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週刊少年漫画が大好きだった君へ。

作者: 天近嘉人
掲載日:2025/10/13



 ――ねぇ、太一は今週号読んだ?




 夕焼けが映える公園。隣のブランコに座る美優(みゆう)が聞いてきた。俺とは違う小学校に通っている、髪は少し短めだが、顔はまぁ……可愛い。そんな子だ。


「読んだよ。LONE PIECE、ヤバかったよな」


「わかるー! 『俺はもう、船員(なかま)の涙は見たくねぇ……!』って主人公が覚醒する場面、ちょー格好良かったよ! ねぇ、BLEETHも読んだ? 総元帥の必殺魔法がさー、見開き一ページでどーんっ! てなっててさー!」


 「【紅蓮百焔(ぐれんひゃっか)・天女の袖振り】な。すげぇ迫力あって良かったけどさ、相変わらず詠唱の言葉が長いんだよな。まぁ、そこも格好いいんだけど」


 「…………私、全部覚えてきたけど、聞く?」


 「マジ?」


 得意げな顔で立ち上がった美優。後ろで手を組みながら、俺の目の前に立つ。そして喉の調子を整えるかのように咳ばらいをしてから。


 「――胎動する巨星、落ちる椿、崩れる牡丹。暁燃ゆる華遊郭で、琴調べさして夜叉子を給う……。火葬演舞最終目、紅蓮百焔。天女の袖振り!!」



 “ドーン!”というセルフ効果音を交えながら、美優は漫画のキャラと同じ必殺技ポーズを取った。そしてその後、夕焼けにも負けないキラキラとした笑顔を俺に向けたのであった。



 美優と出会ったのは確か二か月程前だった気がする。


 毎週月曜日は俺が読んでいる漫画雑誌の発売日で、学校が終わったら直ぐに本屋へ行き漫画を買って、家でゆっくり読むのが俺の楽しみだった。


 けれどその日は俺が大好きな漫画の滅茶苦茶面白い回だったものだから、家に帰るまで我慢出来ずに公園で読むことにしたのだ。そしたら偶然美優が通りかかったようで、そこで彼女の方から声をかけてきてくれたのである。


 美優の父親がこの漫画雑誌が大好きで、自分も自然と読んでいくうちに漫画が大好きになったと美優は語っていた。その後、二人で夢中になって漫画の話を語った結果、毎週火曜日になると公園に集まり漫画の話をする仲になったのだ。


 「ってか、美優って不思議だよな。女なのに少年漫画ばっかり読んでて」


「ん? どういうこと?」


「女で漫画が好きならさ、普通、“はお”とか“ズットモ”とかさぁ、イケメンが出てくる少女漫画の方がいいんじゃないの?」


 「……うーん、少女漫画も私のママとか、友達の怜奈ちゃんに借りて読んだこともあるよ? 確かにイケメンな男の子がいっぱい出てきて、話も結構面白いんだけどさぁ」


 そう言って美優は体操選手のようにブランコから立ち上がる。そして、さっきみたいに腕を後ろで組んでから俺の方に振り向いた。



 

 

「――でもね、私、少年漫画(こっち)の方が好き」




 はにかむように、微笑むように美優は俺に笑った。


 


 彼女の背後で燃える夕日、それなんかよりもずっと綺麗で美しい笑顔だったのだ。










  ――おはよっ! 今週の最新号読んだ?




 


 中学に入り、学ランを身にまといダルそうに歩く俺。そんな俺に声をかけてきたのは同じ中学のブレザーを着ている美優だった。


 クラスこそ同じになれなかったが家が近いこともあり、タイミングが合えばこうして一緒に登校をしている。


 ブレザー姿の美優は、俺と同じ年なのに何処か大人びて見えるというか、一段と女性らしくなって可愛いよりも美しいが似合うというか……。まぁ、その、なんだ? 一緒に居て悪い気はしない。


 「LONE PIECE、主人公の兄貴が死んじゃったな」


 「そーなんだよ! 後もうちょっとで逃げ切るところまでいったのに、主人公を庇って死んじゃうなんて……! しかも最期の台詞がホントに泣けてきてさぁ……。やばっ思い出しただけでも涙が……」


