我が家が局地的義理の兄妹モノになったので捨て身の作戦で上手いこと家を出ようと思う。
再婚義理の兄妹モノ少女漫画の広告が目につき「俺にしろよ」の弟の心境に考察を深めすぎて生まれたギャグ小説です。
突然だが、父の再婚により義理の妹ができることになった。しかもとびっきりの美少女である。ラブコメにしたって今どきネタとして擦られすぎて相当捻らないと売れないやつだ。
そして更に突然だが、僕は父とも兄とも反りが合わず、ちょっと家庭内で浮いている。
音楽で食べていきたいのに、堅実を人の形にしたような二人には「無理だ」「現実を見ろ」「地に足つけろ」と否定されてばかりだ。大学の音楽仲間とやっているバンドは幾度かのライブを経て、何社からか「うちでプロデビューしないか」と声をかけられている。しかし厳格な教師である父と、その背を追いかけ続けている兄には非現実的で荒唐無稽な夢に見えるのだろう。僕の人生家庭内ばかりハードモード。
ちょっとした反抗心で僕は現在金のロン毛である。それで体調を崩した父が病院で出会った看護師が再婚相手。僕は不本意ながらキューピッドと言うわけ。
そんなキューピッド事件によりまさか義理の妹ができるとは。僕の人生家庭内ばかりハードモード。大学生にして高校生の妹ができるのは僕も、そしてきっとまだ見ぬ妹も、気まずくていけない。男三人暮らしは気楽だった。そこに女の人と女の子が混ざってくると色々気を付けなきゃいけないことも増える。家庭内痴漢にならないようにしなきゃ。
こんな家、早く出てしまいたいのだけれど何事にもタイミングと言うものはある。例えばだけれど、父が僕の夢について烈火の如く怒り、頭ごなしに叱りつけて、それに僕も応戦し激しい口論、そして家出、とか、そういう「勢い」が必要だ。
父から「戻ってきなさい」とか言われずに済むような、そして「もうあいつのことは放っておけ」って言われるような、そんな存在になりたいんだよなぁ。僕の人生家庭内ばかりハードモード。
さてはて、そんなことばかり考えて暮らしていたらついに義理の母と義理の妹が我が家にやって来る日が来てしまった。
義理の母は父とさして年の変わらない人であるがとても綺麗だった。そして、気まずさマックスの義理の妹はびっくりするほどの美少女だった。
僕の斜め前で兄がほんの少し身じろいだくらいだ。兄が無意味に左手をぴくつかせるのはドキッとしたときの無意識の仕草である。同じ高校に通っていた頃、学年一の美少女に告白された時もぴくついていた。兄は爽やかな優等生タイプのイケメンで非常にモテるが、男らしく美少女にはちゃんとドキッとするのである。イケメンらしい爽やかな微笑みは保ってるけど。むっつりめ。
わ~、と思っていたら何と義理の妹の方も頬を赤くして兄を見ているではないか。これはいよいよ本格的に今どきネタとして擦られすぎて相当捻らないと売れないやつである。さあ困ったぞ。ただでさえこの年で義理の母と妹ができて気まずいんだから義理の兄妹モノを家庭内でやらないで。
そうして気まずすぎる再婚新生活が始まったわけだけれど……
僕はもう気まずすぎるのであんまり家に帰らないことにした。バンド仲間の家を転々としてみたり、他の友達の家に転がり込んでみたり、極力家に戻らないで済むように努力した。
