表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

読み切り短編集『星屑に坐す(6)』〜道化師パルパル・ドゥ・グースカの日常〜

※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。

※注意※下品な下ネタを含みます。




挿絵(By みてみん)




 道化師の朝は早い。誰よりも早くふざけなければならない。

 ただそれだけの自戒が、未だボロ布にうずくまる若者──パルパル・ドゥ・グースカの自認を今日も道化師たらしめている。


 パルパルはまだ東の空が白む前に目を覚ましたが、これは別に前の晩に「明日も早起きするぞ!」とか意気込んでいたわけではなくて、明け方の肌寒さで自然と目が覚めたのだ。今日は王城の裏庭の犬小屋に寝床をとっている彼には造作もなかった。




「おはようパルパル」



「ッ!? 」



 身を起こしかけたパルパルにかけられた声──犬小屋を覗き込む人影があってパルパルは身を固くした。




(誰だ──)




 まさか自分より早起きする者がいて、しかも道化の自分にご挨拶に訪れる者がいるとは思いもよらなかったパルパルは咄嗟のギャグも言えずに布をかぶって寝たふりをしてしまった。




「ッファッファッ……! 」




 人影はケタケタ引き笑いしてどこかへ去って行った。

 パルパルはそれでも動かず、しばらくそうしてさなぎのようにじっとしていると、やがて犬小屋の木組みが軋んで空気が変わるのを感じた。


 犬小屋とはいうが、ここは王城マラドーニャ。その御料犬達の小屋ともなれば、隣の駄獣小屋と遜色ない建屋である。使用人が飯だの洗濯だのと世話をしてくれるし、同衾する犬達13頭もいて楽しい我が家だ。まあ、飯は犬と同じ残飯だったし、衣装も犬の寝具と一緒に洗われてしまったけど。

 



(でも俺の賃貸よりも良い暮らしだよこれは)




 そう、道化師パルパル・ドゥ・グースカは思っている。




「──あっ! いかんいかん」


「!!!!!!!!!!! 」


「おっ、おいお前らぁ! 待て待てぇ! 」




 寝たふりしてるうちに二度寝しそうになっていたパルパルは飛び起きたが、犬達も起きてきてしまってパルパルよりも先にお外へ駆けて行ってしまった。

 パルパルも外へ転びでると、まだ辛うじて日は登っていない青黒い空がある。とは言えもうたった今からふざけないと、犬達の騒ぎで起きてきた使用人とかが先にふざけてしまう可能性がある。それではパルパルは嫌なのだ。 

 ただ単に”誰よりもふざける”──人が見れば無意味か迷惑としか思えない事と分かってはいる、その事のためだけに自分があるというのに、それすら寝坊していては道化師たり得ないではないかと。

 

 パルパルはさっそく庭土に手をついて四つん這いになると駆け回る犬達に混じって自分もやり始めた。身を低く、掌で土を蹴って走り、舌を出して頭を揺らしつつキョロキョロと──だが犬達が喜んで集まってきたのは誤算だった。




「やめっ! 違うよぉぉ! お前達に喜んでもらうんじゃないんだよぉぉぉ!! やーめーろーよぉーーッ! 」




 なんとか犬達を振り切ろうともがくパルパルだが、群がる犬達は執拗にパルパルの道化衣装を咥えて引っ張るのでいつの間にか全裸になっている。




「パルパル! 何やってんだお前! けつぶっ叩くぞ! 」

「頭おかしい」


「キャン! キャン! 」




 朝の水仕事に通りかかった使用人の男女から叱責と軽蔑を浴びたパルパルは哀しく鳴いてお腹を見せたが、2人とも頭を振って足早に去っていった。使用人達は道化よりも早起きだったようだ。

 彼らの顔は引きつっていたし、ぜんぜん笑ってなかったし、おもしろいどころか危険な魔物を見つけた時の雰囲気だったと思う。まだ若いパルパルの体はいたずらに瑞々(みずみず)しいのでギャグにするには生々しすぎたのかもしれない。




(いささか、やりすぎたか────)




 パルパルはそのまま朝焼けの空を見上げると、今日の自分に課した責任を思って、白塗りの顔を眩しそうにしかめた。


 パルパルにしてみれば今の一連の形態模写は一昨日の晩から考えを凝らして練りに練ったおもしろギャグだったのだが、それだけでは無いのだ。とある出来事の風刺を示している。

 それは先日この国から追放された魔法使いマドラ・グリケットの失脚、その背景の働きを暗に揶揄やゆしたもので──


 ともかく、道化どうけるからにはそこのところが肝心で、しかしなかなか人に伝わるものでもない。




(いや、人に伝わらなくたってかまわない)




 と、パルパルはすぐに思い直す。

 ふざける毎日が続けばそれでいい、何も起きなくていいのよ、というのがパルパルの本心だ。”何か”が起きてもらっては困るじゃないの。凡々たる日々であればこそ、気ままにふざけていられるというものである。道化ていると度々訪れる、心がヒヤリとする瞬間。何か大変な事になりそうで何も起こらない、ギリギリのスリル。そんな毎日をただふざけて過ごすだけ。それがパルパルの道化だ。道化の奥義など知ったことか。

 

 

 ──だけど、本当にこの日常がずっと続くだろうかしら?


 ふと脳裏に過ぎる不安は意図しないもので、パルパルは自分で自分に困惑して渋面になっている。

 まあいい。犬達が全身をペロペロするから変な気分になってきたし、唾液が冷えて寒い。このへんにしておこう。ともかく今日の”一番道化”はまず果たせたという事で自分に「ヨシ! 」だ。


 そうして小走りで犬小屋へ戻るパルパルの足取りは軽かったが、白面の唇を尖らせてしまっているのは胸中を誤魔化し切れていない。

 なにしろ、パルパルは忘れているわけではない。道化よりも早起きして道化などに挨拶をしに来た者がいたことを。

 

 あの挨拶が何者かによる”おふざけ”なのだとしたら、パルパルは胸の内が焼けるように悔しいのだ。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






 パングラストラスへリア大陸南方テラコッタ蒼草平原は今日も静かである。雲はまばらで陽の光が柔らかく、小鳥もピチピチさえずってるし、野花もちらほら咲いている。


 ここはマンジュ族第33代マンジュ王の治めるマラッガ国。


 地平線まで空のような蒼草が豊かに茂る中央を緩やかにうねるチブリス大河があって、その途中にある水蛇斑丘すいじゃはんきゅうピトニスという土地の河畔の国である。

 起伏のある草原に幾筋もの小川が入り組んでいる景観は風光の趣が明美であり、ゆっくりした雰囲気の土地らしく国民もどこか長閑のどかな風で、そういった気楽な空気感が呼び込むのか国外から休養や観光に訪れる旅人が少なくない。


