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# 5:真実への目覚め

## 1


翌日の夜、アオリは旧市街の「銀の鈴亭」へと向かった。この酒場は王都の中でも古い歴史を持ち、迷路のような旧市街の奥深くに位置していた。


「こんな場所に来るのは初めてだな…」


アオリは周囲を警戒しながら、古びた木製のドアを押し開けた。中は意外にも清潔で、落ち着いた雰囲気の酒場だった。客は少なく、それぞれが小声で会話を交わしていた。


「いらっしゃい」太った店主が声をかけた。「何にする?」


「エール酒を一杯」


アオリは店内を見回したが、セバスチャンの姿は見当たらなかった。彼はカウンターの隅に座り、酒を飲みながら待った。


「アオリ殿」


振り返ると、見知らぬ男性が立っていた。40代半ばで、質素な服装をしているが、その目は鋭く知性を感じさせた。


「セバスチャン様からの伝言です。『地下室へ』とのことです」


男性はそれだけ言うと、カウンターの奥にある小さな扉を指さした。


アオリは少し躊躇したが、決意を固めて扉に向かった。扉の向こうには狭い階段があり、地下へと続いていた。彼は慎重に階段を下りていった。


地下室は予想外に広く、中央に大きなテーブルがあり、数人の人物が座っていた。セバスチャンもその一人だった。


「来てくれたか」セバスチャンは微笑んだ。「皆、彼が噂のアオリだ」


テーブルを囲む人々は様々な身なりをしていた。貴族風の服装の男性、質素な服の女性、商人らしき中年男性…一見すると共通点のない人々だった。


「ようこそ、『真実の守護者』へ」セバスチャンは言った。「座りなさい」


アオリは緊張しながらも、空いている椅子に座った。


「まず、自己紹介をしよう」セバスチャンは言った。「私は情報省の高官だが、同時に『真実の守護者』の一員でもある。我々は王国の真実を守り、民に伝えることを使命としている」


次に、貴族風の男性が口を開いた。「私はレイモンド。王宮の書記官だ。王族の近くで働いているが、彼らの行いに疑問を持っている」


質素な服の女性も自己紹介した。「私はマリア。南部鉱山地帯の出身で、現在は王都の学校で教師をしている。故郷の人々の苦しみを忘れたくなくて、このグループに参加した」


商人らしき男性も名乗った。「私はトーマス。商人ギルドの一員だ。貿易を通じて様々な国の情報を得ている」


他にも数名が自己紹介をした後、全員の視線がアオリに向けられた。


「私は…」アオリは少し躊躇した後、正直に話すことにした。「情報省の特別広報戦略官のアオリです。最近、王国の公式情報と実際の状況の乖離に気づき、疑問を持ち始めました」


「そして、その疑問を『王国イメージ向上キャンペーン』の中に巧妙に織り込んでいるな」セバスチャンは微笑んだ。「君の『フレーミング効果』の逆用は見事だ」


アオリは驚いた。「気づいていたんですか?」


「ああ。我々は情報の専門家だ。君のポスターが民衆の間で議論を呼び起こしていることも把握している」


「では、なぜ止めなかったのですか?」


「それが我々の目的と一致していたからだ」セバスチャンは真剣な表情で言った。「アオリ、君は特別な才能を持っている。『心理戦略』を使って民衆の意識を変える力だ。我々はその力を借りたいと思っている」


アオリは緊張した。「どういうことですか?」


「王国の真実を民衆に伝えるために、君の力を貸してほしい」


テーブルの上に、一枚の古い羊皮紙が広げられた。それは王国の地図だったが、通常の地図とは異なり、各地域に特殊な印が付けられていた。


「これは『真実の地図』だ」セバスチャンは説明した。「王国の実態を示している。例えば、この南部鉱山地帯。公式には『王国の繁栄を支える重要な産業地域』とされているが、実際は労働者が奴隷のように扱われ、利益のほとんどは王族と一部の貴族が独占している」


アオリは地図を見つめながら、自分の調査結果と一致することに気づいた。


「北部の穀物不足も、実は単なる天候不順が原因ではない」マリアが言った。「王国の税制が農民から過剰に搾取し、十分な種子や農具を購入できないことが根本原因だ」


次々と明かされる真実に、アオリは言葉を失った。彼の心の中で、前世での自分の行動が思い起こされた。「炎上の帝王」として、真実を歪めて利益を得ていた日々…


「なぜ、私を選んだのですか?」アオリは尋ねた。「私は情報省の人間です。王国に忠誠を誓っています」


「君の目を見れば分かる」セバスチャンは静かに言った。「君は真実を求めている。そして、君には特別な才能がある。『心理戦略』を使って、民衆に真実を伝える力だ」


アオリは深く考え込んだ。確かに、彼は王国の情報操作に疑問を持ち始めていた。そして、彼の「心理戦略」は、真実を伝えるためにも使えるはずだ。


「もし協力するとして…具体的に何をすればいいのですか?」


セバスチャンは満足げに微笑んだ。「まず、君の『王国イメージ向上キャンペーン』を続けてほしい。だが、その中に真実の種をさらに多く蒔いてほしい」


「それだけですか?」


「いいや」レイモンドが口を挟んだ。「我々は『真実の書』を作成している。王国の実態を記録した書物だ。これを民衆に広めたいが、単に配布するだけでは効果が薄い。君の『心理戦略』で、民衆がこの書物を受け入れやすくなる土壌を作ってほしい」