 白魚のように美しい指で、目頭に溜まった涙を美優はすくう。確かに俺もあのシーンは胸に来るものがあったし、主人公の悲しみや憤りなんかが詰まったあの表情に思わず涙腺が緩んだりもした。


 しかし美優の涙と俺の涙は何故だが種類が違うようにも思えて、いや、種類というよりかは品格というか……。俺の涙と比べて彼女の涙というのは、慈しみを持つ聖女の涙だとか、世の中の争いごとを憂いて涙を流す女神というか、その――。


 


 「――な、なんだよ。急にジロジロ見てきて」


 


 物思いに耽っていると、泣いていた筈の美優がいつの間にかニヤニヤとイタズラな笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んでいた。


 「別にぃ? 急に黙り込んで何考えてるんだろうなーって……。さてはアレでしょ? 今週の仮恋の内容思い出してたんでしょ? 今週の内容、凄い“えっち”だったもんね?」


 言われた漫画のタイトル、そして美優の唇が呟いたその三文字に、俺は図星でもないのに肩をビクつかせしまった。


 仮恋とは“仮でも恋人になってくれませんか?”の略称で、とある事情で早急に恋人が必要なヒロインが、主人公にそう頼み込む所から始まるラブコメ漫画である。


 初めはお互いギクシャクしたりするのだが、過ごしていく過程で段々と惹かれ合い、本当の恋人になる……という、王道設定が人気の作品でもあるのだが、本作ではヒロイン以外にも魅力溢れる女の子が沢山登場したり、その、なんていうかその、全男子が喜ぶような所謂“おいろけ”的なシーンも話の中に一回は出てきたりするのだ。


 「べ、別にそんなんじゃねぇし! 俺はその、仮恋を純粋にラブコメっつか、恋愛漫画として読んでるんだからな!」


 「ふぅーん、そうなんだぁ……。因みに、太一は誰が好きなの? やっぱりヒロインの子?」


 イタズラっぽい笑みを浮かべながら出された問いに、俺は少し考えこむ。


 確かにヒロインの女の子は可愛い。金髪の長髪で華奢で小柄な身体から、作中では“天使”の異名を名付けられている程だ。


 他にも主人公に優しいド派手はギャルだったり、真面目でツンデレな風紀委員長だったり、個性豊かで魅力的な女の子が沢山登場する。


 その中で、俺が一番好きなのは。



 「…………俺はやっぱり幼馴染が一番好きかな」


 「え? そうなの? てっきりヒロインの子だと思ってたのに。ほら、太一って何か王道系っていうか、女の子らしい女の子が好きなんだろうなって思ってたから……。何処が好きなの?」


 「………………ショートカットなところ、とか」


 恥ずかしかったので、小声でひっそりとそう答えた。


 しかし、そんな小細工が通用するはずもなく、俺の答えを聞いた美優が自分のショートヘアを撫でた後、小悪魔的な笑みを浮かべてまじまじと俺を見つめる。そして何が可笑しかったのか、彼女は唐突に吹き出し、腹を抱えながら笑い始めたである。


 「なんだよ! 今そんなに面白い所あったのかよ!」


 「アハハ! いやぁごめんごめん、あの漫画馬鹿の太一がさぁ、恋愛漫画とか好きな女の子のタイプとか言ってるのが面白くって」


 「別にショートカットがタイプだとは言ってないだろ! それに漫画馬鹿なのはお互い様だし、お前こそなんだ? まだそういう事には疎いんじゃないの?」


 「えぇー、私? 私は――」


 美優は何故が唐突に言葉を切り、そのまま黙ってしまう。彼女の顔を見ると何処か遠くの何かを見つめているような気がして、俺も視線の先を追ってみることにした。


 そこには俺達が通う校舎があって、今日も沢山の生徒が登校している。学校の生徒会長、俺と席が隣の女の子。


 そして学校で一番モテている一個上のイケメン先輩が、ギターケースを背負いながら校門へと入っていったのだった。





 「……私は、太一よりちょっと分かるかも」




 腕を後ろで組み直し、そう美優が呟いた。



 

 彼女のその横顔は、何故だか分からないが、仮恋の主人公に恋する幼馴染にちょっぴり、ほんの少しだけ似ていたような……そんな気がしたのであった。






 ――久しぶり! ねぇ、今週の最新号読んだ?