 朝靄に覆われた城下街からひょっこり突き出た丘の上、古苔た岩積みの城郭マラドーニャから見下ろす景色は毎日同じである。




「魔物共に目立った動きは無く、賊共もここのところ静かですな。…四方の国境にも変化はございません」


「うむ……」




 宰相ストイコビッチの朝の報告に、鷹揚な相槌をうったマンジュ王は、玉座に着くなり何か考えている。

 そのことは顔色を見れば近侍の者達は分かるのだが、あえてそれを指摘するものはいない。


 この国はここ3年ほどもの長期間、一滴の流血沙汰もないのだ。

 表立った戦争もなければ大きな犯罪もほぼなくて、のんびりした空気が当たり前のように流れている。

 元々この国は戦火や魔物の少ない緩やかな風土であるとは言え、こんな平和すぎる期間は33代マンジュ王が戴冠して20年依頼無かったこと。

 それでも最初の1年ほどはむしろ常より油断なく日常の外交や内政に目を光らせていたものの、3年も続くと国王でも気が緩んできた。


 何か、国内に少しの害はないものか。




「作物はどうだ? 」


「五穀も青物も、牧場の方も、十分に収穫がございます。病気などの報告も無くてございます」


「雇用はどうだ。街道の整備、堤の工事は上手くいっておろうな? 」


「はい。今のところ、とくに問題は起きておりません。労働者も人足に過不足ない様子」


「ふむ。……さて、宰相。今日の来客に変わりないか? 」


「はい。陛下、ご確認願います。───本日は正午より、ルウハン共和国の大使との会談が1件。オルガランド公国の公使と条約の確認や改定について会議が1件。フェローズ商工会との河畔整備の取り決めなど商談が1件。夜には、次の月祭祀の日程について、ピトニス神殿斎主よりのご相談が1件ございます。明日以降のご予定も変更はありません」


「ふむ……」




 なんの変哲もない。マンジュ王は「朝食にしよう」といって朝礼を切り上げた。

 7人の王子と1人の王女ミッフィー、それに王妃ビクトリアとともに、朝の軽い食事が静かにつつかれる食器の音が広間に聞こえる。

 普段なら食事中もお喋りが途切れることがないのだが、今日はマンジュ王も会食するというので王子達はちょっぴり緊張だ。

 その静けさの中でキョロキョロと落ち着きのない第7王子オスカルが、ポツリと言った。



「……パルパルは? 」


「む? 」



 道化師パルパルの姿がない。そういえばいないな、とマンジュ王も気がついて広間を見回すが、確かにいない。王様が私的に飯を食っていると結構な頻度でちょっかいを出しに来るパルパルがいないというのは殺風景である。

 マンジュ王は、少し眉を潜めた。


 別に、道化パルパルが居ないことで王様が何か困る事があるからではない。パルパルなどは居ても居なくてもどうでもいい奴ではあるのだが、その変化に気がつかない自分の油断に気付いて、今の自分は危うい心境かもしれぬとマンジュ王は悟ったのだ。平和すぎる日常に油断が極まりつつあるのではないかと。




「今日の予定、全て変更。者共、魔物狩りの支度をせよ。直ちに出陣。───馬引けぃッ!!! 」


「え! 」

「えっ!? 」

「あわわわ!!!!! 」




 何時如何なる時も即時動けなければならない。国王一人の気の緩みで国は簡単に滅びる。今、という今に軍隊を動員できなければ、思いもよらぬその時に国を守ることなんて、出来はしない─────

 そう心がけるマンジュ王が唐突に軍隊を動かすことは時たま起こるから王子達も慣れてはいるが、でも唐突すぎてそれは驚く。兄弟達に遅れを取るまいと王子たちは部下をまとめて隊を編成に走り出した。


 通常なら魔物狩りなどは城下街の冒険者ギルドに任せている仕事であって、貴族が軍隊を率いて魔物討伐に出陣など、諸外国でも滅多にない。よほど魔物の頭数が異常発生しない限りは貴族達の敵はもっぱら外国の貴族だから魔物などに構っていられないのだ。


 それに、軍隊の動員には金がかかる。支配下にある諸侯や部族の各派閥や門閥にとっても、兵站の徴集に人件費や軍備費用がボロボロ出て行く。その分、兵器を作ったり兵糧を用意する仕事を仰せつかる庶民は稼ぎ時とはいえ、その支払いに国費を削るからにはそう頻繁にできることではない。給金を得た庶民も結局は税金が徴収されるのだ。無闇に軍事行動をやっていては諸侯からも民からも反発が起こりかねない。問題は他にもあるのだが─────




「駆けよ! 駆けよ! 我が国は微塵も油断なく、兵は精強! 民は豊に栄えておるぞ! ウッハッハ! 」




 馬上高らかに笑ってみせるマンジュ王はこの突発的な徴兵行軍を当たり前のようにやってのける。むしろこれも王家の仕事の一つなのだから、平和だからと言って何もやらずにいたら「何のために王家があるの?」と人々から不要視されかねないのだ。周辺国や魔物に対して威容を示さねば、口先や書面での取引といった外交だけでは甘く見られるだろう。


 城門から先発隊を走らせたマンジュ王は縦列陣の旗の集まる中央で囃し立てた。美々しく鎧った赤毛の一角馬に跨る巨体は老いてなお威厳がある。

 先駆けの舞台が街道の市民を脇へ退けると長大に伸びる隊列が土煙を上げて通る。馬を駆る者、徒士かちで行く者、その行軍の部署ごとにある指揮官達がいちいち叫ぶような高声を発して用兵する雰囲気はいかにも物々しい。

 行群の道すがら市街に住う諸侯が遅れて隊列に加わると、縦陣は龍の如く太く長く伸びていった。


 その行軍が、街を囲う市壁の大門を隊列の中程まで通った時に、突然止まった。

 マンジュ王の前で大門が閉じたのである。無論予定にない。




「何故に閉ざしたーッ! 開けよーッ! 陛下自らの、御出陣であーるッッ!! 」

「門兵どうした! でてこい! 」

「前列の隊士は何をしている! 開けさせろ! 」




 将官や騎士達が砦門に向かって怒鳴っているというのに、門を管理しているはずの衛士は姿を見せない。




「へーーイッ!!! 聞こえているのか衛兵チンポ野郎ッ!! それとも男を待たせるカラカラ衛兵マンコか!? さっさと股を広げて通しやがれッ!! けつの穴に手槍を突っ込んでグズグズにされたいのかッ!!?? 」




 痺れを切らした軍曹グッドマンが走り出て門を蹴り飛ばすと轟音がして門扉が軋み周りの兵士が竦み上がる。というか下品過ぎる罵声が酷すぎて引いている。

 だが、先行している隊が居るはずの門の向こう側はやけに静かだ。

 