アオリは「アンカリング効果」を思い出した。人は最初に接した情報を基準にして判断する傾向がある。もし民衆が先に王国の問題に気づいていれば、「真実の書」の内容も受け入れやすくなるだろう。


「わかりました」アオリは決意を固めた。「協力します」


セバスチャンは満足げに頷いた。「ありがとう。だが、これは危険な仕事だ。情報省は『公式の真実』を守ることに厳格だ。特に大臣のロドリゴは…」


「すでに警告を受けました」アオリは言った。「私のキャンペーンが『予期せぬ効果』を生んでいると」


「注意が必要だ」セバスチャンは真剣な表情で言った。「我々の活動が露見すれば、最悪の場合、反逆罪に問われる可能性もある」


アオリは緊張したが、決意は揺るがなかった。「覚悟はできています」


「では、具体的な計画を立てよう」


彼らは深夜まで話し合い、王国の真実を民衆に伝えるための戦略を練った。アオリの「心理戦略」は、その中心的な役割を担うことになった。


会合が終わり、アオリが地上に戻ろうとしたとき、マリアが彼を呼び止めた。


「アオリさん、一つ質問があります」


「何でしょうか?」


「なぜ、危険を冒してまで協力してくれるのですか?あなたは王国で高い地位を得ています。このまま従っていれば、さらに出世することもできるはずです」


アオリは少し考えてから、正直に答えた。


「前世…いえ、以前の私は、真実より利益を優先する人間でした。人々を欺いて成功を収めていました。でも、今は違う生き方をしたいんです」


「前世?」マリアは不思議そうな表情をした。


「いえ、何でもありません」アオリは苦笑した。「ただ、母のためにも、正しいことをしたいんです。彼女は貧しくても、いつも正直に生きることを教えてくれました」


マリアは優しく微笑んだ。「あなたのような人が情報省にいることは、私たちにとって大きな希望です」


アオリは頷き、夜の街へと戻っていった。彼の心には新たな決意が芽生えていた。


## 2


翌朝、アオリは通常通り情報省に出勤した。表面上は何も変わっていないように振る舞いながらも、内心では昨夜の会合の余韻が残っていた。


「おはよう、アオリ」ヴィクターが声をかけた。「今日は大臣が君のキャンペーン報告を聞きたいと言っている。午後2時に大臣室へ」


「承知しました」


アオリは自分のオフィスに戻り、報告の準備を始めた。「王国イメージ向上キャンペーン」は表面上は順調に進んでいたが、彼の「真実の種」が民衆の間で議論を呼び起こしていることも事実だった。


「どう説明すべきだろう…」


彼は「フレーミング効果」を使って、この状況を肯定的に説明する方法を考えた。問題は「議論」ではなく「関心の高まり」としてフレーミングすれば、大臣も受け入れやすくなるだろう。


午後2時、アオリは大臣室を訪れた。ロドリゴ大臣は豪華な机の前に座り、厳しい表情でアオリを見つめていた。


「アオリ君、座りなさい」ロドリゴは命じた。「キャンペーンの進捗を報告してくれ」


アオリは準備した資料を広げ、冷静に説明を始めた。


「キャンペーンは予定通り進行しています。街中のポスターや吟遊詩人の歌により、王国のイメージは着実に向上しています」


「具体的な数字は?」


「民間調査によると、王国への満足度は3ヶ月前と比べて15%上昇しています。特に、『王国の繁栄を支える民の力』というメッセージが効果的でした」


ロドリゴは頷いたが、すぐに本題に入った。


「だが、同時に不適切な議論も増えているようだな。南部鉱山の労働条件や、北部の穀物不足の原因について、民衆が口にするようになっている」


アオリは「フレーミング効果」を使って説明した。


「それは『関心の高まり』と捉えることもできます。民衆が王国の課題に関心を持つことで、将来の改革への理解も深まります。これは『アンカリング効果』の応用です」


「アンカリング効果?」


「はい。人は最初に接した情報を基準にして判断する傾向があります。現在の課題を認識させることで、将来の改革策をより効果的に受け入れさせることができるのです」


ロドリゴは少し考え込んだ。「理論的には理解できる。だが、民衆が深く考えすぎることは危険だ。特に、王族や貴族の特権に関わる問題はな」


「もちろん、慎重に進めています」アオリは平静を装った。「民衆の関心を適切な方向に導くことが私の役割です」


「そうだな」ロドリゴは少し和らいだ表情になった。「君の『心理戦略』は確かに効果的だ。だが、今後はより慎重に進めてほしい」


「承知しました」


「それから、来週、ガリア王国の使節団が訪問する。彼らとの関係改善も君のキャンペーンの重要な目的だ。準備を進めてくれ」


「ガリア王国の使節団ですか?」


「ああ。長年の緊張関係を解消するための重要な機会だ。使節団の歓迎式典と、その後の交渉を成功させるための『心理戦略』を考えてほしい」


アオリは頷いた。「最善を尽くします」


会議が終わり、アオリが自分のオフィスに戻ると、エリカが待っていた。


「どうでしたか?」彼女は心配そうに尋ねた。


「なんとか切り抜けた」アオリはため息をついた。「だが、監視は厳しくなるだろう」


「気をつけてください」エリカは小声で言った。「大臣の側近たちが、あなたの行動を調査しているという噂があります」


アオリは緊張したが、冷静さを保った。「ありがとう、エリカ。注意するよ」


その日の夕方、アオリは商人ギルドを訪れた。定期的な助言の時間だったが、今日は別の目的もあった。「真実の守護者」のメンバーであるトーマスと接触するためだ。


「やあ、アオリ」マルコが笑顔で迎えた。「今日はどんな助言をしてくれるんだ?」


「最近の市場動向について話そうと思います」アオリは微笑んだ。「特に、ガリア王国との貿易の可能性について」


「タイムリーな話題だな」マルコは頷いた。「来週、ガリアの使節団が訪問すると聞いている」


アオリはギルドメンバーたちに、ガリアとの貿易拡大の可能性と、そのための戦略について話した。彼は「ハロー効果」を利用して、ガリア製品の良いイメージを広める方法を提案した。


