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第1話 離婚パーティーで毛並みを優先する王配

 ヴァルキリア帝国の凱旋記念式典。かつては大陸の端にある弱小国だったこの国は、先代の父王の代で急成長を遂げ、今や大陸の半分を支配する大帝国となっていた。


 シャンデリアが眩く輝き、高級な赤ワインの香りが漂う会場の中央。絶対君主たる女王イゾルデが、冷徹な美貌を歪ませて声を張り上げた。


「ルカ・エルロッド!お前を離縁する!」


 広間のざわめきが一瞬で静まる。


「貴様は父王が決めた婚姻を盾に、今日までこの国に寄生してきた。だが、私は父とは違う。剣も持てず魔法も使えぬ。戦わぬ者に、我が夫たる、王配(おうはい)の資格はない!」


 女王が突きつけた魔剣の先には、プラチナブロンドの髪を少し乱した青年、ルカがいた。しかし、ルカは怯えるどころか、女王に背を向け、床に膝をついて座り込んでいた。


「……ルカ、聞いているのか!?貴様とは本日限りで離縁し、帝国より永久追放とする!」


「あ、陛下。……ポチ、やっぱりここだね。右の肉球の間、少し蒸れてる。これじゃ不機嫌になるのも当然だよ」


 ルカの手には、使い込まれた黄金の馬毛ブラシと、特製の「肉球ケアクリーム」。その先には、巨大なゴールデンレトリバーにしか見えない——しかし尾が三本あり、神気を放つ神獣フェンリルの『ポチ』が、とろけた顔で横たわっている。


「……貴様ッ!この厳粛な宣告の最中に、またその駄犬の世話か!」


 イゾルデの怒声に、会場がしんと静まり返る。だが、それは女王への敬意ではなく、重臣たちの「絶望」による静寂だった。


「(へ、陛下……おやめください……!)」最前列にいたガラム騎士団長が、泡を吹いて卒倒しかけていた。彼は知っている。女王が戦場で「無双」できたのは、ルカが前夜に飛竜ワイバーンの翼の付け根を念入りにパウダーでケアし、彼らを「機嫌よく」飛ばせていたからだということを。


「イゾルデ様、お話は終わりましたか?あ、離婚の件は承知しました。ちょうどポチの換毛期で、お城の絨毯を汚すのが申し訳ないと思っていたんです」


 ルカは淡々とブラッシングを続けながら、首を傾げた。「でも困りましたね。この『肉球クリーム』、今月分で在庫が切れるんです。これ、実は鹿のひづめのメンテナンスにも効果絶大なんです。後任の方に引き継ぎ書を渡したいのですが、どなたですか?」


「後任だと?そんなもの必要ない!獣の世話など下男にやらせれば済むことだ!」


 その言葉が出た瞬間、会場の隅にいた財務大臣が白目を剥いた。(……陛下。その『獣』こと「黄金の豊穣鹿」が機嫌を損ねれば、作物の生産に多大な支障をきたします。帝国は一瞬で破産です……!)


 しかし、女王はその事実を認めようとしない。彼女は父王の代での急成長を、自分と騎士たちの武勇のみによるものだと信じ切っていた。実際には、ルカが掃除していた「金剛の魔亀」が国境を物理的に封鎖し、ルカが角と蹄を磨いていた「豊穣鹿」が国庫を潤していたからこその大帝国だったのだが。


「さあ、衛兵!この男を今すぐ門の外へ放り出せ!」


 女王の命令に対し、衛兵たちが近づこうとする。しかし、ルカの影からポチが片目を開け、「グルル……」と低く唸った瞬間、最強の精鋭兵たちがガタガタと膝を震わせ、その場に釘付けになった。本能が「これ以上近づけば消される」と警鐘を鳴らしていた。


「あ、いいですよ、自分で歩けますから。ポチ、行こうか」ルカは黄金のブラシを大切に懐に収めると、軽やかな足取りで立ち上がった。


「そうだ、ガラムさん。魔亀のタワシは僕の部屋の棚の二段目です。あの子、結構寂しがり屋なので、毎日声をかけてあげてくださいね。あと飛竜のボルちゃんは、左の翼を先に撫でてあげないと拗ねて火を吐きますから、気をつけて」


「あ、待っ……王配様!ルカ様ぁーッ!!」ガラム騎士団長の悲痛な叫びを背に、ルカは一度も振り返ることなく会場を去った。


 ルカが城門をくぐった瞬間、会場のシャンデリアが不吉にチカチカと点滅した。それは、帝国を支えていた数々の「守護獣」たちが、一斉にルカの移動に合わせて「休暇」に入った合図であった。


「……ふん、せいせいしたわ。これでようやく、私の隣に相応しい『最強の戦士』を迎えられる」少し頬を染めて勝ち誇ったように笑うイゾルデ。しかし、彼女が明日の朝、馬が一頭も動かず、ルカの後を追った水竜の不在で城の蛇口から水すら出ない現実を知るまで、あと数時間の猶予しかなかった。


 一方、ルカは国境の橋の上で、後を追ってきた大量の小鳥や猫たちに囲まれ、困ったように笑っていた。


「みんな、そんなについてきたら食べるものに困るよ?……おや?」


 そこへ、一軍の騎兵を連れた、豪奢な馬車が止まった。降りてきたのは、隣国アステリアの王女、エルゼ。彼女は、数万の動物を「圧」ではなく「愛」で従える、伝説の聖獣フェンリルの背を借りるルカの姿を見て、確信に満ちた笑みを浮かべた。


「貴方がルカ・エルロッドね。……ようやく見つけたわ、私の、そしてこの国の運命を委ねられる御方を」


 帝国崩壊まで、あと24時間。ルカの「もふもふ新生活」が、今、幕を開けた。



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