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玉砕



「一般教養のクラスで一緒の佐藤くんには彼女いるわよ」


これで何回目だろうか。

好きになった人にはすでに好きな人がいたり、彼女がいたりして、告白してもいないのに玉砕を余儀無くされている。


「へ、へぇー」


少し声が吃ってしまったが、これが私の精一杯の強がりであった。

一見興味ないですよと一生懸命に装う。


佐藤くんというのは私の好きな人である。

ずっと前から好きだったのではなく、本日好きになって、本日玉砕した。


好きになったきっかけは本の些細な理由だった。

たまたま朝の電車の乗り換えホームが一緒で佐藤くんが私に気付き、「あ!一般教養で一緒のクラスの子だよね」と私の顔を覗き込む。一般教養のクラスなんて何十人といるのに私のことを覚えていてくれたんだ、と嬉しい気持ちになる。


「佐藤くんだよね」

「そそう、えっと、古河さんだよね?」

「うん」


名前まで覚えてくれているんだね。

何気ない会話をしつつ、二人とも電車がホームへ到着するのを待つ。ホームに電車があと3分くらいで到着というところで隣で外国人が急にうずくまった。それを見た佐藤くんが急いで話し掛け、流暢な英語で一言二言会話後、近くの自動販売機でミネラルウォーターを購入して、その外国人に手渡した。その一連の動作が一瞬の出来事のようだった。ミネラルウォーターを右手で受け取った外国人男性は苦しそうな顔をしつつも今できる笑顔をつくって「Thanks」と佐藤くんへ言った。その一部始終をただ見ていることしかできなかった私は罪悪感を覚える。私はその外国人に気付いていたのに佐藤くんみたいにすぐに行動を起こせなかった。私は人よりワンテンポ遅いからこそ、すぐに行動できる人が羨ましく感じる。たったそれだけでと思うかもしれないけれど、当たり前のことをできない人もいる中で佐藤くんは迷いもなく行動をしていて、それが私にとってとても眩しくて、格好良く映ったのである。


「百合は惚れっぽいのよ!」


お昼時の大学内の食堂で友人からお叱りを受ける。

彼女は私のことを本当に心配しているから本気で叱ってくれる。


「優しいから好きになるなんて、そのうち優しい仮面を被ったクズ男に騙されるわよ」

「うぅ、気を付けます」


正論過ぎて反論の余地なしとはこのことだ。

何で私はこんなにも男の人に対して惚れっぽいのだろうか。その疑問について、「何で?」、「何で?」と自問自答しても当然答えなんて出ない。

単純に人を好きになるならまだしも、一度好きになったらそのまま突き進んでしまうからこそ厄介だ。


「今度からはよく考えて恋愛します・・・」


自分に反省しつつ、本日の教訓を活かし、明日の活路とする。その意志は固いぞと心に決め、大好きなカレーライスを口にした。ピリ辛味のカレーが口の中に広がる。まるで私の固い決意が身体中に広まっていくようにも感じた。


只今の気温、37度。35度以上を超える気温を近年は猛暑日と呼ぶらしい。そんな猛暑日のお昼時ということもあり、お日様は激しいくらい活発に真下の地上に日差しをこれでもかというくらい降り注ぐ。明日からはいよいよ大学生になって初めての夏休み期間に突入だなと思った。

古河百合(ふるかわゆり)、19歳になったばかりの文学部英文学科1年生。今春に大学に入学してまだ半年も経っていないが、何とか大学生活というのにも慣れてきた。ついこの間までは高校生だったのが遠い昔のように感じる。大学に入学した影響か心身ともに大人になった気がする。だぶん。


「百合はさ、今日のサークルの飲み会行くっけ?」


大学入学後にできた美人の代名詞ともいえる夏樹ちゃんからの問いに今週のスケジュールを思い出す。


「サークルって写真サークルのだよね?行くつもりだけど、何かあったの?」

「そそう。服部部長からさっきグループチャットきていて、今日飲み会だから忘れないようにね、と」


写真サークル。夏樹ちゃんと私はこの写真サークルに入っている。

二人とも写真を撮ることが好きなのはもちろんのことだが、「あまり活動が活発じゃなさそうだし、自分のペースで取り組めそうだから」という理由でお互い入った。

実際に写真サークルに入ってみると予想通りで活動もそこまで頻繁ではないし、さらには飲み会という集まりも他のサークルと比べるとほとんどないというのも有り難い。

確か最後の飲み会は新メンバーとなる1年生の私達を迎えた時だったかなと思った。4月や5月くらいだったので、約2ヶ月振りの飲み会となる。








「夏樹ちゃん、百合ちゃん」


騒がしい店内で少し大きめの声を出して、私達の名前を呼んだのは小麦色の肌が似合う服部部長だった。鍛えているからだろうか、程良い筋肉がついていて、体が引き締まっている。


「服部部長、飲み会の企画ありがとうございます!」


夏樹と百合の間にあった若干のスペースに座った服部部長はいつもの屈託ない笑顔で後輩である彼女らを気にかけるように口を開いた。


「いーえ!飲み会くらいいつでも企画立てるよ!久しぶりの集まりだけど、2人とも楽しんでる?」

「はい!とても!」

「楽しんでいます!」


それを聞いた部長は嬉しそうな表情を浮かべた。

池袋駅から徒歩5分程の場所にある居酒屋の〈九兵衛〉というお店に我々は来ている。今日の飲み会の会場だ。店内は金曜日ということもあって満席状態である。だからこそ、ちょっと騒がしい。お店の雰囲気は昭和を思い出させるレトロさがある。例えば昭和を代表するアイドルのポスターや雑誌の切り抜きが壁に貼ってあったり、店内BGMも昭和を想起させる曲を流している。平成生まれの人でも一度はテレビなどで聴いたことがある曲だと分かるに違いない。そして何よりもメニューにも拘りがあり、料理名のネーミングが中々のセンスである。例えばナポリタンの場合、「赤い革命児のナポリタン」というちょっと変わった料理名になっていて、思わず笑ってしまうくらいの斬新さだ。




「遅れてすみません」


一人の男性がこのお店<九兵衛>に入店してきた。

サークルの面々はお店に入ってきた男性に目を向ける。


「優人ー遅いぞー」

「お前のことみんな待っていたぞー」


どこからともなく彼を歓迎している声が聞こえる。

彼は皆に丁寧に挨拶して、「遅れてしまって本当すみません」と再度の謝罪を口にした。


「あ」


やばい、思わず声を出してしまった。聞こえていないと良いなと思ったけれど、目の前に来た彼は私をちらりと見て、「朝振りだね」と満面な笑顔を見せてくれた。

佐藤優人くん、だ。彼も夏樹と百合と同じ写真サークルの一員である。


「優人遅すぎだぞ」と服部部長が怒っている風に口にする。顔は笑っているので佐藤くんをいじって楽しんでいるようだ。

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