「ガリア製の織物は高品質です。まず、その評判を広めることで、他のガリア製品にも良いイメージが波及するでしょう」


会議が終わった後、アオリはトーマスと二人きりになる機会を作った。


「昨夜の話の続きだが」トーマスは小声で言った。「ガリアの使節団の件は重要だ。実は、ガリアとの緊張関係の裏には、王族の秘密の利権が絡んでいる」


「どういうことですか?」


「国境地帯には豊かな鉱脈がある。表向きは領土問題だが、実際は鉱山の利権を巡る争いだ。王族はこの事実を隠し、『ガリアの脅威』を強調することで、軍事予算を増やし、その一部を着服している」


アオリは驚いた。「そんな…」


「『真実の書』にはそのことも記されている」トーマスは続けた。「使節団の訪問は、この問題を解決するチャンスかもしれない。だが、王族は本気で関係改善を望んでいないだろう」


「私に何ができますか?」


「君の『心理戦略』で、民衆にガリアとの友好関係の重要性を理解させてほしい。そうすれば、王族も表向きは関係改善に努めざるを得なくなる」


アオリは頷いた。「『バンドワゴン効果』を利用できますね。『多くの人がガリアとの友好を望んでいる』という印象を作り出せば、それが実際の世論になっていく」


「その通りだ」トーマスは満足げに微笑んだ。「さすがは『心理の魔術師』だ」


二人は別れ、アオリは自分の宿へと戻った。彼の頭の中では、ガリア使節団の訪問をどう活用するか、アイデアが次々と浮かんでいた。


翌日、アオリはガリア使節団歓迎のための「心理戦略」を練り始めた。表向きは王国の指示に従いながらも、裏では「真実の守護者」の目的に沿った計画を立てた。


「ガリア王国との友好関係促進キャンペーン」と題された企画書が完成した。その中には、「フレーミング効果」「ハロー効果」「バンドワゴン効果」など、様々な「心理戦略」が盛り込まれていた。


「素晴らしい企画だ」ヴィクターは企画書を読んで感心した。「特に『共通の繁栄』というフレーミングは秀逸だ」


「ありがとうございます」アオリは謙虚に答えた。


企画は直ちに実行に移された。街中にガリアとの友好を象徴するポスターが貼られ、ガリア文化を紹介するイベントが計画された。アオリは「ハロー効果」を利用して、ガリアの文化的側面(音楽、料理、芸術)の良いイメージを強調し、それが政治的関係にも波及するよう工夫した。


また、「バンドワゴン効果」を利用するため、「多くの市民がガリアとの友好を望んでいる」という情報を広めた。人は多数派に従う傾向があるため、この情報が実際の世論形成に影響を与えることを期待した。


キャンペーンは予想以上の効果を上げ、民衆の間でガリアに対する好意的な見方が広がり始めた。


「アオリ、見事だ」ヴィクターは報告書を見ながら言った。「民衆の反応は非常に良い。国王陛下も満足されている」


アオリは微笑んだが、内心では複雑な思いがあった。彼の「心理戦略」は確かに効果的だったが、それは単なる表面的な友好ムードを作り出すだけでなく、真の関係改善のための土壌を作ることを目指していた。


使節団到着の前日、アオリは「真実の守護者」との秘密会合に参加した。今回は「銀の鈴亭」ではなく、マリアの自宅の地下室で行われた。


「キャンペーンは順調だ」セバスチャンは満足げに言った。「民衆の間でガリアへの好意的な見方が広がっている」


「だが、本当の課題はこれからだ」レイモンドが言った。「使節団との交渉で、王族は表面的な友好を装いながらも、実質的な譲歩はしないだろう」


「我々にできることは?」アオリは尋ねた。


「情報だ」トーマスが答えた。「私はガリアの商人たちと接触がある。彼らによれば、ガリア側も真の関係改善を望んでいるという。特に、国境地帯の共同開発に興味があるようだ」


「それは重要な情報だ」セバスチャンは頷いた。「アオリ、君は使節団歓迎式典に参加するだろう?」


「はい、情報省の代表として」


「できれば、ガリアの使節と直接話す機会を作ってほしい。彼らに、民衆が真の関係改善を望んでいることを伝えてほしい」


アオリは考え込んだ。「難しいかもしれませんが、試してみます」


会合が終わり、アオリが帰ろうとしたとき、セバスチャンが彼を呼び止めた。


「アオリ、一つ警告がある」


「何でしょうか?」


「大臣のロドリゴが君を調査している。君の過去、特に商人街での活動について詳しく調べているようだ」


アオリは緊張した。「なぜですか?」


「おそらく、君の『心理戦略』の真の意図に疑いを持ち始めているのだろう。注意が必要だ」


「わかりました。気をつけます」


アオリは夜の街を歩きながら、明日の使節団歓迎式典のことを考えていた。それは単なる外交行事ではなく、王国の未来を変える可能性を秘めた重要な機会だった。


「母さん…私は正しいことをしているのでしょうか?」


彼の心の中で、答えは明確になりつつあった。


## 3


ガリア王国使節団の到着日、王都は祝祭ムードに包まれていた。アオリの「心理戦略」は効果を発揮し、街中がガリアの国旗と王国の国旗で彩られ、多くの市民が歓迎の準備に参加していた。


