18.青鷺火
~青鷺火~
夜に光るサギ。それだけである。光の色は、白とも青とも黄色や金とも言われる。PCですら光り輝く現代日本においては考えられないことだが、昔の日本では光るだけで妖怪として怖がられたのであろう。
また、『光っている妖怪を切りつけて倒したら鷺だった。死体は持ち帰って食った。』という記録がある。人間に食われた妖怪としての貴重な例である。いや、食われるなよ。
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夜が来るのが早くなった。もうすぐ冬が来る。だから少しだけ、浮かれた気分になる。
もうそろそろ年末商戦が始まってくる頃だし、大学のキャンパスも有志がイルミネーションで飾り始めていて、6限が終わった後なんかはもう点灯してて中々綺麗。見てるとなんとなく、浮かれた気分。
「イルミネーション、去年は無かった奴が出てるね」
「ああ、去年は植え込みが光ってるくらいだったっけ」
友達と一緒に歩きながら、学内のイルミネーションを鑑賞する。
……去年は校門入ってすぐのロータリーの植え込みに電飾が飾られているだけだったのに、今年はクリスマスツリーやトナカイの形のワイヤーアートに電飾が巻かれて、それが光ってる。多分、好評だったから増やしたんじゃない?逆に、植え込みの電飾はまだ無いから、それはこれから設置するのかもね。
「あ、すごい。あれ、木の上にまでイルミネーションあるね。しかも密度高いよあれ」
「密度?……ああ、確かに……」
それに加えて、木の上には鳥の形のイルミネーションがある。LEDの密度がよっぽど高いのか、隙間なく鳥が光ってるみたいに見え……。
……いや、ちょっと待って。
「……あれ、リアル鳥じゃない?」
「えっ」
よく見てみたら、あのイルミネーションの鳥……動いてる。今も、ほら。少し身じろぎした。
「……光る鳥かー、うちの大学、変なのよく出るね」
「あんたの狐ほどじゃないと思うけどねー」
「そう?まあ、あいつは光ってるだけだもんね」
まあ、光ってるだけだから特に気にしない。……私の友達の鞄の中には今日も狐がボールペンのガワの中に入ってるわけだし、それと比べれば、鳥が光ってるくらいはどうってことないし。
……私、この一年くらいで妙なものに慣れちゃった気がする。お姉ちゃんから時々、変なものの報告来るんだよね。バカでかいライチョウとか、ランタンに入る鬼火とか、山彦のフリする犬とか、脚が6本ある犬とか……。それと比べたら光るだけの鳥とか、まあ、大したことないし。
「それにしても、一体何のために光ってるんだろ。あと、どうやって光ってるんだろ」
「さあ……光るバクテリアでも着けてんじゃない?」
「ああ、ウミボタルみたいな?……あ、なんかブラックジャックの中に無かったっけ、光るウイルスに感染する病気の……」
「ごめん、ブラックジャックは読んでないから知らないわ」
「ああ、医療ものはドクターKしか読んでないんだっけ……」
……まあ、そういうわけで鳥はスルーして帰った。女子大生はこれでも忙しいんだ。光る程度の鳥にはかまけてられないの。
翌日。
「今日も光ってるね」
「ね。増えたんじゃない?あそこの青いのとか、昨日は無かったよね」
帰る時、またイルミネーションが増えてた。青色LEDの星がいくつか。有志達も頑張るもんだわ。
「鳥も光ってるね」
「今日も居るの?あれ」
あと、光る鳥も居た。……目的は知らないけど、頑張るもんだわ。
「昨日は白っぽく光ってたけど、今日は青っぽいね」
「ああ……周りのイルミネーションに合わせて光ってるのかもね」
鳥が光る理由も目的も知らないけど、昨日とは確かに色が変わってるかもね。あんまり気にしてなかったから、友達が言わなきゃ気づかなかったかも。
「まあがんばれー」
「がんばれー」
……まあ、鳥が光ってても『だから何?』って言うしかないし。今日もスルーして帰宅。
更に翌日。
「今日は点滅してるね」
「これは去年あった奴だっけ」
今日は植え込みに電飾が増設された。金色っぽい、温かい色の光のやつがゆったり点滅するの。
最近のイルミネーションって白と青が割と多いけれど、私はこの手の暖色系の光のやつが割と好き。
「鳥も点滅してるね」
「いやそれはキモいわ」
……そして鳥は今日も周囲の電飾に合わせてるのか、金色っぽく光りながらゆったり点滅してた。
いや……その、何?この、なんとも言えないかんじ、何?お前は点滅するなよ、って言ってやりたい気持ちあるけど、まあ、でも鳥の勝手か……。
「頑張ってるね」
「あんま頑張らなくてもいい気がするけどね」
少なくとも、点滅する鳥はなんかさ、違くない?違くないの?私がおかしいよりはあの鳥がおかしいの方が強そうじゃない?