「─────? 」




 変化のなさに静まりかえり、兵達は返事のない門より左右の民家や林や窪地の影に目を配り、脇へ退いている市民達の方を睨んで銃を取り直した。よもや不慮の事態かと警戒したのである。


 民達がその不穏な気配に怯え始めたそのとき、ようやく門が外から開かれて、小躍りする一人の鎧武者と、ピョコピョコ飛び跳ねている奇態な服を着た顔面白塗り男の姿が見えてきた。




「ぼ〜くは陽気な七男坊〜♪ 」

「たらりんっ! たらりんっ! ご用心ご用心っ! 王城の玄関口が閉じちゃった! せっかちな王様に、マラドーニャも閉口しちゃったぁーーよ! 殿下! ご機嫌、麗しゅう〜! 」


「む! パルパルか! 打首ーーッ!! 」


「キャーッ! 」




 近くにいた将軍カネロが剣を引き抜くと悲鳴をあげたパルパルが飛び上がって追いかけっこになり、隣のオスカル王子や兵達からドッと爆笑が起きた。

 マンジュ王の命令は冗談。カネロ将軍も呼吸をわかっているからいつもこうしてやっている。

 軍事行動の最中にはあり得ぬ笑いだが、怯えはじめていた民達も安心したようで、マンジュ王と道化パルパルのやりとりを遠巻きに見る人々は逃げ出さずに済んだ。


 とはいえ道化の分際で行軍を止めるなどその場で処刑されても変ではない。

 それがそうならないのは理由があるからで、道化パルパルは宰相ストイコビッチからマンジュ王への密書を預かってきていたことだし、門を閉ざしたのはパルパル自身ではないからだ。




「オスカル。留守居せい」


「えっ陛下! そんな〜…」



 行軍を先行していた第7王子オスカル隊が、門を閉じる悪戯の犯人。その指揮をした実行犯が全身銀ピカ鎧のオスカル王子である。


 この少し前、パルパルは軍隊が出陣する合図の半鐘の音と旗の掲揚を知った時はまだ全裸で衣装を洗濯している時であり、既に出陣してしまった軍隊の見送りに立つこともできずにビショ濡れ衣装で城内をうろついていたら使用人のおばちゃん達に凄い剣幕で怒られてガタガタ震えてしまっていて、そんな所にたまたま通りかかって半笑いのストイコビッチ宰相に密書を預けられていた。

 その密書を道化パルパルが単身で行軍中の王様に届けるのは、いかに気ままな”道化放免”の身分でもちょっと難しい。それはピリついた軍人達が簡単にはパルパルを寄せ付けないというのもあるし、パルパルはあらゆる駄獣に嫌われているから一人ではロバすら乗せてくれず行軍に追いつけない。だがパルパルは行郡の先行きを宰相から聞いていたから先回りするべく行軍後発部隊のオスカル隊に何とか追いつくとオスカル王子にマンジュ王への取次を頼んだのだ。

 道化パルパルと仲の良いオスカルは気さくにパルパルの仕事の頼みを聞いてくれて、その上、パルパルが思いついた際どいドッキリ企画にまで手を染めてくれるという放胆ほうたんさで共犯してくれたのである。つまりはパルパルが主犯だが、オスカル王子の決定でやったことなので不問である。




稚気ちきすことにいちいち構っておれぬわ。城で女中と飯事ままごとでもしておれ」


「……」



「ひゃっひゃー! 陛下ぁ! 行軍に陽気なオスカル王子がいないんじゃあ、魔物狩りは誰が笑いを取るんですかっ! あっ! 陛下の腕の見せどころ!? 軍費に税金使い込み〜♪ 魔物1匹狩れません〜♪ 貧乏将軍笑い者〜♪ 童貞将軍魔法使い〜♪ 」



「貴様! 」

「キャッ! 」

「──パルパル、ついて参れ」



「え? 」

「えっ? 」



「カネロ将軍、貴様の鞍に乗せてやれぃ」

「──ハッ……! 」

「っひゃ〜っ! 」




 どういう弾みか、パルパルは魔物狩りの陣中に加えられてしまった。

 馬上のカネロ将軍は眉間にしわを寄せて嫌そうにパルパルの首を掴むと「グエエ」と道化が鳴いたがかまわず鞍の後ろに乗せてやり、そのままマンジュ王の一角馬に足並みを合わせて出発してしまった。密書を渡して城へ戻って淑女達と遊んでいようと思ったのに─────


 道化パルパルがマンジュ王に仕えて3年になるが、行軍に帯同させられることはあまりなかったことである。

 というのは、隣国と戦争が起きてもマンジュ王はいつもマラドーナ城から動かないし、道化パルパルはそのマンジュ王の側でいつもヘラヘラしているからだ。

 珍しいのはそれだけではない。




(命令、ということ自体がびっくりだ! )




 パルパル馬上、驚きのあまり両手を広げて天を仰ぎ見、思い返すに───道化など、いつどこで何をしようともせん無い。道化放免───と、かつてマンジュ王自身が免じる御布令おふれを出してから、今まで道化パルパルはマンジュ王から何かを禁止されたり強制されたりしたことなど、ほぼ無いのだ。

 おかげで臣下の者達や国民からも気ままを放置されるのが慣例となっているパルパルは、自身は無一文だというのに王城内や城下町で毎日好き勝手に寝食しているし、深夜に王城の正門を開けさせて登城して玉座で酒を食らいながら寝落ちしたりとか即刻死刑になってもおかしくない巫山戯ふざけた暮らしを満喫している。

 そんな法外な道化を許す大寛容なマンジュ王だというのに、今日はこれから何日もかかる行軍についてこいだなんて、何という変な日で、王様は一体何を考えているんだろう。




「ピューピュー〜〜〜!! 」

「…」




 パルパルは構ってくれないカネロ将軍の背中で仰け反り両手をバタバタさせて”風になびくタコ踊りごっこ”をしながら考えていると、逆さまな視界にしょんぼりした男の顔が小さく遠のくのに気づいた。

 王城の留守居を言いつけられたオスカル王子が、街道脇に部隊を寄せて王軍を見送っている。




(関係ありそうだな)




 道化の感である。 

 パルパルは、マンジュ王の顔色を見たが、左右を固める直参武官や近衛魔法士と何やら話し込んでいてパルパルの探る目線に気づかない。

 だが、─────




(陛下はやはり、俺の道化に気がついていらっしゃるな)

 



 そんな気がする。

 根拠はパルパルがさっきオスカルと組んで大門を閉ざした悪戯だ。

 あれは実は、昨今起きた、とある出来事の風刺なのである。


 王妃ビクトリアがマンジュ王の詰問に口を閉ざした、黒幕2人の介入する事件の顛末─────


 パルパルは道化なりに、マンジュ王へ危険と注意を示したつもりだが、他の者達はおそらく察しがついていないだろう。武張った陣中には宰相ストイコビッチのような道化の分かる文官はいないと思う。