「素晴らしい光景だ」ヴィクターはアオリに言った。「君のキャンペーンのおかげで、民衆のガリアへの見方が大きく変わった」


アオリは微笑んだ。「『フレーミング効果』の力です。同じ事実でも、どう伝えるかで人々の受け止め方は大きく変わります」


正午、ガリア使節団が王都の門に到着した。先頭には使節団長のアンリ・デュポン伯爵の豪華な馬車があり、その後に随員たちが続いていた。


市民たちは沿道に集まり、歓声を上げた。アオリはその様子を見て、「バンドワゴン効果」が予想以上に働いていることを実感した。当初は単なる好奇心だった市民の関心が、今や本物の歓迎ムードに変わっていた。


使節団は王宮へと向かい、そこで正式な歓迎式典が行われることになっていた。アオリも情報省の代表として式典に参加するため、王宮へと急いだ。


王宮の大広間は豪華に装飾され、王族、貴族、高官たちが集まっていた。アオリは情報省の席に着き、式典の開始を待った。


「緊張しているようだな」隣に座ったセバスチャンが小声で言った。


「はい、少し」アオリは正直に答えた。


「機会があれば、デュポン伯爵に近づいてみるといい。彼は開明的な人物だと聞いている」


アオリは頷いたが、それは容易なことではないだろうと思った。


式典が始まり、レオン4世が玉座に着くと、ガリア使節団が入場した。先頭を歩くアンリ・デュポン伯爵は50代半ばの威厳ある男性で、洗練された雰囲気を持っていた。


「メディアクラティア王国へようこそ」レオン4世は歓迎の言葉を述べた。「長年の緊張関係を解消し、新たな友好の時代を築くために、共に努力しましょう」


デュポン伯爵も丁寧に応じた。「温かい歓迎に感謝します。ガリア王国も真の友好関係を望んでいます」


形式的な挨拶の後、宮廷楽団の演奏が始まり、参加者たちは歓談を始めた。アオリは機会を窺い、デュポン伯爵に近づこうとしたが、常に王族や高官たちが取り囲んでいて難しかった。


