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短編集

2月7日の妄想女学生

作者: だれこれ

 このまま時間が止まってもいいとさえ思った。

 私は静まった小部屋で手に薄いライトノベルを持ち、黙々とページを捲っていた。そこは図書室――ではないのだけれど、こうして手短な読書をするには分のちょうど良い部屋。ここへ来るのは切羽詰った受験生や、私のような現実逃避の好きな人が多い。

 現実逃避といっても、別に現実が嫌だから逃げているワケじゃない。本や漫画といった、物語を描いているモノの世界が、ただ好きなだけ。

 そうして寂れた窓に差し込む昼下がりの日の光が、その時間が終わるのを告げる。

 ああ、放課後は駅前の喫茶店でバイトだ。憂鬱なそんな気持ちで溜め息を吐かされるも、仕方なく本を閉じて、校舎を出るんだ。まぁ、いつものこと。

 友達はみんな部活だの委員会だの色々と忙しいようで、私なんてすっかりのけ者だ。しかしそういったものに何も所属していないので、グチグチと何も言えないのだが。

 先ほどまでミステリー系のライトノベルを読んでいたせいか、気持ちがそちらに感化されていて、たとえば今前方を歩いている男子高校生は、実は日の届かないところで怖い事をしているのだろうか……などという妄想に耽りながら、いつもこの駅前広場まで歩いてくる。

 昨日は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の文庫版を手に取って読んでいたのだけれど、やはりそれによる妄想を通行人に当てはめてしてしまう。「妄想癖治した方がいいんじゃない?」と友達に言われはするけれど、わざわざこんなに楽しい事から離れるほど私はバカではない。

 そして、喫茶店の制服であるこの動きづらいピシッとした服に着替え、今日読んだ小説はこんなトコロが良かったなぁ、とかあの文章は軽薄すぎるよね、とか脳内で感想批評をベラベラを熱弁しながらバイトに身を投じる。だいたいそれが二時間強続けられて、そうしたら次は、明日はどんなのを読もうかな、という期待を膨らませながら皿を洗う。

 こう見えても仕事はまともにやっている。同じ時間働いている人と同等の給料を貰っているし、だったら妄想に耽っていてもいなくても結果は同じじゃないか、と考えが行き着いたのが、今の私である。

「何それ! まだ付き合って半年のアンタに何が分かんのよ!」

「うるさいって、でかい声出すなよ」

 と、仲睦まじく入ってきたカップルが突然声を上げてケンカを始めても、私はあくまで店員として冷静に対応してやり過ごすのだ。

 ご注文をどうぞ、注文を繰り返させて頂きます、かしこまりました少々お待ちください……バイトを始めてすぐに叩き込まれたこのセリフを、ただそれっぽく言っているだけで給料が入るのなら、その余力の部分で大好きな妄想に耽ればいいのだから。

 たとえば貴方が今日訪れたカフェのバイトの子だって、もしかしたら私を同じかも。

「あーあ……バレンタインも近いってのにケンカなんてしちゃって」

 休憩室で少しだけくつろいでいると、先輩がふとそんな事を言ったのでカレンダーを眺めてみたところ、今日は"2月7日"のようだ。

 そのバレンタインの日から、ちょうど一週間前の日。

 今となってはすっかり女たちのチョコ交換イベントのような日になってしまったが――本来は、恋する女子が憧れの男子へチョコレートを渡すという形で愛を伝えるイベント、だったはず。

 しかし私にそんなイベントは無縁だったりする。別に好きな人もいないし、友達に渡すチョコを買うぐらいなら妄想の材料になる小説を買ったほうが得した気分になる、という人付き合いの悪い事を思ったりもするが、結局は周りに流されてしまって、そういったイベントの一員になっていたりする。流行に乗っていないと気が済まないような人たちは、そうして関心の無い人まで巻き込んで仲間として同一化してくるけれど、私はそういうのはあまり好かない。そういう時こそ本当に、物語に浸ってしまっていたいと思うのだ。

 だから、このまま時間が止まってしまえばいいと思った。

 ちょうど一週間前だ。やっと世間の若い女諸君はバレンタインを意識し始め、せっせと働くアリのようにチョコレートとかき集めるべく歩き回る。

 また男性側でも、何かとソワソワし始める人が毎年必ず出てくる。そうまでして結局貰えないというのは、無常にもほどがあるだろう。だからこんなイベントは嫌いなんだ。

 すると、先ほどケンカをしていたカップルの女性の方が、どうやら店を出て行った様子。取り残された男性の方は、しょぼくれた顔で手元のグラスを眺めている。あれはつまり、フラれた、ということだろう。

 先輩たちがクスクスと笑い、それを見ていた上司に注意されて休憩室へ引き返していく。

 私は、笑おうとは思わなかった。むしろ"こっち側"へ来てくれたんだと歓迎の笑みは浮かべられるけれど。

 そうだ、明日はこんな失恋モノを読もう。そうしてまた歩きながら妄想して、心の中でこんなしょぼくれた人を笑ってやろう。蔑むように、地に手を付かせるぐらいに。

 だって、女の方から離れていくほど情けないんだから、笑われて当たり前だ。

 私がもしもチョコレートを上げるとするなら、それこそチョコレートのようにビターで濃厚な愛し方をしてくれる人になら、喜んであげようと思う。


 ――ならば少年よ、大志を抱け。物語の主役になるほどの立派な人になれ。

読了ありがとうございました。

他にも短編を多数書いています。よろしければお立ち寄り下さいませ。

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