 学生服に袖を通してから二巡目の桜の季節。陰鬱な朝一人で歩く俺に、今は懐かしさすら感じる美優の声が聞こえてきた。



 「…………髪、随分伸ばしたんだな」


 「うん、まぁね。似合ってるでしょ?」


 そう言って肩まで伸ばした髪を払う。鼻腔をくすぐる女性的な香り、漆のような艶やかな黒髪、元の美貌も相まって、彼女は大人の女性としてより美しく洗練されたのだなと感じる。それ以上の感想も、それ以外の感想も無い。


 空になってから放置され、埃とクモの巣が張り巡らされている俺の心中では感じることが出来なかった。



 「LONE PIECEは今休載してるよ。作者の腰痛が酷いらしくてさ、いつ再開するかも分からないんだと」


 「え? そうなの? 全然知らなかったよぉ……! 野田っちの腰、早く治るといいね」


 「……BLEETHも終わったし、仮恋も打ち切りになった……。掲載順がどんどん後ろになっていくのが辛かったな。俺はずっと好きだったのに」


 「えぇー、そうなんだ。なんか知ってる漫画が終わっちゃうのって寂しいね……。ところでさぁ、最近有名なやつあるじゃん? 【神滅の弓矢】だっけ? ねぇ、今度単行本貸して欲し――」


 

 「――お前、本当に漫画読まなくなったんだな」



 これ以上聞いていると、俺の中でまだ支えになっている美優という存在が殺されてしまうと思い、俺は遮るようにそう言った。彼女は顔を下げ、滴る様な長いまつ毛を伏せる。


 


 「うん、読んでないよ。私、そういうの卒業しちゃったんだ」


 

 俺の心の美優が、断頭台で処刑されたような、そんな錯覚を覚えた。



 「……私、漫画ばっかり読んでたからさ。恋するのってこんなに大変なんだって知らなかった。お洒落も覚えて、メイクも覚えて、彼の好きな音楽も沢山聴いて……。もう、本当に大変なんだよ?」


 「…………」


 「でもね、それがすっごく楽しいの。今まで知らなかった事が色々知られて、目に映る物全部キラキラして見えるっていうかさ」


 「………………漫画も知らない世界に連れてってくれるだろ」


 「…………でね、彼の好きな音楽を聴いたり、彼の好きな服を着たり、彼の好みな長髪にしてみたり。彼色に染まっていくのって、なんだか嬉しい気分だし、それにね、ちょっぴりドキドキもするんだよ」


 「………………漫画だって読んでて嬉しくなるし、ドキドキもするだろ」


 「………………それでね、好きな人にハグされたり、好きだよって言われながらキスされるのって、頭がとろけちゃいそうな位幸せで気持ちいいんだよ。太一は好きな子に“好きだよ”って言われたことないでしょ?」


 「………………あるよ」


 「誰に?」


 「………………ずっと昔に、一回だけあるよ」


 「ふぅん、そっか」


 そう言って美優は俺から踵を返し、腕を後ろに組む。


 「彼氏がさ、神滅の弓矢にハマってて、話合わせようと思ったんだけどなぁ。貸してくれないなら、もういいや」


 そう言って彼女は一度も振り返ることなく、俺の元を去っていった。俺は何も言わず、何も思わず、彼女との距離を離しながらゆっくりと歩を進める。




 『――でもね、私、少年漫画(こっち)の方が好き』




 そんな俺の頭の中で、あの日の言葉が過る。しかしそれも一瞬だったようで、何処よりも暗く何よりも虚無な深淵の中に消え去ってしまった。



























 ――なぁ、今週の最新号読んだか?