むっつりの兄から「そういう態度は逆にあの子に気を遣わせるだろう、帰ってこい」と連絡が来て危うく「だまれむっつり」って言い返すところだった。実際には「分かったよ、兄さん」って返したからね。事実、この状況に何の罪もない義理の妹が――敢えて上げるとすれば兄好みの美少女だったことが罪、かな――申し訳ない思いをするのは可哀想だ。
そうして、父と兄のいない時間帯を狙って久しぶりに帰宅したら、何ともまあ間の悪いことに家には義理の妹しかいなかった。僕はタイミングの神様に嫌われているのかも。
「あ、その……おかえりなさい……?」
「あー、うん、ただいま?」
うむ、気まずい。
「だいじょーぶ、またすぐ出るから」
「そう、ですか……あの」
「君のせいじゃないよ。そもそも僕がこの家で浮いてるだけ」
「あ……えっと、その……ごめんなさい……」
「何で謝るのさ。じゃあ、僕部屋に行くから」
「っ、あの!」
階段に足をかけたところで、義理の妹から思いっきり呼び止められた。わりと本気の呼び止めっぽくて、金のロン毛をふぁさ、と揺らしながら振り返る。
「なに?」
「そ、その、お訊きしたいことが、あって」
「僕より兄さんの方が話しやすいでしょ。そっちにしなよ」
「っ、えっと……お義兄さんには、その、言いにくい、というか……」
「ふぅん?」
家になかなか帰らない金のロン毛の僕には言いやすくて、爽やか優等生こざっぱりタイプの兄には言いにくいこと。何だろう、皆目検討もつかない。
仕方ないなぁ、とリビングに戻ってソファーに腰を下ろす。あと一時間もすれば大学の授業が終わった兄が帰ってきちゃうんだよね。それよりも早く帰りたいんだけど。
何だろなー、と考える僕を不安げな目で見ていた義理の妹は、おずおずと近づいてきてソファーの反対側に座った。マジか。この状況で金のロン毛の義理の兄の隣に座るのかこの義理の妹。すげぇ勇気である。
「で?」
「……その……私、実は」
義理の妹は顔を赤くしながら、時々大きな瞳を潤ませて、五十分くらいかけてその「家になかなか帰らない金のロン毛の僕には言いやすくて、爽やか優等生こざっぱりタイプの兄には言いにくいこと」を話してくれた。この時点で兄が帰ってくるまであと十分。言葉に詰まりすぎである。そしてその話の内容はと言うと。
義理の兄に恋をしてしまったが、兄は全くもって意識してくれない、どうしたら良いか。というもの。
今どきネタとして擦られすぎて相当捻らないと売れないやつすぎる。僕は心の中でひっそり頭を抱えた。僕はラブコメか少女漫画の世界に生まれたんだろうか。それともこの家だけ局地的義理の兄妹モノなんだろうか。僕の人生家庭内ばかりハードモード、と嘆きたいところだけれど一応「義理の兄妹モノ」の「兄」には選ばれずに済んだので良かった、と思うことにする。
ここは一発「いや、あいつ結構むっつりだし君のこと「美少女だ」って思って意識してると思うよ」って言ってしまおうと思って、ふと、一度開けた口を閉じる。
これは、チャンスなのではないだろうか??
僕は、良い機会を得て勢いをもってこの家を出たい。義理の妹は、兄と何かいい感じになりたい。兄は、まあ多分義理の妹といい感じになりたいがあの父の背を見て育ったので倫理観的に踏ん切りがつかない、はず。
チャンスなのではないだろうか??
兄はあと五分ほどで帰ってくる。このタイミングで義理の妹がこの話を切り出してきたのも、もしかしたら文字通り「タイミング」なのではないか。僕はさっき「タイミングの神様に嫌われているかも」なんて言ったが逆なのかもしれない。
「……ふぅん」
チャンスなのではないだろうか????