 ただ、そのことと今回の自分が行軍に編成されたこととは関係があるのかどうか。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






 マラッガ軍3500人の行軍は斑らな土地の水蛇斑丘ピトニスをぐんぐん伸びて駆け、北方隣国であるルウハン共和国との境いまでくると、国境に駐屯している第2王子の部隊が隊列を整えて王軍を見送りに出迎え、王軍は境界の石積みに沿って東へ駆け出した。

 そのまま緩やかな丘に茂る樹々の間をいくつも超えて行くと、徐々に標高が上がって岩山が多くなる。そのあたりまで来ると東側の隣国ガッラリア合衆国との国境で、随所に土塁や砦があって物々しい風景である。ここでも駐屯している第4王子の部隊に見送られて、王軍は南へと駆けて行った。

 そうしてぐるっとマラッガ国を一周してマラドーナ城へ戻るということらしい。


 チブリス大河を渡ることはない。大河の西側はオルガランド公国という外国だから、国境であるこの河の岸辺を上流に向かって軍を走らせる。

 マンジュ王の支配下にある港や砦の衛兵達、それに第5王子の部隊が、それぞれの持ち場に兵を揃えて王軍を見送った。


 対岸の方は遥かに遠くて、雲天により空気の淀む今は、はっきりとは見えない。


 ここまで、案の定というか魔物1匹出てきていない。

 それはこれだけ大軍が走ると魔物も怯えて去ってしまうから仕方がない。だから魔物が異常な増殖でもしない限りは討伐軍隊など不要なのである。


 だが、その魔物に対しても、隣国に対しても、示威としては意味がある。

 しばらく魔物は鳴りを潜めるから街道を通行する隊商や付近の村人が安心するし、国境沿いには隣国の貴族が物見に来ていてしっかりこちらの軍様を調べているから油断のないことが伝わるだろう。ちょっと大規模な軍隊の訓練にもなったか。


 順調にゆけば6泊7日の旅程だったが、強行軍で来ているから4日目の午前中には帰着できるという見通しである。

 早いものでもう明日の昼には着く。




「結局! なんの戦果も! 得られませんでした〜! ってね! 将軍閣下!? キャキャッ♪」


「……」




 日暮れ間近、遠くに松燈まつあかりが点々と見えてきた。河岸からやや離れた丘に宿営の陣地が敷かれている。

 先発隊が既に天幕だの陣屋だの築いていて将軍達は特にやることがない。




「さっさと降りろ」


「イェア〜! 宿営ドゥあ〜〜っ!! 晩ご飯はカレーライスを所望するッ!! あったかいオフトゥンを所望するやああああ!!! 陛下ぁ! 陛下どこぉー!? 」




 馬から飛び降りたパルパルはマンジュ王の姿を探して騒ぎ立てたが、陣幕の中で何やらクソ真面目な会議をしているらしい。カネロ将軍も将官達を伴いそっちへ行ってしまった。


 誰もパルパルに、ついて来い、とも、来るな、とも言わないが、道化パルパルはこういう場合も自由なのだ。会議に混じったところで”道化放免”だから誰も咎めない。

 城内で行われる様々な会議にうろちょろすることもしょっちゅうある。

 つい先日は仮想敵国侵略防衛模擬会議があって、パルパルは挙手して”カネロ将軍による開幕単騎突撃”を進言したところ、グッドマン軍曹に首を掴まれて4階の窓から突き落とされてしまったばかりだ。危うく死ぬところであった。

 今回の会議はどうも、単にこの行軍での兵糧の過多とか兵站の工夫とかについてだったり、河向こうのオルガランド公国の様子の報告だったり、なんか普通だ。

 パルパルはマンジュ王の横で踏ん反り返ってみたり、第3王子ラオスの両肩に巨大ないなごを乗せて「ティキティキティキ!バッタ王子見参!ブウウウウンッ!!!」と叫んだりと無闇な道化で遊んでいたが、誰もパルパルに構う者はいなかった。これがいつものことである。道化パルパルをまともに相手する者はまずいないから。


 会議は早々に切り上げられて晩飯となり、根菜類の干物や穀物と豆のスープとか、その辺で獲った野生の牛馬や川魚を焼いたのが少し出た。晩餐には薄い酒しか出なかったが、食後は各自勝手に持ち寄ったワインだのビールだのをやっている。

 そのどれもにパルパルは口をつけなかった。だってカレーだけが食べたいから。

 兵糧を管理している部隊のところへ行ってみると、陣中に伴われた使用人達が調理に配膳に御用伺いにと忙しそうだ。みんなパルパルの姿を見るなり「ゲッ」という顔をして目を逸らす。




「ォワォ〜〜ォォワォォ〜〜」


「……」




 ”働く人間の様子を伺いにきた猫”の物真似をするパルパルが調理場を物色し始めると鍋やグラスや調味料をテーブルからガチャガチャひっくり返して地面に落としていった。早く誰か構ってあげないと兵糧が大変なことになるぞ。




「言えよ! 」

「何がほしいんだ道化! 」


「ォワォ〜ォォ」


「喋れよ」

「なんなんだ」

「も〜邪魔なんだよ」




 不安になった使用人達がパルパルの腕を掴むが執拗に兵糧箱を漁るパルパルは既に何かを取り出している。




「ォワ〜ォ」


「ん? オイそれ……! やめとけパルパル」

「あっ、カレー粉ね。だめだよパルパル。実はさっきマンジュ王陛下からね、明日の朝カレー食べたいって注文受けてるから。それは陛下のご予約分で、もう最後のカレー粉」


「ォワ〜ォォ〜」




 構わずパルパルは自分で鍋に諸々の調味料と具材を入れてこだわりカレーをじっくり作り始めた。残りのカレー粉を全部使った特濃コク旨なやつをひとさじ舐めてみると、なかなか美味いじゃないか。

 パルパルはさっそく王の天幕へ入っていきマンジュ王の目の前に立ってカレーライスをカツカツ食べ出したらすごく嫌そうな顔をされてしまった。




(ていうか俺は自由すぎるな)




 喫しつつ、道化パルパルは自分で思う。他の道化はどうだか知らないが、パルパルの自由はまるで無法者ではないか。

 普通はそんな、王様の天幕に道化が勝手に出入りなんて無理なんじゃないの。だってもしパルパルが間者だったらどうするの。ふとそんな風に思うとパルパルは怖くて逆に笑えてくる。

 だが近侍の魔法士も戦士も将官達も使用人も、天幕へ近づくパルパルに嫌そうな顔をしながらも引き留める事はしないのだ。さっきのカレーライスだって結局は、使用人達は王様の注文だというのにパルパルの我儘を制止せず苦笑いしていた。