 夕日が映える近所の公園。少し窮屈になったブランコに座った俺は、隣で涙を流す美優に言った。


 涙の道筋でメイクは乱れ、自慢していた長髪はボサボサになっている。お世辞にも綺麗だとは声掛け出来ない(さま)になっていた。


 しかし、俺が馬鹿だからだろう。そんな彼女が美しく見えたのだ。メッキで作られた仮面が剥がされ、俺が好きだった美優に戻った気がして。



 「……LONE PIECEな、ちょっと前から再開したんだよ。今は“ヒノ国編”ってところまでいって、ミナが極悪当主に攫われて無理やり結婚させられそうなところを皆で助けに行くって話なんだよ」


 「…………」


 「BLEETHの作者の新連載も始まってな。今度は学園×バトルファンタジー物を描いてるんだよ。えっちなシーンもあったりしてさ、BLEETHの時も思ってたけど、作者の人、結構性癖拗らせてるよな」


 「…………神滅もアニメ始まったし、中々クオリティ高くて面白いぞ? 後、仮恋の人の読み切りも載ってたな。また恋愛物なんだけど、俺はこの話も好きだったから、連載するの楽しみにしてる」


 「………………」


 「…………で、お前はどうしたんだよ。何か嫌な事でもあったのか?」


 「………………私の彼氏、浮気してたの」


 「…………そうか」



俺も美優も言葉を発することが無く、ただ黙って沈みゆく夕日を眺める。完全に夕日が姿を消した空には、黒ベタで塗られた夜空がゆっくりと広がりを見せ、トーンで貼られた星々がキラキラと輝き始めた。


 

 「…………彼氏がさ、ちょっと前から私のこと無視するようになったの。一緒に学校も行かなくなったし、LIMEも一切既読が付かなくって。電話しても全く通じなくて……。何か怒らせるようなことしたかなって、嫌われちゃったらどうしようって、すっごく不安になっちゃってさぁ……その事ばかり考えてたら、夜も全然寝られなくなったんだよね」


 そんな中、美優はか細い声で鼻を啜りながら語り始めた。彼女が俺に内情全てを伝えようとしてくれている大切な場面、俺は一言一句全てを受け止めるべく、そのまま口を閉ざし彼女の次の台詞を待った。



 「このまま別れるのは絶対に嫌だったからさぁ、今日、彼氏の家に行ってみたんだよね。私の気持ちが全部伝わるように手紙も書いて、バレンタインデーの時に喜んでくれたクッキーも焼いてみたりしてさ」


 「彼の家、両親はいつも遅くまで帰ってこないし、鍵も開けっ放しだから、いつもみたいにチャイム鳴らさずにそのまま入ったの。そしたらさ、彼の靴の隣にさ、女の靴がぴったりくっついて置いてあったんだよね」


 「もう頭が真っ白になって、胸が苦しくて吐きそうになって…………。そんな時にね、聴こえてきたの。女の声と“その”音が」


 効果音の要らない、木々の揺らめきの描写で表現出来るであろう、か弱い夜風が通り抜けていく。両拳を強く握りしめながらも黙って聞いている俺。そんな俺の様子を一瞬確認した美優は直ぐに顔を逸らし、徐に空を見上げるのであった。


 

 「…………恋をするのって、とっても大変なんだよ。興味無いこと全部覚えて、苦手なのに髪も伸ばして。それに、彼が喜んでくれるからさ、“普通の漫画”じゃ教えてくれないこと、沢山覚えてやってあげたりもしたんだよ。もうパパとママにどんな顔して会えばいいのか分かんないや」



 そう言って美優は夜空に広がる星々を眺め始める。何も知らず誰にも犯されず、純粋無垢に光り輝く星々達。そんな様子を何処か懐かしみを感じているような、羨ましさを感じているかのような、そんな眼差しで眺め続ける。


 


 「…………私ね、小さい頃からずっと、月曜日が大好きだったんだぁ」


 

