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第二話 奴隷生活クソすぎワロタ…老僧だけが救いだったのに



俺は今、鎖につながれたまま、寺の裏庭で雑草を抜いている。


手が土で黒く汚れて、爪の間まで土が入り込んでる。

膝が痛い。腰も痛い。

でも、止めるわけにはいかない。

止めたら、鞭だ。


「奴隷、もっと丁寧に抜け! 根っこ残ったらまた叩くぞ!」


寺の若い僧が、棒を持って俺を見下ろしてる。

俺は無言で頭を下げて、雑草を抜き続ける。

……前世の俺だったら、こんな扱いされたらブチ切れてた。

でも今は違う。

ここは異世界。

俺は奴隷だ。


いま思うと、転生してから二十年くらい経ったころか。

最初は鉱山で岩を運ばされて、死にそうになった。

それから奴隷商に売られて、このフート教の寺に「お布施」されてやってきた。

バリアン宗とかいう宗派の寺の老僧が、俺を買い取ってくれたんだ。


異世界に仏教があるのが変?

そんなことも無いぞ。

そもそも、異世界転生ってのは仏教にあった概念なんだ。

法華経とか地蔵菩薩本願経とか、2000年くらい前の大乗仏典には

異世界転生の物語が数え切れないほど出てくる。


異世界にも異世界のブッダがいることになってる。

たとえば薬師如来とか阿弥陀如来とかは異世界仏だ。


そして最後は主人公も成仏し(ブッダになっ)てチート能力を得る。


さて、俺を引き取ってくれた老僧……師僧。


師僧は、いつも般若心経プラジュニャフリダヤを口ずさんでた。

「空だ、空だ」って笑いながら。

他の僧は「破戒僧」って陰で呼んでたけど、俺にとっては……救いだった。


挿絵(By みてみん)