そして更に翌日。
「……鳥がしょげてる!」
「え?あ、ほんとだ」
今日の鳥は光ってない。そして、しょげてる!鳥がしょげてる!あーあ!
「疲れちゃったのかなあ」
「まあ、点滅するのって疲れそうだよね」
なんとなく、イメージだけど。点滅してたら疲れるでしょ。多分。いや、どういう理屈で光ってんのか分からない鳥に対して何がどう疲れるのかなんてわかんないけど。あくまでもイメージ的な、そういうので。
「あー、もしかして今まで光ってたのって、イルミネーションに対抗してたのかな」
「それが、ここに来ていよいよイルミネーションに対抗できなくなってしょげてるのか。成程ね……」
……今日追加されたイルミネーションは、色とりどりの奴。赤に緑に金に青に白に……っていうのが光ってる。まあ、これに対抗するのは無理っぽいよね。
「……元気出しな」
「ね。元気出しなよ。ほら、コーラ一本分けたげるから……」
鳥に元気出せって言うのもなんか馬鹿らしいけど、でもまあ、校門近くの木でずっとしょげられてたら、ねえ。流石に気になるし。
……まあ、うん、適当に元気出したらどっか別の場所行きな、って思うけど。
その週の土曜は彼氏と出かけた。『ゲーミングPC組みたいからパーツ買う!荷物持ち手伝って!』ってことだった。普通、逆では。
まあ男女平等の世の中では女が男の荷物持ちをすることだってある。『じゃあ次に暇な時にコンカフェなるものに行ってみたいから付き合って』っていう条件を飲ませることで荷物持ちを引き受けた。
それで彼氏はマザーボードとかCPUとか、私が名前だけ聞いたことあるけど何のための部品なのかよく分かんないものを買っていった。私はよく分かんないけど、ファンとかこんないくつも要るんだね。1個かと思ってた。PCも大変だ。
で、大荷物抱えてコンカフェなるものに行くのも厳しいよね、ってことで、コンカフェはまた今度、ってことにして、比較的空いた時間に適当なとんかつ屋さんに入ってとんかつ食べることにした。で、とんかつ食べながら、彼氏はパーツ入ってる紙袋をごそごそやって……水筒出してきた。
「ねえ、水筒要る?」
「え、なんで?」
「CPUのおまけに付いてきた。250mlだけど」
最近はPCのパーツのおまけに水筒が付いてくるっぽい。ちょっとかわいいな。まあ、容量かなり小さいし、微妙っちゃ微妙か。
「あと、クズメモリもあるよ。メモリとしては使えないけど」
「クズ……え?何のためのおまけなの、それ。貰って嬉しい人、居るの?」
「えーと、『PCと抱き合わせでOS売るんで安くしてます!尚、PCは部品状態です!』っていう名目で安くOS売るための言い訳として付いてくるゴミ。使い道は無い」
そんなのあるんだ。へー。……これ、使うとしたら何に使うんだろ。えーと、飾りとか……?
