3
一方そのころ、対策本部では──
「……遅いなぁ、奏くん。どうせまた勝手にどっか寄り道してるんでしょ」
紗友希がソファに寝転がりながら、退屈そうに天井を見上げていたその時、
彼女のポケットの中で軽快な通知音が鳴った。
「ん?あ、来た来た。どれどれ──」
スマホを取り出し、画面を見た瞬間、眉間にしわを寄せる。
「っ!?ちょ、ちょっと!菅原さんこれ見てください!!」
「ん?どうした、そんなに慌てて……おいおい、鼻息荒いぞ。──ははっ、やっぱり彼らしいな」
菅原はメッセージ内容を確認し、呆れ半分、感心半分で笑った。
「笑い事じゃないですよ!これ絶対、面倒事を私に押し付けましたよ!しかも今ごろ学校でのほほんと授業受けてるに決まってます!」
「まぁまぁ、落ち着け。もともと本来は俺たちの仕事だったんだ。責任はこっちで持つさ。それに──」
そこで菅原は真顔に戻り、重々しく言葉を続けた。
「……グランドミノタウロス、か」
「えぇ。しかもB級ポーターで、ですよ。そんな報告、初めてです」
「ああ……。普通ならA級の下層にしか出ないはずだ。それを単独で……。本当に、あの子が行ってくれて正解だったな」
「はい。もし私が行ってたら……確実に、やられてましたね」
静まり返った空気の中、ふたりは無言で頷き合う。
その静けさを破ったのは、外から聞こえてくる誰かの笑い声だった。
「……何事もなければいいんだがな」
♦︎♦︎♦︎
翌朝──
部屋に差し込む朝日が、薄暗いカーテンの隙間から線を描く。
その光をぼんやり眺めながら、山田は大きく伸びをした。
「ふぁぁ……。よし、今日はなんかいいことありそうだな……」
──前言撤回である。
教室のドアを開けた瞬間、彼の心に「終わった」の二文字が浮かんだ。
昨日、助けたあの少女が、なぜかクラスに居たのだ。
笑顔で囲まれているその姿。どう見ても転校生扱いだ。
(……なんで、いるの?ていうか、同じクラスってどういう確率!?)
いや、よく考えれば見覚えがある。
見覚えがありすぎる。
このクラスの学年最強、御堂麗奈──。
完全に、詰んだ。
「御堂さん!久しぶりー!」
「相変わらず可愛い〜!」
「あはは、ありがとう」
腰まである栗色の髪に、切れ長の瞳。立ってるだけで絵になる。
彼女の姉、御堂楓は世界ランキング五位の魔法使い。殲滅の魔女と呼ばれる有名人だ。
(いやぁ、そりゃ強いわけだ……てか、なんでよりによって昨日の子がコレなんだ)
周囲の賑わいをよそに、山田は机に突っ伏したまま、死んだ魚の目で本を開いた。
しかし、御堂の視線が一瞬だけこちらを掠めるのを、彼は見逃さなかった。
(ん?今、見られた……?)
「昨日ね、ポーターで死にかけたんですけど、助けてもらったんです。お顔は見えなかったけど、同じ制服の方で……」
「えぇ!?学校の人なの!?」
「はい。その人が見つかるまでは、ここに通おうと思ってます」
(……うわあぁぁぁ!!やめてくれ、死亡フラグ立てないでくれ!!)
教室のざわめきの中、山田の手はじんわり汗ばんでいた。
本のページは既にしっとりと湿っている。
(大丈夫、大丈夫……顔はバレてない。名前も言ってない。制服なんて全国で数千人着てる。バレるはずが──ない!)
そう自分に言い聞かせ、立ち上がった瞬間──
「ちょっといいかしら? 山田くん」
背後からの声。心臓が止まりかけた。
「な、なにかな……御堂さん」
「昨日、なにしてた?」
「え、えーっと……普通に授業、受けてたけど?」
山田は笑顔を引きつらせながら、精一杯平静を装う。
しかし御堂はその答えに、ジト目で言った。
「そう。じゃあ聞くけど──ランキング一位の『山田』って、アナタよね?」
「……僕なわけないじゃないか。成績も悪いし、運動音痴だし、モブだよ?」
「ふーん……」
御堂はまるでバレてるけど泳がせてるような笑みを浮かべる。
「ま、今はそれでいいわ。また教室でね」
そう言い残して立ち去ると、山田はその場で盛大に息を吐いた。
(ふぅ……ギリセーフ。いや、これ絶対バレてるやつだろ……)
♦︎♦︎♦︎
「はーい、今日は昨日話した通り、D級ポーターで実践訓練を行いまーす」
(なにぃ!?聞いてないぞそれ!!)
担任の言葉に山田の心は再び乱れた。
たぶん昨日、呼び出されてる間に説明されてたんだろう。
……恨むぞ、紗友希さん。
クラス全員でポーター前に集合し、教師の指示が飛ぶ。
「五人一組で行動! 魔物一体に五人で対処! 死ぬなよ!」
生徒たちは次々と仲間を組み、笑顔で集まっていく。
その輪の外、いつものように一人で立つ山田。
(……まぁ、見学でいいか)
そう思って教師に話しかけようとした瞬間──
「先生、僕は見学してま──」
「先生、私、山田くんとペアでも構いません」
「……は?」
御堂麗奈。
彼女の一言で、空気が止まった。
「え、いや御堂さんは瀬戸くんとか──」
「…………」
完全無視。
(こ、こいつ……笑ってるけど目が怖ぇ!)
「まぁ、御堂がいれば大丈夫だろう。なにかあればすぐ呼べ」
「わ、わかりました、先生。あの、僕は──」
「行きましょう、山田くん」
「え、ちょっ……」
結局、反論の暇もなく、山田は御堂に腕を引かれ、ポーターへと手を伸ばす羽目になった。
(……なんで僕がこんな修羅場に巻き込まれてんだ……)
その直後、光に包まれ二人の姿が消える。
──D級ポーター、転移開始。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
誤字脱字など御座いましたらコメント下さい。
「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです




