2
山田は呼び出しを受け、静かに転移陣を抜けると、政府公認の対策本部の一室へと現れた。
ここは、ポーター関連専門の警察署のような場所だ。
探索者同士のトラブル、行方不明者の救出、魔物の暴走など──ポーター絡みの全てを取り扱う、いわばこの時代の最前線。
無機質な蛍光灯の明かりの中、事務員たちが慌ただしく端末を操作している。
そんな中、山田に気づいた一人の女性が、明るく手を振って近寄ってきた。
「やっほー、奏くん! ごめんね、急な呼び出し! 学校だった?」
「わかってるなら呼び出さないでくださいよ……」
「あはは。だってどうせクラスの隅っこで読書してたんでしょ?」
屈託のない笑顔で笑う彼女──
橋本 紗友希、二十歳。レベル五十を超えるA級探索者であり、この本部の現場統括でもある。
見た目はモデル顔負けの美人なのに、口を開けばこれだ。実にもったいない。
山田は軽くため息をつき、顎を撫でながら言った。
「……まぁ、間違ってませんけど。そうやって油断してると、紗友希さん……ちょっとお腹、出てきてますよ?」
「……っ!? な、なにぃ!?」
山田の視線がスッと彼女の腰あたりを掠める。
瞬間、紗友希は慌てて自分の腹部を押さえ、悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと見ないでよ! 最近コンビニスイーツ我慢してるんだから!」
「……努力の方向、違うと思いますけど」
「なにぃ!?」
ガチャリと勢いよく扉が開く音が響いた。
「おい、お前ら! 本部で漫才すんな!」
低く響く声の主は、菅原──対策本部の主任であり、二人の上司だ。
渋い顔で入ってきた彼は、頭を押さえながら怒鳴った。
「さっさと行け! 救助要請が入ってるだろうが!」
「ちょっと聞いてくださいよ、菅原さん! 奏くんが、わたしのことおでぶって──」
「お前がまた変な絡みしたんだろうがっ!」
ゴツン!
という鈍い音とともに、紗友希の頭に見事な拳骨が落ちた。
「いったぁぁぁ! この暴力上司! セクハラで訴えますよぉ!」
「うるさい。仕事しろ」
菅原はため息をつきながら、山田へ視線を向けた。
「悪いな、奏くん。うちのが毎度お騒がせで」
「いえ、大丈夫です。慣れてるんで」
軽く肩を竦める山田に、菅原は資料を渡した。
「B級ポーターで救助申請だ。君なら問題ないだろう。入場許可は通しておく」
「了解です。学校戻る前に片付けますね」
山田が言い終えるより早く、その姿は空間に溶けるように掻き消えた。
残された二人の間に、静寂が落ちる。
「……いやぁ、何度見ても転移スキルってすごいですよねぇ。あれ欲しいなぁ」
「そうだな。彼に頼りっぱなしで心苦しいくらいだ」
紗友希は腕を組みながら、にやりと笑った。
「でも、さすがランキング一位って感じですよね。あのモブオーラ込みで」
「……そのうち本当に嫌われるぞ、お前」
「だいじょーぶですよ! 奏くん、私以外に友達いませんも──」
ゴツン!
「……あ痛っ!」
また拳骨が落ちたのは言うまでもない。
♦︎♦︎♦︎
山田は転移を終え、B級ポーターの入口へと降り立った。
そこには数名の看守が警備にあたっている。
「すみません、救助要請があったのはここで間違いないですか?」
「っ!? ま、まさか山田様ですか!? お待ちしておりました!」
突然現れた山田に、警備員は慌てて姿勢を正した。
無理もない。認識阻害を掛けているせいで、最初は誰が来たのかすら理解できないのだ。
「ありがとうございます。では、入りますね」
軽く頭を下げ、山田はポーターの渦に手をかざした。
視界が歪み、空間がねじれる。次の瞬間、彼の姿は異界へと消えた。
♦︎♦︎♦︎
洞窟のように薄暗い空間。
壁面を照らす青白い鉱石の光が、山田の足跡に合わせて揺らめく。
「さて……まずは片っ端から探すか」
彼は刀を抜き、音もなく駆け出した。
振るうたびに風圧が生じ、襲いかかる魔物が一瞬で霧散する。
剣閃が通り抜けた跡には、静寂だけが残った。
「いないな……B級でここまで深い層に潜るって、どんな無茶だよ」
山田は眉を寄せ、最下層へと辿り着く。
救助者の影は見当たらない。
「……まさか、ボス部屋か!」
嫌な予感が背筋を這い上がる。
救助要請が届いてからすでに三十分──普通ならもう、手遅れの時間だ。
「間に合え……!」
山田は地面を蹴った。
瞬間移動に近い速度でボス部屋の前に立ち、迷うことなく扉を叩き開く。
♦︎♦︎♦︎
金属音が響き渡る。
視界の中、血に染まった少女が、巨大な斧を持つ魔物と対峙していた。
「待たせてすまない。助けに来た」
山田は少女と魔物の間に滑り込み、刀で斧を受け止めた。
火花が散り、衝撃波が床を割る。
「……っ!? グランドミノタウロス!?」
本来A級ポーターでしか出現しない魔物だ。
B級のボス部屋に現れるはずがない。
「考えるのは後だな」
山田は刹那に転移し、ミノタウロスの背後を取る。
一閃。
刀が閃き、首が宙を舞った。
巨体が崩れ落ち、魔物は煙となって消える。
「任務完了、っと。大丈夫? これ、飲んで」
山田はポーチから回復薬を取り出し、少女に差し出した。
「……ありがとうございます。あなたが来なければ、私……」
「無理は禁物だよ。どうして一人で入ったの?」
「……強くならないといけないんです。どうしても」
その瞳に宿る真剣な光を見て、山田は思わず苦笑する。
(あー……やばい。こういうタイプ、面倒くさいんだよなぁ)
「……そっか。じゃ、帰ろうか」
「え、あ……はいっ」
少女は少し戸惑いながらも頷いた。
山田は胸を撫で下ろす。
(よし、物分かりのいい子で助かった……でもどっかで見たことある気が……まぁいいか)
「走れる?」
「え? は、はい!」
「じゃ、行こうか。僕もこのあと用事があるし」
「は、はいっ!」
──その時、彼がもう少しだけ彼女の顔を思い出せていたなら。
この先の厄介な未来を、ほんの少しは回避できていたかもしれない。
♦︎♦︎♦︎
ポーター入口。
看守たちが二人の帰還を確認すると、すぐに駆け寄ってきた。
「お疲れ様でした、山田様! 早かったですね!」
「ありがとうございます。このポーター、しばらく閉鎖でお願いします。報告は僕から上げておきます」
「了解しました。こちらの救助者はこちらで引き取ります」
「助かります。じゃあ僕は戻りますね」
山田は少女に軽く頭を下げた。
「無理しないようにね」
「……はい。助けていただいて、本当にありがとうございました。必ずこの恩はお返しします」
そして彼の姿は、再び静かに掻き消えた。
少女はその背を見送りながら、口元に微かな笑みを浮かべた。
「……認識阻害、かけてた……? やっぱり。ランキング一位の──彼」
その目は、静かに炎を宿していた。
「ふふ。同じ学校だなんて、運命ですね。必ず……見つけ出します」
ここまで読んで頂きありがとうございます!
誤字脱字など御座いましたらコメント下さい。
「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです




