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第5話 黄金のブラシが描く未来

 ヴァルキリア帝国が地図から消えて、一年が過ぎた。かつて大陸の半分を震え上がらせた軍事大国は、今や「聖獣たちの保護区」へと姿を変えていた。


「……あ、そこ。もう少し右を擦って。……そう、そこよ」


 かつて女王として君臨したイゾルデは、泥にまみれた作業着姿で、巨大な猪の魔獣の前にひざまずいていた。しかし、彼女の手にあるのは魔剣ではなく、ぼろぼろのタワシだ。「フンッ!」と猪が鼻息を吹く。それだけでイゾルデは無様にひっくり返り、背後の肥溜めへと突っ込んだ。


「陛下……いえ、イゾルデさん。腰が入っていませんよ。心を込めないと、彼らは皮膚を貸してくれません」


 声をかけたのは、隣で手際よく馬を洗っているガラムだった。彼はアステリア王国から「ブラッシング技術交流員」として、定期的にこの旧帝国領へ派遣されている。その顔には、騎士団長時代には決して見られなかった穏やかな笑みが浮かんでいた。


「……黙りなさい、ガラム。私は、私はまだ……っ!」


 イゾルデは言い返そうとしたが、空腹による目眩で言葉が続かない。ルカという「調律者」を失ったこの地では、自然の恵みさえもが彼女を拒絶している。彼女が植えた苗は枯れ、彼女が近づく川の水は濁る。世界は、ルカを傷つけた彼女を、今も許していなかった。


 一方、アステリア王国の王宮。その裏庭にある「聖獣宮」では、今日も平和すぎる時間が流れていた。


「ポチ、動かないで。ほら、尻尾の飾り毛が少し絡まってる」


 ルカの膝の上で、黄金の毛並みをさらに輝かせたポチが、満足げに目を細めている。ルカの隣には、美しいレースのドレスをまとったエルゼが、彼に寄り添うように座っていた。彼女の指先には、一羽の青い小鳥が止まり、美しい歌声を奏でている。


「ねえ、ルカ。……そろそろ、時間よ?」


 エルゼが愛おしそうにルカの顔を覗き込む。


「ああ、もうそんな時間ですか」


 ルカが立ち上がると、庭中に伏せていた聖獣たちが一斉に頭を上げた。今日は、ルカとエルゼの間に授かった第一子の、最初のお披露目の日だった。


 ルカが抱き上げた赤ん坊は、父と同じプラチナブロンドの髪を揺らし、その小さな手でポチの鼻先をぎゅっと握った。普通の人間なら一瞬で食いちぎられる不敬。だが、伝説のフェンリルは、まるで壊れ物を扱うように、優しく、優しく赤ん坊の頬を舐めた。


 その瞬間、アステリア全土に黄金の光が降り注いだ。枯れることのない泉が湧き出し、空には昼間だというのに七色の星が舞い踊る。


「この子は、貴方の優しさを継いでいるわね。ルカ」


「どうでしょうね。……でも、この子にもいつか、黄金のブラシをプレゼントしてあげたいな。世界中の子たちが、機嫌よく過ごせるように」


 ルカが微笑むと、空を飛ぶ竜たちが祝砲のブレスを放った。それはかつて帝国が放った破壊の炎ではなく、世界を祝福し、生命を育む慈愛の光だった。


 かつて「無能」と蔑まれた追放された男の指先は、隣国の王女の心を解きほぐし、大陸すべての命を繋ぐ「神の御手」として、永遠に歴史に刻まれることになったのである。


 夕暮れ時。ルカはエルゼの肩を抱き寄せながら、沈みゆく夕日を眺めていた。その傍らには、世界で一番手入れの行き届いた毛並みを持つ、誇らしげな神獣の姿があった。


(第一部 完)



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結局、最後は亀さんは追っかけて来られたのでしょうか? ルカさんの霊獣キラー?は子どもにも遺伝してるのでしょうか? 霊獣や神獣達の力を借りるのに慣れすぎると、(ルカさんの亡き後に霊獣達を満足させられる技…
昔の歌でこんなフレーズがありましたね♪ 「子ネコの兄弟が~ ひ~だまりで 大きくなったら~なんにな~る    大きくなったら~トラにな~る 大きくなったらライオンに~」 この歌だとスズメはワシに、メダ…
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