 これらがいつものことで、皆んな道化をなかば面白がり、半ば迷惑がりつつも気ままにさせている。


 ───とはいえ、”道化放免”の布令は道化パルパルを人々がどうにかする事を禁止するものではないから時に逆襲に合う。




「陛下はお忙しいんです。出て行きなさい」




 近衛魔法士のマヌーサ女史に膝を小杖で突っつかれたパルパルは「やーめーてーよー! 」とか言ってもじもじしてたら足が勝手に動いて天幕の外まで後ろ歩きで歩かされてしまった。今はひっくり返ってカレーライスが顔面にぶっかかって咽せている。




「──……む、道化か。兵糧を頭に浴びるとは笑えん冗談だ」

「コラーーッッ!! 道化ッ!! 貴様! 陛下の天幕に近寄るなと何度言えば分かるッ!? 頭からクソぶっかけられたいかッ!? 」




 天幕の近くにいたカネロ将軍に見つかり、グッドマン軍曹からは口汚く罵られてしまった。

 大事な食糧を無駄にしたことで将軍もちょっと怒っているようだ。

 ここはひと踊りしてごまかすしかないだろう。




「ひゃひゃ〜い! 世に珍しき! 道化のカレー味でござい! この香りで魔物をおびき寄せ、将軍閣下が撃退すれば! 閣下の知略、天下に鳴り響くこと間違いなし! 」



「痩せこけた道化など魔物も食わぬ。さあ服を洗って来い。行軍に不潔ななりは許さぬ」

「さっさと河へ行けカレー野郎っ! 閣下が洗えと言ったら今すぐだ!! 」



「河っ! かわっ! 将軍閣下! 河ってどっち!? 」



「はぁ、……おい誰か連れてってやれ」

「あっちだ! 道化野郎ッ! 一人で行って来い! 河までケツぶっ叩かれたいか! 」



「キャッ! キャッ! キャーッ! 」




 軍曹に3回尻を蹴られて向かわされた、その先に河があるらしい。

 パルパルはこの真夜中にチブリス大河の岸辺まで行って一張羅をお洗濯せざるをえなくなった。だがたしかに、さすがの道化でもカレー臭いままで寝るのは嫌である。

 河へ行こうと思うと兵達の天幕をいくつも通り過ぎてゆくことになったが、これはこれで皆んなの失笑を得て面目躍如となった。


 河岸沿いに長々と築かれている土塀の防塁の切間を抜けて河へと向かうと、視界が開けて美しい光景が広がっている。

 夜空一面に星を散らした中で眩く輝く第二の月と、小さく仄かな第三の月───その銀河を写して煌めく水面。遠く小さな対岸まで見渡す景色がなんとも風美ではないか。

 土手を降りてそのまま河水に飛び込んだパルパルはひと泳ぎして、行軍最後の夜を気分良く終えようとしていた。

 その河岸のある丘に、祠が建っている。



” 天球3白星ノ年 マンジュ族第3代マンジュ王の治世 季節狂いの氷雪積もる夏 敬老の日の夜 冒険者隊<眠れぬ獅子>隊士 エルフル族脱藩浪人チェルシー・マゼンタ 手槍にて九頭竜アガメムノンを討つ 首一つ埋め奉り候 障るなかれ 僧ダルヤ・アヴィール”



 境内の石碑に、マンジュ族の文字でそう刻まれている。




「おい、首塚だぜ」

「竜の首だってよ。どれぐらい深いところに埋まってんのかな」

「おい、そんなの嘘に決まってんだろ」

「よく読め、エルフル族って書いてある。エルフの話なんて嘘八百だよ」

「いや、この石碑を刻んだのは僧侶だろ」

「お前掘ってみろよ! ハハ…」

「馬鹿。呪われたらやばいだろ」

「おいこいつビビってんぞ」




 夜営中、酒に酔った兵達がいつまでも眠らずにウロウロしていて、ついこの目立つ祠と石碑の周りに集まってしまう。

 行軍も明日に終わるし、魔物との戦闘も隣国との争いも全くなくて単なる訓練になってしまったから全員、気が緩んでいる。

 



「───たしかに、このままでは亡国の兆しになるやも知れんな」

「貴様らーッ!! こんなところで何をしているーーーッッ!!! 」

「どういうことですか、これは。祠の守人もりとはどちらに? 」

「酔っぱらった兵共に怯えて逃げたんでしょう。ここの守人は神官ですが、気の弱いやつでして…」

「まったく、この祠がなんだか知らんのか兵卒どもは」



「「っ!? 」」

「将軍殿! 」

「軍曹殿!! 」

「王子殿下!! 」




 30人あまりの兵士たちは咄嗟に酒瓶を取り落とし”気をつけ”の姿勢で敬礼───したり、ひざまずいたりと訳がわからなくなっている。

 境内の篝火が闇に浮かべているのは煌びやかな儀礼服姿の貴人達。カネロ将軍とグッドマン軍曹、それに側近の騎士や貴族、さらにはラオス王子達までもが自らこんな河辺まで夜に訪れるなんて、下士官や一兵卒達は思いも寄らなかった。

 深い皺を刻むカネロ将軍の顔貌が動くと、空気に溜まるような低い声が聞こえてくる。

 



「諸君。敬礼すべきはむしろ、その祠の方なのだよ。由緒ある丘だ。諸君達が気安く足を踏み入れていい神域ではない」


「将軍殿! 申し訳ありません将軍殿!! 皆んなで酒を飲んでいて、あの、何もしていません! すぐに──」


「貴様ーッ!! 誰が勝手に喋っていいと言ったッ! 持ち場を離れて酒盛りする役立たず共! 聞いてもいないのに言い訳しやがって! 聖夜に慌ててチンポ立てる童貞野郎か!? 整列ーーーッッッ!!! 」


「「────────」」




 既に9人の貴族と上官達は30人の兵卒達を取り囲むように広がっている。

 グッドマン軍曹に怒鳴られた兵卒達は部署も階級も違って普段の整列などとは違うがともかく集まり起立して動かず、説教前の気まずい空気に無言になった。追い払われるのかと思えばそうではないらしい。

 ラオス王子が全員の顔色を見回して頷き、口を開いた。




「ふむ、なるほど。ちょうどいいやもしれぬ。けいはどう思う? デルフォイ侯」

「…あたいますか。ふむ、しかし、殿下。いささか命が多うござる」


「で、あるな。カネロ将軍、8人で足りる」

「御意。…───む? ………」




 ラオス王子の含みある意を汲んだカネロ将軍は分かっている。貴族達が特別な祭祀の装束でこの時間にここへ集まったのは、特別な理由があるのだ。

 仕事にかかるべく兵卒達を値踏みする目で見回したカネロ将軍は、何かに気がついて口を噤んだ。兵卒の中に余計な奴が一人混じっている。

 篝火の外からこの気まずい空気の中へのこのこやってきた、全身ずぶ濡れの男。カネロ将軍の視線に気づいた彼は列の前に進み出ると、直立───敬礼。ビチビチ屁をこいた。

 