「難しそうだな」セバスチャンが再び小声で言った。「だが、あきらめるな。後で晩餐会がある。そこでチャンスがあるかもしれない」


アオリは頷いた。彼は式典の間、注意深く周囲の会話を聞いていた。王族や高官たちの言葉は表面上は友好的だったが、具体的な関係改善策についての言及は少なかった。


式典の後、参加者たちは晩餐会場へと移動した。豪華な料理が並び、洗練された音楽が流れる中、人々は小グループに分かれて会話を楽しんでいた。


アオリは慎重に動き、デュポン伯爵に近づく機会を探した。幸運なことに、伯爵が一時的に側近たちから離れ、窓際で一人たたずむ瞬間があった。


「失礼します、デュポン伯爵」アオリは丁寧に声をかけた。「情報省特別広報戦略官のアオリと申します」


「ああ、噂の『心理戦略』の専門家か」デュポン伯爵は微笑んだ。「君のキャンペーンは見事だ。街中がガリアの国旗で彩られているのには驚いたよ」


「ありがとうございます」アオリは謙虚に答えた。「実は、民衆は真の関係改善を望んでいます。特に、国境地帯の平和と繁栄を」


デュポン伯爵は興味深そうに眉を上げた。「そうか。それは心強い」


アオリは勇気を出して続けた。「伯爵閣下、民衆の声が必ずしも公式見解に反映されていないことをご理解いただければと思います」


デュポン伯爵は周囲を確認してから、小声で答えた。「わかっている。我々の国でも同じだ。政治家たちの思惑と民衆の願いは必ずしも一致しない」


「国境地帯の共同開発について、ガリア側はどのようにお考えですか?」アオリは核心に触れた。


「興味深い提案だ」デュポン伯爵は慎重に言った。「実は、私もそれを提案するつもりでいる。だが、君の王族がどう反応するかは…」


彼らの会話は、ロドリゴ大臣の接近によって中断された。


「アオリ君、ここにいたのか」ロドリゴは笑顔を作りながらも、鋭い目でアオリを見た。「デュポン伯爵に我々のキャンペーンについて説明しているところかな?」


「はい、大臣」アオリは平静を装った。「伯爵閣下に民衆の歓迎ムードについてお伝えしていました」


「そうか」ロドリゴはデュポン伯爵に向き直った。「伯爵閣下、明日から始まる交渉が実りあるものになることを願っています」


「私もそう願っています」デュポン伯爵は丁寧に答えた。


ロドリゴはアオリの肩に手を置いた。「アオリ君、ちょっと話があるんだ。付いてきてくれるかな?」


アオリはデュポン伯爵に礼を述べ、ロドリゴについていった。彼らは人気のない廊下に出た。


「何を話していた?」ロドリゴの表情が一変し、厳しい目でアオリを見つめた。


「民衆の歓迎ムードについてです」アオリは冷静に答えた。「キャンペーンの成果を伝えていました」


「本当か?」ロドリゴは疑わしげな表情をした。「最近の君の行動には疑問を感じている。特に、『王国イメージ向上キャンペーン』の真の意図についてな」


アオリは緊張したが、表情には出さなかった。「どういう意味でしょうか?」


「君は表向きは王国のイメージを高めながら、実際には民衆に不適切な考えを植え付けているのではないか?」


「そんなことはありません」アオリは否定した。「私は『心理戦略』を使って、民衆の意識を王国にとって望ましい方向に導いているだけです」


ロドリゴは長い間アオリを見つめた後、ため息をついた。


「信じたいところだが…」彼は言った。「君の過去についても調査している。商人街での活動、特にマルコという商人との関係についてな」


アオリは内心で焦ったが、冷静さを保った。「マルコさんは商人ギルドの重要人物です。私は週に一度、ギルドで助言をしています。それは情報省も承知のことです」


「そうだな」ロドリゴは少し和らいだ表情になった。「だが、今後は君の活動をより注意深く見守らせてもらう。特に、ガリア使節団との接触についてはな」


「承知しました」


ロドリゴは去り、アオリは深いため息をついた。状況は彼が思っていたよりも危険だった。ロドリゴは明らかに彼を疑っており、監視を強化するつもりだった。


晩餐会に戻ると、セバスチャンが心配そうな表情でアオリに近づいてきた。


「大丈夫か?」彼は小声で尋ねた。


「ロドリゴが私を疑っています」アオリは同じく小声で答えた。「私の過去について調査しているようです」


「予想通りだ」セバスチャンは顔をしかめた。「今後は一層注意が必要だ。特に、『真実の守護者』との接触については」


アオリは頷いた。「デュポン伯爵とは少し話せました。彼も国境地帯の共同開発に興味があるようです」


「それは良いニュースだ」セバスチャンは少し明るい表情になった。「明日から始まる交渉が鍵だ。我々にできることは限られているが…」


彼らの会話は、再び人々が近づいてきたため中断された。


晩餐会が終わり、アオリは自分の宿へと戻った。彼の心は複雑な思いで満ちていた。一方では、デュポン伯爵との会話で希望を感じたが、他方では、ロドリゴの監視強化という危険も迫っていた。


「どうすべきだろう…」


彼は窓から夜空を見上げながら考え込んだ。「真実の守護者」との活動を続ければ、自分の立場が危うくなる可能性が高い。しかし、今やめれば、王国の真実を民衆に伝える貴重な機会を失うことになる。


「母さん…私は正しい道を選んでいるのでしょうか?」


彼の心の中で、答えは明確だった。たとえ危険があっても、真実を伝えることが彼の使命だと感じていた。


翌日から、ガリア使節団との正式な交渉が始まった。アオリは直接交渉に参加する立場ではなかったが、情報省の一員として交渉の進展を報告する役割を担っていた。


交渉は表面上は友好的に進んでいたが、実質的な進展は乏しかった。特に、国境地帯の共同開発という核心的な問題については、王国側が消極的な姿勢を示していた。


「予想通りだ」セバスチャンはアオリに小声で言った。「王族は表面的な友好を装いながら、実質的な譲歩はしない」


「でも、民衆は真の関係改善を望んでいます」アオリは言った。「私のキャンペーンで、その声は大きくなっています」


「それが我々の希望だ」セバスチャンは頷いた。「民衆の声が大きくなれば、王族も無視できなくなる」


交渉が3日目を迎えた頃、アオリは「真実の守護者」から重要な情報を受け取った。レイモンドによれば、王族は交渉を形式的なものに留め、実質的な合意には至らせない方針だという。


「これは許せない」アオリは憤りを感じた。「民衆は真の平和を望んでいるのに」


彼は大胆な決断を下した。「王国イメージ向上キャンペーン」の一環として、「ガリアとの友好関係の重要性」を強調するポスターを新たに作成し、街中に貼り出したのだ。


特に効果的だったのは、「プロスペクト理論」を応用したポスターだった。「ガリアとの関係改善で得られる利益」よりも、「関係改善が失敗した場合の損失」を強調することで、人々の危機感を高めた。


