第三話 陀羅尼成就したら40代のクソみたいな人生全部蘇ったんだが
朝焼けが、裏山の岩を赤く染めていた。
俺はまだ座ったまま、巻物を握りしめていた。
指が痺れて、感覚が鈍い。
喉はカラカラで、声が出せない。
でも、心の中は……騒がしかった。
「……全部、思い出した」
前世の記憶が、洪水のように流れ込んでくる。
42歳の俺。
会社が傾いて、リストラ。
「もう歳だしな」って上司に言われて、笑顔で頷いたけど、心の中では叫んでた。
「ふざけんなよ、俺まだやりたいことあるんだよ……」
それから、不運の連鎖。
投資した株は暴落。
外食すれば異物混入。
電車は遅延か運休。
バス停に着いたら、ちょうど発車した後。
時計が狂ったみたいに、毎日が1分遅れ。
貯金は底をつき、家賃滞納。
退去勧告の紙がポストに突っ込まれて、
「もう終わりか」って思った夜に、
そのまま……意識が途切れた。
餓死。
文字通り、食うものがなくて死んだ。
「……はは」
笑いが漏れた。
涙と一緒に。
「俺、死んでたのかよ……」
異世界に来て二十年。
奴隷として生きてきたけど、
前世の記憶はなかった。
だから、毎日をただ耐えてた。
でも今、全部繋がった。
「師僧……これが、尊勝陀羅尼の力か」
巻物を見下ろす。
最後の行に書いてあった言葉が、頭に響く。
『たくさん唱えると、苦しいことがなくなる』
「……なくなった、のか?」
いや、まだだ。
苦しみが完全には消えてない。
ただ、「なぜ苦しいのか」が、はっきりした。
前世の不運。
異世界の奴隷生活。
師僧の死。
全部、繋がってる気がする。
……そして思い出した。
前世の俺は、異世界転生ものの小説が大好きだった。
「もし転生したらどうする?」って妄想ばっかりしてた。
料理、武術、医療、経済、政治……
「役に立つ知識を溜めとこう」って、本気で勉強してた。
徳を積むために、
慈善事業や寺社に寄付したり、人には親切を心がけたり、
ゴミが落ちていれば拾ったり。(布施)
信号は守り、自転車ではメット被り、ツリ銭はけして誤魔化さず、(持戒)
腹立っても悪口は言わず、苦しくても弱音を吐かず、(忍辱)
上手くいかなくても、やめるよりはできる範囲で努力を続け(精進)
いつも落ち着いて考えるように深呼吸して、(禅定)
本を読み人の話を聞き、知識をためて思索を深め……。(智慧)
(注:六波羅蜜)
…笑えるくらい真面目にやってた。
そして、あの呪文。
「転生後に前世の記憶を忘れないための呪文」
ネットのオカルト板で見た、仏頂尊勝陀羅尼の使い方。
お坊さんに聞いた話と、資料を調べまくって、
満月の夜に祭壇作って1080回唱える、ってやつ。
「ダメ元でやってみるか」って、冗談半分で実行した。
……そしたら、不運が加速した。
投資は全部裏目。
外食は異物。
交通は遅延。
貯金は溶ける。
まるで「越法の報い」みたいに、罰ゲームが始まった。
越法…それは充分に修行をしてない素人が、
資格もなく密教の儀式を行うと食らうという、
一種の祟りのようなもの。
「ははは……マジかよ」
俺は笑った。
苦笑いだ。
「越法やった罰で不幸続き……
転生後も罰の続きで奴隷身分って、ヤバすぎだろ。
けれど……まさか、その罰が、
異世界で記憶を取り戻すきっかけになった?
前世の呪文と、夕べの呪文の相乗効果で?」
皮肉すぎる。
でも、なんか……納得いっちゃうんだよな。
「師僧、ありがとう」
俺は巻物を胸に押し当てて、空を見上げた。
前世の知識が、全部蘇った今。
異世界の奴隷生活も、もう同じじゃない。
「……次は、俺が空を見て生きてみるよ」
風が吹いて、落ち葉が舞った。
俺の異世界編、本当の始まりは、ここからだ。
(第三話・了)
次は第四話 冒険者パーティとの出会い→魔獣あらわる→さらに神々まで登場!?