「奴隷、終わったら台所に来い。今日の掃除は終わりだ」


若い僧が棒を肩に担いで去っていく。

俺は物思いを中断され、立ち上がって、土を払う。

体中が痛いけど、今日は鞭を食らわずに済んだ。

……ラッキーだな、俺。


台所に行くと、師僧が座ってた。


「おお、若いの。今日もよく働いたな」


白い髭を撫でながら、穏やかに笑ってる。

頭の上に、薄い光の輪が浮かんでる。

……あれ、いつ見ても不思議だ。

フート教の聖者ってやつなのかな。


「師僧……今日もありがとうございます」


俺は頭を下げる。

師僧は、俺を「お布施」として引き取ってくれた。

他の奴隷は鉱山や娼館に売られるのに、俺だけ寺の雑用奴隷。

読み書き、計算、お経の基本……全部、師僧が教えてくれた。


「礼なんかいらんよ。お前は真面目だからな」


師僧は湯呑みを差し出す。

中身は、薄いお茶。

俺は両手で受け取って、ゆっくり飲む。

……温かい。


「師僧、今日も般若心フリダヤ経を……」


「ふふ、口ずさんでたか? 老いぼれの癖だよ」


師僧は笑う。

でも、その笑顔の奥に、疲れが見える。

最近、咳がひどい。

体が弱ってるんだ。


「若いの、聞いてくれ」


師僧が急に真面目な顔になる。


「わしは、もう長くない」


「……え?」


俺は湯呑みを落としそうになる。


「咳が止まらん。肺がやられておる。フート教の教え通り、すべては空じゃ。

……だから、お前に頼みたいことがある」


「何でも……します」


俺は即答した。

師僧がいなくなったら、俺はまた売られるかもしれない。

それ以前に……師僧は、俺の唯一の味方だった。


「わしの死後、遺品を整理してくれ。

その中に、ウシュニシャヴイジャヤ……

現代語でフート・トップ・リスペクタ・ウィニングという

呪文の本がある。


……あれを、満月の夜に1080回唱えてみろ」


尊勝陀羅尼リス・ウィ……ですか?」


「そうじゃ。お前なら、きっと成就する。

わしは……もう、空に帰る時が来た」


師僧は穏やかに笑う。


その夜、師僧は静かに息を引き取った。

頭上の光輪が、最後まで消えなかった。


翌朝、寺の僧たちは遺体を運び出した。

俺は台所で一人、座り込んでた。


「……師僧」


涙は、出なかった。

前世でも、泣くのは嫌いだった。

でも、心の中が空っぽになった。


遺品整理は、俺一人でやることになった。

他の僧は「奴隷に触らせるな」って反対したけど、

師僧の遺言に「あいつに任せろ」と書いてあったから、渋々許された。


古い箱を開けると、埃っぽい本がたくさん。

その中に、一冊の古びた巻物があった。


タイトル:**フート・トップ・リスペクタ・ウィニングの呪文**


「……これか」


俺は巻物を広げる。

文字は古いフート教の古代語。

でも、師僧に教わった読み書きで、何とか読めた。


「たくさん唱えると、苦しいことがなくなる」


最後の行に、そう書いてあった。


「……師僧」


俺は巻物を胸に抱いた。

次の満月まで、あと3日。


その3日間、俺は寺の裏で、こっそり呪文を唱え続けた。

夜も昼も、雑用しながらの間は、心の中で。


そして、満月の日。


俺はこっそりと寺を抜け出し、人ごみにまぎれて町を出て、

徒歩数時間ほどのところにある山に登った。


夕方、山頂近くにみつけた岩のくぼみに座って、巻物を広げる。

月が、でかい。

巻物の記述のとおり、できるだけ正確に土の祭壇を作った。


「……始めるか」


俺は深呼吸して、唱え始めた。


「ナアモー・バガバテ・タレロカ・パラテイ・ビッシスタヤ……」


それはかなり長い呪文だった。

暗記してしまうまでは2分くらい必要だったくらいに。


「……シャダヤー・シャダヤー・ガガノー・ビシュデー、

ウシュニシャ・ビジャヤー・ビシュデー……」


一回、二回、十回……

百回を超えたあたりで、体が熱くなった。

五百回……七百回……


「サラバー・タタギャタ・バロカニ・サタパラミタ……」


……くそ、苦しい……


「サラバー・サトバーナン・シャガヤ・パリ・ビシュデー…」


声がかすれる。

でも、止まらない。止められない。

師僧の笑顔が、頭に浮かぶ。


千回……


「……フリダヤ・ディシュチタノー・ディシュチタレー・

マハームドレー、……ソワカ!!」


千八十回。


「……終わった」


もう朝になっていた。

俺は息を吐く。

体が、軽い。

……いや、違う。

体が、震えてる。


突然、頭の中に声が響いた。


『……よくやった、若いの』


師僧の声?


いや、違う。

もっと……古い、深い声。

見えない手で頭を撫でられるような感覚。

たくさんの花が、頭の上から降りかかっているような錯覚。


視界が白く染まる。

自分の頭から発した光が、宇宙全部を駆け巡って

戻ってきて口の中へと飛び込んできたような感覚。

……うまく言葉にできないが。


そして、走馬灯のように、俺は見た。


前世の記憶をすべて。

40代の俺。

会社が傾いてリストラ。

不運続き。

投資失敗。

異物混入。

遅延。

餓死。


「……あ」


全部、蘇った。


「俺……死んでたのか」


涙が、溢れた。


満月の下で、俺は泣いた。

初めて、異世界に来てから、泣いた。


でも恐いものはなくなった気がした。

死は人生で最大の苦しみだが、それでさえ

多生転生から見れば通過点に過ぎない。

たとえ強大な魔獣でさえ、俺と同じ、死んで転生する存在だ。

どいつもこいつもまったく平等、恐れる必要を感じない。

そう実感できた気がしたんだ……そのときは。


「……師僧、ありがとう」


俺は巻物を握りしめて、空を見上げた。


次は、どうなるんだろうな。


俺の人生、異世界編。


(第二話・了)


次回第三話は 前世の記憶!!


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