 そんな星々と悠然に浮かぶ月のスポットライトに照らされながら、美優の独白は次のページへと進んでいく。



 「ワクワクしながら学校から帰ってきたらさぁ、リビングのテーブルの上に今週号の雑誌が置いてあって、一目散に漫画を読むの。一緒に色んな世界を旅して、悪い敵をやっつけて。ギャグで笑って、シリアスで泣いて……。キスのシーンでちょっぴりドキドキもしてさ」



 「読み終わった後もずっと漫画のことで頭がいっぱいだったの。あのシーン凄かったな、格好良かったなとか。漫画のキャラに自分を重ねたりしてさ、私が主人公だったら、どうやってあの敵やっつけるんだろうなぁとか色々考えるのが楽しくて……。こんな気持ちを、誰かと一緒に共有したくて」


 「パパは優しく聞いてくれるんだけどなんか違った。友達も皆少女漫画ばっかりで話が合わなかった。なんだか独りぼっちな気分になって、今週号読んで気分を紛らわそうと思ってた時、たまたま公園で見つけたの――」


 


 「――私よりキラキラしながら、夢中で少年漫画読んでる……とっても素敵な男の子」



 ここで俺は今日初めて彼女と目が合った。赤く腫れた目、少し瘦せた頬、不健康な肌の色……。そんな事柄を含めたとしても、彼女の微笑んだ顔はとても素敵だったのだ。



 「…………それなのに私、太一に酷いことしちゃった」



 しかし、そんな笑みも一瞬の出来事だった。美優の顔に陰りが見え始めて、力無く下へと俯く。何処からともなく再びすすり泣く声が聞こえ始めた。


 

 「恋に恋してる自分に酔って……! 大人になったって勘違いして…! 私、本当はずっと漫画が大好きなのに!! 太一と一緒に居るあの時間が一番好きなのに!!」


 「最低だよ……私。本当に最低な女なんだぁ……!!」


 そう言った後、美優は泣いた。スカートの裾を握りしめながら、人目を気にすることなく大声で、子供のように泣いたのであった。



 ――例えば俺が恋愛漫画の主人公だったとするのなら。泣いている美優を抱きしめて何か胸を打つような台詞を彼女に告げるのであろう。


 冒険漫画の主人公だったのであれば、彼女の泣き声を搔き消すほどの大声で『大丈夫だッッ!!! 美優は今でも俺の大切な仲間だッッッ!!!』と彼女に勇気を与えるのだろう。


 なら、俺はどうするべきなのだろうか。


 腕が伸びるわけでもない。忍術だって使えない。格好いい武器だって持ってないし、死ぬ気で何かに打ち込んだこともない……。少年漫画の主人公ではない、ただの漫画馬鹿な俺が彼女にどんな言葉をかければよいのだろうか。


 

 俺は、俺は――。





 「――俺は物持ちが良い方だから。美優が読まなくなった週の少年雑誌、まだ部屋にあると思うぞ」


 俺は泣き崩れる彼女の前に立ち上がり、そんなことを言った。


 「LONE PIECEもBLEETHも単行本全部揃えてるし、お前が好きそうな漫画とか、お前にお勧めしたい漫画とか、沢山用意してあるんだよ。読みたかったら何時でも貸すし、なんなら俺ん家だって何時でも遊びにくればいい」


 「…………何でそんなこと言ってくれるの?」


 

 「……………俺も、美優と漫画の話するの大好きだったからだよ」


 

 「…………………でも私、太一に最低なことしちゃったよ? それに私もう処女じゃないし。太一が好きだった“あの頃の私”じゃあないんだよ?」


 静かに、そして掠れた声で彼女は俺に問う。先程まで彼女が独白していた非情過ぎる現実(リアル)。そして今も濁さずハッキリと言った現実。そんな現実の弓矢が漫画という理想と幻想の世界にずっと入り浸っていた俺の胸に次々と突き刺さり、目を覚ませと言わんばかりに痛みを生じさせる。


 そんな痛みに耐えるように、今から言う台詞に勇気を振り絞る様に。固く目を閉じ開いた後で、俯く美優に真正面から向き合ったその後で。


 

 「別にあの頃とか、今がどうとか、正直俺にはどうでもいいんだよ――」





 




 「――だって俺の漫画(じんせい)のヒロインは、今も昔もずっと美優なんだから」


















 ――ねぇ、太一は今週号読んだ?