「ブフォッ!!! 」「「がはははははッッッ!!!!!!!!」」




 兵達は笑いを堪える間もなくて一人が吹き出すと全員吹き出してしまった。普段ならパルパルのギャグで笑うなど低俗だと思って皆んな無視するのだが、酒のせいで感覚が麻痺して笑いやすくなっている。パルパルにとっては嬉しいが兵達にとっては迷惑だ。




「貴様らーーッッ!!! 誰が笑えと言ったーッッ!!! 」


「「!!! 軍曹殿! 申し訳ありません軍曹殿!! 」」


「返事が違うだろッ!!! 」


「「!!! ッ軍曹殿!!! 了解です軍曹殿!!! 」」


「何だそのニヤケ面は!? 軍隊に笑顔は要らん! 兵士は人殺しの殺人鬼! 情け無用のゴミ屑野郎! 今から死ぬ奴らに表情など要らん! 役立たずのションボリ二等兵には泣きっ面がお似合いだ!! おい貴様、何故笑ったか言ってみろ!! 」


「軍曹殿! 了解です軍曹殿! 申し訳ありませんでした! 」


「理由を言わない秘密組織野郎か!? 夜中に兵卒集まって! 皆んなでシコり合うじゃ飽き足らず! 首塚掘ってドラゴンで口マンコするつもりだろう!! ええッッ!!? 」


「軍曹殿! 違います軍曹殿! 」


「嘘をつけーーッ!!! 」


「軍曹殿! 申し訳ありません軍曹殿! 」




 兵達は全員、直立のままカチコチに固まって動かない。罵声を張り上げるグッドマン軍曹は初老に近いおっさんだが気迫の勢いが凄くて兵達は全員怯える。

 それに、グッドマン軍曹はすぐに部下をボコるのだ。既にこの行軍でも50人ボコっている暴力至上主義者である。




「軍曹、そろそろだ。ラオス殿下が──」


「貴様ーーッッ!! 立てーーーッッッ!!! 」


「グゥアァーー!! 」




 事態を見かねたカネロ将軍が声をかけるが早いかグッドマン軍曹は兵卒を引っ立てて軸足を蹴り上げている。ここからが軍隊のお説教なんだという勢いにカネロ将軍は黙ってしまった。

 これが軍隊教育なのか何なのか、この時すでに8人の兵達が太腿に何度もローキックを食らって歩けなくなっているのだ。逃げ出す兵士たちが20人ばかりいたが、彼らの方が賢かっただろう。




「なんだ今のは!? 返事か!? まともに返事もできないインポ野郎かッ!!?? 」


「ぐっ、軍曹殿ッ!! 了解です軍曹殿ッ!! 」


「馬鹿者ーッ! 貴様ッ! 何故逃げなかった!? 貴様の片足は折れてしまったぞ!! 今からどうやって歩く!? ええッ!? 歩けねば魔物に襲われ命を落とす!! ひぐまに襲われ食われてしまう!! ええッ!? 俺の軍隊を貴様のグニャグニャ足チンポでマンコするつもりかッ!!?? 」


「軍曹殿! 違います軍曹殿! 」


「軍規は貴様らの命より大事か!? 」


「軍曹殿! 了解です軍曹殿! 」


「貴様! 生まれはどこだ!? 」


「軍曹殿! 了解です軍曹殿! ノスフェラット生まれであります! 」


「ノスフェラットのチンポ野郎か! 父も母もノスフェラットのチンポとマンコか!? 」


「軍曹殿! 違います軍曹殿! 父も母も、ジュメリイル生まれであります!! 」


「……ふむ、そうか……」


「───軍曹殿ッ! 違います軍曹殿ッ! そいつの両親はノスフェラット生まれです!! 」

「ッ!?」


「!? 貴様ッ!!! 誰が口を開けていいと言った!!! 」


「!! ─────……」




 口を挟んだ左の兵士にグッドマン軍曹が詰め寄って顔と顔の間は1センチも無い。この際、右の兵士の言葉が嘘か本当かなど問題ではなくなっている。




「貴様! 名を言え! 」


「軍曹殿! 了解です軍曹殿! カーチス・クロムであります! 」


「カーチスチンポ野郎か! いい度胸だ! なぜこの男の生まれを貴様が知っている!? 」


「軍曹殿! 了解です軍曹殿! 私はこの男、タムラーと同郷であります!! 」


「同郷仲良しチンポ野郎か! 貴様の足も折れてしまっているぞ!! どうやって街へ帰るんだ!! なぜ俺の蹴りから逃げなかった!! 蹴られて喜ぶ脚マンコ野郎か!? ええ!? 」


「軍曹殿! 違います軍曹殿! 私は軍曹が怖くて動けませんでした!! 」


「馬鹿者ーッ!!! 怖かったら逃げろ!!! 臆病チンポは軍隊に要らん!!! 全員に移って起たなくなったらどうするッ!!! 」


「────……ッ」




 酷い、あまりにも酷すぎる下品な罵声のフルコースである。異様な空気を帯び始めた場を終わらせようとするカネロ将軍が声をかけようとして、びしょ濡れ道化師が俄かに大声をあげたのに阻まれた。




「───軍曹殿ーッ! 違います軍曹殿! その二人は! 嘘をついています!!! 」



「「ッッ!?!? 」」



「ッ!!! 貴様ーーッ!!! 道化は黙ってろッ!!! 」



「軍曹殿! 本当です軍曹殿! 彼らは愛し合っています!!! カーチスはタムラーと同じ痛みを分かち合うために逃げないのであります!!! 毎晩!! 彼らの天幕から!! ”オス! オス! ”と、愛し合う声が! 聞こえてきます!!! 」



「…………ふむ、そうか……」




 道化パルパルはつい真似をして口を挟んだが、グッドマン軍曹の理不尽な暴力恫喝を混ぜっ返すためのギャグのつもりであった。ところが何故か場を和ませてしまって、カーチスとタムラーは赤面してしまっている。否定しないから事実なんだろう。実際、みんなが寝静まった頃に彼らの天幕からそういう威勢のいい声が聞こえてくるのは本当だ。

 二人のいじらしい愛の前にはグッドマン軍曹も気勢を削がれたか、この場はお開きとなった。


 なにより、ラオス王子以下貴族達の面々はすっかり一連の流れに呆れてしまってか場の隅っこで座り込んでしまっている。軍曹の下品すぎる罵倒を真横で長時間聴くなんて嫌になるのも無理はないだろう。