「このままでは貿易が停滞し、物価が上昇する」「国境地帯の緊張が続けば、若者たちが再び戦場へ」といったメッセージは、人々の心に強く響いた。


また、「バンドワゴン効果」を利用して、「多くの市民がガリアとの真の友好を望んでいる」という情報を広め、それが実際の世論形成に影響を与えるよう工夫した。


アオリの戦略は効果を発揮し、街中でガリアとの関係改善を求める声が高まり始めた。商人たちは特に熱心で、ガリアとの貿易拡大による経済効果を期待していた。


「アオリ、何をしているんだ?」ヴィクターが心配そうに尋ねた。「新しいポスターは大臣の承認を得ていないぞ」


「申し訳ありません」アオリは謝罪した。「民衆の声を反映させることが重要だと思いました」


「君の熱意はわかるが、手順を守ってくれ」ヴィクターは厳しく言った。「大臣が激怒している」


予想通り、アオリはロドリゴ大臣に呼び出された。


「説明してもらおうか」ロドリゴは怒りを抑えた声で言った。「なぜ私の承認なしに新しいポスターを出したのだ?」


「申し訳ありません」アオリは平静を装った。「交渉の進展が遅いことを懸念し、民衆の声を反映させることが重要だと判断しました」


「民衆の声?」ロドリゴは眉をひそめた。「民衆に外交政策を決める資格はない。それは王族と政府の役割だ」


「しかし、民主主義の原則からすれば…」


「民主主義?」ロドリゴは声を荒げた。「我々は君主制の国だ。最終決定権は国王陛下にある」


アオリは黙ったが、内心では反論したい思いでいっぱいだった。


「アオリ君」ロドリゴは少し落ち着いた声で続けた。「君の才能は認めている。だが、君は越権行為を繰り返している。今回は厳重注意に留めるが、次はないと思え」


「承知しました」アオリは頭を下げた。


「それから、当面の間、君の活動は制限する。新しいキャンペーン材料は全て私の承認を得ること。また、ガリア使節団との接触も禁止する」


アオリは驚いたが、反論はできなかった。「わかりました」


オフィスに戻ると、エリカが心配そうに待っていた。


「大丈夫ですか?」彼女は小声で尋ねた。


「なんとか」アオリはため息をついた。「だが、活動が制限された。新しいキャンペーン材料は全てロドリゴの承認が必要だ」


「それは厳しいですね」エリカは顔をしかめた。「でも、街の反応は素晴らしいですよ。多くの人がガリアとの真の友好を望んでいます」


アオリは少し微笑んだ。彼の「心理戦略」は効果を発揮していた。民衆の声が大きくなれば、王族も無視できなくなるだろう。


その夜、アオリは「真実の守護者」との緊急会合に参加した。今回は更に警戒を強め、王都郊外の廃屋で行われた。


「状況は厳しくなっている」セバスチャンは言った。「ロドリゴがアオリの活動を制限した」


「だが、民衆の声は大きくなっている」マリアが言った。「アオリのポスターは効果を発揮している」


「問題は交渉だ」レイモンドが言った。「王族は表面的な友好協定だけで終わらせようとしている。国境地帯の共同開発については議論すらしていない」


「デュポン伯爵はどう思っているのだろう?」アオリは尋ねた。


「彼は失望しているようだ」トーマスが答えた。「ガリア側は真の関係改善を望んでいたのに、我が国の消極的な姿勢に疑問を持っている」


「何か方法はないのか?」アオリは焦りを感じた。


セバスチャンは深く考え込んだ後、重大な提案をした。


「『真実の書』を公開する時が来たのかもしれない」


全員が驚いた表情をした。


「今なのか?」マリアは不安そうに言った。「それは最後の手段のはずだった」


「状況は切迫している」セバスチャンは真剣な表情で言った。「交渉は明日で終わる。このままでは、真の関係改善の機会を失う」


「どうやって公開するのですか?」アオリは尋ねた。


「それが問題だ」セバスチャンは言った。「通常の方法では、すぐに情報省に押収されてしまう」


アオリは「心理戦略」の知識を総動員して考えた。どうすれば、短時間で多くの人に情報を広められるだろうか?


突然、彼はアイデアを思いついた。


「祝祭を利用しましょう」


「祝祭?」


「明日、交渉の最終日に合わせて、ガリア・メディアクラティア友好祭が開催されます。多くの市民が参加する予定です」


「そして?」


「祭りの最中に、『真実の書』の内容を要約したビラを配布するのです。人々が集まっている場所で一斉に配れば、情報省が全てを押収する前に、多くの人に情報が広まります」


「危険すぎる」マリアは心配そうに言った。「配布者はすぐに捕まるだろう」


「私が責任を持ちます」アオリは決意を固めた。「私の『心理戦略』で、最も効果的な配布方法を考えます」


セバスチャンは長い沈黙の後、頷いた。「わかった。だが、君自身は直接関わるな。君が捕まれば、全てが終わる」


アオリは反論したかったが、セバスチャンの言葉に理があることを認めざるを得なかった。


「承知しました」


彼らは深夜まで計画を練り、翌日の行動を決めた。アオリは「心理戦略」の知識を活かし、最も効果的なビラのデザインと配布方法を提案した。


会合が終わり、アオリが自分の宿へと戻る途中、彼は空を見上げた。明日は彼の人生で最も重要な日になるかもしれない。


「母さん…私は正しいことをしているのでしょうか?」


彼の心の中で、答えは明確だった。真実を伝えることこそが、彼の使命だと感じていた。


## 4


友好祭の朝、王都は祝祭ムードに包まれていた。街中がガリアとメディアクラティアの国旗で彩られ、音楽や踊りが至る所で行われていた。


アオリは早朝から現場を巡回し、「真実の守護者」のメンバーたちと最終確認を行った。彼らは一般市民を装い、祭りの参加者に紛れていた。


「準備は整っている」セバスチャンが小声で言った。「正午、中央広場の時計台が鐘を鳴らしたら、一斉に配布を開始する」


アオリは頷いた。彼自身は直接ビラを配布しないが、全体の調整役として重要な役割を担っていた。


「気をつけて」アオリは言った。「情報省の監視の目が光っている」


実際、祭りの会場には多くの情報省の職員が配置されていた。彼らは表向きは警備の役割を担っていたが、実際は民衆の動向を監視していた。


アオリは情報省の代表として公式に祭りに参加していたため、自由に動くことができた。彼は「真実の守護者」のメンバーたちに最新情報を伝えながら、同時に情報省の動きも観察していた。


「アオリ君、楽しんでいるか?」


振り返ると、ロドリゴ大臣が立っていた。彼は笑顔を浮かべていたが、その目は鋭く、アオリの一挙手一投足を観察しているようだった。


「はい、素晴らしい祭りです」アオリは平静を装った。


「君のキャンペーンの成果だな」ロドリゴは言った。「民衆のガリアへの見方が大きく変わった」


「ありがとうございます」


「だが、交渉の内容までは変えられなかったようだな」ロドリゴは意味深な笑みを浮かべた。「今朝、最終合意文書が作成された。表面的な友好協定だけで、国境地帯の問題には触れていない」


