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「悪い知らせがある。言いづらいんだが……お前の両親は、もうお前を勘当することにしたらしい」

「そう……」


 それを伝えるロイドは悔しそうだ。だが、メルヴィナはどこか晴れ晴れとした気分だった。

 思った通り、両親はメルヴィナとの縁を切ることにした。これでもう両親に悩まされることはない。メルヴィナは、二度とあの二人の言いなりになる必要はないのだ。


「お前の顔の傷も、だいぶよくなってきた。だが、この街にいる限り心の傷は消えないだろう。別の街で、新しい暮らしを始めるといい」


 慈愛に満ちたロイドの言葉に、メルヴィナは小さく頷く。帰る場所も頼る人もどこにもないことがはっきりした今、ロイドに従うのがもっとも正しいように思えた。


「わたしはどんな仕事をすればいいの?」

「それはこれから一緒に考えよう。お前の負担にならない職場を紹介する。だから安心してくれ、メルヴィナ」


 ゆっくりと抱き寄せられてキスをされる。恐怖も嫌悪も湧いてこなかった。だが、これがロイド以外だったら──


「余計なことは考えなくていい。俺が全部忘れさせてやる」


 囁かれ、メルヴィナの意識はすぐに融けた。


*


 ぐったりとしたメルヴィナの頭を撫でる。メルヴィナは気持ちよさそうにはにかんだ。亜麻色の髪は手触りがよく、指の間をするりと逃げていく。まるで高価な絹織物だ。


(まあ、悪くはなかったが……期待していたほどじゃないな)


 メルヴィナは抱き心地こそよかったが、女など飽きるほど抱いてきたロイドにはやや物足りない。

 とはいえ、予想はできていた。子爵はこういう、奥手で控えめな娘が好みなのだ。


 あまり動かずあまり啼かない、そういう意味で固い女だった。とはいえ、子爵に教え込まれたらしい技術を懸命に披露する姿は確かにいじらしい。

 きっと、根が真面目なのだろう。素人同然の売春婦を好む客には人気が出るかもしれない。それなら、あまり手ほどきしないほうがいいはずだ。


「大丈夫だったか、メルヴィナ」

「……うん」


 メルヴィナは赤く染まった頬を隠すように毛布を引き上げる。それを押しのけて頬にキスをすると、メルヴィナは伏し目がちにロイドの手に指を絡めた。


「あの……わたし、下手じゃない? 本当にお姉さん達みたいになれるのかな……」

「心配するな。自信を持ってくれ」


 親に勘当を言い渡された。ロイドがついたその嘘は、メルヴィナにとっても都合のいいものだったはずだ。ロイドに買われたという事実と、親から絶縁されたという環境が、これからの堕落の言い訳になる。あとは好きなだけ悲劇のヒロインを演じていればいい。

 そういう営業の仕方で、世間知らずの金持ちから金を巻き上げられるようになれば万々歳だ。だからメルヴィナの機嫌を損ねないよう気を使う必要がある。どうせならお互い気持ちよく働きたい。


「でも、わたし、子爵としかしたことがなくて……。だからね、もっと色々教えてほしいの」


 最大限の勇気を振り絞ったのだろう、その声は小さくかすれている。


 面倒だし、そろそろ眠い。とうに日付は回っていたし、しょせんは味見で抱いた女だ。長々と続けたところで別に楽しくはないだろう。


「無理をさせたくないから、また今度な」


 期待だけ持たせて、ひとまずこの場を納得させる。後々メルヴィナが騒ぎ出さないよう、抱きしめながら眠りについた。



「あ、あのね、今日はわたしがご飯を作ってみたの。口に合うといいんだけど」

「いい匂いだな。ありがとう」


 目覚めるとすでにベッドの上にメルヴィナの姿はない。テーブルの上にクロワッサンのサンドとポタージュスープがある。一度抱いただけで恋人面をされるのは辟易するが、そんな感情などおくびにも出さずにロイドは朝食を食べ進めた。



(待てよ? 何かおかしいぞ……)


 気づいたのは、その日の夜、二度目にメルヴィナを抱いた時。


 初めての時より反応がいい。響く嬌声に征服欲が満たされるのを感じる。とても昨日と同じ女を抱いているとは思えなかった。


(昨日はあえて下手な演技をしていたのか? だが、何のために)


 次第にロイドの思考すらも飛びそうになる。理性で抑えようとしたが、その抵抗も無駄に終わった。冷静さを取り戻して愕然とする──まさか自分が、よりにもよって商品を前にして本気になってしまうなんて。


「……メルヴィナ?」

「どうしたの、ロイド」


 メルヴィナはロイドを見上げた。薔薇色の瞳は蠱惑的に輝き、口元に淫靡な笑みが浮かんでいる。


 信じられなかった。これが、男に手ひどく捨てられて弱々しく震えていた小娘なのだろうか。


(まるで別人じゃないか)


 しかし、それはロイドの幻覚に過ぎなかった。次の瞬間には、組み敷いていたはずの妖艶な女豹はただの従順な仔兎に戻っていた。……いや、本当に幻覚だったのだろうか?


 たとえ短い間であれ、メルヴィナは確かに変身していた──ロイド好みの、鮮烈で甘美な猛毒めいた魔性の女に。


「いや……なんでもない。今日も最高だったぞ」


 耳元で囁くと、メルヴィナは安堵したように笑みを漏らす。その笑顔にあの毒々しさの面影はない。


 だが、ロイドは安心することができなかった。


(この俺が……他人に惑わされた……?)


 メルヴィナを見つめても、彼女は照れたようにはにかむだけだ。人心をもてあそび続けたロイドを欺けるようにはとても見えない。


 夜の魔物にたぶらかされたような気分だ。気を紛らわせようと、ロイドはメルヴィナに口づけして舌を絡めた。


*

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