 そして、彼らのやりたかったことは無難に阻まれたのである。あろうことか道化の悪ふざけによって”そういう雰囲気”でもなくなってしまったのだから、仕方がない。


 ボコられた兵士の怪我は状況を察してやってきた魔法士マヌーサの治癒魔法で癒えている。魔法士もこういうのに慣れていて、これも仕事だし、訓練なんだという。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






 明る朝、パルパルは起き抜けでパンツ一丁、うっかり白塗り道化化粧もせずに天幕を出ると、空気の澄んだ河の景色を眺めるべく河辺まで来て驚いた。


 昨晩に一悶着あった祠のある丘の風景が変わっている。

 蒼草が踏み荒らされていて、あちこちの草が血液で赤黒く汚れていて、青や黄色の色とりどりの鱗のついた手足がそのあたり一面に散らばっている。何だか青魚の生臭さと血臭でやばい匂いだ。




(───魔物───魚人の体…? )




 ぼんやり立って変な顔で驚いているパルパルは、肩に何かが触れて飛び跳ねた。




「キャーッ! 」


「ハッハッハッ……やあ、いい朝だな」




 グッドマン軍曹だ。驚いてキョドキョドしているパルパルをよそに、軍曹は懐から葉巻を取り出して指で弾き、火のついた葉巻を深く深く吸って長く長く煙を吐いた。パルパルが丘の惨状を両指で指差しまくっても全然興味がなさそうに河の景色を眺めている。


 でもパルパルは自分から「ここで何があったんですか?」とか普通すぎることを聞きたくない。

 すると軍曹は独り言みたいに呟くのだ。




「……美しい河だ。……いつもと違った趣向に、眷属は喜んでいた」


「? 」


「これでまた暫くは、オルガランドの奴らは河を渡れん。どれだけ船を浮かべようともな、河水はマラッガの味方だ。マンジュ王陛下の領土は守られる」


「?? 」


「またここに来ることがあったら、カレーライスでもお供えするんだな」




 グッドマン軍曹はそう言うと、変な顔で聞いているパルパルに葉巻ケースを投げ与えて幕営へ去っていった。パルパルは葉巻よりキャンディーの方が好きだから微妙な気分だった。


 このグッドマン軍曹の贈り物は、彼なりのパルパルへの好意であり、感謝の印なのである。

 グッドマン軍曹はこの行郡の最中、兵達が生贄に供されることを避けるためにえて過剰に叱咤し、脚を折るなどのお大怪我を負わせてまで長時間に及ぶ拷問級の詰問で貴族達の注意をそらして誤魔化してきた。

 首塚の採掘と呪詛利用を企てていたラオス王子の謀反は結果的に不発に終わり、一行は難なく帰路に着く他なくなったのである。

 パルパル自身はいつも通りにふざけていただけで、詳細なことまでは知らない。ただ(もしかして何も起きなかった? ああよかった)と思っているだけだ。


 それから、近くで水を汲んでいた神官らしい女性の話を聞いて分かったことだが、昨晩の祠での説教が終わってパルパルと兵卒達が宿営へ駆け去った直後、河から魚人の群が祠を襲撃したらしい。「カレー粉をよこせ」というのが魚人達の要求だったそうだ。それをカネロ将軍達が手ずから撃退して、その事により国土神の眷属神を祀る神事が無難に、上手くいったんだと。




「私はこの塚の守人であり神官ですが、グッドマン軍曹殿から事前に避難指示を受けて隠れておりました」


「ふうん? あの下品なおっちゃんがねぇ」


「ふふ。あ、そうそう───この水蛇斑丘ピトニスの河畔の眷属神眷属・アガメムノン1柱は、道化の戯れを拒むことはないそうです。よかったですね」


「? 」




 神官女性の言っている意味がよく分からなくてパルパルは首を傾げたが、ともかく道化パルパルとまともに会話して教えてくれたお礼にと、パルパルは葉巻ケースを差し上げた。

 女性は煙草は吸わぬと言って強く遠慮したが、パルパルも要らなかったので執拗にお勧めしてどうにか渡して帰った。

 行軍中に揉め事が起こりそうな事態はもう過ぎ去って、パルパルはご機嫌だ。




「あら、おはようございます」

「お早いですね」

「よく眠れたかい? 」

「やだ、あの方は……? 」

「やーねー」

「ふふ」



「? うんおはよう。おはようおはよう! いい朝だね! 」




 天幕へ着くまでの間、何人もの人々から挨拶されてパルパルはなんだか変な気分だ。

 それに女性達からの視線が何か、こう、特別な何かがある。

 そうして人々が普通に自分に接してくることに違和感を覚えたパルパルはやっと気がつく。




「あっ、いっけね」




 道化化粧───白塗りドーランがまだなのを忘れているのだ。金色の長髪もまとめず下ろしたままで、このすっぴんだとパルパルはごく普通の青年にしか見えない。だから道化として扱ってもらえないのだろう。さっきまでの会話だと、たぶん、多くの人たちはパルパルだと気がついていない。




(この状態でうっかり道化たら、無礼打ちとか───)




 あるかも。いや、ある。

 パルパルは天幕へ駆け戻って道化に変身した。


 そんなことがあって、行軍は昼過ぎに王城マラドーニャに帰着。

 あとはマンジュ王から臣下へ短い訓示や諸々の確認などが終わると「エイエイオー」的な鬨の声を上げて解散。それぞれの持ち場へ帰っていつもの日常に戻ってゆく。行軍は終わりだ。



(いったい俺は何のために行軍に連れられたんだろう?)



 パルパルはチラッとそんなことを思ったが、すぐに忘れた。道化に役目なんてあるわけがないから考えるだけ無駄である。そのまま「終わった終わった」と嬉しくて疲れも見せずさっそく登城。というか王の間へ入る王様に続いてマンジュ王の偉そうな歩き方真似をしながらずけずけとついて行った。

 楽隊の鳴り物に迎えられて入城するのもこれで何度目だろうか分からないが、毎回気分がいい。留守居の貴族や武家諸侯から挨拶されるマンジュ王に続いてパルパルも鷹揚に手を振ったりするが誰からも無視されるか睨まれる。


 玉座に着いたマンジュ王に宰相ストイコビッチが歩より、改めてマンジュ王の無事に祝着を述べ上げて、それでマンジュ王も通常通りの王国運営へ気分が切り替わったようだ。早速、国内外の状況について宰相とあれこれ話し始めた。

 パルパルもいつも通りに玉座の傍で適当にふざけている。─────”丘へ釣り上げられた魚の真似”で床に寝てバタバタしてみたり、玉座警護で直立している衛兵達の股間を指で弾いて廻ったり、いつまでも命令を待っている侍従に執拗に膝カックンしてみたり、鳥籠の中にいるオウムに下ネタを吹き込んでみたり─────本当にいつまでもキリがないくらいふざけているが、玉座の間に居る臣達も出入りする貴族達も誰も気にする風でない。いつものことだから。