アオリは失望を感じたが、表情には出さなかった。「そうですか…」


「民衆の声より、王族の意向の方が重いということだ」ロドリゴは満足げに言った。「さて、私は他の用事がある。祭りを楽しむといい」


ロドリゴが去った後、アオリは急いでセバスチャンを探した。


「最終合意文書が作成されたそうです」アオリは小声で伝えた。「表面的な友好協定だけで、国境地帯の問題には触れていないとのこと」


「予想通りだ」セバスチャンは顔をしかめた。「だからこそ、今日の行動が重要なんだ」


時間が近づくにつれ、アオリの緊張は高まった。正午の鐘が鳴れば、王国の歴史を変える可能性のある行動が始まる。それは彼の人生をも大きく変えるだろう。


「アオリさん!」


エリカが急いで近づいてきた。彼女の表情は緊張していた。


「どうしたの?」


「大変です」エリカは小声で言った。「情報省が何かを察知したようです。特別警備隊が配置されています」


アオリは驚いた。「どこに?」


「中央広場の周辺です。時計台の近くに特に多くの人員が」


これは予想外の展開だった。情報省が「真実の守護者」の計画を察知したのか?それとも単なる警戒強化なのか?


アオリは急いでセバスチャンを探し、状況を伝えた。


「これは問題だ」セバスチャンは顔をしかめた。「計画を変更する必要がある」


「どうしますか?」


「場所を分散させよう。中央広場だけでなく、祭りの各会場で同時に配布する」


アオリは頷いた。「『バンドワゴン効果』を利用できます。一箇所で配布が始まれば、他の場所でも『皆がやっている』という印象が生まれ、配布しやすくなります」


セバスチャンは満足げに微笑んだ。「さすがは『心理の魔術師』だ」


彼らは急いで計画を変更し、メンバーたちに新しい指示を伝えた。


時間は刻々と過ぎ、ついに正午の鐘が鳴り響いた。


アオリは中央広場から少し離れた場所で、緊張しながら状況を見守っていた。最初は何も起こらなかったが、数分後、祭りの各所で小さな騒ぎが起き始めた。


「真実の書」の内容を要約したビラが、祭りの参加者たちに配布されていたのだ。


ビラには、王国の秘密—南部鉱山の労働者搾取、北部の穀物不足の真の原因、ガリアとの緊張関係の裏にある王族の利権—が簡潔に記されていた。


アオリの「心理戦略」は効果を発揮していた。ビラのデザインは「フレーミング効果」を利用し、情報を「民衆の権利」という観点からフレーミングしていた。また、「プロスペクト理論」を応用して、「知らないことによる損失」を強調していた。


人々はビラを受け取ると、驚きの表情を浮かべながらも、熱心に読み始めた。そして、その内容を周囲の人々と議論し始めた。


情報省の職員たちは急いでビラを没収しようとしたが、あまりにも多くの場所で同時に配布されていたため、全てを押収することは不可能だった。


「アオリさん!」


エリカが再び急いで近づいてきた。


「どうした?」


「大変です!ロドリゴ大臣が激怒しています。特別警備隊に全てのビラを没収し、配布者を逮捕するよう命じました」


アオリは緊張したが、冷静さを保った。「配布者は捕まっていないか?」


「何人かは捕まったようです。でも、多くは逃げ切ったと思います」


アオリはため息をついた。少なくとも、計画は部分的に成功していた。ビラの内容は多くの人々に伝わり、議論を呼び起こしていた。


しかし、状況は彼が思っていたよりも危険だった。情報省は徹底的な捜査を開始し、「真実の守護者」のメンバーを追跡し始めていた。


アオリは「真実の守護者」のメンバーたちに警告を伝えるため、祭りの会場を巡回した。彼自身は情報省の職員として公式に祭りに参加していたため、疑われることなく動くことができた。


