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完結してはいますが、粗が目立つのでゆっくり修正していきます。
よくある話だ。
ありふれた学校、ありふれた教室。どのクラスにも一人はいる──隅の席でひとり、静かに本を読む男子生徒。
︎︎周囲に溶け込み、目立たず、声も小さく、誰の記憶にも残らない。いわゆるモブと呼ばれる存在。
そして『彼』も、その一人である。
名前は──山田 奏。
黒髪で、普通の長さ。顔も普通。特別イケメンというわけでもなければ、逆に何か特徴があるわけでもない。
︎︎ 体育の成績は可もなく不可もなく、勉強も平均、発言も少ない。
︎︎ いつも窓際の席で本を開き、休み時間になっても動かず、昼休みになっても誰かと喋ることはない。騒ぐでもなく、ふざけるでもなく、ただ淡々と静寂をまとってページをめくる。
存在感は薄い。
けれど──決して嫌われているわけではない。
ただ、誰の輪にも自ら入らない。
自ら近づこうとしない。
自分から孤独を選んでいる。
それが、山田奏という人間だった。
……もっとも。
その理由を知る者は、誰もいない。
彼の静かさは、ただの気質でも、内気さでもない。
彼の地味さは、ただの平凡でも、偶然でもない。
──それは意図的な偽装だった。
世界が変わったのは、十年前。
ある日突然、世界中のあちこちに、それは現れた。
人々はそれを──【ポーター】と呼ぶようになった。
空間がねじれたような、黒と青が混ざった渦。煙のようにも、重力の歪みにも見える、不気味な穴。近くに立つだけで、皮膚が粟立つ感覚がある。
︎︎何かが呼んでいるような、逆に拒んでいるような、形容しがたい不快な誘いを放つ。
それは、前触れもなく出現した。
まるで、最初からそこにあったかのように、当たり前の顔で存在していた。
触れた者は──洞窟のような異界へと転移する。
暗く、冷たく、湿った空気。自然の洞穴のようだが、生物の脈動めいた気配が漂っている。
そこは、ダンジョンと呼ばれた。
そして、そこには人知を超えた存在──魔物が潜んでいた。
虫、獣、竜。
どれも、地球の生物とは似て非なる異形。
一度足を踏み入れた一般人は、ほぼ帰ってこなかった。
世界は恐怖に包まれた。政府はポーターへの接触を禁じ、軍が封鎖した。
しかし、数カ月の調査の結果。
ある法則が発見された。
──魔物を倒すと、力が得られる。
倒した瞬間、手の甲に数値が浮かび上がった。
それは後にレベルと呼ばれるようになり、レベルが上がるごとに肉体が強化され、魔力を扱う者も出始めた。
さらに、ポーターの出現と同時に──空にランキングが浮かび上がった。世界中の空だ。雲の上、星の手前、透明なガラスのような層に光の文字が走った。
意味不明な光の文字列。
誰も解読できない、誰も触れられない、不可解な数列。
それは個人の強さ、実力、総合能力を示す序列だった。
いまや人類は、自分の強さを数値化され、競い、比べられる社会に生きている。
だが──ランキングの目的は不明のまま。
誰が作ったのか、どういう仕組みなのか、なぜ数値化できるのか。
十年経った今でも、何もわかっていない──
◆
舗装路の先、噴水のある円形広場を抜けると、壮麗な校舎が姿を現す。広々とした校庭には部活生の声が響き、教室の窓からはざわめきが溢れていた。
ここは、ポーター対策のために設立された特別学校──
【探索者育成学校】。
魔物の特性、ポーターの構造、安全な探索手順、武器操作、魔力制御。
表向きはただの学校だが、実態は未来の戦力を育てる施設だった。
卒業時点で戦場に立てる者も少なくない。
いや、実際のところ、在学中にすでに前線に立っている者もいる。
◆
「かーずくん! おはよ! 昨日もポーター行ってたんでしょ?」
「おぅ、おはよう。最近はD級の下層に潜ってるよ」
「す、すごいね! 二年でD級下層!? 私も頑張らないと」
「ははっ、抜かれないように頑張るよ」
教室の中心で笑うのは──瀬戸 和哉。
運動神経抜群、成績優秀、顔も良い。
さらに魔力量も高く、すでに学校の特待生。
ヒエラルキーの頂点に立つ男だ。
二年生でD級ダンジョンに入れるのは、片手で数えるほど。
まさに選ばれた側の生徒。
その周りには自然と人が集まり、笑い声と注目が絶えない。
──だが。
その光景から目を逸らし、教室の隅では一人の男子が静かに本を読んでいた。
山田 奏だ。
机がぶつかっても、顔を上げることすらない。
「おっと、悪い!」
「……大丈夫です」
淡々とずれた机を直し、また本へ視線を落とす。
それが、山田の日常。
話しかけてくる生徒がまったくいないわけではない。
「おはよー、山田くん」
と、軽く手を振ってくれる女子もいる。
声をかけてくれる男子もいる。
だが、山田は深く関わらない。
輪に入らない。
入ろうとしない。
自らモブであろうとするように、静かに存在感を薄めている。
けれど──それは彼の性格ではない。
本当に、ただの演技だ。
世界さえ騙す、完璧な隠蔽だった。
◆
昼休み。
騒がしい教室の中、山田の机の上でスマホが静かに光った。
チカッ──。
通知は短い。
しかし、その内容は誰よりも重い。
『B級ポーター内部にて救助申請。至急向かってください』
山田は小さく息を吐いた。
「……はぁ。めんどくさ」
その一言に、誰も違和感を持たない。
クラスの隅で小さく愚痴るモブ男子。
急な用事にため息つく、普通の高校生。
しかし──違う。
そのため息の意味を、教室の誰一人として知らなかった。
山田は本を閉じた。
周囲の視線がこちらに向いていないことを確認する。
そして、ごく自然な動作で立ち上がる。
次の瞬間──
彼の姿は、音もなく、空気に溶けるように消えた。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
誰も気づかない。
誰も騒ぎもしない。
誰も、彼が消えたことすら理解できない。
それが、山田 奏というモブの──
そして世界一位の探索者という男の、静かすぎる日常だった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
誤字脱字など御座いましたらコメント下さい。
カクヨムの方では修正版を載せていますが、こっちとは少し内容を変えて行きますので、別物だと思ってください。
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