 パルパルが道化で表現する暗喩はマンジュ王に伝わっただろうか。

 それらは行軍中に観察した将軍達の様子の風刺なのだが─────




「道化、行軍はどうであった」



「? ホッホ〜イ! みんなで盛大なお散歩! たのちかったれすっ! ぷぅ! 」




 不意にマンジュ王が問うてきたのでパルパルは変顔しつつ思ったままのことを言うと、それにマンジュ王は鼻で笑ったきりで、また宰相と真面目な話をはじめた。

 パルパルは別に聞き耳を立てているわけではないのだがそれらの話はしっかり聞いている。王子達に任せている外国との交易の話や、婚約相手国の選定の話、臣下諸侯の仲不仲をどう処分するか、領地没収した貴族をその後どう利用するか─────なんでも、その没落貴族は大手冒険者ギルド・アドヴァンズへの間者として送り込まれたらしい。

 そんなふうに結構、国の運用に関する大事な話で、余人に漏らしては不味い話もある。そういう会話の最中にまで道化の側仕えを許すというのは、これもどういう意味があるのかパルパル自身にも分からない。他国の道化はどうなのか……と不思議に思うばかりだ。ともかく会話の内容からして、パルパルの風刺は王様に伝わっただろうという気はする。


 とはいえ何か怖い話を聞いてしまってはまずいのだ。知らなくていい話を知ることは、因果というやつがおかしくなる。パルパルは信仰心や運命的な思想なんて気にしないことにしているが、なんでもほどほどが肝心だろう。

 玉座の間を辞したパルパルは留守居だった第7王子オスカルの元へご機嫌伺いに向かうべく城内を歩き出した。

 

 ───と、通路をぴょこぴょこ跳ねていたら王女ミッフィーとばったり出会した。




「これは〜♪ これは〜♪ ミッフィー王女殿下〜♪ ヘイッ! ご機嫌! ふっふ〜♪ 麗っしゅう〜る〜〜! 」


「ブググ!お帰りパルパル……クックック……!」


「ややっ! 眩しい笑顔いただきましたウェ〜い! 姫殿下ウェ〜い! 」


「パルパルっ……ククッ……! あ、あれをご覧に……ッガハハ無理ぃ……」

「姫、はしたない……」

「行きましょう」


「?? 」




 小躍りするパルパルの挨拶にミッフィー王女は吹き出して笑ってくれたが終始笑い止まず、そのまま取り巻きの淑女達に連れられて去ってしまった。


 だけどミッフィー王女はいつもバカ笑いしてくれる姫様なのでまあ通常通り。それより姫が扇で指し示した方向がパルパルは気になる。通路脇の切戸から西側の庭を見下ろした先にあるそこに、人集りがあるのに目を止めた。

 断頭台の処刑場が整備されている。誰か死ぬらしい。

 その高札に書かれた掲示内容に何が書かれているのか、誰の名が記されているのか、パルパルも気になる。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






「……ぱ、……パルパルは? 」




 王家の静かな食卓をキョロキョロ見回すオスカル王子はポツリと呟いた。

 三日もの間、パルパルの姿を誰も見ていない。

 王子達と王女と王妃もちょっと食事の手が止まり、マンジュ王に血族達の視線が注がれている。


 マンジュ王は白々しくパンをちぎってんでいる。家族の目を見る事もなかった。

 それっきりで、王家が道化パルパルのことを話題にする事は、これ以降なかった。


 パルパルは、役目を終えたのだ。

 パルパルはずっとこのマラッガ国に居ても良かったのに、自ら出て行ってしまった。

 人知れず貴族達の謀反を阻み、平和な日常を維持したパルパルは、彼をリスペクトするオスカル王子のズレた道化の真似事によって酷く傷付いてしまったのである。

 パルパルがある日の早朝に王家の飼い犬達と全裸で戯れていた道化術──あの行為の中に秘匿された国家の反逆者達の陰謀に気がついたオスカル王子はグッドマン軍曹に相談して国難を未然に防ぐべく手を打っていた。それはグッドマン軍曹一人の働きでは力が及ばないところだったが、パルパルのおかげで無難に済んだ。それを祝してオスカル王子はギロチン刑のドッキリをパルパルに仕掛けたのだが、どうやら冗談になっていなかったらしい。

 可哀想なパルパル。どこへ行ったのでしょう。


 ただ、この晩のことだが、夜半のチブリス大河に泣きべそ道化が現れて、同情を買った魚人にカレー粉を贈呈して渡河したという報告が魚人族の自称外交官から王国へ届いている。


 マラッガ国では魚人族を人類種とは認ず、魔物と定めているため、王家が報告に取り合うことはなかった。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽





 

やあチキウの日本人たる稀人(まれびと)達。元気にしているだろうか。

先に言っておくが、この外伝短編が初見で本編の方を読んでおらぬ読者は儂の独り言を無視してかまわん。


さて今回も君たちにわかるように惑星チキウの日本語に訳して書き起こしてあるのだが、如何だったかね。

ブブゼラスという名で知らされた儂のエピソードを覚えている者はもう居らぬやもしれんな。

だが、”時間”というものを気にしがちな君たちにこうして目見まみえるのは奇特というものだろう。


さてここに記したのは、とある道化師の人生の、とある一幕である。

この者、道化パルパルがただ日常そうしているように、人々の前で道化て叱られたり笑われたりして過ごす日々の最後に、危うく処刑されるところを道化て生き延びたというだけのお話だ。さっき儂がたまたまこのバベルステルニャの星を覗いておったら見えた光景でな。レコードから少し紹介してみたまでのことである。


何?肝心の一幕が漏れている?

そうであろう。物語の機微を気にする此処”なろう小説家に”の読者諸君たる人草なれば、そこは気になるところだ。


だがな、惑星チキウの人草達よ。

そんなことはいいのだ。

道化はただ自分が断頭台に処されると思い込んで逃げただけなのだよ。

それは高札に書かれた罪人の名が己の名であったら恐怖のどん底に落ちるだろうことは誰しも察しがつくだろう。

それが何故そうなったかといえば、彼の道化の風刺に気がついたとある王族が嫉妬心をこじらせて魔道士を使い高札に小細工をしたため生じた錯覚によるものなのだ。

しかし、そのお話まではえてつまびらかにするまい。

結局のところ道化は放免されたという、そういうことなのだ。











読んでくれてありがとう。

こちらはシリーズ【パラレル・フラクタル・オムニバス】の本編 <--異世界観測媒体☆日本人☆ミューテーション-->(仮題)(旧題:魔王を倒してサヨウナラ)の外伝短編でした。


nanasino

https://twitter.com/lCTrI2KnpP56SVX

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