この動作自体に大した意味はなく、彼女自身が気持ちを高揚させるために、自分で定めた能力の発動条件である。
エコーは思い浮かべる。憧れのヒーローたちの姿を。あの言葉を。勇気を。魂を。
トクントクンと鼓動が早鐘のように胸を打つ。極限までに高められた揺るぎない心は、形となって全身を駆け巡り、少女の意志が真に値するモノとして裏付けた。
そして――、
スーパーヒロイックが、発動する。