僕は、ソファーの肘かけに頬杖をついて義理の妹を見やった。恋をしているからか知れないが初対面の時より更にびっくりするほどの美少女である。
ちらと時計を見る。今突発で思い付いたこの作戦はタイミングが全てだ。
その前に、一応作戦について同意はとっておこう、と義理の妹に「ねぇ」と声をかける。ビクッと肩を揺らした彼女には悪いけれど時間がないので手短に。
「つまりは、兄さんに意識してもらいたいんだよね?」
義理の妹は顔をかぁぁと赤くして、ちょっと俯いた後、こくっと小さく頷いた。
「なるほど、ね」
オッケー、任せろ義理の妹よ。僕は不本意ながらキューピッドな男。むっつりの兄も満更ではないだろうし、自分のためにもこの作戦、成功させてやろうじゃないか。
沈黙を置いて、時を待つ。
時間にも厳格な父の影響か、兄は日々のスケジュールを、僕からすると信じられないほど時間通りに過ごす傾向にある。毎曜日の帰宅時間が毎週大体同じ、と言えばそのヤバさが窺い知れるだろう。ちょっと最早キモいまである。
さて、良い時間になったので僕は、不意に、を装って腰を上げた。ソファーの背もたれに手をついて、するすると滑らせ義理の妹との距離を詰める。
「兄さんなんてやめてさ――」
正直兄はあんまりおすすめできない男なのでここは本心からのセリフである。
「――僕にしなよ」
これはとても嘘。て言うかこのセリフ、たまに見かけるけど正気とは思えないよね。どう考えてもお前はお呼びじゃねぇよって感じ。
「えっ……!」
玄関の方から鍵を回す音が聞こえたのを確認してから更に身を屈め、小さく「やっ」と悲鳴を上げた義理の妹の首に顔を近づける。あ、ほくろ発見。金のロン毛がふぁさ、と流れ落ちて僕の表情を隠し、さぞかし“それ”っぽく見えることだろう。そのまま、決してどこにも触れないように、しかし“いい”感じに見える距離を保って数秒。
「――何をしているッ!!」
リビングに到着した兄が怒鳴る。僕はゆっくりと顔を上げて兄を振り返る。
「何って、ねぇ?」
「っ、お義兄、さん……!」
義理の妹は僕の下で顔を真っ赤にし、ちょっと涙目になって震え、兄を縋るように見つめていた。いいぞ、素晴らしい。主演女優賞をあげよう……っと、君は演技じゃないんだった。
「その子から離れろ!」
「はぁ、煩いなぁ……」
僕は「折角のお楽しみに邪魔が入っちゃったね」と肩を竦めて立ち上がる。怒りで震える兄に「おまえがむっつりだからだろばか!」と言いたいのを堪え、小首を傾げて「何で兄さんそんな怒ってるわけ?」と笑う。
「お前が不道徳なことをしようとしていたからだろう!!」
「ふぅん? それにしては、“そういうコト”へのお説教って感じじゃないけど?」
「っ、何が言いたい!」
「さぁ、別に? 気付かないなら気付かないでいいし。僕に関係ないからね」
「煙に巻くようなことを……!」
「やっぱ帰ってくるんじゃなかったや。僕このまま家出よっと」
「っ、二度と帰ってくるな!!」
ほんの少しニヤリと笑って見せる。元々持ち物も少なくて、もう部屋に大事なものも置いてないしこのまま出ていこう。
「じゃあね、兄さん。父さんによろしく」
兄が毛を逆立てた動物みたいな顔のまま、僕が出ていくのをじっと見つめているのを背中に感じつつ玄関へ。習慣でドア横に置いてある合鍵を掴もうとして手を止め、僕の本気度を示すべく置いていくことに決めた。
「――作戦大成功!!!!」
題して『兄と結構気まずくなって出ていきやすくなるよね捨て身のキューピッド作戦』だ。いやぁ急ごしらえにしては上手くいった。タイミングの神様は僕の味方みたいだ。嬉しいことこの上ない。やったね!!
ありがとう、義理の妹よ。あの家が局地的少女漫画なら今頃キスの一つでもしている頃だろう。幸せにな。義理の兄妹モノが現実に持ち込まれたとき本当に幸せになれるのかは知らないけれど。
「自由だ~!」
さぁ、まずは家探しだ。バンドのプロデビューは僕の家庭問題に決着がつくのを待ってくれているような形だから(皆優しいから何くれとなく理由をつけて“そう”とは悟らせないようにしてくれていたけれど)すぐに仲間たちと相談しなきゃ。家が見つかるまではまた仲間たちの家を転々としよう。生活費は入れるよ、ちゃんとバイトもしてるし!!
「自由だぁ~~!!」
日の暮れてきた空は心境も相まってうっとりするほど綺麗なマジックアワーだった。形容しがたい色彩の中、浮かぶ一番星に「自由だ!」と今一度叫んでおく。
これで僕の人生のハードモードの部分とはおさらばだ。
あとは、ずっと否定され続けてきた夢を追いかけるだけ。
「自由なんだー!!!!」
ありがとう義理の妹よ、兄よ、そして局地的義理の兄妹モノよ!!
僕は自由だ!!!!
最後まで読んでくださってありがとうございました!!
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