「あとは……ファンのおまけについてきたゲーミング仕様のLEDテープ」
……それから出てきたのは、LEDテープだった。LEDが一直線に並んでテープ状になってる奴。
「……これ、光るの?」
「そりゃ、光るだろうね。まあ俺はPCを七色に光らせる意味が分からないから使わん」
「まあそうだよね」
私も意味わかんないもん、あれ。なんでゲーミングPCって無駄に光るんだろうね。謎に光る鳥とかも居るし、何?最近は無駄に光るの流行ってるのかな。
「なのに最近はパーツ1つ1つすら七色に光らせようとするからよくない!このファンも実は、LEDテープとか付けなくても勝手に七色に光るようになっているっぽいんだ……」
「嫌でも光るんだ……」
「まあ、BIOS開いて設定変えれば光らなくできるから、俺はこいつのアイデンティティをさっさと潰すけどな!」
そっか。光りたい鳥が居る一方で、光ることを辞めさせられるPCパーツも居るんだ。なんか諸行無常ってかんじだわ。
……ところでバイオスってなんだろ。まあ設定画面とかそういう奴なんだろうな、多分。
……まあ、ふと、鳥のこと思い出しちゃったから、思いついちゃったわ。
「ねえ、LEDのテープ、使わないなら頂戴」
「え、いいけど。はい」
彼氏は『どうせ使わないし』ってことで、LEDテープ、くれた。はい、ありがと。荷物持ち代金の一部として貰っておこう。
「何に使うの?」
「光る鳥がもっと光りたがってるからプレゼントしてやろうと思って」
「は?」
彼氏に例の光る鳥のこと話したら、めっちゃ受けてた。まあ、笑うよね。なんで光ってんのよってとこで。
で、ついでに『じゃあこれ使いなよ。最近、新しいの買っちゃったからもう使わないし』って、モバイルバッテリーくれた。LEDテープがUSB給電の奴だから、このバッテリー使えばテープを光らせられる、ってわけね。
……ちょっと楽しみだな。
ということで、月曜日。
「鳥!出てこい!」
「鳥!光らせてやるから出てこいオラぁ!」
……友達と一緒に、校門近くの雑木林で叫んでみた。というのも、今日はもう、しょげかえっちゃったらしい鳥が出てこなかったから。
でも、呼びかけてたら、鳥がそっと出てきた。光りたいらしい。健気なことね。
「はい、これ巻きな」
ってことで、出てきた鳥にLEDテープを巻く。ぐるぐる、と。羽とか脚とかの邪魔にはならないように、そこは適宜調整しながら。
「で、これ付けるよ」
「重かったらまた考えよっか。はい」
で、適当にモバイルバッテリーをお腹辺りに固定。鳥にも外せるように、紐で括っただけ。嘴で引っ張ったら外せる蝶結びだから安全安心。
「で、こうすれば……光る!」
セットが終わったから、スイッチ入れる。ぱち。
……途端に、ふわっ、と、鳥が光った。
鳥の白っぽい羽毛に埋もれたLEDは、鳥の羽毛に光を乱反射させて、鳥自体がぼうっと光ってるように見える。
そして、PCパーツのおまけに付いてきたこのLED。やはり……ゲーミング仕様だったわけよ。
「ゲーミング鳥じゃん」
「ゲーミング鳥だねえ」
……こうして、ゆったりぼんやり点滅しながら虹色のグラデに光る鳥が完成した。鳥は満足気だった。よかったじゃん。ね。
それから、キャンパス内のイルミネーションと一緒に光り輝くゲーミング鳥は、毎日誇らしげにしているようになった。七色に光り輝きながらイルミネーションの傍で堂々としてる。
まあ、元気出てよかったね。うん。
……ところで、あいつのモバイルバッテリーってどこで充電してんの?私、特に充電してないし、友達も特に充電してないらしいけど……まあいいか。
……それから、ちょっと後になってから、彼氏には荷物持ち代金をちゃんと請求した。そう。コンカフェ行くやつね。
「成程ね。コンカフェっていうのはコンコン鳴くカフェのことね。勉強になったわ」
「いや、絶対にこれはなんか違うと思うよ、俺……」
行った先のカフェでは狐の店員さんがコンコン鳴きながら経営してたんだけど、まあ、それはまた別の話。