しかし、彼の行動はロドリゴの目を逃れることはできなかった。


「アオリ君、こんな所にいたのか」


振り返ると、ロドリゴが数人の警備隊員を伴って立っていた。彼の表情は厳しく、目は怒りに燃えていた。


「大臣」アオリは平静を装った。「何かありましたか?」


「君は知らないのか?」ロドリゴは皮肉な口調で言った。「王国の秘密を暴露するビラが配布されているんだ。情報省として、これは重大な問題だ」


「そうですか…」アオリは驚いたふりをした。「どんな内容ですか?」


「見てみるか?」ロドリゴはポケットからビラを取り出した。「興味深い内容だ。特に、王族の秘密の利権についての部分はな」


アオリは緊張したが、冷静に対応した。「確かに重大な問題です。配布者は捕まりましたか?」


「何人かは」ロドリゴは言った。「だが、まだ多くが逃げている。そして、彼らの背後にいる黒幕も」


ロドリゴはアオリをじっと見つめた。その目は疑惑と怒りに満ちていた。


「君は何も知らないのか?」


「いいえ、全く」アオリは断固として否定した。


ロドリゴは長い間アオリを見つめた後、ため息をついた。


「わかった。だが、この件の調査は徹底的に行う。情報省の全職員が協力することになるだろう」


「もちろんです」アオリは頷いた。「私も全力で協力します」


ロドリゴは去り、アオリは深いため息をついた。状況は彼が思っていたよりも危険だった。ロドリゴは明らかに彼を疑っており、証拠を探しているようだった。


祭りは予定通り続いたが、その雰囲気は変わっていた。人々の間では「真実の書」の内容について小声の議論が広がり、情報省の職員たちは神経質に周囲を監視していた。


アオリは慎重に行動しながら、できる限り多くの「真実の守護者」のメンバーに警告を伝えた。彼らの多くは既に安全な場所に避難していたが、何人かは行方不明だった。


夕方、祭りが終わりに近づいた頃、アオリはセバスチャンと密かに会う機会を得た。


「状況はどうだ?」セバスチャンは小声で尋ねた。


「厳しいです」アオリは答えた。「情報省が徹底的な捜査を開始しています。ロドリゴは私を疑っているようです」


「予想通りだ」セバスチャンは顔をしかめた。「だが、計画は成功した。ビラの内容は多くの人々に伝わり、議論を呼び起こしている」


「捕まった仲間たちは?」


「何人かは投獄されたが、彼らは『真実の守護者』の存在を知らない末端のメンバーだ。中核メンバーは全員無事だ」


アオリは安堵したが、同時に捕まった仲間たちのことが気がかりだった。


「今後どうしますか?」


「しばらくは潜伏する」セバスチャンは言った。「情報省の捜査が一段落するまでは、活動を控える必要がある」


アオリは頷いた。「私はどうすればいいですか?」


「君は通常通り情報省で働き続けるべきだ」セバスチャンは真剣な表情で言った。「君の立場は我々にとって貴重だ。だが、一層注意が必要だ」


アオリは複雑な思いを抱えながらも、頷いた。彼は「真実の守護者」の活動に深く関わってしまった。もはや後戻りはできない。


祭りが終わり、アオリは自分の宿へと戻った。彼の心は不安と決意が入り混じった複雑な思いで満ちていた。


「母さん…私は正しいことをしているのでしょうか?」


彼の心の中で、答えは明確だった。たとえ危険があっても、真実を伝えることが彼の使命だと感じていた。


翌日、王都は異様な緊張感に包まれていた。街中で「真実の書」の内容について小声の議論が広がり、情報省の職員たちは神経質に周囲を監視していた。


アオリは通常通り情報省に出勤したが、オフィスの雰囲気も変わっていた。同僚たちは神経質になり、互いを疑い始めていた。


「アオリさん、大丈夫ですか?」エリカが小声で尋ねた。


「ああ、なんとか」アオリは微笑んだ。


「昨日のビラのことで、省内が大騒ぎです。特別調査チームが結成されたそうです」


「そうか…」


彼らの会話は、ヴィクターの登場によって中断された。


「アオリ、大臣が君を呼んでいる」


アオリは緊張したが、冷静さを保った。「わかりました」


大臣室に入ると、ロドリゴだけでなく、数人の高官も同席していた。彼らの表情は厳しく、部屋の雰囲気は重苦しかった。


「アオリ君」ロドリゴは冷たい声で言った。「昨日の事件について、君の見解を聞かせてほしい」


「非常に遺憾な事態だと思います」アオリは慎重に答えた。「王国の秘密を暴露するビラが配布されたことは、情報省として重大な問題です」


「そうだな」ロドリゴは頷いた。「では、なぜこのようなことが起きたと思う?」


「反体制派の活動でしょうか」アオリは平静を装った。「王国の評判を貶めようとする勢力が…」


「興味深い見解だ」ロドリゴは言葉を遮った。「だが、私は別の見方をしている」


彼はデスクの引き出しから一枚の紙を取り出した。


「これは何か分かるか?」


アオリは紙を見て、血の気が引いた。それは彼が「真実の守護者」のために作成したビラのデザイン案だった。


「見覚えはありません」アオリは冷静に答えた。


「そうか」ロドリゴは意味深な笑みを浮かべた。「これは君のオフィスで見つかったものだ。君の筆跡に似ているが」


アオリは動揺したが、表情には出さなかった。彼はそのようなメモを残した覚えはなかった。これは罠か、それとも単なる偶然の一致なのか?


「私のものではありません」アオリは断固として否定した。「私は王国に忠誠を誓っています」


ロドリゴは長い間アオリを見つめた後、ため息をついた。


「君を信じたいところだが…」彼は言った。「証拠が次々と出てきている。君と『真実の守護者』と呼ばれる反体制組織との接触も確認されている」


アオリは驚いた。彼らの活動が露見していたのか?


「私は反体制組織など知りません」


「本当に?」ロドリゴは冷笑した。「では、なぜ君は定期的に『銀の鈴亭』の地下室で秘密会合に参加しているのだ?」


アオリは言葉を失った。彼らの会合場所が知られていたとは。


「アオリ・フレイムハート」ロドリゴは厳かな声で言った。「君を反逆罪で逮捕する」


部屋の扉が開き、数人の警備隊員が入ってきた。


アオリは絶望的な状況に陥ったが、最後の抵抗を試みた。


「大臣、私は王国のために働いてきました。『心理戦略』を使って民衆の意識を導いてきました」


「そうだ」ロドリゴは言った。「だが、君は『心理戦略』を使って民衆に不適切な考えを植え付けた。それは許されないことだ」


警備隊員たちがアオリに近づいてきた。彼は逃げる術もなく、ただ運命を受け入れるしかなかった。


「母さん…私は正しいことをしたのでしょうか?」


彼の心の中で、答えは明確だった。たとえ捕まっても、真実を伝えようとしたことを後悔はしていなかった。


アオリは警備隊員たちに連行されながら、最後に窓の外を見た。王都は晴れた空の下、いつもと変わらない日常を送っているように見えた。


しかし、彼は知っていた。「真実の種」は既に蒔かれ、芽を出し始めていることを。そして、その芽は彼がいなくても、やがて大きな木に成長するだろうことを。


「これで終わりではない」アオリは心の中で誓った。「真実は必ず明らかになる」


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