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第八話 他宗教の寺院でひとつ理解ったことがある


アディリナ教の慈善病院……いや傷病者収容土小屋は、

夜になると静かだった。


尼僧たちは立ち去り、病人たちのうめき声だけが響く。

俺は寝台に横たわって、傷を治した体を確かめる。

神聖魔法の力は、確かだ。

でも、使った代償は……まだわからない。




翌朝、尼僧が俺に粥を持ってきてくれた。


「フート教の見習いさん、もう動けるの?」


俺は頷く。


「はい。おかげさまで」


尼僧は微笑む。


「傷が綺麗に治ってるわね。

フート教の奇跡?」


冗談だということは表情でわかる。

俺も苦笑いで返した。

あまり深入りしないほうがいい。


物理的に証明できない神学論争は

水掛け論にしかならないし

仮に論破でもしたら恨みを買う。

恩を仇で返すのは避けなければ…。


と考えていたとき、ふいにまた

ミルナの胸の感触が腕や脇に思い出されてきた。

俺は慌てる。


煩悩退散!


ここまで展開してきたまじめな考えが四散して、

頭の中がピンク一色に……

いやミルナのは、たしかベージュ色だった……

って、胸元のブラチラの話じゃなくて!


もうだめだ、まじめな考えはまとまらない!!


絶望しかけたときふと、

師僧の唱えていた経文が頭をよぎった。


般若心フリダヤ経……


くう、空。一切は空。すべては空。

在るのでもなく、無いのでもなし……


行った行った、向こう岸に行った

向こう岸にパーフェクトに行っちゃった……


口の中で唱えてたら、ようやく少し落ち着けた。

……気持ちよさが勿体無い気もしないではなかったけれど。

空は空で、性的妄想とは別の、でも似たような気持ちよさがある。




昼頃、アティリナ教の神官に話しかけられた。


「フート教の見習いさん。

ここは我らの寺院だ。

こののまま入信しないか?」


ちょっと答えに困る話だ。

世話になった恩はある。でも、宗教はまた別だ。


「俺は……フート教を、もっと勉強したいんです」


神官はため息をつく。


「フート教か……

フート教ではあれも無い、これも無いって言うだろ」


「あ、はい」


「それが真の救いとは思えないな。

望みを断念すれば楽になるって

何も望まなければそれが救いって言ってるのと

同じじゃないか」


「え……」


たしかに欲望の制御は説かれている。

でもそれは、たいていの宗教で同じなんじゃ?


「真の救いとは、無いと思い込むことじゃなく

心を天国にすることだよ」


「心を天国に…?」


「まあ、今すぐ改宗しろとは言わない。

おいおいでいいから、考えてみてくれ」


俺は、新たな課題に興味を引かれる。


「心を天国に…どういう意味だ?」


たぶんアティリナ教の教義なんだろうけど……

抽象的で解りにくい!


心を平穏にしろ、という意味もあることは解る。

でもそれなら「すべて断念する」ことも

その方法のひとつだ。


フート教教祖の最後の説法を記録した経典、

仏遺教経(ニッパナ)経とかいうお経では、

欲求を牛にたとえていた。


牛は、好き勝手させると

よその農場を荒らしたり施設建物を壊したりする。

でもしっかり管理すれば、力仕事をしたり

ミルクを出したりして、役に立つことこの上ない。

欲望というものは牛に似ているらしい。


…そうなんだ、全部なくす必要は無い。

無いほうがいい欲望が多いけれど、

世の中にはあった方がいい欲望だってあるんだ。


俺はハッとする。


「……これが、心を天国にするってことか!?」


あった方がいい欲望だけ持っているなら、

牛がそのパワーで農地を耕して働くようなものだ……


俺は胸に手を当てた。


そうか、同じだ。

アティリナ教とフート教で、同じ事を言ってる。

ただ、そこに至る道筋が大きく違うんだ。


たとえば…フート教にはルシャナフートという仏がいる。

すべてのフートの根源で、永遠の未来から始原の過去までずっと

悟りを開きっぱなしで、あらゆる異世界に現れるフートは

すべてルシャナの化身にすぎないという。


生きるものすべてがいつか悟りを開いてフートになるなら

生きるものすべてはルシャナフートじゃないか!


しかしルシャナフートほどすごい存在を、

人間の頭が完全に理解することはできない。

水の中の魚が空を飛ぶ鳥を理解できないようなものだ。


だから、いろんな解釈が生じる……


そうか、アティリナ教の神様も、

ルシャナの一解釈か、少なくとも化身てことだ!

もしそうなら争うことは何も無い。

夕飯に、麺類を食べるかパンを食べるかの違いに

過ぎないんだから。どっちも小麦なんだよ。


これはつまり、あれだ。


魔獣を殺した後、

不殺生の意味を考えて、

「生き物はみんな転生を繰り返す。

いつか神になる。

レッサーゴッドは最高神の化身。

つまり、生きるものはみんな、最高神の欠片……」


って考えたのと同じじゃないか!

そうか、俺はもう知ってたんだ、

知ってることに気づいてないだけだったんだ。


えーと……と、いうことはだな、つまり……


ミルナさんも結局はルシャナの化身で

あの「あーん?」や、巨っきな胸の感触も……

そうだよ、そうなんだよ♪


…………。

せっかくの宗教哲学的発見を、いつのまにか

イチャエロの言い訳にしてた自分に気づくまで、

俺にはあと十数分が必要だった。




翌日。また神官が話しかけてきた。


「どうだい、考えてみたかい?」


俺は、すっきりした顔で答える。


「はい。やはり、フート教を学びます」


神官はいがいそうな顔をした。


「断念する教えの方がいいのか?」


「そうじゃないんです、同じなんですよ」


「?」


「フートもアティリナも、やりたいことは同じ

ただ、そこへ行くための道筋……地図が違うんです。

道の行き先じゃない。地図なんだ、と。」


神官はため息をついて頭を振った


「よくわからんね。それがフートの考え方か?」


「私もよくわかりません

でも、心を天国にするってこういうことじゃないかって」


「いや、あれは……」


神官は何か言いかけたが、諦めたようにまたため息をついた


「いや…君のいうとおりかも知れんな。

私もまだ修行が足りないようだ。

宗教は地図、か。

ひとつ勉強させてもらった。礼を言う」


 神官が頭を下げた。


「あっ、そこまでしてもらわなくても」


あわてて手のひらをだして空気をおさえる。

神官は、意図の読みにくい笑顔になっていた


「もう怪我は治ってるんだろ? 

寝台の数にも限りがある。

けれど患者はまだまだ来る

用が済んだら寝台をあけてくれ」


「お世話になりました。

ご恩はいつかお返ししたいと!」




アティリナ教の寺院を出た。

天気の良い、夏の初めの午後。

街の喧騒が、俺を迎える。


俺は、空を見上げた。


「さて……だいぶ回り道したけど、

早くとりかからないとな」


俺の使命に。

それは、青いビキニの巫女

あかしの巫女』と会って、

子作r ……じゃなくてっ!

会いに行くこと。とりあえず会うことっ!


(第八話・了)


(第八話・了)


次は第九話 奴隷解放・寺に戻る

俺「た、た、たすけて……!!」



冒険者になるまであと3話!

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