俺が生まれて十六周年を迎えた年の、月曜日の朝。隣の席に座る美優が聞いてきた。


学校指定の白色カーディガン、少し緩めに結んだ青色のリボン、そして、彼女の美貌に一番映えるショートヘア。女子高生になった美優はまた一段と可愛らしく、美しく、綺麗な女性になっていた。



「……まだ月曜日の朝だぞ? 読んでるわけないだろ」


「ふぅん、そうなんだ。漫画馬鹿気取ってる癖に、太一君ってば、まだまだ漫画愛が足りませんなぁ……!」


「どういう意味だよ?」


「………ふっふっふ! じゃーんっ!」


俺に得意げな顔をしながら、美優は鞄からある物を取り出す。俺達二人が愛してやまない週間少年漫画の最新号だったのである。


 「はぁッ!? 『用事があるから今日は先に学校行ってて』って、これのことかよ! ズルいぞお前!」


「いやぁ、今週のシャークマンの続きが気になって仕方なくてさぁ、朝コンビニで買ってきちゃった。今週の展開もちょーヤバくってさぁ! LONE PIECEも相変わらず面白かったし、それにぃ、太一がすっごく楽しみにしてる“マジ恋”も――」


 「あー! あー! 聞こえねぇ! ネタバレなんて一切聞こえねぇ!」


 俺は耳を塞ぎながらそう言った。そんな姿が余程滑稽だったのだろう。美優は手を叩きながら大声で笑った。


 「はーあ、もう。太一ってば何時まで経っても子供なんだから……。さっきのネタバレは全部ウソだよ。今週号、太一も私もすっごく楽しみにしてたでしょ? だから学校が終わったらすぐ太一の家行って読めるように先に買っておいたんだ」


 「…………なんだよ、そういうことかよ」


 「ちょっとー、何か反応薄くない? もしかして、『こいつ、何時でも家に遊びに来てもいいって言ったら本当に毎日来て面倒くせぇな』とか実は思ってるんでしょ」


 「いや、そんなこと思ってねぇよ。確かにお前が毎日来るようになってから、母ちゃんが毎回茶化すようになってウぜぇけどさ…………。毎日お前に会って、一緒に居られるのは、その、嬉しいよ」


 「………………ほんと? 本当にそう思ってる?」


 「……本当だよ。漫画の神に誓う」


 


 

 

 「……………………私も、太一とずっと一緒に居られて嬉しい」





 

 美優の微かな声で呟かれたそんな言葉は、授業開始のチャイムによって掻き消された。夢中だった話から現実へ引き戻された俺達は、教鞭をとる教師と黒板の方を向き、学生の責務を全うする。


 とまぁ、そんな振りをしながら俺は頬杖を付き、晴れやかな青空をぼんやりと眺め、先程の美優とのやり取りをゆっくりと大切に噛み締めていた。早くこの青空が夕焼け空に変わらないだろうか。なんて、彼女に言えばからかわれるような事もほんの少し思いながら――。


 ――ねぇ、太一。


 そんな時、隣の席から教師にバレないように小さな声で俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。俺がそんなことを考えているのがバレたのだろうか。はたまた、また何かしらのイタズラでも思いついたのだろうか。


 どちらにせよ俺は反応をせざるを得ないので、頬杖を付いたまま視線を美優に向ける。


 彼女はノートを俺の方に向けていた。新品同様の真っ白な見開き一ページ。そんなノートの中央に、シャープペンシルで薄く何か四文字が書かれていたのだ。


 俺は頬杖をやめて、周囲に悟られないようにそっと四文字を注視する。



 すると、そこには――。






 

 ――大好き。









 俺の反応で思いが伝わったのを確認した美優は、そっとノートを閉じる。そしてはにかむように、微笑むように美優は俺に笑ったのであった。




 




 何よりも美しく、何処の誰よりも優しい……。正しく、週刊少年漫画のヒロインにぴったりな、そんな素敵な笑顔であったのだ。

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